「おーい。とりあえず着替えてもらってもいいかな?」
ステイシャーリーンは山内の声で我に返った。あれから少しの間記憶がない。それほどまでに衝撃的だったのだ。山内がまさかまさかの3冠ウマ娘の担当トレーナーだったとは露ほどにも思わなかっただろう。トレセン学園事情に疎いステイシャーリーンですらわかる。【ティアラの山内】はあまりにも有名過ぎた。名前は知っていた。まさかそんな有名どころが声をかけてくれるとは思ってもいなかったのだ。山内は特に珍しい苗字でもない。同じ苗字の人だろうなぐらいにしか認識していなかった。
「あのっ私なんでもしますから・・!頑張りますから契約うちきらないでください!」
「だから言い方ぁ!ちょっまだ着替えなくていいから!ちょっと待って!」
半分泣きべそをかきながら待たせてはいけないと急いで制服を脱ぎ始める。何でもしますからといいながらウマ娘が泣きながら制服を脱いでいく。完全に事案である。
この現場を誰かに見られていたら山内のトレーナー人生、いや人生は終わっていただろう。急いで部屋から脱出した山内はステイシャーリーンにドア越しに落ち着くよう語りかけて着替えを済ませたか入念に聞いた。実に6回ほど。
「お騒がせしました・・・」
小さな声でちょっぴり涙声のステイシャーリーンを落ち着かせるためにとりあえずお水を飲むようすすめる山内。もはや困った時のお水みたいな状態になりつつあるが、そこは気にしない。
話を聞いてみると、そんなにすごい人だとは思ってもいなかった。まさかこんなちっぽけな自分に有名なトレーナーが声をかけてくるとは思わなかった。恐らくトレーナーの望むレベルには達していないから契約は解除してもらっても構わない。でもこんな経験は二度とできないであろうから仮契約の間は指導をしてほしい。そのためだったら何度でもする。こういう内容だった。
「大丈夫。一度約束したことを簡単に覆すことなんて僕はしないから。君が誠実であり続ける限り、僕も君に誠実であり続ける。選抜レースで1着をとれるように頑張って行こう。でもこの契約を続けるにあたって守ってほしいことを一つ追加してもいいかな?」
一体どんなことを言われるのだろう。ステイシャーリーンは身構えた。
「何でもしますって言うの禁止で。さっきの件だって場所が場所なら僕の人生が終わるとこだった。本当に。シャーリーンが嫌と感じる内容ならはっきり嫌と言ってくれていいし、何故こういうことをしないといけないのかと思ったら率直に質問してくれていい。僕も当然その意図を伝えるし、もしそれでも嫌と感じたならば断わってくれてもいい。君に納得できる範囲でトレーニングメニューの構成や指導を行うつもりだ。仮とはいえ僕たちは契約を結んだ。二人の立場は常に平等。仮契約書にもそう書いてあっただろう?」
そういえばそんなこと書いてあった気がする。ステイシャーリーンはいまだに処理が追いついてない脳を回転させ思い出す。
「ただ練習の後など主に脚。定期的に触診して体の状態を確認するけどそこも大丈夫?仮契約書に一応書いてあったけど本当にちゃんと読んだ?」
これも確かに書いてあった気がした。ステイシャーリーンが浮ついた返事をしたところ、―――もしかしてよく読んでない?と真ん中直球がステイシャーリーンにとんできた。ここで嘘をついてもよくない。ステイシャーリーンは正直に答えた。
「大体は読んでくれたと思ったんだけどまさか全然とは・・どうする?今なら契約キャンセルもできるはずだから嫌なら急いで理事長のところへ走ってくるけど・・」
「いえ大丈夫です。さっきトレーナーさんが言ってくれたじゃないですか。誠実であり続ける限り誠実であり続けるって。それにトレーナーさんとまだ少しだけしか話したことないですけどいい人って思えるんです。だから私はトレーナーさんが契約を続けてくれるなら私なんで―――」
「なんでもは・・?」
「・・・・禁止です・・」
「ん。よろしい。そこまで信頼してくれるなら僕もシャーリーンのために頑張らせてもらおうかな。よし!じゃあ気持ちを切り替えよう。まずは触診からしていこう。これはシャーリーンの体の状態、昨日話した利き脚に関係もあることだ。体の歪みや状態をチェックさせてもらうからね。じゃあソファに腰掛けて」
言われるがままにソファに腰掛けてステイシャーリーンは脚を差し出す。靴下も脱ぐよう言われた時は流石に恥ずかしかったが、山内はしっかり蒸しタオルを用意して脚を拭いてから触診をした。ステイシャーリーンは意識してしまった自分がなんだか恥ずかしくなって顔が少し赤くなっていたが、山内は自分で用意していたカルテみたいな物に脚の状態を記入していたので顔をみられなくてすんだ。
その後、股関節回りや爪の状態、様々なデータを取り終えた山内はステイシャーリーンとともにトレーニングルームに移動する。
「あとは軽い身体能力のテストをして今日は終わりだ。怪我しないように注意しよう」
その後、ステイシャーリーンのデータを取り終えた後、トレーナー室に戻り解散となった。ステイシャーリーンが帰った後、データを整理しながらパソコンに向き合う山内。明日はステイシャーリーンの今後の育成プランの説明や、フォーム確認。鍛える所は山ほどある。仕事を終えた山内はトレーナー室を後にすると今後のプランを練りながら帰路につくのであった。