「海斗くんちょっと来て。」
1年C組の前で仁王立ちしていた美優は海斗を屋上に引っ張って行く。
海斗は引っ張られるまま屋上に連れてかれる。心の中ではこの状況をとても喜んでいた。
ーセンパイから触ってもらえるなんて!
感激の涙を流す。
美優は心の中ですみませんでした。すみませんでした。と海斗に向かって謝っている。
美優は重大な勘違いをしていることにまだ気がついてはいない。
「海斗くん一昨日は本当にすみませんでした!」
屋上の一角で美優は海斗に土下座する。
海斗は美優が何に対して誤っているのかイマイチわかっていない様子だ。いきなりの展開にポカンとしている。
だがそんな海斗の様子に気が付かない美優は続ける。
「嫌な目に合わせちゃってごめん!お詫びに何でも言うことを聞くのでどうかお許しください!」
額を地面に擦りつけながらどうにかして許してもらおうと懇願する。
海斗は全く状況が理解できなかった。しかし、何でもするというおいしい発言を聞き、
ー何言ってるのか意味分かんないけど、この状況利用しちゃえ~!
と考える。
「そうだよ、僕はとっても傷ついたんだ。」
ここでとても傷ついた乙女のような顔にする。
「君は何でも聞いてくれるって言ったよね。なら僕は君にしてもらいたいことが一つある。それを受け入れてくれるならあなたを許してあげましょう。」
「そ、その聞いてほしいこととは何でしょうか!」
美優が顔を上げた。
それを見て海斗はフッと満足げな表情を浮かべる。そして少しのタメを作ったあとゆっくりと口を開いた。
「それはね…、僕を…弟子にすることだ!」
「弟子?」
美優は想定していなかったその言葉にすっとんきょうな声を上げる。
「まだそんなこと考えていたのか…?」
「そんなこととはなんだ!僕にとっては大切なことなんだ。」
その剣幕に美優はおされる。
「はあ、分かった。弟子にでも何でもするよ。」
ため息をつきながらしぶしぶ了承した美優。
それを聞いて、海斗はよっしゃ〜!とガッツポーズする。
ーなんかよくわからないけど超ラッキー。やっぱり僕の日頃の行いかな?
「それで体の方は大丈夫?痛くない?」
美優が海斗に聞く。
「ん、何で体中が痛くなるの?僕は健康そのものだよ。」
「だって私が海斗くんをぶっ飛ばしたから……。」
海斗は不思議そうな顔をしている。
「僕っていつぶっ飛ばされたっけ?」
そこで美優はあることに気がつく。
ーそういえば、海斗くんはとってもピンピンしている。私は自分で言うのも何だがかなりケンカが強い。もしそんな私のパンチをまともに食らったら普通の人ではひとたまりもないはずだ。だけどこいつは今現在元気そう。もしかして…。
「ねえ海斗くん。一昨日の帰ってる途中私が何をしてたか覚えてる?」
そう尋ねられ少し考える海斗。ポンと手を叩くと、
「覚えてますよ。衝撃的光景でしたからね。センパイの雰囲気が急に変わって僕の方に勢いよく向かって来たかと思ったら壁を拳で粉砕するんですもん。ビックリして気絶しちゃいました。」
テヘ☆と頭をかく海斗。
「じゃあ、急に私に付きまとわなくなったのはなんで?」
「ああ、それはですね。」
急に顔が照れたように赤くなる。
「押してダメなら引いてみろって言葉がありますよね。それを実行してみたんです。そしたら初めてセンパイから連絡が来て…嬉しかったです。」
「放課後屋上に来なかったのは?」
「それも押してダメなら引いてみろ作戦の延長ですね。センパイからのお達しだから行こうか本当に迷ったんです。だけど僕がいなくなって初めて分かる僕の大切さをもっと噛み締めてほしくて…。」
「そう………。」
「アレ…センパイ一昨日みたいな雰囲気になっていますよ。どうしたんですか?」
「それで、私が何に対して謝っていたのか分かってた?」
「全く分かってませんでした。一体どうしてかな〜?って疑問でした。それにしてもセンパイさっきから質問ばかりでつまらないです。僕ももっと先輩について知りたいのに!」
「フフフフフフフフ。ごめんね。最後にもう一つ質問いいかな?」
「いいですよ~どんと来いです!さっきつまらないって言っちゃったけど別に嫌だって訳ではないので。」
「…何で心当たりが無いって分かっていたのに、何も言ってくれなかったの?」
「それは……。」
少し言葉に詰まる海斗。正直に言っていいのか悩んでいる。
「私は何を聞いても怒らないよ。だから早く答えて。」
「最初は驚いて何も言えなかっただけなんですけど、何でも言うことを聞くって言ってたのでどさくさに紛れてこの状況を利用しちゃえと思って。っていうかアレ何のことだったんですか?ん?センパイ…。」
ブチッ
辺りに何かが千切れるような音が響いた。
木々に止まる鳥たちが一斉に飛び立つ。急に空気が重苦しくなる。
「ここには壁がない。だから…しょうがないよね?」
急に美優がよく分からないことを語りだす。目には生気がなく暗黒を写している。
「センパイ。なんかドス黒いオーラが出ています!」
怯えた声を上げる海斗。ただならぬ様子の美優から離れるように後ずさるがフェンスにぶつかる。
「私を騙すのは悪い人。だから私は何をしてもいい。」
美優はゆっくりと海斗に近づいていく。
そして伸ばした手が海斗に触れる瞬間
「おーい。ちょっと待て。そこのJKやめろ!」
男の声が美優の動きを止める。
「あ、あれ?私は今まで何をしていたんだ!」
美優の瞳に生気が戻ってくる。
「センパイ!センパイが元に戻った~!」
海斗は喜びながらぴょんと美優に抱きつく。
「本当に怖かったです。殺されるかと思いました。」
「ねえ、さっきの男の人の声誰の声だった?」
「うーん誰でしょう?」
海斗と美優はキョロキョロ周りを見るが、誰もいなかった。
「誰もいないですね。もう階段から帰ったんじゃないですか?」
「それとも…。」
美優は一つの考えが思い浮かぶ。
「それともなんですか?」
「この学校前に飛び降り自殺した生徒がいたって聞いたから、幽霊だったりするかも。」
「ユウレイ。センパイまだそんな非科学的なもの信じてるんですか。意外というかなんというか。」
「なんか問題ある?」
「いえ…。」
慌てて首を振る海斗。美優がまた前の雰囲気になりそうだったのだ。
「でも本当に何だったんだろうあの声は。懐かしい声だったな。」
ーそれで私はその人のことが大好きだったような…
屋上の影で一人の男が一服している。彼の耳には、
「さあ、戻りましょう!」という男子生徒の声と、
「ねえ、海斗くん誤魔化そうとしてない?昨日の屋上の件とさっきのことまだ私怒っているから。」という女子生徒の声が聞こえてくる。
二人の「謝ったからいいじゃないですか。」「フン、あと弟子のことは無しで。」「ええ!酷いです。」という声が遠ざかっていき、消えていった。
ふ~。
男は煙を吐き出す。
「さっきのあの女…ありゃただ者じゃなかった。俺が止めなけりゃ男の方は死んでた…。やっぱり使えそうなヤツだ。今度勧誘に行ってみるかな。」
一人つぶやくが応える者はいない。
しばらく男がぼーっと空を眺めているとチャイムが鳴る。
「やべっ授業が始まる。かわいい生徒たちが待ってるぜ。急がなきゃな。」
男は走り出した。