2月末。阪神競バ場で行われたマーガレットステークス。見事1着をとったブリーズシャトルは意気揚々と引き上げてきた。前回とは違い満面の笑みでご機嫌な様子だ。
「みんな見てた?これが私の実力ってやつ?」
「そんな調子にのってると次のレースで足元救われますよ?」
「へーきへーき!次もこの調子で勝ーつ!」
「シャトルちゃん次は1600メートルのレースだよ?」
「げっ・・・」
思い出したのかまずそうな顔しながら落ち込むブリーズシャトル。前走のクロッカスステークスで3着と好走はしたが、どうしても不安が残る。だが勿論指をくわえてただ待つのではない。マイルにも耐えられるようなスタミナを着実につけつつあるブリーズシャトルを励ますように山内が声をかける。
「後1ヶ月。1着をとれとは言わない。アーリントンCはNHKマイルカップの優先出走権をとれる3着以内をねらっていくぞ」
「甘いよトレーナー!走るなら狙うのは1着!私は次も1着を狙う!」
闘志が有り余るブリーズシャトルに山内は苦笑しながらケアを終える。間もなく3月。大レースの前哨戦が始まる季節へといよいよ突入する。
3月。春のクラシック戦線が本格化し始める時期。と同時に選抜レースが行われる月である。忙し身でありながらもなんとか時間をつくった山内は選抜レースの視察に訪れた。
6月からジュニア級のデビュー戦が始まることを考えるとなんとしてもここはスカウトを受けたい。そう考えるジュニア級ウマ娘達が溢れかえっていた。レースのイロハをまだよくわからず無我夢中で走るウマ娘達。広い鉱山の中に埋もれているダイヤモンドの原石を探すように真剣にレースをみているトレーナー達。まだみぬ未来の3冠バを探して1つ1つのレースをチェックしていく様子は走っているウマ娘達にさらなる緊張感をあたえるのであった。
(誰かいい子と巡り会えるといいが・・)
山内はそう考えながらあらかじめ目星をつけていた子のレースを見ていくが、どうもピンとこない。最低でも1人。ジュニア級ウマ娘をスカウトしたい。が焦っても仕方ない。いい子が見つからないままレースが半分ほど終わる。
(このまま空振りかな)
そう思っていた矢先、山内の存在を見つけた後輩トレーナーが近づいて声をかけてきた。
「山内さん。どうですか?スカウトの方は順調ですか?」
「いや。さっぱりだな・・そっちはどうだ?」
「いやぁ自分も全然ですね・・まだ2年目なのでどの子が走りそうだとか全然わからなくて」
「まぁまだ若いからこれからだよ。そういえばあれから業者との付き合いはどうだ?」
「はい。山内さんのおかげで去年トレーナーを開業した身としてはかなりの好待遇をうけてると思います。おかげで1年目なのに担当の子も複数ついてくれて順調な滑り出しといっていいんじゃないでしょうか」
「じゃあ今年クラシック級にでてくる子もいるということか。同門と言えど容赦はしないからな」
「ははっ。手厳しい。そこは優しくお願いしますよ。にしてもなかなかみつかりませんねぇ」
後輩トレーナーの言う通りなかなか素質のありそうなウマ娘がみつからない。仮に見つかったとしてもそういったウマ娘はトレーナー達の間で争奪戦になる。手元に転がってくる確率はかなり低いのだ。山内はため息をつきながら後輩に話しかける。
「なぁ長谷。今日仕事が終わったら飲みに――」
「先輩あれ――」
そう言いながらレース場を指さした後輩、もとい長谷の指先をみると、1人のウマ娘が走っていた。体格がよさそうな鹿毛のウマ娘が走っている。そのウマ娘は第4コーナーを回ると後続と圧倒的な着差でゴールした。すごい才能の持ち主だ。上手く育成することができればG1ウマ娘も夢ではないだろう。とんだ才能の持ち主が埋もれていたことに驚愕するトレーナー達。レース後あっという間に注目の的になるのは必然だった。
「すごかったですね先輩。ああいうのがG1ウマ娘になる子なんでしょうね」
「気になっているならそんなこと言ってないでスカウトにいってみたらどうだ?スカウトを受けてくれるかもしれないぞ?」
「そんなうまいこといくなんてそうそうないですよ」
「俺もステイシャーリーンの時は逆スカウトをうけたし長谷も案外あるんじゃないか?」
「運命の出会いってやつですか?まぁダメ元であの人込みの中に突っ込んできますよ」
そういいながら長谷はスカウトを受けているであろうウマ娘に向かって歩いて行った。ダメであろうとスカウトしない限りは始まらない。自分もせめて1人はと思いながら次のレースを見つめる。すると、ふと目についたウマ娘がいた。
背丈は大きくもなくかといって小さくもなく。俗にいう普通の子だ。黒鹿毛の彼女は特に目立った姿ではなかった。そのウマ娘はレースが始まると好位置をキープしながらレースを進めていた。そして第4コーナーを回ると先頭に立ちゴールにむけて駆け抜けていく。途中一度並ばれるものの、再び突き放し、最後は1バ身でゴールした。強い勝ち方だ。おまけに息も少しばかり余裕が見える。
(これはスカウトするべきだな)
そう思った山内はすかさず行動に移す。いい勝ち方をしたのにもかかわらず、彼女に声をかけるトレーナーが少ないのは先ほど長谷が声をかけに言ったウマ娘のせいだろう。いまだにトレーナー達は彼女を囲んで熱心に口説いているようだ。
全員が黒鹿毛のウマ娘に声をかけ終わるのを待ち、自分が最後なのを確認すると、山内は声をかけた。最初に声をかけてくれたトレーナーとそのまま契約を結ぶウマ娘も多いので、最後の順番まで待ったのは賭けだが、今回はまだ自分にチャンスがあるようだ。最後ならじっくりと話ができる。アドバンテージを活かしたい山内は失礼のないように声をかけた。
「少し時間いいかな?僕はトレーナーの山内と言います。さっきのレース、1着おめでとう」
「ありがとうございます。わたしはサラホウヨウと言います。もしかしてスカウトですか?」
「ああ。端的に言えば君をスカウトしたいと思って声をか――」
「はい。よろしくお願いします」
「えっ?」
「???スカウトのお話なんですよね?」
そういいながら首をちょこんとかしげるサラホウヨウ。あまりにも早い展開に山内が逆についていけてない状態になっている。
「そんな簡単に決めていいのかい?もっと話を聞いてからでも」
「山内さんが私のレースを見ていたの途中で気が付いてましたから。もし声かけてくれたらスカウトの話だろうなって。私、山内さんにスカウトされたらチームに入るって決めてたんです」
「そうか。ありがとう。でも一応条件とか説明したいから後で僕のトレーナー室に来てくれるかな?そこで最終決定をしてほしい」
「はい。わかりました。よろしくお願いします」
そういうとペコリとお辞儀をするサラホウヨウ。彼女の中で何が決め手になったかはわからないが、とりあえずスカウトは受けてくれそうだ。山内は自分の中で決めた最低ノルマが達成できたことに安堵しながらサラホウヨウと一旦別れる。そう思いながら再び観客席に戻るといつの間にか戻ってきていた長谷を見つけた。――そちらの様子はどうだと声をかけると、予想外の答えが返ってきた。
「長谷。スカウトは成功したか?」
「あっ。ええ。成功しました。こんなことってあるんですね」
「えっ?成功したのか?」
「ええ。スカウトと言うより逆指名されたというか・・」
(逆指名?)
いまだに不思議がっている長谷の様子をみてこちらも不思議な気持ちになる山内。どうであれ、2人はそれぞれ希望していたウマ娘を無事スカウト?できたことに安堵したのであった。