次の日の学校の昼休みは昨日の選抜レースの話題でもちきりだった。シャーリーンも仲のいいウマ娘達と食堂で昼ご飯を食べながら昨日のレースの結果を振り返っていた。
「私もせめて入着できたらなぁ~仮契約でも結んでもらいたかった!」
「まぁ聞いてた通り狭き門だよねぇ。みんなこれからどうするの?」
「私は・・地方のトレセンに移籍しようかなって思ってる」
「えっ!?本当に!?」
「うん。昨日よく考えたの。私の実力じゃとてもついていけないなって。でも走るのは好きだからどこかで走り続けたいなと思って」
勝負の世界は厳しい。昨日山内に言われたことをステイシャーリーンは思い出していた。これまで幾人ものウマ娘がトレセン学園を去って行ったが、親しい友人が去っていくのは初めてだ。実際ステイシャーリーンも山内と出会っていなかったら自分も移籍を考えたかもなと思いながら友人の会話に耳を傾ける。
「そっかぁ・・でもよく考えて決断したならウチらは何にも言わないよ!ウチらも負けないように頑張って走るしなんなら応援にも行くからさ!」
「そこは一緒に頑張ろうって引き留めるとこでしょ~!私がいなくなって寂しくないのか~?」
「だって一度決断した○○は意見覆さないってウチらもう知ってるしぃ~?お情けで引き留めてあげようか?ん?ん?」
「くぅ~ムカつく!!でも言ってることは事実だけに反論できないのが悔しいぃぃ!!」
「へっへっへ。ウチらはここに入学してきたときからの仲ぞ?すでに貴様の考えることなど熟知しとるわぁ~!でも応援してるしマジで応援にいく。これはマジ」
一体何キャラなんだろう。シャーリーンは頭の上に?を浮かべながら会話を楽しく聞いていると話題が自分にとんでくる。
「そういえばシャーリーンは仮契約結んでもらえたんだよね?本当によかったね!」
「まじで羨まし~!なんならウチにもその人紹介してくれない?友達枠の推薦とかないんかな?」
「いや・・友達枠とかないだろ・・・ところでシャーリーンの担当はどんな人なの?」
まるで恋愛トークに群がる女子である。実際ウマ娘において担当トレーナーがつくことは学園生活最大イベントと言っても過言ではない。未知の体験にみな興味津々だった。
「普通の人だと思う。見た目もそんな特徴的な感じはないというか・・でも誠実そうな人だった。あと私の長所や改善点をすぐみつけてくれたし凄そうなトレーナーな雰囲気はあった気が・・する・・?」
「なんで疑問系!?トレーナーの名前は何ていうの?」
「名前は山内・・山内トレーナーって言ってた」
下の名前を忘れてしまったステイシャーリーン。自分の名前を間違って読んでいたトレーナーのことを思い出しこれでオアイコという謎理論を1人で展開し解決させる。
「山内トレーナー!!?私の知ってる山内トレーナーと言えば・・」
「知っているのかウマデン!?」
「いやウマデンって誰よ・・山内トレーナーって確かティア―――」
―――――そういえば今日の午後のレース座学の授業視聴覚室でやるっていってなかった?
―――――えっそうだったっけ?うわもうこんな時間!早く教室戻って準備しなきゃ遅れる!
隣のテーブルで食事をしていたクラスメイトの会話がこちらにも聞こえてくる。
「うわっやっば忘れてた・・私達も急いで戻って準備しよ?」
「あの先生怒ると怖いんだよねぇ」
ステイシャーリーンも慌てて食器を片付け教室に駆け足で向かっていく。友人が言いかけたフレーズが気になり、後でトレーナーに直接聞いてみようと思いつつも、視聴覚室で行われたビデオ鑑賞付のレース座学でうとうとと眠ってしまった。もちろんこってり先生に怒られたのは言うまでもない。
「失礼します。ステイシャーリーンです」
小気味いいノック音がトレーナー室に響いた。どうぞ――という返事の後にステイシャーリーンは山内のトレーナー室に入った。
思った以上に広い。そして物が少ない。ステイシャーリーンはきょろきょろと部屋を物色したい気持ちを抑え、デスクで作業をしている山内に歩み寄った。
「授業お疲れ様。殺風景な部屋ですまないね。これでも少し前までは担当していた子が数人いたんだけどちょうどみんな卒業しちゃって。その子達の私物がなくなったのも余計に部屋の寂しさに拍車をかけているのかもしれないね。」
確かにこの部屋にあるのはテーブルと寝こごちが良さそうなソファ、恐らく仮眠用の毛布?とタオルケットのようなものとトレーナーのデスクとパソコン、何やら難しそうな本がつまっている本棚、作成会議用であろうホワイトボード、そしてウォーターサーバーと冷蔵庫。こうしてみると意外と物はあるのだが、ポスターなどが一切ないのですっきりして見えるのだろう。
そして最後に目に飛び込んできたのがトロフィー。本物より明らかに小さいのでレプリカだと一目でわかる。しかしそのレプリカはウマ娘なら誰もが憧れるG1レースで1着をとった者のみが掲げることができるトロフィーばかりだった。自分はもしかしたらすごいトレーナーに無茶なお願いをしてしまったのかもしれない。そう思った瞬間、緊張からか、やけに喉が渇いてきた。
―――――お水でも飲むかい?
やけに遠く聞こえた山内の声で我に返るとステイシャーリーンはコクコクと頷き、山内がウォーターサーバーからいれてくれた水を一瞬で飲み干した。おかわりもしてもいいからね――と笑われた気もしたが、今のステイシャーリーンにとってそれどころではなかった。
「じゃあとりあえず昨日言っていた仮契約の書類がこれ。よく読んで内容に問題なかったら自分の名前をかいてサインしてね。わからないことがあったらどんどん聞いていいからね」
シャーリーンのはい――というから返事をよそに山内はデスクで黙々と作業をしている。カタカタとキーボードを打つ音とたまにウォーターサーバーのコポコポという音が部屋に響く。一通り内容を確認し終えたステイシャーリーンは自分の名前を書いて――書きました。と立ち上がり、デスクワークをしている山内に持って行く。
「内容はとくに問題なかった?後でこんなの違いますって言われたら僕が理事長に怒られちゃうから勘弁してね?」
そうおどけながら山内は自分の名前を記入欄に書いていく。
「大丈夫です。問題ないです」
実を言うと、ステイシャーリーンは緊張のせいで内容はあんまり目を通らなかった。余裕がなかったのである。しかしここで変に動揺するのも逆に怪しいと思い、大人ぶっていた。がしかし、このトレーナーのことだ。おどけながら話しかけてきた時にこちらの考えなど見抜いているだろう。だったらここはその優しさに甘えさせてもらおう。ステイシャーリーンは顔だけには出すまいと凛とした表情を作り続けた。
「ふふっ。じゃあ僕はこれを提出してくるからその間にジャージに着替えてこの部屋で少し待っていてね。すぐ戻るから。」
やはり見透かされているようだ。ステイシャーリーンはプクっと頬を膨らませそうになるが、お水を飲んで気持ちを落ち着かせた。そして山内が部屋を出ていく寸前、忘れかけていた昼休みの疑問をぶつけた。
「あの・・私恥ずかしながらトレーナーのことよく知らないんですけど・・以前担当していた子って誰なんですか・・?」
ん?と山内はドアノブに手をかけたまま――そうだねぇ・・と自問自答をしているようだった。緊張の一瞬。
「最近だと・・そうだな・・メジロラモーヌって子は知ってるかい?あとニホンピロウィナーとか?恥ずかしいのだけれど【ティアラの山内】とか呼ばれてたりするね。あとマイルの子を育成するのも得意だったりするんだよ。じゃあ行ってくるから着替え済ませておいてね」
パタンと扉が閉まる音と供に再び静寂が訪れた。ティアラの山内。知らずとはいえとんでもない人にお願いをしてしまったのかもしれない。
数十分後、部屋に戻ってきた山内がみたのは着替えずにただただ固まっているステイシャーリーンの姿だった。