6月。日差しもすこしずつ暑く感じるようになる季節。ステイシャーリーンと山内はブリーズシャトルとマスカレードアイを応援するためにスタンドで待機していた。6月の選抜レースは年4回ある中で最も盛り上がる時期だ。理由はいくつかある。この時期からジュニア級に所属するウマ娘の多くが本格化を迎え始める時期であるということ、合わせてデビュー戦も始まるからだ。
ここでいい結果をみせればトレーナーと契約して数カ月後にはメイクデビュー。そのままスター街道を駆けあがって行ったウマ娘も数多く存在する。中等部3年生にあたる子達も、将来を見据え、選抜レースに出場し、自分の走りをアピールし始める者もでてくるため、賑わいを増すのだ。走る側からすれば、ライバルが多くなるので大変な時期ともいえる。逆をいえば、個々の選抜レースで好成績を残せなければデビュー戦を勝ちあがることすらできないということである。今日の選抜レースにすべてを賭けてくる子も多い。
「なんか緊張してきました。2人とも勝てるかなぁ・・」
「シャーリーンが緊張してどうするんだ・・2人ともやれることはやったんだ。後は見守るだけさ」
通常のレースではレース中にトレーナーがサインをだして、作戦を変更したり、仕掛けさせたりすることも多いが、選抜レースは仮契約や契約を結んでいない子も多い。そこで公平を期すため、担当ウマ娘へのサインは禁止となっている。山内にできることは文字通り祈るだけだ。
「やったぁーー!!1着!久々の1着!これも2人とトレーナーさんのおかげです!ありがとうございます!」
「本当に――・・・ありがとうございますっ・・頑張ってきたかいが・・」
興奮し、はしゃぐブリーズシャトルと感極まったのか泣きそうになっているマスカレードアイ。それぞれ無事1着でレースを終え、順に山内とステイシャーリーンの元に戻ってきた。
ステイシャーリーンは2人を大きな声で祝福するとともに、用意しておいたタオルとスポーツドリンクを渡す。
少し前まで山内は多くのウマ娘に囲まれて何やらお願いしている様子だったが、今回はきっちりと断っているようだ。
――おめでとう。と山内がつぶやくと、マスカレードアイだけでなく、ブリーズシャトルもこみあげてきたのか、すすり泣き始めた。どう対処したらいいかわからない山内がおろおろし始める。
「せっかくだから記念写真とりませんか!?」
にこやかな笑顔で提案するステイシャーリーン。――そうだな!と山内は返事をし、急いで3人を並ばせる。ステイシャーリーン様様である。3人だけをカメラに収めるつもりだったが トレーナーも混ざるべきだ という3人の意見に押され、近くにいた後輩トレーナーに自分のスマホを渡し、とってもらった。
後で画像をグループSNSに共有するよう言われた山内は、写真をとってくれたトレーナーにお礼をいいつつ、互いの情報交換にはいる、流石に仕事の話とわかったのか、3人は少し距離をおいて、気を使ってくれた。
「ありがとうな。ところでそっちのスカウト事情はどうだ?」
「いえいえとんでもないですよ。まぁぼちぼちですね。そういえばなんか中等部の部門ですごい奴がいたって話ありましたね。先輩レース見ました?」
「いや・・仮契約の子達のレースと被っていてな・・後で映像で確認してみようかと思っているんだがそんなにすごかったのか?」
「ええ凄かったですよ。あれは先輩好みのマイラーですね。一瞬の切れ味が鋭い差しタイプのウマ娘です」
「そうか・・それだけすごいウマ娘ならもうトレーナーも決まったんだろうな」
「あれだけの走りをしたら流石にトレーナーもほっとかないでしょうね。事実、レースの後囲まれてスカウトされまくってましたから。ただ見た目がちょっと怖い感じで俗にいう不良っぽい感じだったので気性は荒いタイプかもしれないですね」
それほどの逸材なら是非自分の手で育ててみたかったと山内は思ったが、これもめぐり合わせ。名門サクラ家の子も好走したと聞く。ステイシャーリーン達の1個下の世代はすごい子達がそろっている可能性が高い。しかし今は担当している子達を精一杯育て上げるだけだと気持ちを切り替え、トレーナーと別れて3人の元へ戻る。
「お帰りなさいトレーナーさん」
「ああ。ただいま」
戻ってきた山内に気が付いたステイシャーリーンの言葉を筆頭に、2人もそれぞれ――お帰りなさいと声をかける。いつのまにかジャージに着替えているブリーズシャトルとマスカレードアイにクールダウンが済んだか確認すると、残りのレースを3人で見学し、トレーナー室に引き上げる。道中そわそわとしている2人と(わかってますよね?)という顔をしているステイシャーリーン。山内も流石にバカではない。トレーナー室についたあと、2人に契約書を用意し、差し出した。目を輝かせながら何度もお礼を言う2人と ヒト仕事終えたぜ と言わんばかりの顔のステイシャーリーンに癒されながら解散となった。
契約書を提出し、誰もいないトレーナー室に戻ってきた山内。昼の後輩トレーナーが言っていた噂のウマ娘の映像を確認する。
確かに目つき悪く、闘争心が強そうな感じだ。レースが始まると、最初は控えめ位置取りをしている。3コーナーまでは特に目立った感じではない。しかし、第三コーナーを過ぎると、外に抜け出し、するすると順位が上がっていく。第四コーナーをすぎて直線を迎えるころにはすでに先頭に立ち、加速していく。ものすごい切れ味だ。そしてそのままゴール板をすぎる手前ですでに流して走っていた。それでも5バ身ほどの差がある。見る者を圧倒する完全勝利だ。
山内は椅子を引きながらコーヒーを口にし、考える。もしこの子をスカウトできていたなら・・タラればが止まらないが仕方ない。割り切ろうとするも、トレーナーのサガがでる。 育ててみたい これほどの逸材を目の前にして引き下がるトレーナーなどまずいないだろう。珍しく未練がましい自分に苦笑しながら立ち上がり、片付けをしてトレーナー室を去る山内。
弾丸 例えるならばその言葉がふさわしい。しかし山内は映像で見たことにありがたみも感じていた。きっとその場にいたら、自分もスカウトに走っていただろう。その姿を見て3人にからかわれるのが想像できる。自分の威厳?を保てたのでよしとしよう。ポジティブ要素を探しながら山内は眠りについた。