「ここまでで大丈夫です。皆さんは後方で支援をお願いします」
青い修道服に近い法服の黒いケープを羽織った長い銀髪の美しい女性が凛とし落ち着いた鈴の音色のような声で紡ぐ。
年の頃は17、8くらいか。まだ幼さを感じさせる顔立ちながらも服の上から主張するたおやかな膨らみが少女を立派な女だと理解させる。
汚れなきシスターのように敬虔でありながらも何処か現世から離れた危うい妖しさも兼ね備える禁忌の女神を彷彿する。
「本当におひとりで?しかし、それでは聖女様が…………」
「心配はありません。私の力は既にご存知でしょう? 乱戦は必至、味方を巻き込まないとも限りません。それに討ち漏らしがないように心がけますが、もしもの時は頼みますね」
目の前の少女は静かに柔らかな魅力的な微笑みを浮かべて、先導する騎士たちを後ろに下げさせ待機するように指示した。
「…………解りました。聖女様、どうかご無事で。貴女様に武運と神の御加護があらんことを…………」
騎士たちが腰を折り膝を着き、恭しく頭を垂れ祈りを捧げる。
「あなた方にも神の慈愛と祝福と御加護があらんことを…………では、行って参ります」
ケープを翻して前に歩を進める少女。その度に法服のロングスカートから伸びるブラックニーソックスと、白い艶やかな太股が見え隠れする。
見渡す限りの何処までも続く平原。
その地平線の遥か向こうから粉塵を巻き上げ黒い波が轟々と地鳴りを響き渡らせ押し寄せる。
先鋒にゴブリン、コボルトたちが蟻の群れのように塊りに、上空にはハーピーたちが並び滑空し飛翔する。
中堅にオーク、トロール、オーガの混成団が地面を踏み馴らし闊歩する。
最後尾に大将クラスであるだろう、小山のように巨軀を誇るミノタウロス、サイクロプス、ギガンテスの巨人の兵がゆっくりとした足並みで迫り来る。
それはこの世の終わりを彷彿とさせる終末を絵にした光景と言っても差し支えない、地を埋め尽くす魔物の大軍団。
それらを前にして常人なら狂気に駆られ脱兎の如く逃げ出すか、絶望に打ち拉がれ呆然とただただ呆けるか。
「懲りもせずにまた来やがったか。しかも今度は随分な大所帯のようだ。なるほど、魔王もようやく重い腰を上げたってことか。ま、散々手下の兵隊どもを片っ端からぶっ潰してやったからな」
しかし、少女は絶世の美貌と言ってもいい整った顔立ちの表情に恐れも不安も焦燥も微塵も感じさせず、先ほど騎士たちとは話していた淑女口調を変え悠々と魔物の群れを見渡している。
実際その傾国の寵姫さながらの美しさに、他方の国々から称賛され様々な権力階級の上位者、貴族はては王族から熱烈な求婚を求められ求愛が後を絶たないでいた。
大気が張り詰めた鳴動する空間に一陣の風が吹き、ケープに隠れた煌めき輝く髪と青を基調にした法服が風に吹かれ靡いて緩やかに広がった。
「思いだすなぁ。幼かったガキのあの頃のオレを」
風はやがて幾重にもそよぎ吹き始める。
まるで風が少女を導くように、共にあることを勇み喜ぶように。
「まだ無知で未熟で何でも出来ると勘違いしていた馬鹿だった自分をぶん殴りたくなるぜ」
自嘲気味に薄く笑う少女の言葉に反応するかのように、風が吹き抜けさざめき平原の生い茂る草波を薙ぎ掻き分け、まるで早く闘わせろと言わんばかりに荒ぶる。
少女の肩の上にトカゲのような小さな生き物が何もない空間から現れ、丸い目玉をクルリと回し少女に視線を向ける。
「ああ、そうだなバルバル。過ぎ去った過去は変えられない。過去を振り返るばかりじゃ前には進めない。だからオレは進み続けるんだ」
地平を覆う黒い異形の群れが大地を揺らし空気を震わせ少しづつ少女に迫る。
「さあて、そろそろ始めようかね。オレ様の無双エンターテインメントを」
少女のその言葉に風が応えるように荒々しく唸りを上げ嘶き、逆巻いて吹き流れる。
修道服の裾先を翻し銀糸の麗髪を靡かせる。
緩やかに魅力的な脚先を広げ、砂塵を上げ迫り来る魔物の軍団を捉えるよう掌を力強く握り締め、拳を構えた。