サラとセブルスは闇の魔術に対する防衛術の教室を目指し廊下を歩いていた。
「何故、
ぽつり、と呟いたセブルスの言葉にサラはちらりと隣を見る。
俯き猫背気味に歩くセブルスは闇の魔術そのものでは無く、防衛術しか教えて貰えそうにない事に不満を抱えていた。
「セブルス、君は闇の魔術が好きなのかね?」
「……興味がある」
セブルスは闇の魔術に興味津々だった。むしろサラが言うように好きだと──その途轍もない強大な圧倒的力に焦がれているとも言えるだろう。
だが、魔法界で闇の魔術そのものが忌避されている事は勿論知っている為、流石にそれを口にする事は無い。
魔女である母の部屋にある書棚には、沢山の魔法に関する本が隠されていた。父が魔法に関する事を嫌っている…いや、憎んでいるため、隠さなければならないのは仕方がない。
セブルスは両親が家にいない時にこっそりとその本を隠れて読み、その中でもとりわけ力を持つ闇の魔法や、恐ろしい薬、少々危険な攻撃魔法に魅入られた。
「ふむ…。何故、ここホグワーツでは防衛術であり──闇の魔術そのものを教わらないのか、という疑問かな?」
「…ああ、そうだ」
「そもそも、昔は──少なくとも創立当初は闇の魔術と称される中の、闇の魔法を呪文学で教えていたし、魔法薬学では今では調合が禁じられている魔法薬も取り扱っていた。闇の魔術に対する防衛術という科目は、確か5.600年ほど前に新しく追加された科目だ」
「そう、なのか…?」
セブルスはそんな時代があったのかとサラを見る。サラは「ああ」と頷き、少し歩みを遅くさせると言葉を選ぶようにポツポツと話した。
「その魔術を学ばなければならない時代だった、とも言い換えられるだろう。当時魔法族は今より数も少なく、迫害され、閉鎖的だった。同族でも数少ないコロニーに入るのは難しかった。そんな中、その闇の魔術と呼ばれる魔法や、猛毒の薬、飲むだけで──いや、香りを嗅ぐだけで死に至る薬や、危険な魔法生物…それらを使い、魔法族達は戦わなければならなかった」
「…マグルと…?」
「マグルも…だが、1番は同じ魔法族と…だな」
「…何故、魔法族同士で?」
「そうだな。千年前は──今よりもさらに純血が重んじられた。というよりも…純血という選択しかなかった…マグルとの交わりは禁じられていたからね。そんな中…時折、その血族固有の特殊能力が発現する魔法使いが現れる。
当時魔法族は互いの血族を守る為だけに尽力をつくし、その一方で他の血族を貶め、その血を奪い取り入れ、絶やさんとした──今のスリザリンにある純血思想はそれが元だろうな──兎も角、だ。和平的話し合いなど無かった、ただ血を守る為に魔法族同士が生き残る為に争っていた時代があり、その過程で闇の魔術と呼ばれる魔法や魔法薬が生まれ、ホグワーツでもそれを教えていたのだ。自分の身を守る為には、防衛だけでは意味がない。確かな力を持ち、戦わなければならない。──そうだろう?」
サラは目を細めて笑う。セブルスはその美しくもあり、闇を思わせる眼差しにぞくりと背中が冷えるのを感じた。
「──そう、だな」
「つまり、だ。セブルス。当時は戦わねば生き残れなかった、故に、闇の魔術を教える意義があった、大義があったのだよ。──しかし、今は平和だ。同族同士の殺戮や強奪は殆どない。闇の魔術は…たしかに強大な力を持つ魔法だが、扱いが難しい。今のぬくぬくと生きる子どもには到底その真意を理解できず、使いこなせない代物だ。…いや、学べば魔法としては使えるだろうが…
「闇の魔術に、操られる…?」
「そうだ。その強大な力を得た時、人はどうしても試さずにはいられない。そして他者を支配した事に愉悦を感じる者もいるだろう。その者は既に闇の魔術に操られているのだと、僕は思う。真に闇の魔術を理解し扱う事は大人でも難しい。…まぁ、闇の魔術は、忌避されているからね、そもそも今は使えない大人も多い」
「…つまり…今は、闇の魔術を学ぶべき時代では無い、…という事か?」
「闇の魔法を使う魔法使いはごく僅かで、闇の魔法薬についても厳しく監視されている。危険魔法生物も、その生息地から個体数まで管理されているだろう。千年前はその辺りの体制など全くとられていなかったのだよ。…まぁ、つまり、だ。闇の魔術と総称される闇の魔法を知らなくとも、防御する術を身につけていれば自分の命を守り、生きていける世の中に変わったのだな。…まぁ、闇の魔法を今でも教えている魔法学校もあると最近書物で読んだが…」
「…例のあの人がいる…この世が平和だと…?」
セブルスは低く、どこか恐れと──敬いにもにた複雑な声音で囁き聞いた。
例のあの人…ヴォルデモート卿。
彼が魔法界に──特に、イギリス魔法界にだが──もたらす闇は近年さらに深まり、ヴォルデモート卿率いる死喰い人の手により沢山の行方不明者や死者が出ている。
「…まあ、確かに…防衛術ではなく、ある程度の魔法を備えのために教えてもいいとは思うが。──それでも千年前よりは平和な世の中だ」
当時は魔法を教わる師や、導く師がいなければ、生き残れなかった。
誑かされ、利用され、塵のように捨てられる。そんな魔法使いも──多かった。
だから、僕は──私たちは、小さな命の輝きの為に、迷子になる清き魂を無くすために、ホグワーツ魔法学校を作ったのだ。
「……当時のことを見たように話すんだな」
「──ああ、いやいや、本の中の知識と、僕の想像だ」
くすくすとからかうようにサラは笑った。
セブルスはサラが言った言葉をよく頭の中で考え、噛み砕き理解する。
たしかに、サラの言っている理由はそれなりに筋が通っている。しかし──それでも、セブルスは闇の魔法に惹かれる心を止める事は出来なかった。
むしろ、サラに闇の魔術に関する過去の情報を聞いてからより一層深く理解したいと思い、自分なら操られることなどない、きっと、使いこなしてみせる。──そう、強く思った。
サラは無言で歩くセブルスを見て、心を読み──そう、思う事が既に操られている兆しなのだが、と胸の奥で呟く。
使いこなしてみせる、いう思考が既に誤りなのだ。闇の魔法は、淡々と、思考を読ませず、しかし心の奥底でそれを渇望し、あくまで冷静に、利己的に、何よりも明確な意思で使う魔法だ。
感情を昂らせ、激しく燃やす魔法では無い。水のように静かに、ただ奥底に湧き起こる感情を研ぎ澄まし濃縮させ発現させる至高の魔法だ。──そう、闇の魔法使いだと囁かれた事もあるサラザール・スリザリンは考えている。
しかし、サラはその事をセブルスに伝えるつもりは微塵もない。
何故ならサラは、このセブルス・スネイプという少年がルームメイトであるからとりあえず共に行動しているが…今現在彼の未来が闇の魔術に傾倒し、闇に染まろうとも、至極どうでも良かったのである。
気にして声をかけるほど、まだ2人は打ち解けてはいない。
「さてさて、セブルス。闇の魔術に関してより深く論じたいのであれば、ローシャを尋ねるといい、彼女なら何時間でもセブルスの疑問に答えてくれるだろうよ。…僕は──走る」
「は…?」
言うが早いか遅いか、サラはセブルスを振り返る事なく廊下を一目散に走り抜け、目的地の教室の扉を開けてさっさと中に入った。
ぽかん、としたセブルスだったが、授業開始のチャイムが大きな音で響き──慌てて走り出した。
ーーー
闇の魔術に対する防衛術──通称DADAと呼ばれるその科目は、ホグワーツに数多くある科目の中で最も異質だと言えるだろう。
この科目は、教師が1年と続く事がない。何故だかわからないが不慮の事故、一身上の都合、心を病む者──理由は様々だが、頻繁に教師が変わった。
普通はこんな事は無い。事実どの科目も長く1人の教師が受け持ち、その体力と知力が続く限り簡単に辞める事は無かった。
カリキュラムが無く、教師により好きに教材や指導方法を決める事が出来るホグワーツでは、教師の好みにより授業内容は大きく変わる。
杖を使っての実技訓練を嫌い、板書を好めば──試験は丸暗記するだけで楽だろうが、身についているかと言われれば疑問でしかない。
かといって、実技訓練だけで論理的説明が無ければ、魔法を真に理解する事は叶わずひとつも魔法を使いこなせないまま置いていかれる事となるだろう。
そして、今年度のDADAの教師はどのような人物なのか、確か組分けの後に簡単な紹介があったが、それだけではどんな人物なのか分からず──兄や姉がいる一年生達はこの科目は当たり外れが激しいのだと聞かれていたため、期待と不安混じりの目で席に着き、チャイムが鳴った後──セブルスはなんとかチャイムが終わるまでに席に着く事ができた──教室の扉をじっと見つめていた。
数分後、がちゃり、と扉が開き、マッチ棒のように線が細くひょろりとした初老の男が現れた。
「やぁ…私が今年から闇の魔術に対する防衛術の教師となった、
教壇に疲れたようにもたれ掛かり、それでも懐かしむようにしみじみと蚊の鳴くような細く聞き取りにくい声でその男──ケンは話す。
マッチ棒のように細い体に蚊の鳴くような声、目は闇を思わす漆黒であり、髪は白髪混じりの黒髪だった。
正直、生徒達は今年度は
囁くようなケンの声に、思わず生徒達は身を乗り出し必死に耳を澄ませたが、ほぼ口を動かさないケンの呟きは後方の席に座っている生徒はきっと何を言っているのかわからなかっただろう。
「さて…自己紹介はこのくらいで良いでしょう…。次に、この授業について…簡単に説明しましょうか…。──闇の魔術に対する防衛術…とはなにか、何を極める学問なのか……さて、どう思いますか?」
ケンの言葉にパラパラと手が上がる。
セブルスも、先程廊下でサラと交わした会話を思い出しながら手を上げた。
「よろしい。ミスター・スネイプ…どうぞ?」
「…闇の魔法や闇の生物を対処する術を学ぶ学問です」
「ははぁ…そのままですねぇ、いや、良いんです。その側面もありますから…スリザリンに1点加点しましょう。──ミス・ウォーカー?」
セブルスが答えた後、他の生徒達はサラも含め手を下ろしたが、ローシャただ1人だけがぴんと背筋を伸ばし手を高く上げ続けていた。
「ケン教授。…それ以外の側面とはなんでしょうか」
「ああ…ミス・ウォーカーは、なんだと思いますか?」
「質問を質問で返すのは些か無礼ではありませんか?」
ローシャの冷たい声にどよめきが生まれる。
相手は生徒ではない、教師なのだ、それもかなり、目上の。その教師に対してここまで強気に無遠慮なまで一言申すローシャに──正直、彼らは減点を覚悟した。
だが、ケンは「うぅん…」と頬を指で掻きながら唸ると今度は立っているのが疲れたのか杖を振り丸椅子を出すとその場に「どっこいしょ」と呟き座ってしまった。
「失礼……私は見ての通り…少々病弱でして…長時間立つのは辛いのです。…さて…それ以外の側面の話ですね…まぁここまで引っ張らなくてもすぐに言うつもりでしたが…」
ふう、と一呼吸置いて、ケンは気だるげな目で生徒達を見回した。
「闇の魔術に対する防衛術、とは。──命と愛を極めた学問です。──なんだか納得していない表情の人が数名いますが……」
ケンは眉間に皺を寄せるローシャとセブルスをチラリと見てまた一つ、ため息をこぼす。
闇の魔術に対する防衛術が、命と愛を極めた学問だなんて、聞いた事も記述も無い、そんな事あり得ないだろうとセブルスとローシャは思っていた。
闇の魔術に対し、どう立ち向かい、防ぎ、対処するか──その方法を知る学問であり、そんな命やら愛やらは一切教科書には載っていない。
勿論、命を奪う、という点では記載されているが。
「闇の魔術…闇の魔法、闇の生物、闇の魔法薬…世の中には闇と名付けられた魔術が沢山ありますね…それを知り、深く理解する事が必要です。…さて。何故命と愛の学問なのか?…それは、この科目が闇の魔術に対する
「防衛とは、他からの攻撃に対して防ぎ、守る事です。対処は適当な処置をとる、という事であり──言葉の意味がやや異なります。守る、という点が重要なのだと、ケン先生はお考えなのですね?」
「私の説明は不必要なようですね、スリザリンに1点加点しましょう…」
ケンは幸薄そうに笑うと、自分の胸を手で押さえた。
服の上から小さく脈打つ、命を愛おしげに、優しく撫でる。
「闇の魔術に対する
あなたの身体の中にある、世界でたったひとつの尊い命と、あなたの心の糧になる愛する人を…傷付ける猛撃を防ぎ、確かな力で守る為にどうすればいいのか、何が正解なのか…。
。闇の魔術に対抗するためには、強い魔法や防御よりもっと必要な物があります…明確な意志と、渇望、祈り、そして…愛。命と愛──その価値も含めた真髄を………出来る限り、この闇の魔術に対する防衛術で、教えましょう」
今度はローシャは、手を上げずただケンを見つめていた。何も言う事が無い──と言う事は、納得したのだろう。
「…はい、それでは教科書の12頁を開いてください……」
パラパラと教科書を捲る音が響く中、ケンの静かな言葉を聞き漏らさんとローシャ達は静かに授業を聞いた。
「暫く、杖は使いません。…クラスの進み具合を見てからクリスマス明けくらいから使いましょうかねぇ…。ですが…そうですねぇ、今日は一つ、簡単な依代を製作しましょうか…依代とはお守りのようなものです。皆さんには些か馴染みはないかもしれませんね……」
教科書を読み、闇の魔術に対する防衛術に関して論理的な説明を終えた後、ケンは杖を振るい生徒達の前に白くて長い…人の形をした紙を一枚ずつふわりと落とした。
「その紙は特殊な
ローシャはその掌より少し大きな紙を手に持つと、指で撫でる。
確かに微かな魔力を帯びている。だが──私はこんな魔法は、知らない。イギリス由来の魔法では無いのだろう。
自分の知識に穴があるのは、ローシャにとって耐え切れる物では無い。他の国の魔法は、本来なら秘匿とされている。出版されている本もごく僅かであり、他国に流通する事が無い。
見知らぬ魔法の存在に、ローシャの心は久方ぶりにわくわくと心躍っていた。
知らない事があるのは耐えられないが、それを知る事が、脳に知識として吸収される瞬間が、ローシャは何よりも好きだった。
「──ふぅっ…」
細く息を吹きかける。教室内に吐息にも似た生徒達の息を吹く音のみが響く。
ケンはぐるりと教室内を見渡し、全生徒が息を吹きかけ終わったのを確認すると、ぱんっ、と手を叩いた。
「はい、よろしい。…それでお終いです」
「え?…これだけ…?」
ローシャは他の中にある白い紙をつかみながら怪訝な顔でケンを見る。ローシャだけでなく、サラやセブルス──他の生徒達も困惑しこそこそと言葉を交わしていた。
「今その依代…ヒトガタとも言いますが、それはあなた自身の呼吸と、僅かな唾液を含む物です。…簡易的な守りとして、あなたの身に何かが起こった時…身代わりになってくれるでしょう…まぁ、魔法を防ぐ効能はありません。せいぜい…そうですねぇ…転んでも怪我をしなかったり、紙で指を切ったとしても無事だったり……その程度の力しかありませんが…ちょっとした不運を防ぐ事ができます…イギリス由来の魔法では無く、私の故郷の魔術ですが……あまり他国に広めると怒られてしまいますかねぇ…」
その紙は、ローブの胸ポケットに入れておいて下さいね。との言葉に、生徒達は本当にこんな物で不運を防ぐ事が出来るのかと首を傾げながら…とりあえず、しっかりと胸ポケットの中に入れた。
「こんなもので…どういった構造なのでしょうか…」
「さあー?でも、可愛いね」
ローシャはじろじろと依代を見つめ呟く、その言葉を隣で聞いていたパンドラは嬉しそうに羽ペンで人の形をしている紙に目や口を書いていた。
「…おやおや、ミス・フォーサイス…あまり顔を描くのは…」
びくりとパンドラとローシャは肩を震わせた。
先程まで教壇の前に座っていたケンがいつのまにか、音もなく2人の背後に立ち、パンドラが落書きをする様子を見ていたようだ。
ケンは固まってしまったパンドラの手からひょいとその紙を取るとまじまじと見つめ──微かに微笑む。
「ミス・フォーサイス…あなたは割と、良い資質を持ってますねぇ…純粋な魂を持つ…うぅん……。…レイブンクローに2点加点しましょう。この依代は…顔が書かれた事により…さらに強力な加護がついています…稀な事ですが…悪い方向にならなくて良かった……大切に持ちなさい」
「はぁ…」
なぜ誉められたのかよくわからないパンドラは不思議そうな顔で頷くと、その紙を受け取った。
授業終了のチャイムが鳴り、ケンはふと顔をあげると足音の響かないするするとした足取りで教壇に戻り、また「よっこいしょ」と言い椅子に座り生徒達を優しい目で見つめる。
「では、次の授業までに…あなたが考える命と愛について…なぜ守らなければならないのか、羊皮紙一枚分のレポートを作成してください…今日の授業はこれで終了です…」
その言葉を聞き生徒達は教科書を片付け、次の授業へ向かった。
サラは教壇の前に座り、退室する生徒達を微笑みながら──疲れたような顔をしているが──見ているケンを暫く見ていたが、何も言わずにセブルスと共に次の授業へと向かう。
「セブルス、あの教師…どう思った?」
「…よくわからない。…僕が思っていた闇の魔術に対する防衛術の授業では無かったな…」
「命と、愛。……まぁ、その思想は悪くはないが…1年、もてばいいがな」
サラと──そして、ローシャはケンが言う『命と愛』について、深く理解していた。
それを守る為、千年前に創立者達が若き生徒達に様々な防衛術や、闇の魔術そのものを教えたのだから。
今年は