7月と言えど肌寒い風を感じる函館の朝。3人は身支度を済ませて朝食をとると、ロビーに集合し、山内に引率され練習トラックについた。早めについた一行だが、それでもすでにトラックは練習するウマ娘が多かった。学園内のトラックよりは、はるかに人口密度が薄いので練習の邪魔になるということはなさそうだった。
「山内。お前もここにきてたのか」
「西さん。僕は毎年ここで夏を過ごしてますよ。西さんは別の場所じゃなかったんですね」
「ああ。今年は気分を変えようって思ってな。函館を選んだんだ。あの走っているのが山内の担当の子か?」
「はい。そうです。1人、来月デビューを迎える子がいます」
「あの大とびの子だな。いい走りをしているな」
「意地の悪い。すでにチェック済みじゃないですか」
「ははっ。そりゃライバルになりそうな子はチェックしておかないとな。トレーナーとして当然の義務だ」
3人の走りを見ていた山内に声がかかった。 西健二 トレセン学園所属のトレーナー。G1ウマ娘を輩出したこともあるトレーナーだ。山内は思わぬ人と出会ったことに驚いたが、知り合いでもある彼の来訪を歓迎した。
「先輩のとこの子も函館でデビュー戦を迎えるんですか?」
「いや。ジュニア級の子はここでデビュー戦はしないさ。うちの子はまだ体が出来上がってなくてな。10月ぐらいを目標に考えている。ただクラシック級やシニア級の子達は出場レースがあるからね。それを踏まえてここに決めたというわけさ」
10月のデビュー戦は遅いというわけではないが、年末に行われるジュニア級のG1レースに出場を考えると調整期間が少し短い。来年からを見据えた子なのだろうと山内は直感的に判断した。
「シニア級の子は函館記念に?」
「ああ。今年で引退を表明しているからね。なんとか一つ大きいところをと思って狙っているんだ。クラシック級の子はオープンを目指しているところだ。もしよかったらうちの子と併走はどうだ?ここは知り合いが少なくてな。頼もうにも少し気が引けてて。何とかお願いできないか?」
「といってもうちの子はまだジュニア級の子しかいませんよ?同期やクラシック級ならまだしも、重賞を狙っているシニア級となると、物足りなく感じるかもしれませんし・・」
「今度学園に帰ったら飯奢るから!なっ?それに今後を見据えて上のクラスと走るのも悪くないだろ?全力の併走は1本だけでいい!この通りだ!」
懇願してくる西に根負けした山内は――今回だけですからね。ため息をつくと、3人を招集した。実はと言うと、山内は内心喜んでいた。G1ウマ娘と未勝利クラスのウマ娘の差があるのであれば流石に遠慮したが、このクラスであればなんとかついていけるだろうとふんだのだ。敗北によってステイシャーリーンの心が折れてしまう可能性もあるが、負けん気の強い彼女のことだ。きっと糧になるだろうとふんで山内は申し出を受けたのであった。
招集された3人は山内から西の紹介を受けると、今度は西の担当のウマ娘と挨拶した。先輩ウマ娘の余裕と迫力を感じていたステイシャーリーンだったが、目立たないようにちょこんと陰にかくれるようにいるウマ娘が気になった。
「私、ステイシャーリーンって言います。今年ジュニア級のデビュー戦を迎える予定です。あなたの名前は?」
「あの・・モモノスターと言います。私も今年ジュニア級で・・その・・よろしく・・」
「同じ学年ってこと?よろしくね!」
「あっ・・よろしく・・」
ぐいぐい挨拶をするステイシャーリーンに最初はたじろいでいたモモノスターだったが、会話を重ねるうちに笑顔を見せている。どうやら引っ込み思案なだけで、人との会話が苦手というわけではなさそうだ。
「先輩モモノスターって確か・・」
「そう。サクラ家の親戚にあたる子だ。本来なら大島トレーナーのところに行く予定だったのだが、急遽ウチで預かることになってな。体が弱く、まだまだ仕上がってないが、それを克服したら今後きっと大舞台にあがる子だと俺は思っているよ」
山内はモモノスターを改めてみる。確かに華奢な体つきをしているが、併走に向けてアップをしている様子をみてわかった。(彼女は走る)山内の直感はそう告げていた。
「10月デビューの子は彼女ですか」
「そう。モモは引っ込み思案な性格なんだけどシャーリーン君と仲良さそうで安心した。2本目以降はモモとの併走もお願いしてもいいか?」
本命はこっちか。中々に強かな人だと山内は西の思惑に気が付いたが、こちらとしてもメリットはあるので二つ返事で受け入れた。
6人だてで行われるレースはトラックでは珍しいのか、周りの観客が注目しているようにも見える中、6人は一斉にスタートした。先に飛び出したのはブリーズシャトル。2000メートルという明らかに適性外な距離のため、山内は参加させるのをためらったが、それでもブリーズシャトルの志願により、参加を認めた形となった。今回は指示をだしていないので各々が独自の判断で作戦を立てている。普通にやっても勝ち目がないと判断しての大逃げだろう。可能性はわずかであるが、一発をかけての作戦なら悪くはないと言える。次いでクラシックウマ娘、マスカレードアイ、モモノスターが追う形。そしてステイシャーリーン、シニア級ウマ娘と列が続く。
先頭とはかなり離れているが、それでもマスカレードアイは落ち着いていた。今回のレース勝とうとは思っていない。今の自分の実力でどれだけくらいつけるか。変に背伸びせず、自分の力を出し切ることに専念した。
(このまま好位置をキープして最後までちぎられないようにいきます!)
手堅い走りをするマスカレードアイとあくまで勝ちをねらって貪欲に走るブリーズシャトル。山内はそれぞれの性格が走りに出ているなと思いつつ、一番気になる後方をみる。
(ここまでマークされるのは初めてかもしれない。やりにくい・・!)
マークされるというのは警戒されている証でもある。ましてや先輩のウマ娘にマークされるのは光栄なことではあるが、ここまでマークされた経験がないため、
ステイシャーリーンは気持ちよく走ることができずにいた。自分のすべてをみているぞと言わんばかりの圧。それぞれの思惑を運んだままレースは後半にはいる。
健闘中のブリーズシャトルが第三コーナーに差し掛かり、ハイペースを維持したまま突っ込んでいく。しかし流石に限界だったか、第四コーナーに入るころには後続がみるみる追いついてきた。
(流石に無茶だったかぁ~・・!でもやれることはやった!)
息も絶え絶えながらブリーズシャトルは最後まであきらめる姿勢を崩さない。その姿に観客からも声援がちらほらと飛んできた。
マスカレードアイとクラシックウマ娘は勝負所とみて加速を始める。モモノスターもギアをあげ加速していく。
ここまでハイペースな展開だったため、早めに仕掛けないと前残りになってしまう可能性がある。しかし後方にいる先輩が気になるステイシャーリーンは迷っていた。今仕掛けるべきか?だが後方は動かない。勝つ算段があるから動かないのか。迷いが生じる。その瞬間後ろの足音が大きくなった。
(仕掛けてきた!今だ!)
ステイシャーリーンもあわせてスパートをかけて走る。後は駆け抜けるだけだ。一生懸命走るステイシャーリーン。垂れてきたブリーズシャトルを交わし、じりじりとマスカレードアイとモモノスター、クラシック級ウマ娘を追い抜いていく。
(勝てる!)
その瞬間、背後に強烈な圧を感じた。悍ましい執念のような、目に見えない力。背筋が凍るような静寂な世界が一瞬ステイシャーリーンを包んだ。気になって背後を一瞬振り返ると、皆が苦しそうに走っている姿が見えた。気になる思考を振り切り、そのまま視線を前に向けゴールを目指す。いつもなら息に余裕があるはずなのだが、今回のレースは息が続かない。あと少し、勝利を掴みかけたステイシャーリーンの隣を駆け抜けていった影が1つ。1着はシニア級ウマ娘だった。
トラックには拍手が鳴り響いた。 競バ場のレース並に見ごたえがあった と叫んでいる観客もいた。走り終えたウマ娘はそれぞれ手を振ってお礼をし、クールダウンを終え、それぞれ雑談をしながらトレーナーの元に戻る。
「先輩の最後の圧凄かったです。私思わずふりむいちゃいました。」
「あれリーンちゃんも感じてたの?私も何となく感じてさ~。なんかすごかったよね?すごく怖くて私逃げだそうかと思ったもん。それよりも私が第4コーナーで踏み出した瞬間焦ったでしょ?」
「本当に焦りました。仕掛けてきたと思って思わず反応したけど先輩いないし・・!あれなんだったんですか?」
「ふっふ~んあれはね。リーンちゃんにフェイクをかけたの。リーンちゃん今回のレースハイペースでちょっと焦ってたでしょ?それでちょっと早めで行きますよって感じで数歩だけ踏み込みを強くしたの。そしたらリーンちゃん引っかかってくれて。掛かってくれてよっしゃーって内心思ってさ。本当はもっとかっこよく差をつけて勝つつもりだったんだけどリーンちゃんの粘りがすごくて焦っちゃった」
そういって軽く舌を出しながら茶目っ気をだす先輩の作戦を聞いて はぇ~ と感心するステイシャーリーン。ベテランならではの駆け引きにやられた1戦だった。
そのままミーティングを受けてそれぞれのトレーニングに戻ることになり、休憩を挟んだウマ娘達は近くのベンチに座りながら休憩をとる。思った以上に仲良くなった6人は、休憩中も一緒に過ごす。
「いいんですかこれ使って。ありがたいですけどでも・・」
「大丈夫!私タオル沢山持ってきてるし!」
「じゃあありがたくお借りします。ありがとうシャーリーン」
モモノスターとステイシャーリーンは特に仲が深まったようで、にこやかに話している。
思った以上の効果を得られたことに2人のトレーナーは今後の練習は合同もありかと思いながら休憩後、それぞれのトレーニング指導に戻る。
来月のデビューにむけて一層気合いが入るステイシャーリーンだった。