肉体改造を重ねて数カ月。少しずつ温かくなってきた春の日。ステイシャーリーンは地道なトレーニングをこなしてきた。背も少しずつ伸び、足回りもさらに逞しくなった。新しいフォームにも慣れ、決戦の日まで残り1週間。トレセンの練習用トラックも連日多くのウマ娘でごった返している。1週間後には自分の運命が決まるといっても過言ではないイベントが待っているからだ。
そんな中ステイシャーリーンも最終調整に入っていた。戦場は2000メートル左回り。出場できる選抜レースの中でステイシャーリーンが最も良いパフォーマンスを出せるレースを山内は選んだ。ステイシャーリーンは数か月前までは不安しかなかった選抜レースをこんなにも自信に満ちた気持ちで挑めるなんて想像もしていなかっただろう。それほどまでに状態は仕上がっていた。
「よし。今日はここまで。引き上げてクールダウンに入ろう」
「えっ。もうですか。調子がすごくよくて今ならもっといいタイム出せそうな気がするんです。もう1本だけ走りたいです」
「ノー。だめです。シャーリーン。君の今の目標は何だ?」
「選抜レースで1着をとることです」
「そう。シャーリーンは今日ベストタイムを出すことが目標じゃない。選抜レースで1着をとることが目標なんだ。調子の波は誰にでもある。シャーリーンは今まで模擬レースの前は走り込みを詰め込んでいたタイプだろ?」
山内の言う通り、ステイシャーリーンはレース前に典型的な練習を詰め込むタイプだった。これでいいのだろうか。これだけ練習をしたならきっといい結果がでるはず。不安を打ち消すためにやみくもに練習することを繰り返してきた。
「その結果は・・という感じだろ?もちろんその時の体の状態にもよるだろうが、シャーリーンはレース前に練習を詰め込むのが合っていないんだろう。残り1週間、走る本数は少なめにしてピークを1週間後にもっていく」
―――はいっ!と力強い返事を返し、クールダウンを終えたステイシャーリーンは、山内とともに部室に移動する、同じレースに出場する有力ウマ娘の解説や癖、展開予想など、事前情報を頭に叩き込む。今まで1人で調べて走って・・と自分1人でこなしていたステイシャーリーンにとって走ることに専念できるというのは精神的にも非常に楽だった。
選抜レースの最終練習日の前日、ステイシャーリーンはアップを終えた後、レースを想定したコースを軽く走った後、1本全力で走るというだけのものだった。正直物足りないとは思っていたが、ここまで来たら後はトレーナーを信じるのみだと腹をくくったステイシャーリーンはクールダウンを済ませた後、山内と部室に引き上げた。
「お疲れ様。本当は併走相手をもっと用意してあげたかったんだけどな。流石に残り1週間はみんな各自の調整モードにはいっているみたいでなかなか都合を合わせられなかった。申し訳ない」
「大丈夫です。1か月前はしっかり相手を用意してくれたじゃないですか。それに本番前に手の内を明かすのはなんかもったいなくないですか?」
「そういってくれると助かる。体の調子はどうだ?どこか異変などはないか?」
「私はばっちりです!明日はきっと1着をとれる。そんな気がするんです。それよりもトレーナーさんの方が具合悪そうですけど・・」
「選抜レースが終わったらある程度は楽になるさ。シャーリーン以外にもスカウトをしてチームのメンバーを増やさないといけないからね。スカウトをする子の目星をつけて情報収集もしないといけないから」
言われてみればステイシャーリーン以外にこのチームのメンバーはいない。ちょうど卒業して入れ替わりでいなくなったと言っていたことを思い出したステイシャーリーンは別にこのままでもいいのになと少しだけ思った。とはいえ、チームを維持するには最低3人は必要だと聞いている。そうなるとこの豪華?な部室もなくなってしまうと考えると背に腹は代えられない。
「今は猶予期間だから部員がいなくても大丈夫なんだけどね。期限がきれたらこの部室も取り上げられちゃうんだよね。最低1人いれば大丈夫って言ってくれてるけど特別扱いされるのもなんかむずかゆいし規則は規則だから。それにメンバーが増えれば併走相手も確保できるし仲間がいることによって刺激になる。いいことづくめだ」
「でも担当が増えるということはトレーナーさんの負担が大きくなるということなのでは?」
名探偵ステイシャーリーンは鋭い指摘をトレーナーにする。――それはまぁトレーナーの仕事だから。と乾いた笑いで返事をするトレーナーに少しばかりの同情と感謝を心の中でする。
運命の日。ターフに立つステイシャーリーンは不思議と緊張していなかった。2名マークする相手がいるとトレーナーは言っていたが、それでも自分の敵になるとは到底思えなかった。みなぎってくるのは自信。これまでの練習の成果をぶつける時がきた。集中してゲート入りを待つ。余裕がなかった前回とはまるで別人のようだ。
「いっけ~!!シャーリーーーン!ぶちかませーーー!」
「いや、うるさすぎでしょ・・シャーリーン頑張ってー!」
友人達の声援がとんでくる。大きく手を振って返事をすると、友人達と少し離れた場所にいるトレーナーと目が合った。(行ってきます)そう心で呟く。それぞれのウマ娘がゲートに収まり、静寂が訪れる。
(開く!)
ダンっ!!
抜群のスタートをきれたステイシャーリーン。今回の作戦は後方の好位置でポジションをキープしつつ後半抜け出すという王道のレース運びを山内は選んだ。前回のレースよりも距離が400メートル延びている2000メートル。ジュニア級の3月の2000メートルとなると過酷な距離だ。しかしそれでもこのレースを選んで出場してきたウマ娘達は自分のスタミナに少なからず自信がある、あるいはクラシック級を見据えた走りを見せてトレーナー達にアピールしたいという魂胆だろう。
第一コーナーに差し掛かる。スピードを維持しつつポジションをキープする。少し膨らんでしまう癖は鳴りを潜め、ロスなく第二コーナーも回ることができた。
―――あの4番の子、いい走りをするな。ステイシャーリーンと言うのか・・もうすでに担当はついているのかな?
―――山内トレーナーと仮契約をすでに結んでいるそうよ。前走はあまりぱっとしなかったのだけれど。
―――ああなるほど。山内トレーナーの所の子か・・道理でいい走りを。
第三コーナーを過ぎ、第四コーナーに差し掛かる前にレースは動いた。ステイシャーリーンの前を走っていた子がわずかにふらついてきた。(ここだ!)勝負所とみたステイシャーリーンはそのまま外にでると、そのまま直線に入り差し切る準備に入る。案の定抜き去った子はずるずると後方にのまれていき順位を落としていく。後は全力だ。
力の限り走る。1人、また1人、抜き去っていく。体が熱い。だが息はまだ続く、まだ走れる。ステイシャーリーンは自分が気が付かないうちに叫んでいた。会場が歓声に包まれる中、ゴール版を誰よりも早く駆け抜けたゼッケン番号は4番。3バ身差の圧倒的勝利だった。