ステイシャーリーンは混乱していた。スカウト?好走したとも言えない自分に何故?このトレーナーの真意はわからないままだった。
「はい。そうですけど・・」
年は20代半ばくらいだろうか。優しそうな笑みを浮かべながらこちらの返事を待っているこの人に失礼だと思いとりあえず返事をする。
「まずはレースお疲れ様。そして初めまして。トレセン学園でトレーナーをやらせてもらっている山内聡と言います。怪しい者じゃないから安心してね。あっ、シャリーンちゃんって呼んでいいかな?シャリーンちゃんは今誰かからスカウトや指導とか受けてたりするのかな?」
「今はとくにそういった指導を受けていません。みんなと同じように教官からグループ指導を受けているだけです」
「そっかそっか。シャリーンちゃんにいくつかの質問してもいい?」
思った以上にフレンドリーに話しかけてくるトレーナーに若干の戸惑いを感じつつも、ステイシャーリーンは質問に答えていった。これまでの経緯に始まり、レースで結果が出ない事、伸び悩んでいる事、同期が次々と辞めていき自分も焦ってもうだめなんじゃないか。後半は半ば人生相談みたいな感じになってしまったとステイシャーリーンは話し終えた後に気が付いたが、それでもトレーナーはうなずきながらこちらの話を聞いてくれた。誠実な人だ。ステイシャーリーンはそう感じ始めていた。
「なんで――」
「なんで声かけてくれたんですか」
もしかして。もしかしたら。
「いや、スカウトとかそういう話じゃなくてね?レースをみて単純に気になったことがあって。それでつい声かけちゃったんだ」
その返事は舞い上がっていたステイシャーリーンを失望させるには十分すぎる返事だった。確かにあのレースの結果をみればスカウトなんてくるはずもない。それでも初めてトレーナーに声をかけられたのだ。期待するなという方が無理である。泣きそうになりながらもなんとか涙をこらえて泣くな泣くなと自分を鼓舞しつつ、気になったというフレーズに無理やり意識を持って行く。
「気になったことってなんですか?」
「あくまで参考程度に聞いてほしいんだけど・・シャリーンちゃん今よりも歩幅を多くとって走ってみるといい結果だせそうな気がするなと思ったんだ。走りを見た印象だと力強い走りをするのに若干窮屈な感じがしてて。あと利き脚は右脚だよね?今日の模擬レースは右回りだったけどコーナーリングの時速度を維持できずに少し外に膨らんでいたでしょ。左右どっちのレースでも対応できるように左脚を鍛えるトレーニングも取り入れていけたらもっといい結果残せるはずだよ。今日はマイルだったけ―――」
「私のトレーナーになってはくれないんですか」
気づけば口から言葉が出ていた。ステイシャーリーンはトレーナーからスカウトを受けたことがない。それでもこのトレーナーが少なくともさっきのレースで自分をみてくれていたのだ。1着2着をとったウマ娘よりも自分を。それはつまり自分に光る物を見出したかもしれない。あるいはただのお節介かもしれない。そんなことはステイシャーリーンにとってどうでもよかった。間違いないのはこのトレーナーの元で指導を受けることができれば自分はもっと強くなれる。自分の本能がそう告げていた。
「私、頑張ります。勝つためにどんな厳しいトレーニングにも耐えてみせます。なんでもします。だから私をスカウトしてください。お願いします!」
「ちょっと言い方ぁ!なんか僕が悪いことしてるみたいな感じになっちゃうじゃん!わかったから落ち着いて落ち着いて!」
山内は自分も声をあげることによって自分はそんなこと言ってませんよアピールに努めた。泣きそうなウマ娘をトレーナー。おまけになんでもしますと言うワードが飛び出した。捉え方によっては緑の帽子の人がすっ飛んできそうな会話だったが、少しざわついた周りも自分達の会話に戻ったところを確認した山内はほっと胸をなでおろすと、咳払いで息を整え気持ちを落ち着かせた。
「まぁ・・意気込みは伝わった。でもシャリーンちゃんも感じていると思うけどこの世界は厳しい。それでも大丈夫かい?」
「頑張ります。どうしても勝ちたいんです!」
「わかった。そこまで言うのなら。じゃあ次の選抜レースまで仮契約というのはどうかな?そこでいい結果が出るよう僕も最大限に努力する。もちろんそこに至るまでに僕と合わないなと感じることがあれば契約を解除してもいい。まずはお試しで。どうかな?」
ついに憧れ望んでいた言葉を聞くことができた。数十分前の沈んでいたステイシャーリーン気持ちはどこか遠くへ吹き飛んでいた。それほどまでに嬉しかったのだ。人生山あり谷ありとはまさにこの事。もっとも、こんな急勾配な山谷などあるのかはわからないが。
「よし。じゃあ仮契約ということで。明日仮契約の書類を書いてもらうから部室に来てもらえるかな。同時にトレーニングも始めるから今日はしっかり体を休めて明日に備えてね。僕はまだ選抜レースを見るからまた明日ね」
「あの・・」
そう言って踵を返して去ろうとしていく山内の後方から声がかかる。どうかしたか――と振り返るとぽつりと衝撃の事実が山内の耳に届く。
「私の名前、ステイシャリーンじゃなくてステイシャーリーンです・・」
本人は最初から気になっていたが、会話の流れを切りたくなくて遠慮していたのだろう。少しだけ気まずそうな笑みをしながらステイシャーリーンがこちらを見ていた。
「・・・よかったらシャーリーンちゃんも選抜レース一緒に見学するかい?」
このまま別れたら気まずい空気のままになってしまう。山内の口から咄嗟にでてきたのはお誘いの言葉だった。
「ご一緒させていただきます。あと私のことはシャーリーンって呼んでもらっていいですよ」
そういうと一瞬で笑顔になりながら歩み寄ってくる。いい子で助かった――。山内はそう思いながらステイシャーリーンとともに応援スタンドに登っていくのであった