走り抜ける風   作:ブリンカー

6 / 38
6話

 次の日、ステイシャーリーンは授業を終えると急いでトレーナー室に駆け込んだ。

 ―――早かったね。と声をかけてくれたのは晴れて?仮契約を結ぶことになった山内トレーナーである。山内はコーヒーを飲みながら―――君も飲むかい?と声をかけてくれたが、ステイシャーリーンは水を所望した。コーヒーゼリーなどは好きなのだが、コーヒー自体の苦みはどうも慣れない。そして用意された用紙、ステイシャーリーンカルテとでもいうべきか、今日の体重や食べたものを記入する用紙とペン、そして水を差しだされた。ステイシャーリーンとて年頃のウマ娘である。昨日の時点では恥ずかしかったが、触診をされたりした結果、もうどうにでもなれと吹っ切れたのである。昨日と用紙に記入していくスピードは天と地ほどの差があった。

 

 

 

 「記入おわりました。これ、絶対友達にばらさないでくださいね」

 

 

 

 「そんなこと言われなくてもばらしたりしないよ。今君は肉体が本格化を迎えつつある時期だ。急に背が伸びたり、あるいは筋肉がついて体重が増えたりする時期がくるはずだ。その変化を見逃さないためにこういったデータをとるんだ。君のためにしか使わないさ」

 

 

 

 確かにこの情報を持ったところでトレーナーになにかメリットがあったりするわけではないか。とステイシャーリーンは楽観視すると、先にトラックの近くにある部室でジャージに着替える。トラックにでると山内もすでにジャージに着替えて待っていた。

 

 

 

 「お待たせして申し訳ありません」

 

 

 

 「いや、僕もちょうどきたとこだし全然待ってないよ。じゃあアップをした後にとりあえず1周走ってみようか」

 

 

 

 ―――はいっ。ステイシャーリーンは良く通る声で返事をすると、体を温めるために軽い柔軟運動をした後、走り始めた。ジュニア級と呼ばれる年を迎える1月。この年は、早ければ6月からデビュー戦を迎える子も出始める。それよりも今は選抜レースに勝たねばとステイシャーリーンは気持ちを切り替え、アップをこなしていく。

 

 トレセン学園の在籍人数は膨大だ。当然トラックものびのびと使えるわけではないが、冬のこの時期は春と比べると、幾分空いているので、ある程度楽に調整することができた。

 

 アップを終えて山内の元へ戻ってきたステイシャーリーンは山内の号令の元、トラックを駆け始めた。いつもは教官の元で複数のウマ娘と走ったりしてたので1人で走るというのは新鮮だった。息を切らしながらゴールまで全力で駆け込む。山内がストップウォッチを止める仕草が見えたような気もしたが、今はそれどころではない。息を整えていると、山内がステイシャーリーンの元へ歩いてくる。

 

 

 

 「タイムはまだまだだな。まぁここは気にしてもしょうがない。今のうちに息を整えておこう」

 

 

 

 やはりタイムは伸びなかった。指導を受け始めるのは今日からなのだからまぁ当然と言えば当然かとステイシャーリーンは特に落ち込む素振りも見せなかった。ここから伸びていけばいいのだ。ポジティブな気持ちがステイシャーリーンを押してくれる。

 

 

 

 「じゃあ早速フォーム改善からしていこうか。僕の見立てだとシャーリーンは今よりも歩幅を大きくとって走ったほうがいい結果がでるとみている。俗にいう大とびだね。理由は2つ。シャーリーンは蹴る力が他のウマ娘の平均データよりも高いのが1つ、もう一1つは股関節の可動域の広さ。これは昨日の診断で分かったことで、大とびだと一歩の歩幅が大きい分足を大きくださないといけなくなる。シャーリーンの腰回りの柔らかさを活かせば大きい歩幅で走ることができる。何回か試してみてシャーリーンに合わなければまた次のプランを考えよう。じゃあ始めようか。何か質問は?」

 

 

 

 「何も問題ありません。早速お願いします」

 

 

 

 シャーリーンは言われるがままに指導を受けた。今までのフォームと大幅な変化に戸惑いは多少感じたが、それ以上に高揚していた。もしかしたら速くなれるかもしれない。まるで新しいおもちゃを買ってもらえるかもしれない子供のようだった。

 

 何度かの試走でコツをつかむと、さっきと同じコースでステイシャーリーンは走ることになった。山内の号令でスタートしてトラックを駆け抜けていく。

 (歩幅を大きく・・しっかり手を振って・・着地はかかとよりもつま先を意識して着地して体を前に預ける・・!)

 

 ステイシャーリーンは慣れないフォームでこけそうになった気がしていたが、杞憂だった。脚が自然と前に出る。一歩、また一歩と脚が前に出る。明らかに前のフォームよりもスピードが出ているのが自分でも分かった。流石にコーナーリングでは減速して調整したが、ゴールをもう終わったのかという気持ちで迎えることができた。

 

 

 

 「どうだった?新しい走法は?無理なく体に馴染んだか?」

 

 

 

 「はいっ!!きっとこの走り方なら一昨日の選抜レース勝てたんじゃないかって思えるぐらいには!」

 

 

 

 「ははっ。それはなにより。おまけに息もそこまであがらないだろう?」

 

 

 

 言われてみればステイシャーリーンは2セット目だというのに前走よりも息が整ったのが早かった。

 

 

 

 「大とびは肺よりも脚に負担が来る走法なんだけどな。シャーリーンの足腰の強さなら十分耐えられると思ったんだ。足腰に痛みなどは感じないか?」

 

 

 

 「今のとこは全く問題ないです!トレーナー!もう1セットお願いします!」

 

 

 

 気合い十分なステイシャーリーンはその後も走り続けた。体の負担から残りは右回りを1回、左回りを2回と新フォームで計4セット行った。初日にしては飛ばしている方ではあるが、それでもステイシャーリーンはこの学園にきて初めて風を感じていた。走ることを楽しむ。成長を楽しむ。無邪気に走っていた幼きあの頃の自分に戻れた気がした。

 

 まだ走りたいとせがむステイシャーリーンの意見を山内は却下するとクールダウンを終えさせ、脚のケアをするために部室に戻る。汗臭くないかなともじもじしているステイシャーリーンに、山内は用意してある蒸しタオルを投げて一旦部室を出た後、入室の許可を得て再び入る。さっぱりした表情のステイシャーリーンに許可を得てから脚を別の蒸しタオルで丁寧に拭いた後、いつものように触診をしてカルテに記入していく。ステイシャーリーンも慣れたのか、前回と違って無言にならずにうきうきとした表情で山内に話しかけていた。

 

 うんうんと相槌をうちながら触診をしている山内に対して流石に舞い上がっていることに気が付いたのか、ステイシャーリーンは急に恥ずかしくなり、しゅんと縮こまってしまった。それをみて山内がからかいステイシャーリーンがぷりぷりと怒る。そのやりとりだけでステイシャーリーンはこの人と仮契約を結んで良かったと思えた。

 

 

 

 「よし。じゃあ今日は終わり。しっかりケアもしたから疲労はある程度抜けるとは思うが、それでも夜更かしなどせずしっかり体を休めるように」

 

 

 

 「ありがとうございました。明日はどんな練習をするんですか?トレーナーさん」

 

 

 

 「え~・・明日はなんと座学です」

 

 

 

 上げて落とす。ステイシャーリーンのテンションは少し冷めた気持ちで次の日を迎えるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。