和くんとは付き合っているが、別に特別な感情を抱いていない。
それに私は恋愛はしないし、もうあんな気持ちを抱きたくない。
私は『恋』って言葉が嫌いだ。そして恋をしていて、幸せ一杯だとアピールしている奴もムカつくし、不幸になればいいと思う。
それなのに夏川くんと会った日から彼のことを目で追うようになった。
自分が好意を寄せているのかと思ったけど、そんなことはない。私はそんな惚れやすい女じゃない。
でも、夏川くんのことを見ちゃうのは本当だし、何を考えているのか、昨日の夕食は何を食べたのか、どこに住んでいるのかとか知りたいことはたくさんあるのも事実。このまましていても無駄だし、話し掛けに行こうと決めても足が震えて動かない。まるで怖がっているかのよう…。
それからしばらく格闘した末に私は夏川くんに話し掛けた。
「えっと…夏川くんだよね?」
「あ、七海さん。よく俺のことなんか覚えてたね」
「1度会ったからね」
そう言っている時の声色で分かる。夏川くんは私のことに興味がないことが。私が和くんと付き合っているから眼中にないんだと思うが、こんな風な対応されると少しムカッとくる。他の人だったら和くんと付き合っても関係ない感じで下心丸出しなのに。
「俺だったら1度会った程度で人のことを覚えてないよ。そんなに記憶力もよくないし」
「でも、夏川くんってカッコいいし覚えるよ」
「そういうのは彼氏に言ってやれよ。俺なんか別にカッコ良くもないし、構ってもいいことないと思う」
ここまで自分が相手にされてないと感じたのは初めてだ。心の距離を可視化できたとしたら見渡せないぐらいに離れているし、夏川くんの方に私と距離を縮めようとする意思は全くと言っていいほどない。
「そんなことないと思うけどな。私は夏川くんもカッコいいよ」
「そうか。それはありがとう」
そして夏川くんからもう話すことはないという感じのオーラが出てる。それでも私は負けることなく、夏川くんに質問をしてみることにした。
「夏川くんはどこに住んでるの?」
「俺はここの最寄り駅から上りに五駅行ったところにある〇〇〇〇駅ってところに一人暮らししてる」
私は驚いた。
だって夏川くんが住んでいる場所は私の住んでいるところの近くだったから。
「わ、わたしも最寄り駅同じなんだ!」
「そうなのか。じゃあまたどこかで会うかもな」
本当にここから話を続けようとする意思が全く感じられなくて、次の話題に切り替えようと思ったところで夏川くんは「あ、そろそろ次の講義が始まるから。じゃあね」と言って去っていた。
夏川くんが去っても私は立ち尽くしていた。
「…はなせた…」
夏川くんは私と話すことを嫌がっている感じだったけど、私からすればそんなこと関係ない。今まで話すことも悩んでいた相手と会話をして住んでいる場所まで聞き出せた。これは大きな一歩と言っても良い。
「やっぱり…夏川くんってカッコいい」
あの私のことを相手にしない目も雰囲気も全ていい。
いつか夏川くんの心に私が住めたら…あの目が優しい目に変わって私のことを「好き」と言ってくれる日が来るかもしれないと思ったら楽しみで仕方ない。