病んデンリング 作:猫驚愕豆腐
ラーヤの手を取った褪せ人が火山館に招かれている間、自身の移動を阻害されて取り残されたメリナは膝を抱えていじけていた。
「私は彼の伴侶なのにどうして他の有象無象は邪魔するの?彼の側にいるべきは私なのに身の程を弁えずにわらわらと・・・いっそ彼を閉じ込めて私しか見えないようにすればいいんじゃない?」
どんどん思考が物騒な方向へと傾き始めたメリナ、その姿を間近で見せられているならず者は胃がキリキリと痛む錯覚を受ける。
「あーっ・・・俺でよければ話くらっ「聞いてっ!!」――お、おう・・・」
そこからは怒涛の勢いで吐き出される他者への愚痴と褪せ人への惚気、ならず者は早まったと後悔したが時すでに遅く・・・愚痴二割と惚気八割を語り続けるメリナにげんなりとしていると、唐突に顔を明後日の方角へと向ける。
「――帰ってきた」
は?とならず者が聞き返す前にメリナは立ち上がって駆け出し、向かう先に視線を向けると祝福近くで立ち上がろうとする褪せ人の姿があったが・・・すぐに突撃してきたメリナによって押し倒される。
「・・・まぁ、アンタなら大丈夫だろ」
一瞬助けを求めるような視線を向けられた気がするが、ならず者はそっと顔を背けてエビが茹でられている鍋へと視線を落とす。
「そういえばアギール湖にはカニがいたな・・・」
ぼんやりと鍋を眺めながらそう呟いたならず者は、次はカニを茹でるかと考えながら新たな目的地へと向かう準備を始めるのだった。
火山館での一幕を思い浮かべながら次に訪れるのは何時にするかと思考を巡らせていた褪せ人は、浮遊感がなくなったことで身体を伸ばそうとした瞬間にはすでに背を地面に着けていた。
「何処に行っていたの、何をしていたの、なんでさっきの女以外の臭いを付けて帰ってきたの、私の匂いで上書きするから、貴方に拒否権はない・・・っ!」
メリナにタックルを受けて押し倒されたのだと理解した褪せ人はエビを茹でるならず者に助けを求めたが、いや無理だろという視線を返された後に顔を逸らされる。
「はぁっ・・・数時間ぶりの貴方の匂いと温もり、前は不意打ちで堪能できなかったけど・・・しゅき・・・」
瞳をトロンと蕩けさせながら顔を押し付けるメリナを引きはがすことのできない褪せ人は、諦めを含んだ瞳を憎いぐらい澄んだ青空へと向けるのだった。
随分と長い時間褪せ人を押し倒していたメリナは徐に身体を起こし、やっと終わったかと顔を上げた褪せ人は恍惚としたやり遂げた表情を浮かべるメリナと視線が交差する。
「ごちそうさま、おかげで元気が出た」
そう口にして微笑みを浮かべるメリナに、褪せ人は疲れた様子で返事と苦笑を返すのだった。
長いこと同じ態勢だった褪せ人は身体を伸ばすことでほぐしながら周りに視線を向け、ならず者の姿がなくなっていることに顔を引き攣らせつつも笛を吹いてトレントを呼び出す。
「やっぱりレアルカリアに行くの?本当に?」
何故ここまで渋るのかと疑問符を浮かべながらも、大ルーンを得るためには向かうべきだと返事をする。
「それはそうだけど・・・でも危険だと感じたらすぐに出て行くこと、いい?」
メリナの言葉に頷きで返した褪せ人はトレントを走らせて目的地であるレアルカリアへと向かう、そのことに不意に何かを思い出したような声を漏らしたメリナが口を開く。
「そういえばレアルカリアは特定のカギがないと中に入れない、それはここら辺にいる竜が守っていたはず」
地図を開いてそう進言するメリナになぜ知っているのかという疑問を抱いたが、まずはそこに行ってみようと進路を変更するのだった。
いつもと変わらぬ学院の門前町を眺めていたレアルカリア兵は、欠伸を噛み殺しながら魔術学院レアルカリアに侵入を試みる者がいないかを見張っていた。
後方からやってきた同僚に変わりはないかと問いかけられて問題ないと返し、視線を後方へと向けようとした矢先に視界の端に何かが移る。
そちらへ視線を向けてから平穏はここまでだなと呟くと自身の得物を構え、霊馬に乗って駆けてくる者を迎え撃つために臨戦態勢を整える。
同じく同僚も気付いた様子で得物を構えたが、すぐに何か違うものを目にしたようで顔を青褪めさせる。
どうしたと問いかける前にとある方向を指し示した同僚につられる形で視線を向け、目撃した光景に同じく顔を青褪める。
視線の先には霊馬に跨った男女が向かってきており、更にその後ろにはエビが、カニが、タコが列を成して男女を追いかけている姿があった。
その数は一体や二体ではなく・・・数十体の群れが我先にという勢いで湖を大進軍してきているのが見て取れ、レアルカリア兵は全戦力をかき集めるように伝令する。
そこから先はまるで消耗戦をするように大混戦となり、巨人の顔を象った戦車を総動員してようやく群れを退けた時にはすでに兵士全員が満身創痍となっていた。
そこでふと最初に群れを見つけた兵士が気付く、霊馬に乗った男女の姿がなくなっていることに・・・まさか霊の仕業だったのかと、兵士は恐怖で身を震わせるのだった。
兵士にそんなことを思われているとは露とも知らず、魔術学院の門の前まで辿り着いた褪せ人は深く息を吐く。
学院の輝石鍵を取りに行くために竜の寝床まで辿り着いて鍵を手にしたが、褪せ人に気付いた竜と一戦交えて勝利を収めたまではよかったのだが、騒ぎを起こしたことで周りのエビやカニを目覚めさせてしまう。
だが縄張りを離れれば追ってくることはないというメリナの助言で学院の門前町までトレントで駆け抜けたのだが、何故か追手が減るどころか増え続け・・・さらには憎悪の籠った視線を向けられる始末である。
ちなみに憎悪の籠った視線はメリナに向けられており、それを感じたメリナが勝ち誇った笑みと褪せ人に身体を密着させたことで怒りを買っていたのだが・・・前を向いていた褪せ人には気付くことができなかった。
そんなことがありながらも学院前の兵士たちに群れを擦り付けることで難を逃れた褪せ人は、荒れた呼吸を整えてから学院に張られた封印に鍵をかざして中に入る。
「――いたっ!?」
悲鳴にも似たメリナの声が後方から聞こえた褪せ人が振り返ると、封印の外でおでこを押さえるメリナの姿を捉える。
「なにこれ・・・またこういうっ!」
封印に両手を叩きつけてそう悪態をつくメリナの鬼の形相を目にした褪せ人はそっと視線を逸らし、これから進む建物へと見上げるようにして顔を向ける。
「・・・あっ!一人で進もうとはしないで、私もすぐに行くからっ」
どうにかこうにかしようと試行錯誤を続けるメリナを尻目に、学院前の祝福へと触れた褪せ人は唐突に周りへと視線を向ける。
「――――たっ・・・」
バッと勢いよく顔を向けた先には魔術学院が聳え立っており、耳に聞こえた声の真偽を確かめるために導かれるように学院に足を踏み入れるために歩き出す。
「え、あっ・・・!まっ・・・!」
封印の外で慌てた様子で声を上げたメリナだが、褪せ人の耳には届いていないようでそのまま歩き去って学院へと入っていくのだった。
大扉を前にして小さく息を吐いた褪せ人は、気合を入れなおすように自身を鼓舞してから両腕に力を込めて大扉を押し開ける。
魔術学院レアルカリアの最奥である大書庫に一歩足を踏み入れながら、ここに来るまでの道中のことを思い浮かべていた。
昇降機を上がると大きく聳え立つ魔術学院を目にした褪せ人は武器を担ぎなおし、入り口に続く渡り廊下を駆け抜ける。
すると入り口前に二人の魔術師を見つけて武器を構え、その姿に気付いた魔術師の一人が杖を振るおうとしたがもう一人がそれを制して耳打ちをする。
それを警戒しながら眺めていた褪せ人だが、会話を終えた魔術師の二人が何事もなかったかのように定位置に戻ったことに疑問符を浮かべる。
ゆっくりとした足取りで階段を上がりながら魔術師へと視線を向けていると、中腹に差し掛かった辺りで魔術師の二人が動き出したので褪せ人は身構える。
しかし二人は褪せ人から背を向けて入り口である両扉を片方ずつ押し開け、開放すると元の定位置へと戻って動きを止める。
そんな二人に訝しげな視線を向けながら両扉を通った褪せ人は中にも魔術師が一人いることに気付き、相手も気付いたのか視線を交わすが特に行動を起こすわけでもなくジッと見つめるだけだったが・・・左右からガチャンという金属音が響いたために、そちらに視線を向ける。
そこには腕が数本生えた人形兵が数体立っており、褪せ人に気付くと持った武器を振りかざして襲い掛かる。
迎え撃とうと武器を構えた褪せ人だが、左右の背後から輝石の魔術が放たれて人形兵を襲う。
呆然と眺めていた褪せ人はすぐにハッとした様子で我に返り、今の内に先に進もうと考えてその場から駆け出すのだった。
その後ろ姿を確認した魔術師一同は人形兵を倒し終えて安堵の息を吐く、指示通りの成果をあげられたことに。
その後も犬などに襲われたりはするが魔術師は見ているだけか手助けをしてくれることに首を傾げながら進み、比較的安全に討論室へと辿り着く。
気合を入れなおすように息を吐いた褪せ人は一歩踏み込むが、討論室の中には祝福があるだけで難の気配も感じられずに肩透かしを食らう。
さらに進んだ先で転がってくる鉄球に轢かれながらも、カーリア騎士との一騎打ちを制した褪せ人は昇降機で上に昇る。
そして大扉の前へと繋がる――――
大書庫へと踏み込んだ褪せ人は周りを警戒するように視線を向けていたが、遠吠えが鼓膜を揺らしたことで視線をそちらに向ける。
その先には唸り声を上げる『ラダゴンの赤狼』の姿があり、褪せ人も武器を構えて臨戦態勢を取る。
「・・・あぁ、あなた・・・帰ってきてくれたのね」
突如第三者の声が聞こえたことでラダゴンの赤狼はそちらに顔を向けて歩き去る、それにより褪せ人も視線を大書庫の中心へと向け・・・見上げることによって声の主と視線を交差させる。
「待っていたわ、長く永く・・・あなたがまた此処に訪れるのを、心待ちにしていたのよ?・・・赤狼、これを持っていてくれる?」
琥珀の卵を抱えながら宙に浮いている女性『満月の女王 レナラ』は褪せ人と視線が交わったことに微笑みを浮かべ、床に着地すると椅子から立ち上がってラダゴンの赤狼に抱えていた琥珀の卵を預ける。
「さぁ、あなた・・・こっちに来て?一緒に話をして、共に此処で過ごしましょう?」
ゆっくりとした足取りで手を伸ばすレナラに何故か寒気を感じた褪せ人は後退ろうとしたが、足が動かないことに驚いて視線を下げると床を這う女性たちに足を掴まれているのを確認する。
自身の足を掴んで頬擦りをしながら恍惚とした表情を浮かべる女性たちに薄ら寒いものを感じた褪せ人が逃れようと試みるが、背後で重い物を動かす音が耳に届いてまさかと嫌な予感を感じて振り返る。
予感は的中して入ってきた大扉を閉じる女性たちの姿を視認して冷や汗を流す、そんな彼の頬に優しく手を添えられて顔を正面に向けさせられる。
「余所見をせずに私だけを見て、話をして?これから共に時間を過ごすのだから、ね?」
慈しむような視線と愛する者を見るような潤んだ瞳に、褪せ人はこの人が人違いをしているとあたりを付けて声をかける。
「? いいえ、間違えていないわ・・・貴方はラダゴンではないもの、それくらい分かっているわ・・・貴方は私を気にかけてくれた、出来るだけ側に居てくれた人だもの。間違えるはずないわ・・・ねぇ、
自身の頬を割れ物を扱うように優しく撫でるレナラの手を払い除けることもできず、助けを求めるようにラダゴンの赤狼へと視線を向けると一瞬交差したが可哀想な者を見るような瞳を向けられただけですぐに逸らされる。
「・・・どうして、私以外に視線を向けるのかしら?」
声のトーンを下げたレナラの言葉にハッとして視線を戻した褪せ人だが時すでに遅く、不機嫌そうに頬を膨らませるレナラによって
「あなたには私がいるの、だから他のことは考えず・・・私に甘えてもいいの、うふふっ・・・」
椅子に腰かけたレナラは太腿に褪せ人の頭を乗せて膝枕をし、髪を梳くようにして優しく頭を撫でて笑みを零す。
褪せ人はそのことが気恥ずかしいのか動こうとするが、レナラがそれを制するように片手を褪せ人の身体に乗せる。
「どうして動こうとするの?私にその身を任せて、今はゆっくり休んで?」
レナラの言葉を耳にしてからすぐに眠気が襲ってきて舟をこぎ始めた褪せ人は、最初は抗っていたがリズムよくレナラが身体を優しく叩くのも合わさって抗いきれずに寝息を漏らす。
「・・・ラニが貴方のことを想っているのは知っているの、もちろん娘のことも応援するわ。でもね・・・この優しさを失うわけにはいかないわ、だから手を引くことはしないからね?」
心を失った自身に変わらず話しかけ続ける褪せ人の姿を思い出しながら、頬を朱に染めたレナラは口元を緩ませるのだった。