ルカはハッフルパフ寮へ向かうためにホグワーツのキッチンへ向かった。
キッチンがある廊下の右隅に積み上げられている樽の中の下から2番目、とある樽をトントンとハッフルパフ・リズムと言われる一定のリズムで叩けばぱかりと樽の蓋が空いた。この寮の行き方は、かなり簡単なものだが──唯一他の寮と違い、他者の侵入を創立以来許していない、鉄壁の守りなのだ。
まぁ、そのやり方がわかればすぐに侵入されてしまうと思うかもしれないが、実はそのハッフルパフ・リズムという一種の
身を屈めて樽の中を進めばぽっかりと広い空間に出た。
ハッフルパフの談話室。そこは丸みを帯びた家具が多く、さながら樽の中に居るような雰囲気だった。素朴で天井が低い談話室の丸窓の側にはプランターがありタンポポが風もないのに微かに揺れていた。
「あら。…君は…創立者の名前を呼ばれた子ね?私はニーナ・チュネルクよ。監督生で、五年生なの」
「私はルカ・テイラー!よろしくね!」
柔和な微笑みで手を差し出され、ルカもにっこりと笑いその手を取った。
ニーナ・チュネルクは誰にも優しいハッフルパフの母のような存在であり、ふくよかな女性だった。おっとりとした性格の彼女はなによりも食べる事が大好きで、ポケットにはいつも沢山のお菓子が入っている。
ハッフルパフ寮は、全てのものに平等であり、誰でも受け入れる。例え創立者の名前を叫ばれた異質な存在であったとしてもだ。唯一、ルカは他の寮と違い他の生徒達と同等に迎えられたが、ルカはその事を知る由もない。何故なら彼女はヘルガ・ハッフルパフその人であり──彼女もまた、全てを受け入れる広大すぎる心を持つからだ。彼女は自分が異質だとは微塵も思っていない。
「遅かったわね、心配したのよ?」
「えーっと、美味しい匂いに誘われちゃったの」
「あらまぁそうなの…ホグワーツでの食事は美味しいものばかりだし、ここはキッチンに近いものね、わかるわぁ…。──さあ、自分の部屋を確認してらっしゃい?」
「うん!」
ルカはニーナが指し示した丸い扉に向かうと、一度振り返り談話室の中を見回した。ソファに座り穏やかに雑談する生徒達は皆、ゆったりとした雰囲気を楽しんでいる。──ああ、寮の雰囲気は千年前と変わってないわ。──何だかルカは嬉しくなり、スキップするように丸いドアの先にある階段を駆け上がった。
「あら、ここね!」
ルカは足を止め、扉の脇に飾られた白詰草とたんぽぽを見て微笑みながら自分の名前が掲示されている扉を開けた。
「はじめまして!私はルカ・テイラーよ! よろしくね!」
「あら、遅かったわね?私はラピーヌ・スキャマンダーよ!2人部屋みたいなの、よろしくね!」
「うん!よろしくー!」
ルカの笑顔に負けないほど明るく笑ったのは、ラピーヌ・スキャマンダーという少女だった。茶色い髪に、黒く輝くような瞳を持つ真の強そうな少女だ。本来この部屋は3人部屋らしく、ベッドは3つあったが扉に貼られていた羊皮紙に書かれた名前は2人分だった。
「ラピーヌって呼んでね、ルカって呼んでもいい?」
「勿論よ!ねぇ、ラピーヌってニュート・スキャマンダーの親戚?珍しいファミリーネームよね?」
「ああ、ニュートは父よ。もうホグワーツを卒業しているけれど、兄もいるわ」
「へぇ!そうなの、ラピーヌは魔法生物好き?」
「ええ、世話は大変だけど…好きよ、家にたーーくさんいるもの!」
「わぁ!良いわね!私も魔法生物大好きなの!」
ルカはにこにこと笑い、ラピーヌに向かって手を差し出す。ラピーヌもしっかりとその手を取って同じように明るく笑った。
ーーー
ローシャはこっそりと図書館を訪れた。
勿論今日は閉館していたが、気にする事なく魔法で扉の鍵を開けたのだった。
図書館独特の紙とインクの匂いを吸い込み、無数にある書物を見ると、ほう、と恍惚にも似た吐息を吐き、うっとりとした目で天まで高く聳えている書棚を見上げていた。
実家が有名な古本屋を経営しているとはいえ、ホグワーツにある書物の数は膨大な量だ、記憶が戻ってからと言うもの、1000年もの間に出版された本の多さにローシャは嬉しい悲鳴を上げていた。
在学中にこの図書館にある全ての本を読んでみせる、そうローシャは幾つかの本を抜き取りながらほくそ笑んだ。
抜き取った本を撫でて小さくするとポケットの中に入れる、今まで読んだ本を全て覚えているローシャは、片っ端から見覚えのないタイトルが書かれている本を抜き取った。
「──このくらいにしましょうか」
手のひらに収まる程度の大きさに変えていたが、ローシャのポケットはカクカクと歪みぱんぱんに膨らんでいた。
軽量化もしているため重さは無いが、50冊はゆうに超えていた。しかし、その本の数はローシャにとって2日有れば十分に読める量だ。
こっそりと図書館を抜け出し、西棟へと向かう。気がつけばかなりの時間を図書館で過ごしていたらしく、すっかりと窓の外は暗くなり廊下には人気が一切ない。時計を持っていなかったローシャは今が何時なのかわからなかったが──とくに気にしなかった。
そう、この身体は若い。少しくらい本を読み耽り朝を迎えてしまっても少し仮眠を取れば回復する若さなのだ。
「──あなた、こんな所で何をしているのですか?」
突然冷たい声がした。ローシャは一瞬、見回りの教師かと思ったが──いや、違う、この声は。
ローシャはすぐに振り返り、少し離れた場所にふわりと浮かんでいるゴーストを見上げた。
「ヘレナ……!」
「…私は、
レイブンクローのゴーストである灰色のレディは怪訝な顔でローシャを見下ろす。そして、その顔を見て──この少女は組み分けの時に、母の名前を叫ばれていた少女だと気がついた。今年はいつもと違う、いや──いつも、ではない。自分がゴーストになってから、一度だって創立者の名前を呼ばれる者は居なかった。このローシャという少女と、他の3人には何かがあるに違いない。
「…実家が、古本屋を経営しておりますので、何かの本で読んで知っているだけです」
ローシャは、かなり動揺していたがそれを悟られまいと──ローブの下でぐっと手を握り顎を少し上げ、なるべく感情が籠らないように答えた。
生まれ変わりだと悟らせてはならない、そう──誓った。
ああ、でも──私の娘がここにいる。ひと目会いたいと、願っていた、死の間際までヘレナの事を思っていた。その願いは叶えられなかったが…こうして、今目の前に──…。
ゴーストがどういうものなのか重々承知しているローシャは、ふーっと長いため息を吐くと、彼女にしては珍しく、悲しげに微笑んだ。
「レディ。…レイブンクロー寮まで導いて頂けるかしら」
「……私の、寮生ですもの…勿論です」
ふわりと身を翻し、廊下の上を滑るように移動する灰色のレディの背中を見つめ、ローシャは静かに歩いた。
私は、良い母親ではなかった。…だから、ヘレナは私の元を去った。私の存在が重荷だった──。ならば、名乗ることは、ヘレナのためにはならないのかも、しれない。
ローシャは
──私は…後悔など、何もせず、この世に未練を残さず逝って欲しかったのですよ、ヘレナ。
灰色のレディに案内され、西棟の螺旋階段を登る。頂上には扉があり、鷲の形をしたノッカーがついていた。
ローシャが扉の前に立てば、灰色のレディはすっとその場から姿を消す。暫く、ローシャは灰色のレディが消えたあとを見ていたが、何も言わずにノッカーを打ち鳴らした。
「誰もいない場所で古木が倒れた。──それはどんな音か?」
鷲のノッカーの質問に、ローシャは悩む事なく答える。一年生に出す出題はこの程度のレベルなのか、と少し残念に思った。
「無音です」
「よく推理しましたね」
鷲がそう言いパッと扉が開いた。
ローシャは扉をくぐり、レイブンクローの談話室を見回す。広い円形の談話室はアーチ型の広い窓が複数あり、朝なら禁じられた森やクィディッチ競技場が見る事が出来ただろう、ドーム型の天井に描かれた星図に似た星が窓の奥で煌めいている。
扉の反対側には──ロウェナ・レイブンクローの像が立ち、ローシャを歓迎していた。
自分の像を作ったのは、少々やり過ぎ…いえ、有頂天になっていましたね。
ローシャは数人残っているレイブンクロー生には見向きもせず直ぐに自室を探しに女子寮へ向かった。
個を重視するレイブンクロー生達は、遅く現れたローシャに何も声をかけなかった。それぞれ思い思いの場所で本を読み、魔法チェスをし、明日の予習をする。──レイブンクロー生は、その特性からなのか…寮生同士の強い結束はあまりなかった。
「ああ、ここですね」
ローシャは扉の前に立ち羊皮紙に書かれていた自分の名前を見る。
1人部屋が良かったが、そう言うわけにはいかなかったようだ。同じような知能を持つ子ども──とまでは言わなくとも、ある程度知恵のあるチームメイトなら良いが、とローシャは扉を開ける。
「こんばんは」
「…こんばんは」
少女はベッドの上に寝転び沢山の本に囲まれながら、ローシャが入ってきたことに気がつくと顔を上げぬまま呟いた。
ルームメイトにあまり興味がなさそうなその反応に、ローシャはなんとなく奇妙な居心地の良さを感じる。
「パンドラ・フォーサイス」
「え?」
「私の名前。7年間よろしく、ロウェナ・レイブンクロー」
「…私の名前はローシャ・ウォーカーですが」
パンドラと名乗った少女はくすんだブロンドの髪に、真っ白な肌を持つどこか人離れした風貌の美しい少女だった。灰色の瞳を上げたパンドラは怪訝な声を出すローシャを初めて見ると傾げる。
「帽子がそう言っていたわ」
「ああ…そうですね」
「ローシャ、
「ええ、ローシャ
「ふうん?…よろしく、ローシャ」
「どうも」
ローシャは自分のトランクが置かれているベッドに近づくとローブを脱ぎ、ひっくり返す。軽く振りポケットに入っていた本を全てベッドの上に落とすと魔法を解除した。
突如現れた本の山に、パンドラは目を見開き──初めて表情を変え、目を輝かせた。
「とってきたの?」
「そうですが」
「へえー?」
ぴょんと立ち上がりローシャの隣に立ったパンドラはにやりと笑った。
「やるじゃん!」
褒められるとは思わず、ローシャは楽しそうに本の山を見るパンドラを見つめた。パンドラは本の山の中からひょいひょいと数冊の本を掴むと、何も言わずに自分のベッドに持っていく。
「…勝手にとらないでくれますか?」
「これだけ。それ以外は読んだ事あるもん。あ、ねえ、その本の山の右から二つ目青い背表紙の本は面白かったよ。特に5章281頁から396頁までが最高」
「……本の内容を、全て覚えてるのですか?」
ベッドに寝転びまた本を読み始めたパンドラは、「うん」と当然のように頷いた。
暫く無言だったローシャだったが、今度は彼女からパンドラのベッドに近づきその中から一冊の本を手に取った。
「この本の、第4章21節から41節は中々面白い発見がありますよ」
「──へぇ?読むの、楽しみ」
パンドラは、ローシャも同じような能力があるとわかると、少し嬉しそうに笑ったがその後は一切ローシャに話しかけず本を読み耽り、ローシャもまた自分のベッドに戻ると本を読み始めた。
無音の中、時々隙間風がひゅうひゅうと鳴る音と、ぺらぺらとページを捲る音だけが響いたが──とても、居心地の良い寛げる空間であり、良きルームメイトになれるかもしれない、と2人は思った。