ホグワーツでの生活が始まり2ヶ月が過ぎようとする頃。生徒たちは親元を離れた生活にも慣れ、友人達──特に同じルームメイトと親交を深めていた。
長時間共に過ごし、就寝まで…それこそ、おはようからおやすみまで一緒なのだ。仲が良くならないわけがない。
ゴードンはジェームズとシリウスとリーマスと。
サラはセブルスと。
ルカはラピーヌと。
ローシャはパンドラと。
それぞれのペースで親交を深めていき、常に共に過ごしていた。
とはいえ。
創立者の魂を持つ4人は廊下で会えばすぐに話しかけ楽しげに会話をし、自由時間にはよく空き教室に集まり何やらこそこそと悪戯っぽく話していた。
4人は今、ホグワーツで最も有名な生徒たちと言えるだろう。組み分けで創立者の名前を告げられた4人は、どの生徒たちよりも優れた頭脳とたしかな力を持っていた。授業でも他者より抜き出た加点を収め、間違いなくそれぞれの寮で最も寮対抗杯に貢献しているといえるだろう。
ある日の休日。ゴードンはジェームズとシリウスと共に寮の部屋で過ごしていた。
「リーマス。お母さんが倒れたって…大丈夫かなぁ?確か…この前もそうだったよね?」
ジェームズは心配そうな声で呟く。
自分のベッドに寝転びクィディッチの雑誌を読んでいたゴードンは顔を上げないままに「そうだなー」と答えた。
リーマスは今日の朝から居ない。先月もそうだったが、母親が倒れ家に帰らなければならなくなったらしい。
シリウスもそういえば、まただな。とぼんやりと考えつつ──実は、引っ掛かりがあったのも事実だ。
「アイツ、あんま心配してる感じじゃねぇよな」
シリウスは勉強机につき、魔法薬学のレポートを書いていた手を止め、ぽつりと呟いた。
アイツ、とは勿論ここにいないリーマスの事である。
リーマスは、とても他人に優しい人だ。近くにいてわかった事だが、困っている人が居ればすぐに気がつき手を差し伸べる。特に最近は同級生のピーターが談話室で難しい宿題にうんうん唸っているたびに隣に座りそれとなくヒントを教えていた。
そんな、心優しいリーマスが母親が倒れたとなれば顔を蒼白にし慌てそうなものだが──不思議なほど、リーマスは静かだった。心を乱す事なく「行ってくるね」とシリウス達に告げ、鞄に少しの荷物をまとめて出て行った。
病弱で良く倒れるんだ、と何処か曖昧に顔色を悪くして言っていたが、それにしても──心配くらい、するだろう。
「うーん、それは…僕もちょっと気になってたけど。ほら、病弱だって言ってただろう?毎度の事なのかもしれないね」
「そうか…?」
「ま、俺たちに出来る事は帰ってきたらいつも通り迎える事くらいさ」
ゴードンはぺらりと雑誌のページを巡りながら答える。
ゴードンは勿論、何故リーマスが時々居なくなるのか。そして帰ってきてからもかなり辛そうにしているのか理解していたが、それを他者に言うほど愚かではない。
彼は人狼に対して偏見は無いが、魔法界でその存在が忌み嫌われているのだと、よく理解していたのだ。
ジェームズとシリウスは顔を見合わせて、それもそうかと頷く。
流石に、まだ2人はリーマスが満月の前に消えることに気がついていない。
だがそれも、時間の問題だろう。ホグワーツで天文学を学び、宿題として月の満ち欠けを書き留めなければならない2人は──いずれ、その可能性に到達するだろう。
ゴードンは、顔を上げ夕暮れに差し掛かる窓の外を見た。今夜は勿論──満月だ。
パタンと雑誌を閉じると、ゴードンはひょいっと軽い動作でベッドから飛び降りる。
「サラんところ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「おー。…あ、そうだ。サラに魔法薬学のグループ課題、明日の朝には仕上がるって伝えといてくれないか?」
「オッケー、言っとく」
「ありがとなー」
ゴードンはひらひらと手を振り、自室を抜け出しそのまま談話室を通り過ぎ、廊下へ出た。
いつのまにか、シリウスとジェームズはサラの事をファミリーネームではなく「サラ」と呼ぶようになり、そこそこ親しい間柄になっていた。一方でセブルスと2人の中は相変わらず目を合わせば小言の一つ二つ飛び交っており、仲が良いとはとても言い切れないが──それでも、互いを呪いそうなほど険悪な関係でもなければ、ジェームズとシリウスは表立ってセブルスを幼稚な言葉で揶揄い侮辱する事は無かった。
ゴードンはポケットに手を突っ込んだままスリザリン寮の地下階段を降りる──事は無く、玄関ホールを横切りそのまま外へ出た。
空は茜色と群青色の境界がぼやけ、夜に差し掛かっている。遠い彼方には微かな白い星が瞬いていた。
「んーと。多分ここだろうなー」
ゴードンは独り言を呟きながら暴れ柳の前に立つ。ある程度距離を開けている為、暴れ柳はその枝を振るう事は無いが…警戒しているのか、ゆっくりと枝先をゴードンに向け牽制している。これ以上近づけば、この鋭利な枝先がお前の体を貫くぞ──そうとも取れる暴れ柳の動きだったが、ゴードンは気にする事なくポケットから杖を出すと軽い口調で唱えた。
「
暴れ柳はぴたり、と葉の一片も動く事なく止まった。
ゴードンはあたりを見つつ、木の幹に近づく。
この木は、ホグワーツには無かった。自分が入学前に植えられたのだという。
希少なこの木を生徒達に見せる為──と、ダンブルドアは説明したが、暴れ柳はその名の通りかなり凶暴な樹木である。好奇心旺盛な子どもたちの学びやに、いくら希少な木だとしても、学びのためだとしても植えるものではないだろう。
つまり、この木が植えられた理由は必ずあるはずだ。
「…お、隠し通路か」
木を調べていたゴードンは、根本にぽっかりと下へ続く黒々とした穴があることに気がついた。
下に潜ろう、と身を屈めた瞬間、ゴードンの頭上スレスレのところを木の太い幹が通る。
首筋に風を感じたゴードンは、「おお!?」と驚きの声を上げながらバランスを崩し転がるようにして穴の中に落ちた。
「いっ──てぇ…!」
ドシン、と尻を打ったゴードンは痛む尻を押さえながら立ちあがろうとし──「いたっ!?」今度は頭をぶつけた。
自分の想像以上に通路は狭かったようで、身を屈めなければ歩けなさそうだ。
杖先をルーモスで光らせながら、ゴードンは暗く伸びる道を進む。
「うーん。…それにしても、やっぱアレだったなぁ…後でサラ達にも言わなきゃなぁ…」
ぽりぽりと頭をかきつつ、ゴードンはさっさと道を進む。早くしなければ、リーマスが冷静に話せない状態になってしまうだろう。
ーーー
リーマスは将来、叫びの館と呼ばれる朽ちかけた館の一室にある古びたベッドに腰掛けた。
ホグワーツに入学するにあたっての、ダンブルドアとの約束は満月の夜は必ず、この部屋で過ごすこと。…それだけだ。
有効な薬もなく、人を噛めば同じ性質をうつしてしまう厄介な魔法界固有の病気、とも言えるだろう。
リーマスはため息をつき、窓の外で暗くなりつつある空を眺めた。
早く、朝が来ればいい。
朝になり、ジェームズやシリウス、ゴードンと会いたい。
あの場にいる時だけ、自分は普通の少年なんじゃないかと、思う事が出来る。
だが──ふとした時に、人狼である事を隠して付き合っていることに対するどうしようもない後悔と、胸を締め付けるような苦しみを感じる。少なくとも、ジェームズとシリウスは人狼なんかと、仲良くしたくないだろう。もし、バレてしまったら…もう、二度と2人の笑顔は見れず、気軽に話しかけてもらえなくなるに違いない。それに、きっと想像もできないくらいの罵詈雑言を、浴びることになる。
絶対に、人狼だとは知られたくない。
ホグワーツに来る前は、たった7年だ。その間勉強することだけを、生きていく上で必要な知識を得ることだけに心血を注ごうと思っていた。
だが、あまりにも彼らが優しかったから。至って普通に、友人として付き合ってくれるから。
はじめはそれとなく距離を取ろうとしたが─彼ら3人は当然のように距離を詰め、常にそばにいて馬鹿騒ぎをしていた。巻き込まれ注目されるのは正直はじめは嫌だった、だが…いつの間にか、それが当然になり、嫌ではなくなっていた。むしろ、楽しさや満足感が心から溢れていたのに気がついたのはいつだろうか。
優しく、賢く、時々とんでもない馬鹿な3人だったが──とても、好きな友人だった。
もし、人狼だとバレたら退学──とまではいかないにしろ、学生生活はかなり、厳しいものになるだろう。
リーマスは足の上で指を組み、拳を作り目を閉じた。
「や、リーマス」
突如響いた声に、リーマスは心臓が止まったかと、思った。
「ゴードン!?な、なんで、ここに…!」
扉の向こうに音もなく現れたのは、ゴードンだった。ゴードンは部屋を見渡し「なんか家具壊れすぎじゃね?」と言いながらリーマスに近づく。
「駄目だ!!なんで、なんでここにっ!──すぐに、逃げて!」
リーマスは顔を蒼白にし立ち上がると悲痛な声で叫んだ。
もう、後数分で人狼に変わってしまう。わかるんだ、身体の中に何かが這っているようなざわつきと、そして──人を見た途端、どうしようもない凶暴な衝動がじわりと身体の奥から溢れてくる。
「逃げてって、何から?」
「っ…!僕からだ!僕はっ…人狼だ!」
「ああ、うん知ってた」
「知って──え?」
リーマスは、かなり覚悟を決めて事実を伝えたつもりだったが、ゴードンは「百味ビーンズは罰ゲームに使われます」と言う言葉を聞いた時のようにあっさりと頷いた。
唖然として何も言えず、口をぽかんと開いたリーマスに、ゴードンはカラカラと溌剌と笑うと扉に向かって魔法をかけ決して破られないようにした後、さらに一歩近づいた。
「リーマスが人狼だって知ってた。んでさ、ジェームズとシリウスは知らないだろ?アイツら心配してたぞー?」
「そう…なんだ…。…え、なんで、どうして気付いたの?」
「まぁまぁそれは置いといて」
ゴードンは何かを隣に置くようなジェスチャーをした後、窓を一度チラリと見た。その視線の先は既に暗くなっていて──リーマスは小さな悲鳴を上げ、ベッドの上に飛び乗るとそのままゴードンから最も離れた壁にぴったりと背をつけた。
「わかってるなら、何で来たんだ!?早く出ていってくれ!僕は、君を噛みたくない…!傷付けたくないんだ!」
「わかってるから、落ち着けって。俺がここに来たのは──」
「早く!!もう、時間が──っ!!」
飄々としたゴードンの声に、リーマスは苛立ちながら叫び──そして、蒼白な顔でぴたりと動きを止め、そのまま、体を大きく曲げた。
「ゴードンっ…逃げ…ぐっ…!!」
満月が空に上がっていた。
リーマスは変化を止める事が出来ず、体を掻き抱いたままぶるぶると痙攣するように震える。
「おーおー…」
ゴードンは、リーマスが人狼に変わる様をポケットに手を入れながら見ていた。
「あ、リーマス服脱がないと──って、遅かったか」
大きな人狼へと変わったリーマスの服は引き裂かれ、あたりに散らばる。
灰色の人狼になったリーマスは、目の前の
その鋭利な爪はゴードンの肩を掴み押し倒し、首筋に凶悪な牙が突き刺さる。
──事は無く、
「落ち着けって、リーマス」
「…ゴードン…君…なの…?」
リーマスは視界いっぱいに広がる獣──獅子を見て呆然と呟いた。
人狼を組み敷いていた獅子はゆっくりとその上から降りると床の上に座り、かしかしと器用に後ろ足で頭を掻いた。
「ああ、そうだ。この姿なら襲う気持ちにならないだろ?俺はいま人間じゃねーからな」
その獅子は百獣の王に相応しく立派な立髪を持ち、ゴードンとよく似た金色の目をしていた。
人狼もまた、体を起こすと静かに床の上に座り、じっと信じられずにその獅子を見る。
「その姿は…?君は、一体…?」
「アニメーガスさ。しらねぇか?変身術でマグゴナガル先生が言ってただろ?動物の変身術じゃなくて、動物そのものに変身する方法があるんだよ。この姿ならリーマスと話せるし、近くに人間さえいなきゃある程度理性は保てるだろ?」
「アニメーガス…そうか…うん、たしかに、襲おうとは、思わない」
ゴードンは、獅子のアニメーガスだった。
今世でアニメーガスに変わったのは初めてだったが、間違いなく獅子になれるという確信がゴードンにはあった。
何故なら、魔法というものはその肉体に宿るのでは無く、魂に宿るものだからだ。
魂に紐付けられ、一度習得した魔法は失われる事がない。──つまり、ゴードンはゴドリック・グリフィンドールであった時代にアニメーガスになる技を習得し、自在に獅子になる事が出来ていた。
そして、サラザールも、ロウェナも、ヘルガも同じようにアニメーガスになる事ができるのだが──なんの動物なのかは、明記せずとも察しの通りである。
「ここに来た理由だけどさ。ジェームズとシリウスには、お前が人狼だとバレたくないんだよな?それなら、俺が協力しようか?って、聞きたかったんだよ。学校では常に2人がいるから聞けねーしさぁ」
「そう、だったんだ…うん。2人には、バレたくない。ゴードンみたいに受け入れられないと思う…から」
仲良くなったとはいえ、まだ2ヶ月と少しだ。完璧に個々が持つ悩みを打ち明ける程にはまだ、深い付き合いではない。
シリウスは家の事を、ジェームズは今まで正解だと思っていた常識との乖離を、それぞれ思い悩み苦悩していたが──まだ、誰にも言えなかった。
「でも…協力って…どうやって?」
「毎回は怪しまれるから無理かもしれねぇけどさ、俺と魔法の訓練をしてそれの怪我で医務室に入院してるってことにすればいい。満月の夜、人を噛めないと自分の腕とか噛むんだろ?その怪我の理由にもなるし」
「魔法の訓練…?」
「そうそう!我ながら良いアイディアだ!俺は決闘が出来る!リーマスは理由が出来る!な?どうだ?」
決闘って。それってかなり危険なやつでは?とリーマスは思ったが。流石に家の用事や母が倒れたと言い毎月ホグワーツからいなくなる──ただしくは、彼らの前からいなくなる、だが──事は難しいと、リーマスも考えていた。そんな理由ではきっとバレてしまう。しかし、ジェームズとシリウスの前でゴードンと魔法の訓練という名の決闘をし、怪我を負い、医務室に入院する事になれば…たしかに、怪しまれないだろう。
校医のマダム・ポンフリーはきっと怪我をすぐに治してくれるだろうが、入院していることにして欲しいと言えば断る人ではない。彼女も、自分が人狼だと知っている1人なのだから。
「うん…お願いしていい?」
「勿論!」
ゴードンはにっこりと笑い、頷いた。
獅子の表情はあまり動かないが──リーマスは、細められた金色の目を見て、きっとゴードンはいつものような屈託のない明るい笑顔を見せているのだろう、と思った。
リーマスの胸の中にいた獣が、初めて満足そうな声で鳴いた。
「…ありがとう、ゴードン」
「いいってことよ!」
この日、リーマスにとってゴードンは特別な友人になったが──ゴードンはそんな事は全く気が付かず、ただ笑っていた。