summer pockets~Second story~   作:白羽凪

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プロローグ②

「お、おじゃまします・・・」

 

 加納さんに連れられて、僕は恐る恐る家に入る。

 加納さん家は、恐ろしいほどきっちりと整頓されていた。

 

「そんなにかしこまらなくていい。当分はここで暮らすんだろう?」

 

「暮らすって言っても・・・」

 

「実感が湧かないか?」

 

 当然だ。感覚でこの島に来たようなものだから、いつまでここにいるか分からないし。しかも相手は今日初めましての人間だ。無理もない。

 

「部屋は右の扉の部屋を好きに使ってくれ。俺も使ってないから何もないはずだ」

 

「はぁ・・・」

 

 言われるがままに部屋の扉を開ける。確かに空っぽだ。むしろ、空っぽすぎて逆に気持ち悪いくらいだ。

 それほどまでに僕の部屋が整ってなかったのだろうか? 整理整頓は得意とは言い難いけれども・・・。

 そこにとりあえずの荷物を置いて、一旦リビングに戻る。

 

「まあ、お茶でも出すから座っててくれ」

 

 そう促されて、リビングの椅子に座る。間もなくして、加納さんはテーブルに二つグラスを置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「随分と礼儀正しいんだな、雨宮は」

 

「そういう風に親に育てられたので。・・・」

 

 親と言う言葉を反射的に出して、その後すぐに気まずくなった。その親から逃げるように、僕はここに来たっていうのに。

 

「ご両親に、連絡はしてるのか?」

 

「・・・一応、書置きはしてきました。『しばらく旅に出ます』って」

 

「随分古風な書置きだな」

 

「それしか言葉が出なかったんですよ」

 

「・・・まあつまり、承諾はされてないってことか」

 

「・・・はい」

 

 いけないことだとは分かっていても、どうしても今から逃げ出しますと言葉で伝える勇気がなかった。

 

「さすがに、俺としてもそれをはいそうですかと見過ごすわけにはいかないな」

 

「ですよね・・・」

 

「一度、ちゃんと連絡はしたほうがいい。何かあったら俺からも伝えておいてやるから」

 

「分かりました。・・・でも、今日中にするので、少しだけ待ってもらえますか?」

 

「分かった」

 

 二人がどう言うのか怖くて、携帯なんて見れたもんじゃない。

 その様子は、加納さんにもしっかりと映っていたようだった。

 

「まあ、せっかくこんな遠方の島まで来てくれたんだ。今すぐに帰れとは誰も言わないさ」

 

「こんな島が、今も残ってるなんて考えたこともなかったです」

 

「のんびりとしてるだろ? と言っても、まだ来て初日か」

 

「この島、鳥白島、でしたっけ・・・。どんな島なんですか?」

 

「それは俺の口から話すべきことじゃないな。ちゃんと自分で巡って、肌で確かめてくれ」

 

 加納さんの言葉はどこか重圧さを感じるものだった。そしてきっとこの島には、そうするだけの価値があるのだろう。それはどこか、楽しみで。

 そして思い出す。今日は夏休みの始まりだったと。

 

「そうですね。夏休み、ですから」

 

「移動は外に置いてある自転車を好きに使ってくれていい。小さい島と言っても坂道も多いし、歩くには少し面倒だろう」

 

「そうですね。ありがとうございます」

 

「あと、だが」

 

 加納さんは少しつまりながら一つ提案を打ち出してきた。

 

「いつかでいい。加納さん呼びをやめてくれないか?」

 

「えっ、まあ、はい・・・」

 

「すまん。でもどうしても職場で呼ばれる呼称をプライベートで使われたくなくてな」

 

 

 加納さんは苦い顔をする。大人にしか分からない事情だろうけど、触れられたくないことは人間誰にでもある。それは、僕にだって。

 だから、何も言わないでおくことにする。

 

 ・・・。

 

 少し落ち着いてくると、急に眠気が襲ってきた。そう言えばここに来るまで何も食べてなかった気がするし、ろくに眠ってなかった気もする。

 外はまだ明るい。けど時計の針はいつの間にか夕方の六時を指し示していた。夏の風物詩の一つだ。

 

「眠たそうだな」

 

「すみません」

 

「長旅だったんだろう。いくらでも休んでくれていい。布団は部屋の押し入れに入ってる」

 

「・・・ありがとう、ございます」

 

 正直、どの感情よりも今は眠気が勝っていた。横になれば一瞬で眠りにつけるだろう。

 僕はふらふらと自分に割り当てられた部屋に戻った。それから布団を引っ張り出し、広げるなりすぐに眠りについてしまった。

 

 これからどうなるんだろう、そんな脈絡もないことを思いつつ・・・。

 

---

 

 目が覚めた時、まだ日は巡っていなかった。

 時計が示す時間は九時。リビングからは明かりが漏れていた。

 ドアを開けるが、誰もいない。

 

「・・・」

 

 いったん寝て頭がすっきりしたのか、さっきまでの不安感や恐怖心は少し和らいでいた。今なら、携帯に電源を入れることも大丈夫だろう。

 そう思って、電源ボタンを長押しする。ディスプレイには不在着信が溜まりこんでいた。当然だろう。

 

「・・・よし」

 

 そうは言っても、これは僕の問題で、逃避行をすると言えどもちゃんと伝えなくちゃいけないことだから。

 加納さんがいないうちに、と僕は電話をかける。

 

 コールが二回ほど鳴り響いて、僕が電話をかけた相手、母親が出てきた。

 

「もしもし・・・」

 

「渚! あんた今どこにいるの!」

 

「・・・ごめん。ちょっと、ううん、ずいぶんと遠いところまで来た」

 

「・・・無事、なのね?」

 

 開口一番こそ怒鳴られたものの、その次に来た言葉は心配だった。二人とも心配していたんだろうと思うと、それは少しだけ嬉しくて。

 でも・・・。

 

「無事、だよ。そこは大丈夫」

 

「なんであんた、こんなことしたの?」

 

「・・・」

 

「・・・母さんにも、答えてくれないの?」

 

 チクリと胸が痛む言葉。

 でも、僕がこうしている理由には、母さんも含まれているんだよ。

 そう言えたら、そう言う強さが僕にあったら、どれだけ楽になっていたんだろう。でも、言えないから黙り込むしかない。

 

「・・・そう。分かったわ」

 

「ごめん」

 

「そう思ってるなら、こんなことしないでしょ」

 

「・・・」

 

 また黙り込む。そうすることしか出来ない自分が嫌で、歯ぎしりをする。

 そんな僕を、半ば諦めたように、諭す声が聞こえた。

 

「いつ、帰って来るつもりなの?」

 

「・・・決めてないよ。気が向いたら帰る」

 

「でしょうね。あんたのことだから、どうせ宿題も全部持っていってるんでしょ」

 

「なんで、分かったの?」

 

「あのねぇ・・・何年あんたの親やってると思ってるの」

 

 何年、とマウントを取って来るなら、なんで僕がこんな行動に出たのか分かってくれてもいいのに。

 でも、気づいてくれるまで、僕は言わない。今、そう決めた。

 

「・・・」

 

「・・・分かったわ。何を言っても埒が明かないし、きっと叱ったところでそう簡単に帰って来るわけでもないんでしょ」

 

「そうだ、って言ったらどうするの?」

 

 警察を呼ばれても仕方のない話だ。ある程度覚悟は出来てるけど・・・。

 

「・・・あんたの好きにしなさい。気が済むまで好きにすればいい」

 

 諦めと、落胆が混じった声が電話越しに伝わる。けれど、少なくとも僕を呼び戻す言葉ではなかったから、驚いた。

 それから立て続けに、母さんは続ける。

 

「お父さんにも私から伝えておくわ。あとはあんたの好きなようにしなさい」

 

「母さんは、それでいいの?」

 

「いいわけないでしょ。・・・でも、あんたの人生だもの。あんたなりの考えがあってそこにいるなら、私はこれ以上何も言えないわ」

 

「母さん・・・」

 

 複雑な感情だ。心配されているのか、それとも、期待されているのか。

 放っておかれているのかもしれないと考えると、喜んだり悲しんだりすることその全てが出来ない。

 

「ねえ、二つだけ、お願いがあるの」

 

「分かった」

 

「今どこにいるか教えてほしい。そうは言っても、母さん、心配だから」

 

「鳥白島ってところにいるよ。寝泊まりするのは・・・」

 

 切り出した後で悩む。見知らぬ誰かの家に泊まらせてもらっている、とはさすがに言えないから。

 苦し紛れに、僕は嘘を吐いた。

 

「街の空いてるアパートを貸してもらったんだ。だから、大丈夫」

 

「・・・そう。あともう一つ、小さなメッセージでいいから、毎日送ってほしい。それだけでいいの」

 

「分かった。ちゃんと送るよ。・・・ごめん」

 

「もう謝らないで」

 

「・・・分かったよ」

 

 自分の行いがどれだけ迷惑をかけているのか痛感させられる。

 でも、ここまで来て、好きなようにやれと言われて・・・、むしろこれは、帰るなとまで言われてるんじゃないか?

 だったら、お言葉に甘えて好きなようにやらせてもらおう。反抗期にはちょうどいいモラトリアムだ。

 

「それじゃ。・・・好きな時に帰ってきなさい」

 

「うん」

 

 手短に返信して、電話を切る。間もなくして、どっと疲れが溜まった。

 それから少しして、玄関のドアが開く。加納さんはどうやら外に出ていたみたいだった。

 

「お帰りなさい」

 

「ああ。・・・その顔、親に電話したのか?」

 

 やっぱりこの人は、僕の表情で全てが分かるみたいだった。抵抗する必要もなく、僕はうんと一度頷いた。

 

「好きにしろ、って言われちゃいました」

 

「そうか。親御さんなりにも思うところがあるんだろう。俺がとやかく言えたことじゃないな」

 

 加納さんは首をやれやれと横に振る。この話を続けるのが少し気まずくて、僕は逃げるように続けた。

 

「あの、お風呂、借りていいですか?」

 

「好きに使ってくれ。それより、晩御飯はいいのか?」

 

「あー・・・、ちょっと食欲無くて」

 

「そうか、分かった」

 

 そのまま加納さんの顔を見ずに、僕は部屋に戻って風呂を借りる準備をした。

 それから何も話さず風呂に入って、歯を磨いて、また部屋に戻る。

 加納さんを前にして、何を話せばいいのか、これから僕はどうすればいいのか分からないし、考えることも今は無理だったから。

 

 そしてほどなくして、数時間ぶりの眠りについた。

 

 なんてはちゃめちゃな、逃避行の始まりなんだろう・・・。

 




お疲れ様です。白羽凪です。
書き出して思ったんですが、なかなかダークすぎるスタートですね。これワンチャン本編羽依里よりも境遇悪い可能性すらありますからね。
さて、これからバンバンキャラクター出していく予定です。よろしくお願いします。

それでは、また次回。
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