summer pockets~Second story~ 作:白羽凪
太陽はとうに頭上から西側に進んでいるというのに、まだまだ随分と暑い。今更になって思うけど、この島の夏はどうやら僕の住んでいる街なんかより遥かに暑いみたいだ。
「さすがに・・・そろそろ・・・疲れたな」
思えば、ずいぶんと進んだ気がする。水分補給をしていないわけじゃないけど、体力的にもかなり限界が近づいているのがはっきり分かる。
「とりあえず・・・どこか木陰で休憩しようか」
幸い、少し遠く目と鼻の先に大きな木が見える。あそこなら十分影になりそうだ。
自転車をキイキイと進めて、そこまでいく。
が、先客がいた。・・・こんなところに先客がいるなんてのもどうかと思うけど。
青い髪を携えて、すうすうと寝息をたてて休んでいる。
「えー・・・でも、起こすわけにはいかないし」
そうは言っても、僕も休みたい。今から別の陰を探すのも時間かかるだろうし。
それから僕の出した答えは、幹の反対側で休憩することだった。
茂る緑に腰を下ろして、一息つく。暑さこそ変わらないけど直射日光を避けるだけで随分と変わるみたいだ。
「はぁ・・・」
改めて、もう一息。
しかしそれで後ろの子を起こしてしまったのか、微かに声が聞こえた。
「・・・そこに、誰かいるの? 二代目?」
「え?」
「違うのね。・・・じゃ、おやすみ」
それからまた寝息に変わる。ろくに会話をする間もなく、少女はまた眠ってしまったようだった。
「ほんともう・・・どうなってるんだよ」
僕にとっちゃオーパーツ過ぎる全てのせいで混乱しそうになる。郷に入ってはなんとやらとは言っても、流石にすぐには受け入れがたい。
と、その時。
「そこに誰かいるのーー?」
今度は遠くから声が聞こえた。さっきの少女の声とどこか似ている。
声のするほうに目をやると、そこには少女と同じ青色の髪をした女性がこっちを読んでいた。
「・・・行った方がいいかな」
身体も少し休まったし、これなら大丈夫だろう。僕は女性の元へ行った。
女性は僕を見るなり少し驚いた顔をして尋ねた。
「あんた・・・みんなが言ってた?」
もう突っ込まない。
「はい。雨宮渚です」
「うちの娘に手出してないでしょうね」
「出してませんよ。まだ初対面ですし」
いや、初対面だからこそ危険なのかな? よくわからないけど。
僕の目に嘘はないと知って、女性はさきほどの調子に戻った。
「・・・ふーん、あんたが渚なのね。あたしは空門蒼。この島の住民よ」
「で、あちらが娘さんですか」
「あっちは娘の翠。あんたと同じくらいの年齢だと思うわ」
「・・・ん、お母さん?」
あれから少しして翠さんも起きたようで、いつの間にか僕の後ろに立っていた。
「・・・おはよー、さっきの人」
「おはよう、ございます」
「あんた、やっぱり・・・!」
「してないですって!」
しかもなんで少し頬を赤らめてるんだよ。ひょっとしてこの人脳内ピンクとでも言うんだろうか。厄介極まりない。
「あたしはただ寝てただけー・・・。何もされてないよー」
運のいいことに、翠さんは助け船を出してくれた。それでようやくすべての誤解が解けたみたいだ。
と、その時今度は蒼さんの後ろから声がした。
「ポンッ!」
「二代目も、おはよー」
少しして二代目と呼ばれる動物が蒼さんの頭の上からひょこっと現れる。青い毛並みをしてる・・・
「タヌキ?」
「狐」
狐らしい。
「この子が、さっき言ってた二代目って子?」
「二代目、ってのは名目上なだけで、名前はイナリよ。あたしが若かったころにいたのが初代」
「ポンッ!」
いや鳴き方だよ・・・。そりゃタヌキと間違えても仕方がない。
けどまあ・・・愛らしいな、こいつ。
「それより翠、そろそろバイトするんでしょ。起きないと」
「・・・ん、ようやく目が覚めた」
言葉通り、翠さんはさっきよりもしっかり目を開いてこちらを見ていた。
そしてさっきよりもはきはきとしたトーンで話し始める。
「さっきの人、名前なんていうの?」
「あ、雨宮渚です。えっと、翠さんでしたっけ」
「翠って呼び捨てていいよ、渚」
不機嫌そうな顔こそしてないものの、少し堅苦しい話し方は苦手らしい。僕はそれに従うことにした。
「翠・・・は、いつもここで寝てたりするの?」
その質問に答えたのは蒼さんだった。
「そうなのよねー、この子、この歳くらいのあたしにそっくりの行動するからびっくりするわ」
「ここが一番気持ちいいから、しょうがない」
「本当にあたしみたいなこと言うわね・・・」
蒼さんはそう言って頭を悩ませた。親というものは苦労する生き物なのだろう。・・・ホントに、そう思う。
「ただでさえ目覚めてすぐなんだから、少しは気をつけなさいよ」
「うん、分かってる」
確かに寝起きの体調管理は大事だ。
「それじゃ渚、私バイト行くから。またね」
それから翠はすぐにテトテトと駆けて僕の進行方向へ進んでいった。たちまちその影は見えなくなっていく。
それが完全に見えなくなったところで、蒼さんはまたため息を吐いた。
「この年頃の子供ってなると育てるのがまた大変よねー・・・」
「そうなんですか? 色々と好き勝手しそうな小学生くらいの子の方が手が焼ける気がするんですけど」
「まー、確かにあの歳らへんは管理が難しいわね。けど、これが中学生とかになってくると下手に知恵と知識がつくから好き勝手やることの幅が広がるのよねー・・・。それこそ本当に、20年前のあたしは何を考えて行動してたんだろ。歳は取りたくないわねー」
それからまたため息一つ。
「それこそ、あんたの両親はどんな人なの? 流石にあたしより年上だろうし、経験もありそうだと思うんだけど」
「僕の両親ですか・・・」
家出してきた身分な以上、下手に親のことは考えたくなかった。二人から、その思いから逃げるようにこの島に来たのだから、二人が僕を育てる時何を考えているかなんて考えたくなかった。
ただ、言えることがあるとすれば・・・。
「本当に、自由にさせてくれていたと思いますよ。全ての善悪の判断を僕に委ねるみたいに」
「あんた、信用されてたのね」
「・・・そういう事なんじゃないですかね」
信用。期待。嫌な言葉だ。
「ふーん、なるほど」
蒼さんはそれ以降この話を続けなかった。きっと僕の表情を見て思うところがあったんだろう。そういう気遣いが出来ることも、また大人たる証拠なのかもしれない。
「まあ、この島でゆっくりすれば見えるものがあるんじゃない? 実際、20年前にも同じようなやつがいたし」
「しろはさんの、旦那さんでしたっけ?」
「あんた、もうしろはと面識あるの? やるのね・・・」
蒼さんは驚いたように目を見開いていた。それほどまでに珍しい事なのだろうか。
「あの子、昔から少し人見知りな節があってねー。それこそ大人になって少しは改善されたんだけど、極力自分から他人と関わろうとすることをしないし」
「あー・・・」
思えば、僕の方から関わりに行った気がする。・・・なるほど、初対面の時、少し避けられてたんだな。明らかに動揺してそうだったし。
「まあともかく、そのしろはの旦那。羽依里だったらあんたの事何か分かるかもしれないし」
「そうなんですね」
「そうは言ってもあいつ、大概日中は仕事だから休みの日とかくらいしかチャンスないかもだけど」
「いえ、ありがとうございます」
「にしてもあんた、礼儀正しいわよね」
「そう言う風に育てられたので」
「・・・でも、謙虚過ぎても疲れるわよ」
核心を突く言葉だ。だからこそ疲れて、ここに逃げてきたわけだけど。
「そうかもしれないですね」
「まあ、無理ない程度に頑張んなさい。それじゃ、あたしも用事があるから行くわ」
ほどなくして、蒼さんもその場から離れていった。一人残された僕は、ふと足元を見つめた。
「・・・あれ?」
「ポン?」
そこには取り残された青狐一匹。
そういえば二代目、誰にも付いて行ってなかったじゃん。何、なんで僕のところにいるの?
でも・・・これは・・・独占のチャンス・・・?
「なぁ、聞いてくれよ二代目~」
「ポンッ!?」
僕は二代目を拾い上げ、しばしのモフモフを堪能することにした。
疲れた心を癒すにはこいつが一番だ、うん。
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あれから数分してクタクタになった二代目を帰してあげ、そのまま僕も家路へと自転車を進めた。ちょっと休憩しただけでどうにかなるほどの体力消耗じゃなかった。
そして家に帰る。たくさんのことがあった気がするのに、時間はまだ四時。
それでも、体がいう事を聞かなくなっていた。止むを得まいとシャワーで軽く汗を流してそのまま布団に横になる。
目を閉じれば、そこから深い眠りの底にたどり着くまで早かった。
・・・
「・・・やべっ!!」
ふと、僕はあることを思い出して目が覚めた。そうだ、今日から料理を担当する約束だった。
起きてすぐに携帯電話で時間を確認する。時刻は六時。あれから二時間ほど眠っていたみたいだ。
僕は飛び出るようへキッチンヘ向かう。幸い、加納さんはまだ帰ってきてなかった。
「さすがに大口たたいて遅刻はまずいでしょ・・・。今からできるものを考えないと・・・」
そう思って冷蔵庫の中を確認する。
一通りの野菜。とはいっても一人暮らしだからバリエーションは少ない。簡単なサラダくらいは作れるだろう。
「・・・メインにできるものがあるとしたら・・・」
チルドの中のパックを取り出す。中には鶏肉のささみが入っていた。おそらく常備しているのだろう。
「とはいっても、焼くだけじゃあなぁ・・・」
頭を悩ませる。普段家で料理する時はまだ冷蔵庫にものがある程度揃っている状態だったからこんなことになることがなかったんだとようやく今になって気が付く。
するとその時、インターホンもならずにドアが開いた。
加納さんかと思ったが・・・違う。開けた主はすぐに声を上げた。
「天善ーいるかーーー?」
「加納さんならまだ帰ってきてないですよ」
「んー? ああ、あいつが言ってた居候か。渚だっけ?」
「そうです。雨宮渚」
「へー。結構いい顔立ちしてんじゃねえか。俺は三谷良一。一応ここの家の主さんの友達ってとこだ」
「美希さんの旦那さんですか?」
「そ。あいつの」
何の仕事をしているのか知らないが、良一さんの体つきはとても良いものだった。というか、この島の人間は本当に見た目年齢が若すぎる。
「何、俺の筋肉に興味ある?」
「いえ、なんの仕事してるのかなーって」
「なぁに、ただの漁師だよ。ま、夏場はレジャーのインストラクターしてるけどな。よければまた声かけてくれや」
「キャンプとかですか?」
「そうだな。あとはマリンバイクとかダイビングとか。ま、夏にしか出来ないようなことばっかりだけどな」
そういったものを楽しむのも夏休みの醍醐味だろう。少なくとも、そう簡単に体験できるようなことではない。
良一さんはニカッと笑う。混じりけのないいい笑顔だ。
「安くしとくぜ」
「おいくらですか?」
「月額5000でどうだ?」
うーーん、お高い。少なくとも今の所持金でどうこうできるものじゃないけど・・・
「おい、雨宮に変なことを吹き込むな」
その時、良一さんの後ろから声が聞こえた。今度こそ帰ってきたようだ。
「おう天善、帰ってきてたのか?」
「たった今な。で、何の用だ?」
「ああ、そうそう。さっき思いの他アジが取れてだな。おすそ分けって訳よ」
「それなら雨宮に渡してくれ。今日の料理担当はあいつだからな」
「そうなんか?」
良一さんが尋ねてくるのに対して僕は一度首を縦に振った。
「へー、すげえのな。魚は捌けるか?」
「何回かはやったことあります」
「じゃあ大丈夫だな。ほらこれ、渡しとく」
そう言われて手渡されたナイロン袋には6匹ほどの新鮮なアジが。しかも、スーパーで見るものなんかよりよほど大きい。
それだけ手渡して、良一さんは玄関の外へ出た。
「んじゃ、家でカミさんとガキンチョどもが待ってるから俺帰るわ」
「ああ、ありがとうな」
「いいってことよ。渚も、またなんかあったら言えよな」
「はい」
それから間もなく良一さんの姿は見えなくなった。代わりに加納さんが家の中へと入ってくる。
「おかえりなさい」
「・・・なんか、ただいま、というのも久しぶりだな」
「そう言えば、・・・あ」
話を切り出そうとするも、僕はすんでのところでそれを止める。失礼のないように言葉は選ばなくちゃならない。
「俺の両親のことか?」
しかし、それも遅かったようで、加納さんは分かったように僕の考えていたことを口にした。どうしようもなく、僕は小さな声ではいと返事する。
「すみません、迂闊でした」
「いや、いい。俺も雨宮の事情を聞いてる身だ。これくらいのことを話さないなんてことはない」
加納さんはリビングで荷物を捌きつつ答えた。
「簡単な話だ。うちの両親は余生を海外で過ごしたいと旅に出た、ただそれだけのことだ」
「さすがに、そう簡単にはついていけませんよね、仕事とかありますし」
「ああ。それに俺はこの島が好きだからな。二人も多分そうだったんだろうが、夢には勝てなかったらしい。それを責めるつもりもない。それに何度かは帰って来るしな」
「仲、いいんですね」
「どうだろうな。他の家族のことを俺はよく知らないからなんとも言えないが・・・」
それでも、僕と両親との関係と比べてみると、こちらの方が遥かに良いだろう。
「人生は自分のものだからな。それを咎めたりゆがめる権利はそう簡単に他者に与えられるものじゃない」
「そうですよね」
分かっているはずなのに、その言葉には素直に頷けなかった。
他者の気持ちが痛いほど分かるから、他者の気持ちから逃げたくないから、受け入れようとして、パンクして、自分を見失ったのが僕だから。
「それより、そのアジどうするんだ?」
「せっかくなんでフライにでもしてみようかなと思います。少し時間かかるかもしれないですけど大丈夫ですか?」
「ああ、それなら心配ない。これからまた着替えて一時間くらい出てくるからな」
こんな暑い真夏で、しかも仕事帰りだというのに・・・。島の男性はかなり屈強らしい。
「何か用事ですか?」
「卓球の自主練だ。どうだ、時間が合ったらお前もくるか?」
「卓球ですか・・・運動部にいたことないんですよね」
卓球なんてろくにやった経験もないし・・・経験者としても大丈夫なのだろうか?
「心配するな、この島で卓球をやる奴はみんな素人あがりだ。お前でも十分できる」
「なら今度やってみます。とりあえず今は作らないと・・・」
「ああ、頼むぞ」
それからしばらくして加納さんはスポーツウェアに着替えて外へ出ていった。もう年齢もずいぶんといってるだろうに、良く動けるなとつくづく感心する。
だったら、若い者もなおさら負けられない。現代っ子なんて言われて見下されたくはないから。
「それじゃ、僕のほうも頑張りますかね」
軽く腕まくりをして、収納から包丁とまな板を取り出す。とりあえず今は、目の前のアジとの戦闘だ。
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加納さんが帰ってくるころには、僕の料理も出来上がっていた。
その卓上の景観に、加納さんは思わず声を上げる。
「俺が一人暮らしで社会人だからというのもあるが・・・ここまでの料理が家の食卓に並ぶのは久しぶりだな」
「味の保証は、まだ出来ないですけど・・・」
「心配ないだろう」
褒められるという行為は少しもどかしいが、これはこれで悪くない。
「さて、食べるとするか」
軽く汗を拭いた加納さんが椅子に座るのを確認して、僕もそれを追いかけるように椅子に座った。それから合掌。軽く一口。
「まあ、なんというか・・・今後自分で料理をしたくなくなるな、これは」
「そんなにですか!?」
加納さんはどこか落ち込んでいるようにも思えた。味に文句を言っているわけではないようだけれど、どこかモヤモヤする。また、何か悪い事でもしたんじゃないのかと。
「それほどまでに美味いという事だ。しろはの食堂にも引けを取らないんじゃないか?」
「言いすぎですよ。あの人なら僕の倍短い時間で魚捌きますし」
「そうか、食堂にはもう行ったんだな」
僕が程よく島を堪能していると分かったのだろう。加納さんは満足そうな表情をしていた。
「いい島ですね、ほんと」
「そうだろ?」
「でも・・・ほんとにおかしなことが多すぎでパンクしてます」
「そんなに変か?」
自覚症状はないらしい。まあ、当然っちゃ当然か。この島の人たちにとってはこれが当たり前なんだから。
「だからこそ、面白いですけど」
「それこそ、俺たちからすればどんどん変わってく街とかの方が恐怖でしかないからな」
「それはそうですね」
当たり前が、当たり前じゃない。至極当然のことだけど、改めて対面してみると実感が湧いてくる。
僕の生まれる前の時代の話。この島にはそれがいくらでも眠っているのだろう。言うなればここは、時代に取り残された島。
そしてそれすらも、芸術に変える力を持っている。
「・・・」
「?」
「なあ、雨宮。お前はなんで・・・」
言いかけて、加納さんは言葉を止めた。その言葉の続きが予想できないわけでもなかったが、僕は知らないふりをした。多分、傷つくのは僕だったから。
「悪い、なんでもない。さて、冷めてしまう前に食べないとな」
「そうですね」
今はまだきっとこれでいい。
けれどいつか、僕自身がこの島に来た理由と向き合えることが出来たら、その時はこの人にちゃんと伝えよう。
だから今は、全てを忘れた静かな夜を過ごそう。
一日あたり二話ってところですかね。うまく午前パートと午後パートで分けることが出来たら、なんて思ったり。
まあ、一日書くのに一万文字超えるのはほぼ確定っぽいですが。最終的に何文字くらいの小説になるでしょうね、楽しみです。
まあ、工夫しながらやってきます。どうぞよろしく。
それでは、今回はこの辺で。