病んデンリング 作:猫驚愕豆腐
―――褪せ人よ、エルデの王となるがよい―――
頭に響く声に従うように意識を浮上させると気を失う前のことが脳裏を過ぎり、倒れ伏した自身の身体を起こそうと力を込めた所で、頭上から何かに気付いたような声が鼓膜を震わせる。
「よかった、起きたのね・・・あっ、まだ動いちゃダメ。そのままの姿勢のほうが私は嬉しいし、話も聞きやすいでしょう?ってそれよりも貴方に伝えたいことがある、結こっ――じゃなくて、取引がしたいの」
自身を真剣な眼差しで見下ろしながらそう口にする女性と視線を交差させると、何故か女性は口元を緩ませて笑みを向けてくる。
そこでようやく自身が兜を付けておらず、更には女性に膝枕されているのだと気付いて身体を起こそうと力を籠める。
「? 別にそのままの姿勢で聞いてくれればいい、むしろずっとこのままでも・・・んんっ!なんでもない、それよりも取引の内容だけど―――」
口をついて出た本心を隠すように話を進める女性に混乱しながらも、話に耳を傾けることに決めるのだった。
「改めて、私の名前はメリナ。貴方はこれから黄金樹へと向かうことになるんだけど、私もその麓まで連れて行ってほしい。もちろん無償というわけではなくて、巫女様の扱う術を使って貴方を強くすることと私を好きにしてくれて構わない・・・どう?」
女性改め『メリナ』の言葉に相槌を打っていたが、最後の発言を聞いてコイツ何言ってんの?という困惑の表情を褪せ人は浮かべる。
「足りない?普段のお世話は此処では出来ないけど、下のお世話ならいつでも・・・っ?どうかしたの?」
頭を押さえる素振りを見せる褪せ人の様子に首を傾げるメリナに、一旦深呼吸をしてから取引を受けることにしたが世話は必要ないと告げる。
「え・・・・・・・・・・・・そう、わかった。交渉成立・・・ね」
かなり長い間を置いてから了承の返事をしたメリナだが、目に見えて落ち込んだ様子で懐に手を入れて何かを取り出して褪せ人に差し出す。
差し出されたものを受け取ってから確認した褪せ人は、これは何かと疑問を含んだ視線をメリナへと向ける。
「それは結びの指輪、またの名を婚約指輪かな?」
メリナの言葉にぎこちない動きで自身の掌に乗った指輪へと視線を向け、再び下げた視線をメリナに向けると嬉しそうに頬を緩ませている。
「本当は貴方から送ってもらいたかったけど、今は何も持ち合わせがないでしょう?だから私たちの絆を示すためにまずは私から、いずれ貴方からも送ってくれると嬉しい・・・あっ、ちゃんと左手の薬指に着けておいてね?絶対にっ」
言い知れぬ圧を感じた褪せ人は逆らってはいけないという本能に従って手甲を外して言われた通りに指輪を嵌め、その様子を見つめていたメリナは口角をこれでもかと上げて嬉しそうに口を開く。
「それと霊馬の指笛も渡しておくね、長距離移動する時は重宝すると思う・・・その時は私も後ろに乗せてね?」
まぁそれぐらいならと了承の意を返した褪せ人は指笛を受け取ると身体を起こし、メリナが静かに差し出した自身の兜を受け取って被る。
「なんだか新婚で夫を送り出す妻みたいだね」
笑顔でそう口にするメリナをあえてスルーした褪せ人は周りを見渡し、メリナの印象のせいで気付けなかったが洞窟の中であることを再確認する。
「ここは学びの洞窟という場所、戦う術を学ぶ・・・っというよりも貴方の場合は思い出すと言ったほうがいいかな?はっきり言うとチュートリアルだよ」
ぶっちゃけすぎでは?と褪せ人は思ったが口に出すことはなく、ここで待っていると告げるメリナから視線を崖下へと向けると躊躇することなく飛び降りるのだった。
手に握る剣の感触を確かめながら、上昇するエレベーターの向かう先へと顔を上げる。
そして辿り着いた先にある扉を押し開けた褪せ人は、兜の隙間から差し込む陽光に一瞬目を細める。
しかしすぐに気を取り直して一歩踏み出すと、日の光の温かさと草木の匂いを感じて小さく息を吐く。
そして目に入った祝福に触れると、少し遠くに見える黄金の騎乗兵へと地面を強く踏み締めて一目散に駆け出すのだった。
「感覚を取り戻したばかりなのに自分より強い敵に向かっていく勇敢さ、とっても格好良くて素敵っ・・・!やっぱり貴方は私の運命の人・・・アナタもそう思うでしょう、ね?ねぇ?」
「いえ、それを私に言われてもっ――あっ、いえ・・・そう、そうですねっ・・・は、はははっ」
褪せ人が駆け抜ける後ろ姿をうっとりとした表情で見つめるメリナの言葉に、白いお面を付けたように見える男『白面のヴァレー』は軽く受け流そうとしたがメリナの光の灯っていない瞳を目の当たりにして、苦笑を浮かべながら当たり障りのない返答をするのだった。
黄金の騎乗兵『ツリーガード』に挑むこと数十回、ようやく勝利を収めた褪せ人は大きな達成感を胸に近くの教会へと足を向ける。
「この教会を通るのはやめるべき、あっちの森を抜けたほうがいいと思う」
そう口にして褪せ人の腕を引っ張るメリナに、さすがに夜が深まっていく中で森を抜けるのは危険だと告げてから教会にある祝福へと歩み寄る。
「随分と遅かったではないか、私を待たせるとは感心せぬぞ?」
伸ばした手が祝福へと触れる前にそんな声を聞いた褪せ人は、剣を構え直して鋭い視線を向ける。
「そ、そんな反応をされては傷付いてしまうぞ・・・っ」
雪のようなすぐに溶けて消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏わせ、そう声を漏らす白を基調にした魔女服を着た青肌の女性の姿に褪せ人は困惑した様子を見せながら剣を下げる。
「そう、それでよい。警戒せずとも私はお前の敵ではない・・・が、少々間違った選択をしたようだな」
少し語気を強めてそう指摘した女性の視線は褪せ人の左手へと向けられており、妙な気迫を感じた褪せ人は女性を直視できずに顔を逸らす。
「まぁ、よい。一度の過ち程度ならば
ラニと名乗った女性『月の王女 ラニ』の言葉にメリナの時と同様に困惑した表情を浮かべる褪せ人の様子を知ってか知らずか、懐を探ったラニは目当ての物を見つけると取り出して褪せ人へと手渡す。
「もう間違うことはないだろうが、それでも私は不安に思うのだ・・・だから、何が正しいかはしっかりと考えて動くのだぞ?我が王」
有無を言わさぬ圧を感じた褪せ人は手甲を外すと先に嵌めていた指輪に手を添え・・・たがいくら力を込めても外すことができず、問い掛けるような視線をラニに向けるとムスッとした不満気な表情を浮かべている。
「あの女、抜け駆けしただけでは飽き足らず我が王を困らせるとは・・・ともかく外すことができないのは非常に、ひじょ~~~っに残念だが・・・私の指輪もしっかりと嵌めておくのだぞ?左手の薬指だ、よいな?それとこれは霊喚びの鈴というものだ、遺灰を持っていれば呼び出すことができる。我が王の役に立ててほしい」
ラニに促されるままに薬指に二つ目の指輪を嵌めた褪せ人は、更に渡された『霊喚びの鈴』を受け取ると軽い会釈を返す。
「なに、我が王と私の仲だ。他人行儀な態度はやめてほしい、近い将来共に歩むのだからな・・・ふふ、ふふふふっ」
自身の望む未来を想像してか、頬に手を添えながら笑みを零す姿は可愛らしく胸を高鳴らせるものだったが・・・褪せ人は何故か背筋に冷たいものを感じて身震いする。
「では我が王、私はひとまず失礼するが・・・すぐに会いに来てくれると、私は嬉しい」
それだけを言い残して光と共にその姿を消したラニ、そして入れ替わるように協会の外から駆け寄ってきたメリナによって褪せ人は押し倒される。
「何の話をしたか、洗いざらい教えてっ・・・私の気が変わらないうちに、早く・・・っ!」
瞳から光が欠落したメリナの勢いに押されるまま褪せ人は頷き、特に何もやましいことは何もしていないのにと思いながら口を開くのだった。