病んデンリング 作:猫驚愕豆腐
皆様本当にありがとうございます。
ギデオンの愚痴を耳にした褪せ人は何とも言えない表情を浮かべつつその場を後にし、大祝福の前に戻るとメリナを連れて移動を試みた祝福へと帰還を果たす。
「もうあの女はいないみたい、どうやら安全に進めそう」
自身と一緒に周りを見渡していたメリナの言葉に安堵の頷きを返した褪せ人は、呼び笛でトレントを呼び出すとすでに後ろに乗っているメリナを確認してその場から駆け出す。
「こうしていると、乗馬デートみたい」
そう口にして腰に回す腕に力を込めてさらに密着するメリナ、褪せ人は湖の所々に生える木々の間を駆け抜けながらそうか?と疑問を抱くのだった。
トレントを走らせて途中にある『ラスカーの廃墟』を抜け、さらに進んだ先にある像の置かれた建造物の中で腰を曲げた女性が困った表情を浮かべているのを目にする。
「あの建造物を抜けた先が学院の門前町で、その先が目的地の魔術学院レアルカリア・・・無視して先に進まない?」
乗り気ではないメリナを不思議に思いながらも首を横に振った褪せ人は、トレントから飛び降りると困った表情の女性に歩み寄る・・・彼はどうしようもないお人好しのようである。
「あぁ・・・貴方は・・・どうか、また私を助けてはもらえないでしょうか?主の使いで旅をしていたのですが、ならず者に大事な首飾りを奪われてしまったのです・・・どうか、取り返してはもらえませんか?」
縋るような瞳を向けられた褪せ人は躊躇なく頷き、女性はホッと安心したような表情を浮かべて頭を下げる。
「ありがとうございます、貴方にまた会えた幸運に感謝します・・・名乗るのを忘れていました、私はラーヤと申します。ならず者はこの先の空き家で休んでいるようです、案内をさせてはもらえませんか?・・・この湖は少し肌寒く、視界も悪いですから・・・」
『ラーヤ』と名乗った女性の提案に同意を返した褪せ人はトレントを呼ぼうとしたがメリナのことを思い出し、少し考える素振りをしてからラーヤにある提案を持ち掛ける。
「・・・っ!それはその・・・いいので、しょうか?」
無理強いはしないと告げる褪せ人に、ラーヤは頬を薄紅色に染めながら首を横に振る。
「いいえ、いやではありません・・・ではその、お願いしても・・・?」
任せろとサムズアップする褪せ人だが、この行為が自身の首を絞めていることにそろそろ気付くべきである。
「あぁ・・・あれが先程お話ししたならず者です、どうか・・・」
エビを茹でる手を止めて聞き覚えのある声を耳にした『ならず者』は顔を上げ、視線の先の光景を目にしてギョッと驚いた表情を浮かべる。
「彼は貴方と同じ褪せ人です・・・同胞と争いたくなければ、無理にとは言いません・・・」
そう声を漏らしながら恥ずかしげに頬に手を当てるラーヤを腕に抱えるようにお姫様抱っこする褪せ人の眼光もさることながら、彼が背負う冷気を帯びた大剣の放つ威圧感にならず者は圧倒される。
「よし、待てっ・・・!落ち着けっ、奪った首飾りは返す!だからその圧をかけるのをやめろ・・・っ!」
水辺ではなくなったのでラーヤを下ろした褪せ人は無言でならず者に近づき、身構えるならず者を見下ろしながら静かに手を伸ばし・・・ならず者の茹でるエビへと指を向ける。
「・・・は?」
そのエビを貰えるか、ルーンなら払うと告げる褪せ人に、腰を抜かしたならず者は肯定の頷きを返すのだった。
ラーヤの首飾りを取り返した褪せ人は茹でエビを頬張りながら小さく頷き、同じく茹でエビを口にするメリナとラーヤを流し見たならず者は自身と同じ褪せ人に視線を戻す。
「彼の優しさに感謝すべき、あと思っていたよりこのエビ美味しい」
「はい・・・強さだけでなく優しさも持ち合わせている、正しく彼は英雄たる褪せ人様です・・・」
女性二人の言葉を耳にしながら自身の視線に気付いた様子の褪せ人は疑問符を浮かべて首を傾げ、その姿に深く息を吐いたならず者はゆっくりと口を開く。
「アンタは祝福の導きが見えてるのか、俺は見えなくなって久しいが・・・アンタみたいな奴も初めてだ、まぁあれだ・・・またエビが食いたくなったら立ち寄ってくれよ、エビ好きに悪い奴はいないからな」
ならず者の言葉に大きな頷きで返す褪せ人に、苦笑を浮かべながら茹でるエビへと視線を向けるならず者であった。
茹でエビを食べ終えた一行はほっと息を吐いてから、褪せ人はラーヤに別れを告げてからその場を去ろうとしたが・・・それよりも先に褪せ人の手を掴んだラーヤが口を開く。
「お待ちください、英雄たる褪せ人様。貴方をとある場所にお招きしたいのです、そして我が主であり火山館の主でもあるタニス様にお会いしていただきたいのです・・・それに首飾りを取り戻してくださったお礼もまだできていません、お願いします」
「ダメ、貴方にはまずやることがあるはず。だからレアルカリアは無視して先に進もう?」
真剣な眼差しを向けながら手を差し出すラーヤと先を急ごうと提案するメリナ、多少の寄り道なら大丈夫だろうと考えた褪せ人はラーヤの手を取る。
「っ!・・・貴方の伴侶である私より、そのぽっと出の女を取るの!?」
掴みかかる勢いで距離を詰めてきたメリナに胸倉を掴まれて揺さぶられる褪せ人、慌てて宥めようと口を開こうとしたがその前にラーヤが声を上げる。
「あぁ、それではお招きいたします・・・招き手として、貴方の家族として・・・」
最後に口にした聞き捨てならない言葉を聞き返そうと視線をラーヤに向けた褪せ人だが、言葉を発する前に目の前が暗転し・・・次に視界が晴れた先は見知らぬ館の中であった。
「着きました、英雄たる褪せ人様・・・そしてあちらにいらっしゃるのがこの火山館の主、タニス様です」
未だ手を握るラーヤの示す先に視線を向けた褪せ人は、背後に坩堝の騎士を控えさせた顔を仮面で覆われた女性『タニス』と目が合う。
「貴公か、火山館にようこそ。そこにいるラーヤから聞いているだろうが私はタニス、この館の主人だ。貴公を新たな火山館の一員として認めよう、貴公に試練など不要なことはわかっている・・・歓迎しよう、それと客間へのカギとこれも渡しておこう」
そう口にして差し出した二つの鍵を褪せ人が受け取るのを見届け、鍵が二つあることに首を傾げる褪せ人から視線を一旦ラーヤへと向ける。
「ラーヤ、彼を客間に案内してくれ・・・貴公、我が家だと思ってゆっくり寛いでくれ」
「はい、タニス様・・・英雄様、こちらです」
タニスの言葉に曖昧に頷いた褪せ人は手を引くラーヤに促されるままその場を後にし、左右に扉が並ぶ廊下を進んで右側の二つ目の扉に鍵を使って開くと部屋に足を踏み入れる。
「あちらの扉は大部屋の客間となっています、本来ならあちらに案内するのですが・・・貴方は特別な御方ですから、この火山館にいる間はこの部屋で過ごしてもらい・・・私が側で、奉仕をさせていただきます」
ラーヤの言葉に何故か既視感を抱いた褪せ人は、初めて会ったメリナも同じく奉仕をしようとしていたことを思い出し・・・そして肝心のメリナが側にいないことに気付いてラーヤに問い掛ける。
「・・・他の方のことなどいいではありませんか、この館の中にあの方はいない・・・ただ、それだけです」
そう口にして自身を部屋の奥に引っ張るラーヤの姿に、何故か全身に絡みつかれたような錯覚を覚えた褪せ人は身震いする。
「どうしたのですか?英雄様。さぁ、こちらまでいらしてください・・・っ?」
言い知れぬ不安と背中を駆け巡る悪寒により足を止めていた褪せ人は、メリナの言葉に従っておけばよかったと思いつつゆっくりしている場合ではないことをラーヤに告げる。
「・・・では、必ずまた此処に戻ってきてください。助けていただいたお礼もできていませんし、何より私がもっと貴方と時間を過ごしたいのです・・・貴方の帰るべき場所が此処にあることを、覚えておいてください」
握っていた褪せ人の手を包み込むように両手で握り締めるラーヤの姿を目にして、褪せ人が静かな頷きを返すとラーヤは微笑みを浮かべる。
「貴方の帰りを、私は待っています・・・いつまでも、ずっと・・・」
自身を見上げるように向けられたその瞳と視線を交差させた褪せ人は、ラーヤの縦長に伸びる瞳孔に身体を縛られるような錯覚を感じて思わず目線を逸らす。
「・・・っ?英雄様?」
不思議そうに問い掛けるラーヤになんでもないと告げてからやんわりと握られている手を離した褪せ人は、また来ると告げてからリエーニエ湖近くの祝福へと移動するのだった。
「行ってしまわれました・・・ですが、また来るとも約束をして頂けました。しかし英雄様はやはり優しくて、それでいて厳しい御方です・・・この感情を抱いたまま待てなど、次に会った時・・・この気持ちを抑えることができるでしょうか・・・?」
「気にすることはない、それを受け止めきれないほど彼は度量が低いわけでもない」
ポツリと呟いた独り言に返事があったことに慌てて顔を上げるラーヤ、その先には部屋に足を踏み入れたばかりのタニスの姿があり、背後に控えていた自身の騎士に目配せをしてラーヤの側まで歩み寄る。
その姿を見届けたタニスの騎士は、部屋の扉を閉じて誰も入れぬようにその場で仁王立ちする。
「・・・ふふふっ」
タニスは扉が閉まるのを確認すると視線をラーヤに向け、独り言を聞かれたことが恥ずかしいのか頬を朱に染めた娘の姿に笑みを零す。
「た、タニス様・・・笑われなくても、いいのではありませんか?」
「ふふっ、すまない。あまりに微笑ましかったものでな、それと・・・''ゾラーヤス,,今は私と二人きりだ、かしこまる必要もない」
近くの椅子を引いて腰掛けて隣の椅子に手を向けて勧めるタニスの言葉に、小さな頷きを返したラーヤは静かに椅子に腰を下ろす。
「すみません、母様・・・英雄様をお引き留めできず・・・」
「気にするな、彼が此処に留まる気がないのは知っている。それに他のところで経験を、いや感覚を取り戻してくれたほうがありがたい・・・我が王、と呼ぶにはまだ些か不足だが・・・だからこそ、ライカード様を超えてもらわねばならないのだ。今の半端な実力では意味がない」
そう口にして両手を組んだタニスは静かに笑いを漏らし、楽しげな自身の母の姿にラーヤも口元を緩ませる。
「それにしても、二人きりになったにもかかわらず何もしなかったのか?」
タニスの突然の問いに身体を跳ねらせたラーヤは、あまりの驚きで本来の姿である蛇人の姿となり、指を弄りつつ視線を右往左往させながら口を開く。
「そっ、れは・・・はい、今の英雄様はまだ此処を訪れたばかりです。悪い印象を与えるわけにはいきませんし、母様よりも先に事を及ぶのは・・・」
「私のことを気にかけてくれたのは嬉しいが、それで好機を逃すことのないようにしなければな。そうだな・・・次に彼が訪れた時には積極的に迫ってみるのはどうだ、幸い火山館の中は不戦の約定が結ばれている。押し倒してしまえば、彼も抵抗はできまいよ」
真剣な声色でそう口にするタニスにナニかを想像したゾラーヤスは真っ赤に染まった頬に手を添えながら伸ばした身体をうねうねとくねらせ、そんな娘の姿を眺めながらタニスは仮面の中で嬉しそうに頬を緩ませる。
「・・・貴公はこんな私の姿を見て、どう思うだろう?軽蔑して蔑むか、それとも狂っていると糾弾するか?」
椅子の背もたれに深くもたれかかったタニスは、褪せ人の事を思い浮かべて虚空へと視線を向けながら笑みを深めつつさらなる独り言を呟く。
「ふふふっ・・・あぁ、確かに狂っているのかもしれないな。自身の主たるライカード様を、彼が王となる為の踏み台として利用しようというのだから」
くつくつと笑みを零すタニスは、一度昂った気持ちを落ち着かせるために深く息を吐いてから口を開く。
「蛇は執念深く、更に嫉妬深い。すでに蛇の尾が貴公を捉えている、逃がすこともなければ手放すつもりもないぞ・・・ふ、ふふふっ」
楽しげに笑うタニスに気付いたゾラーヤスは伸ばした身体を戻すと人の姿を取り、自身の母の為に出来ることをしようと意気込むように両手を握り締めるのだった。