ユウリは納得するまで戦うようです。 作:ザイエロー
トレーナーたちとバトルしながら進む2番道路。
トレーナーとしての歴は向こうの方が長いのだし、苦戦するかと思っていたのだけれど、案外そんな事もなくすんなりと勝ててしまった。
多分トレーナーとしてポケモンを鍛えているというよりは、純粋にバトルを楽しんでいるだけだからそれ程育っていない、というのが事情なんだろうけど。
ホップとバトルした時のような高揚感が得られなくて、少し残念に思った。
後は……ホップと戦った時の疲れがまだ残ってるようにも見えたかな。
体力は道具で回復出来るけど、疲労まではそうもいかない。だからあたしの方が若干有利な状態で戦っていたとも言える。
「……ユウリだけに」
「ん? 何か言った?」
「んーん、なんでも」
なんとなく口をついて出た呟きが聞かれていなくてよかったと、内心安堵しつつカンタくんと別れる。
もうすぐ近くに大きな家が見えており、確かあそこがマグノリア博士の家だったはず。
少し小走りでそこまで行けば、ホップの姿が見えた。
「来たなユウリ! バトルはどうだった? オレは全勝したぞ!」
「うん、あたしもなんとか勝てたよ。マグノリア博士は?」
「博士なら、ほら」
ホップが目線を後ろにやる。
あたしもその方を見れば、ダンデさんと杖をついた白衣のおばあさんが何やら話し合っているのが見えた。あのおばあさんがマグノリア博士だ。
「なんか難しい話してるんだぞ。ダイマックスがどうとかって」
「ふーん……じゃあ今は話しかけない方がいいかな?」
そんな風に思っていると、マグノリア博士がこちらに気付いた。軽く頭を下げて会釈しておく。
「ごめんなさいね、話に夢中になっちゃって。ソニアから話は聞いているわ。貴方がユウリね」
「あ、は、はい。初めまして。ユウリです」
博士の雰囲気に充てられて背筋がピンと伸びる。
そんなあたしを見て、博士は上品に微笑んだ。
「ふふ、緊張しなくていいわ。そうね……立ち話もなんだし、ひとまず家にいらっしゃいな。紅茶を淹れましょう」
言って博士が家の中に入っていき、あたしたちもそれに続く。
リビングに通され席に着き、マグノリア博士が人数分のカップを用意して中に紅茶を注いだ。
「こんなものしかないけれど、許してちょうだいね」
「お、お気遣いなく。いただきます」
差し出されたお茶請けのクッキーを二つ手に取り、一つを
あたしも同じ様にクッキーを食べれば、控えめな甘さが口の中に広がった。
「さて、では改めて自己紹介ね。私はマグノリア。ダイマックスの研究をしているわ」
「は、はい、初めまして。ユウリです」
先程の自己紹介を繰り返す。
歳上でもダンデさんと話すのはそうでもないのに、この人と話すのはなんだか緊張してしまう。一体何を話せばいいのやら。
「ユウリもダイマックスは知っているよな?」
「え? あ、はい。ポケモンの巨大化現象の事ですよね」
ダンデさんが助け舟を出してくれたので、それに乗っかる。
「ガラル粒子の影響でポケモンが巨大化し、繰り出す技も変質する……とか、そんな感じの……」
あまり詳しくは知らないけど、バトルする分にはそういう事だったはず。
そう答えると博士が優しく微笑んだ。
「ユウリは物知りね。私はそんなダイマックスについて研究してるの。どうして巨大化現象が起こるのか。それはガラル粒子以外のファクターでも起こりうるのか。後は一部のポケモンが姿を変える理由とかをね」
「アニキのリザードンの事だな!」
ホップの言葉に博士が頷く。
ポケモンがダイマックスすると、ほとんどの場合はそのまま大きくなるだけだけど、一部のポケモンはその姿すらも変化する事がある。
それは例えばダンデさんのリザードンのように。ガラルのジムリーダーのエースたちのように。
そんな特殊な変化を起こすものを、特別に『キョダイマックス』と呼称するのだ。
「まだまだ謎ばかりですよ。調べたい事は山ほどありますが、寄る年波には勝てませんし、
溜め息を零すマグノリア博士。
確かに随分とご高齢のようだし、ずっと研究を続けるのは難しいのかもしれない。
「まあそれは良いのです。それよりも推薦状の事でしたね」
「おう! 博士なら推薦状書けるよな?」
「それは問題無いけれど……ダンデ、どうして貴方が推薦しないのかしら。それとも、未熟なトレーナーを推薦するとチャンピオンの名に傷が付くとでも考えているの?」
眼鏡の奥にあるマグノリア博士の目がすうっと細くなる。
それに対してダンデさんは手を横に振りながら。
「まさか! そんなつまらない事で推薦するかどうかを決めませんよ! ただ、ホップはまだともかくとして、ユウリは今日初めてポケモンを手にしたんです」
「あら、そうなの? それにしては随分とポケモンが懐いているわね」
「それは確かに。それにバトルセンスにも光るものがありましたし、将来有望なトレーナーではあります」
少し驚いたように博士があたしとニーバを見た。
ダンデさんも何やら褒めてくれているようで気持ちがむず痒い。
「そこまでわかっているのなら、躊躇う理由は無いのではないかしら。貴方が断ったところで私が書けば同じ事ですよ」
「……それもそうだ。よし、それなら託そう! チャンピオンの推薦状を!」
あんなに渋っていたのに、マグノリア博士の言葉であっさり掌が返った。
確かに推薦状を貰うという結果には変わりないけど、ダンデさんはそれでいいんだろうか。一応チャンピオンという立場もあるというのに。
「おおっ! いいのかアニキ!」
「ああ! だからもう一度お前たちのバトルを見せてくれ! 俺が思わず推薦したくなるような熱いバトルをな!」
「よし! やろうぜユウリ! オレたちの本気をアニキに見せるぞ!」
「い、いいけど……いいのかなぁ……」
ダンデさんが言いくるめられたように見えたけど……まあ、ダンデさんがいいのならいいかと、あたしは思考を放棄した。
* * *
「──ニーバ、“ひのこ"!」
「ああっ、サルノリ!」
ニーバの吐き出した小さな炎がサルノリにヒットし、抜群のダメージを受けて倒れる。
これでホップの手持ちはゼロ。つまりあたしの勝ちだ。
「くっ、負けた……! やっぱりユウリは強いな!」
「えへへ、ありがとうホップ」
新しいメンバーのワンパチ──イチと名付けた──は愛くるしい見た目だけど、バトルでもなかなかの活躍をしてくれた。
特にホップのココガラに対しては相性有利だったし、不利なサルノリに対しても“ほっぺすりすり"による『まひ』効果でニーバに繋いでくれた。
後でいっぱい褒めてあげようと思いながらニーバを抱き抱える。
「どうだアニキ! これがオレたちの本気だ!」
「ああ、文句無しだ! 二人とも、受け取れ!」
「よっしゃー!!」
ダンデさんから白い紙を手渡され、ホップがガッツポーズを取る。
これが推薦状。ジムチャレンジに参加する為の証。
「ふむ……マサルも素晴らしいトレーナーでしたが、彼女もなかなかどうして才能を感じさせますね」
「でしょう? これでポケモンを持ったのが初めてだと言うのだから、才能はマサル以上かもしれません」
「なるほど。では、今年こそチャンピオンの座を奪われてしまうかもしれませんね」
「ふっ、望むところですよ。けど、その為にはまずジムチャレンジを勝ち上がってもらわないとね」
「なんだよ、次のチャンピオンはオレだぞ! ジムチャレンジも勝ち上がってみせる!」
ダンデさんと博士の会話にホップが割って入る。
ずっとダンデさんを倒すのは自分だと言ってたし、ホップ的には看過出来ない話題なのだろう。
「ユウリ! 今は負けてばっかだけど、いつかはオマエにだって勝つぞ! だからオマエはライバルだ!」
「ライバル?」
「ああ! もっともっと強くなって、チャンピオンカップの決勝で戦うんだ! それで勝った方がアニキに挑む! 約束だ!」
「約束……」
ホップが拳を突き出した。
今日、ホップと新たな縁が出来る。
友だちで、お隣さんで、お互いに自慢の兄がいて、そして──共に競い合うライバルという新たな関係性になる。
ホップと一緒にチャンピオンを目指す。そんな約束が、なんだかとても大切なもののような気がした。
「うん……じゃあ、約束」
「おう!」
こつんと拳を合わせると、ホップがニカッと太陽のように笑った。
とても綺麗に笑うものだから、あたしは少し照れてしまって顔を逸らす。
空は夕闇に染まりかけている。いつの間にか随分と時間が経っていたらしい。
冒険というには近場の出来事だけど、それでも今日は初めての体験でいっぱいだった。
旅に出れば、きっともっとたくさんの初めてがあるのだろう。そう考えるとワクワクしてくる。
今だってほら、あたしたちの旅の門出を祝うかのように流れ星が──。
「──流れ星?」
「ん? ──うわっ、危ないぞユウリ!」
「っ!?」
徐々にこちらに近付いてくる小さな赤い光をぼんやりと眺めていると、ホップがあたしを庇うように光を背にする。
身体が密着するくらいの急接近に目を白黒させていると、ドゴン! と何かが衝突したような重々しい音が辺りに響いた。
落ちた場所はコートのすぐ近く。まるで隕石の落下のようにも見えたけど……?
「なんだ、アレ……?」
ホップがあたしから離れ、恐る恐るといった感じで何かが落ちた場所の近くへ行く。
危ないよ、と言おうとして口が上手く動かずもごもごしていると。
「これ……『ねがいぼし』か!? おい、ユウリも来てみろよ!」
ホップが手招きするので、どうやら危険は無さそうだとあたしも近くに寄ってみる。
見てみれば、確かにそれは『ねがいぼし』のようだった。それも二つ。
「おや、本当。珍しいわね、二つ同時にだなんて」
「まるで二人に呼応して落ちてきたようだな。『ねがいぼし』は本気の願いを持つ人の元に落ちてくるというが、つまりそれだけ二人の想いが強かったという事か?」
博士とダンデさんも追随し、興味深そうに『ねがいぼし』を眺めている。
その噂自体は知ってるけど、あたしは全く信じてない。だって兄の元には降ってこなかったし、そもそもそんなにホイホイとこんな石が降ってきてたら事件だろう。
「へへーん、きっと神様もオレたちの事を見てくれてるんだぞ! ほら、一つはユウリのだ!」
「う、うん」
ホップから『ねがいぼし』を手渡される。
仄かに熱を持つそれは、ガラル粒子による赤い燐光を漂わせていた。
「お、帰ってきたらなんか盛り上がってるね。流れ星が見えたからもしかしてとは思ったけど『ねがいぼし』が降ってきてたのね」
「ソニア! 見てくれよ!」
「はいはい。でもそのままじゃ使えないし、一旦おばあ様に預けてみれば? 一晩あればダイマックスバンドが作れるはずだし」
ダイマックスバンド。それは『ねがいぼし』を材料に作られるもので、ポケモンをダイマックスさせるのに必要な道具だ。
一応レンタルしたりは出来るけど、自分のものがあるに越した事はない。
兄は確かワイルドエリアに落ちていた『ねがいぼし』で作ったと言ってたっけ。
「そうだな。じゃあ博士、お願いしてもいいか?」
「もちろん。明日の朝には完成させましょう」
そうしてマグノリア博士に『ねがいぼし』を預ける。
まさかこんなに早い段階でダイマックスバンドが手に入るとは思わなかった。
「へへっ、オレたちツイてるな! 微睡みの森では不思議なポケモンと戦ったし、まさにオレの伝説の始まりなんだぞ!」
「調子いいなぁ……こんなの偶然だよ」
「いーや! 偶然でもこれだけ重なれば必然なんだぞ!」
どこかで聞いた事のあるようなセリフを言うホップ。
確かに偶然と片付けるには色々と起こりすぎている気もするけど、やっぱり偶然は偶然だと思う。
「んー、まあ今日は遅いしあんたたちも泊まっていったら? わたし、最近流行りのカレーライス作りに凝ってんだよね。ご馳走したげる」
「おおっ! ありがたくいただくぞ! ユウリもそうするよな?」
「うん! カレー楽しみ!」
カレーと聞いて、あたしの満腹中枢が刺激される。
何を隠そう、あたしはカレーが大好物なのだ。それはもう毎日三食カレーでも平気なくらいに。
……まあ、カレー好きが高じて自分だけレトルトカレーを食べまくっていたら『栄養が偏るでしょ!』と母に怒られた苦い記憶もあるのだけど。
「作り甲斐があるねー。代わりってわけじゃないけど、あんたたちが会ったっていうそのポケモンの話聞かせてよ。ちょっと興味あるし」
「そうね。私もソニアに話があるわ」
「えっ!? わたし何かしたっけ!? ちょっとホップ、おばあ様に何か言ったの!?」
「な、何も言ってないぞ!? 何かしたのか!?」
「してない! ……はず……だけど……してませんよね?」
「あら、何か心当たりでも?」
「ちょっ……!? 不安になる! わたし本当に何もしてないのに!」
慌てふためくソニアさんの横で、博士が微かに微笑んでいるのが見えた。
あれも博士なりの愛情表現……なんだろうか? 少しいじわるな気もするけど。
そんなこんながありながら、ダンデさんはまだ仕事があるとの事なので別れて、あたしたちは博士の家に入る。
ソニアさんが作ったカレーの具材はやけに細かく切られていて、
一つ驚いた事といえば、ダンデさんが食べるというよりはほぼ飲むと言った方が正解な掻き込み方をしていた事だ。
普通のカレーならまず間違いなく喉に詰まっていただろう。せっかちなところが似ているホップですら『それは無いぞ』と引いていたし、あの食べ方はよくないと思う。
ともあれ、そんな一幕があった次の日の朝。
ダンデさんは朝一番から仕事があったらしく、あたしたちが起きた頃には既にいなかった。
リビングに向かうとソニアさんと博士が話しているのが見える。
ホップも先に起きて朝食を食べていたので、あたしも座って昨日の残りのカレーを食べた。
そうして朝食の時間を終えた後、博士が徐に席を立って自室から白い腕輪を二つ持ってくる。
「ホップ、ユウリ。受け取りなさい」
博士から腕輪──ダイマックスバンドが手渡される。約束通りしっかりと仕上げてくれたらしい。
早速腕に装着すると、なんだか自分が立派なトレーナーになったような気がした。
「博士、ありがとう! よし、ユウリ! エンジンシティに向かうぞ! まずは駅まで競走だ!」
「えっ、ちょっ、ホップ!?」
言うが早いか、ホップは博士の家を飛び出していった。楽しみなのはわかるけども。
「おやおや、せっかちなところはダンデそっくりですね」
「す、すみません……」
お礼もそこそこに去っていったホップの代わりに謝る。
なんとなくある程度付き合いはあったんだろう事は会話から察せられたけど、それにしたって今のはちょっと……。
けれど博士は特に気にした風もなく。
「構いませんよ。それよりも、貴方たちは色んなところに赴いてポケモンの事を知りなさい。その経験はきっとかけがえのないものになるわ」
博士が優しく微笑む。
「行きなさい、若き挑戦者よ。その旅に実りの多からん事を祈っています」
「──ありがとうございます、博士!」
目指すはエンジンシティ。そしてそこへ行く為にはブラッシータウンの駅の列車に乗る必要がある。
激励の言葉を受けてあたしは走った。先に行ったホップもきっと待ってるだろうし、早く行ってあげないとね。
* * *
ホップと合流し、列車に乗ってスマホを眺める。
この先にあるエンジンシティは蒸気機関を利用して近代化に成功した街であり、工場や倉庫が多く立ち並ぶ工業都市である。
そしてジムチャレンジの開会式が行われる場所でもあり、エントリーもそこで行う必要がある。
後は……近くにワイルドエリアがあるのも特徴といえば特徴だろうか。他だとナックルシティだけなのだし。
「にしてもビックリしたぞ。まさかかーちゃんたちが見送りにくるなんてな」
「そうだね。でも嬉しかったな」
駅に着いた時、マグノリア博士から連絡を受けたらしい母と
あたしもホップも旅に出る事は伝えていたけど、それでも最後の見送りという事でわざわざブラッシータウンまで出てきたみたいで。
母に抱き締められた時は少し恥ずかしかったけど、横目で見たホップが抱き締めるどころか締め上げられているようにしか見えなかったので、それに比べればずっとマシだと思ったのは内緒の話。
「新品の『キャンプセット』も貰ったしな! これでウールーたちとキャンプするのが楽しみだぞ!」
「あたしはワイルドエリアが気になるかな。色んなポケモンと会えるらしいし」
ガラル地方の大きな特徴として、広大なワイルドエリアという場所がある。
そこは自然の環境をほぼそのまま残した区画であり、ガラル地方全土の約三〜四割程を占める故に多種多様なポケモンが生息している。
特筆すべきは天候の不安定さであり、一つの区画では土砂降りであろうと別の区画では快晴、または砂嵐なんて事もざらにあるという。
これがガラル粒子による影響なのか、それともワイルドエリア内に住むポケモンが原因なのかは定かではないものの、とにかく自然の脅威を叩き込んでくるような場所なんだとか。
とはいえ、よっぽど深くまで行かない限りはそこまで激しい天気の変動も無いらしいけど──というのがスマホで調べてわかった情報である。文明の利器って素晴らしい。
『──お客様にお知らせいたします』
「ん? なんだ?」
そうしてたぷたぷとワイルドエリアの情報を調べていると、ある情報が目に入ると同時にアナウンスが流れる。なんだろうか。
『この先、線路上に野生のウールーが集まっており、この列車はワイルドエリア駅で停車いたします。運行が開始された際は再度連絡いたしますので──』
「ありゃりゃ……運が悪かったね」
列車がワイルドエリア駅に到着して停まる。
旅にトラブルは付き物だけど、のっけから躓くとは思わなかった。まあこのまま待ってればそのうち解決すると思うけど。
「……いや、これはむしろラッキーだぞ」
「ラッキー? 何が?」
「だってさ、ワイルドエリアにはたくさんポケモンがいる! つまり、エンジンシティを目指しながら最強のチームを作れるって事だぞ!」
「え、まさかエンジンシティまで歩いて行くつもりなの?」
目を輝かせるホップに軽く引いてしまう。
だって、ワイルドエリア駅からエンジンシティは全く寄り道せずに歩いても三時間はかかるのだ。
まして野生のポケモンも多くいるワイルドエリアをそのまま突っ切れるかといえば絶対にノーなわけで。
歩いてエンジンシティに向かうのと、列車が再び動き出すのとどちらが早いかといえばおそらく後者だろう。わざわざリスクを取る必要は無い。
「……いや、やめとこうよホップ。ワイルドエリアは楽しいだけじゃないんだよ?」
ワイルドエリア内にはリーグスタッフが配置されていて、そうそう滅多な事は起こらないけど、それでも毎年必ず
エンジンシティ周辺は比較的安全とはいえ、万が一が起こらないとも限らない。
そんなあたしの言葉を聞いてもホップの目の輝きは曇らない。
「でもせっかくの機会なんだぞ!? 今オレたちにはツキが向いてる! だからこのトラブルもきっとオレたちを強くしてくれる! そうに違いないぞ!」
「ま、前向き……!」
おそるべきポジティブシンキングである。ここまで事態を好意的に受け取れるのは才能だ。
ホップのこういうところは見習っていきたいと思う反面、あまり都合よく解釈しすぎるのもどうなのかといったところだ。
「オレは行くぞ、ユウリ。オマエに、アニキに勝ちたいからな」
「ホップ……」
どうやらホップの決意は硬いようだ。
ホップはずっと前を見据えている。どんな状況でも、自分のやれる事を精一杯やろうとしているんだ。
そんなホップが眩しくて、あたしは──。
「──うん、行ってらっしゃい! あたしは列車で行くね!」
──列車で安全に辿り着く事を選択した。
いや、だってワイルドエリアの探索は別にジムチャレンジが始まってからでも遅くはないのだし、今焦る必要は無い。
それにあたしは今は手持ちを増やすつもりは無いし、鍛えるにしてもエンジンシティに着いてからやればいいだけの事。
色々やりながらワイルドエリアを進んだら、エンジンシティまでどれだけかかるかわかったものではない。
「頑張ってね! 応援してるよ!」
「…………」
「え? あれ? ホップ? なんであたしの腕を掴むの?」
「いやー、ライバルのオマエがいないと張り合いが無いからな!
「やだぁ──っ! だって雨降ってるところあるもん! あたし濡れたくない!」
さっきスマホで確認した情報だと、まさにエンジンシティ周辺で雨が降っているのだ。それも強風とセット。
折り畳み傘くらいは持ってるけど、とてもそれで凌げるものじゃない。よりにもよって必ず通るエリアに雨が降る事はないじゃないか。だから行きたくなかったのに。
「どうせ旅してたら急な雨に降られる事なんていくらでもあるぞ! 今の内に慣れておこうぜ!」
「い──や──! ホップだけで行けばいいじゃん! あたしを出し抜けばいいじゃん!」
「それはそうなんだけど、それでユウリ一人が悠々とエンジンシティに辿り着かれたら、なんか余裕見せられてるみたいでちょっとイラッとしたぞ」
しれっと言うホップ。
なんという我儘。なんという横暴。こんなの紳士的じゃない。
なんとか列車内に戻るべく猛抗議するも、男の子の力には敵わずズルズルと引きずられていく。
せめて周りの人たちが助けてくれないかと微かな希望を見出すものの、何故か生温かい視線を向けられるだけだった。どうして。
やっぱり『ねがいぼし』が吉兆の証だなんて嘘っぱちだ。だってあたしは今こんなにも不幸なんだから。
「さあ、ワイルドエリアが待ってるぞユウリ! オレたちの冒険の始まりだ!」
「い──や──だ──!」
心の底からの叫びを上げる。
だけどそんなあたしの声がホップに届く事はなかった。