13 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
イビルアイと別れた炎ぺらーは足早に広場へ向かい、立ち並んだ屋台でいくつか興味の惹かれたものを数人分購入して戻った。
何かのタレをつけて焼いた肉、スープで煮付けた雑穀、小麦粉を練って焼いた黒パンらしきもの。
アーコロジー内に住んでいた炎ぺらーでも知識でしか知らないような天然物の食材たち。
何かのタレは雑味が多く肉も硬い、スープも濁って穀物の食感も悪く水で溶いた粘土の様で、パンに至っては石のように硬い上パサついていて酸っぱい。
というかパンに関しては
セバスやソリュシャンが口に入れた瞬間の歪んだ眉から似たり寄ったりな感想を抱いたのだろうが、ブレインの反応を見る限りここではこれくらいが“並”なのだろうと炎ぺらーは察する。
さすがに黒パンは炎ぺらーが帰りがけに処理して別のところのもので問題ないものを慌てて買い直した。
ちなみに彼らの忠誠心を考えれば、たとえ吐瀉物でも眉すら歪めないどころか喜んで口にするのだが、今回は食事前に炎ぺらーが市場の調査と銘打って素直な反応で良いと通知していたため、こんな反応が漏れたのである。
飽食の時代にあっても飽くなき食への探究をしていた人種の血を受け継ぐ彼らの親を考えれば、この程度の味の品評は問題ないだろう。
この姿の炎ぺらーはしっかり
ただ、不味いものは不味い。炎ぺらーも表情に出さなかったが、考えていることはナザリック側と大差ない。天然物の食材食えただけで良いか、と付け足して思うくらいだ。
エ・ランテルの“黄金の輝き亭”の料理はこの世界の水準で言えば十分に上等な部類だったと、この時ばかしは痛感する。
「なぁブレイン、蒼の薔薇って知ってるか?」
食事中に会話を楽しむ習慣のない炎ぺらーは食事が全員終わったことを横目に確認し、空いた木匙を弄びながら食休めで無言の食事━━と言うよりも、味の品評に意識を集中してセバスたちの張っていた気配━━にやや疲れた表情をしているブレインに話を振った。
「あ、あぁ、有名なアダマンタイト級冒険者チームだ」
「その辺
野盗の用心棒でも知っている事に興味を強める。なにせ
逆に言えば“状況如何では”倒せない強さのレベル帯がアダマンタイト級冒険者なのである。
イビルアイが気付いたのは彼女だからなのか、それとも気付くレベルがゴロゴロいるのか、それが重要だ。
その冒険者たちがどのレベルなのか正確に把握しないことには今後の方針に影響が出ると考える炎ぺらー。
「俺も詳しくは知らないが5人のチームで全員女らしい。リーダーの神官戦士、盗賊が二人、仮面の魔法詠唱者、それに戦士がひとり。戦士の名前はガガーラン、戦鎚を使う男みたいな一応女。ってことぐらいだ」
「えらくそのガガーラン?に詳しいな……男みたいなってことは中性的な顔立ちなのか……」
この男も女に目が行く余裕あったんだナ、と内心考えるがブレインの表情を見て完全に違うことを察した。
「戦士で有名なのは一通り調べたんだ。それに噂だと完全に男みたいらしい。盗賊団にいた頃に聞いた話だと『あれは胸じゃなくて大胸筋』って呼ばれてたな」
古い記憶を呼び起こしているのだろう、眉間に皺を寄せて想起するブレイン。
「ほーん、んで、どのくらいの強さなんだ?」
「直接戦ったことがないから詳しくはわからない……が、一対一なら俺でも勝てると思う。むしろ、師匠なら余裕で勝てる」
ブレインは曖昧ながらもどこか確信めいて言い切った。
「師匠と呼ぶナ……随分と自信ありげに言うな」
「ししょ、……アンタの力を見た奴なら簡単に言いきれるさ。強くなりたくてやってきたことが全部、無駄だったんじゃないかって思い知らされる。そんな強さをアンタは持ってるんだよ」
諦観を纏うブレインに興味が薄まり椅子へ身を沈め、ふと思い出したことを口に出す炎ぺらー。
「強くなりたいねぇ、そういえば俺が断った理由思いついたか?」
「……俺が弱すぎるから、か?」
「うーん、不正解。むしろ減点」
認めたくない事実を口にしたつもりのブレインをバッサリ言葉で切り捨てる。
「え……?」
「強い弱いは関係ない、むしろ自分が弱いって認識がねぇやつは相手にする価値も無い。それは強くなることを放棄したやつの考えだ」
炎ぺらーはソリュシャンにエ・ランテルで買っていた酒を持って来るよう指示を出して、手遊びしていた匙を皿に放り込む。
「自分のために強くなれるなんてのは最初のうちだけだ。そんな気持ちで求めたチカラはいずれ頭打ちになる」
中には自分のためにだけ強くなれるやつもいると炎ぺらーは知っているが、少なくとも彼の知る
ギルドに所属してからの方がたとえゲーム内でしか生かせない類とはいえ、強さの質は格段に上がったと認識している。
ライト勢、エンジョイ勢の域を出ない底辺プレイヤーが、42対1500の激戦で勝利を収めた少数勢の一角を担えたのは、やはり自分では無い誰かのために磨き続けたからだろう。
(柄にもなくおセンチちゃんになってるナ)
頭を振って暗い考えを揺り落とし、炎ぺらーはアイテムボックスからグラスを取りだし、ひとつを手に取ると嬉々した表情でお酌するソリュシャン。
ゆっくりとした動作で軽く唇を湿らせる程度飲み、そして残りを一気に煽る。
生前でも飲んだことのない果実酒の酒精に気を良くしているとすかさず優雅な動作で二杯目を注ぐソリュシャン。
彼女に頷き、空のグラスを手渡す炎ぺらー。
直ぐにその意図を察して目元を恭悦に潤ませ、グラスを受け取り酒瓶を炎ぺらーに渡した。
炎ぺらーはソリュシャンのグラスへと酒を注ぎ、彼女はそれをじっくりと味わいながらも半分近く嚥下する。
次にとばかり、セバスにグラス渡し、同じように深い感謝の気持ちで舐める程度含み頬を赤らめた。
最後にブレイン。慌ててグラスを受け取り、同じように注がれた酒をグイッと飲み干せば、持っていることすら忘れるほど軽いグラスだけが残る。
野盗へと堕ち、戦士の力量を磨くことに心血を注いだ体へ染み渡る久方の酒気。
臓腑が熱を持ち、なにより次の言葉が自分の今後を決めると直感する。
「ブレイン、まずお前はオレたちに協力しろ。その中で自分の剣を振る理由を良く悩み、良く考え、良く感じた結果ならどんな答えだろうとオレはお前をできるだけ助けてやる」
「……師匠!」
「師匠と呼ぶナ、ケツがむず痒くなる」
その日、遅くまで屋敷の灯りが落ちることは無かった。
━━━━━━
「今日はこのくらいですかね?」
「ええ、では失礼いたします」
いくつかの〈
イケオジとイケメンのスマイルに女性職員と一部男性職員がのぼせ上がり倒れるのを彼らは目撃することなく退出する。
施設を出た炎ぺらーたちが辺りを見回せば王城を除き、ここ以外にそれほど大きな建物はない。
そこだけ見れば魔法詠唱者の重要性を理解しているとも取れるが、王国での魔法詠唱者の立場は帝国ほど高くない上、国から援助などは少ないと零す職員もいたと知っている炎ぺらー。
だがその利便性は認められて、日夜研究が進み、成果は買いつけた〈巻物〉のように販売され、この建物ができあがったのだろう。
もっとも炎ぺらーたちにしてみれば魔法そのものは低位過ぎる。
だが、ナザリックで同じものを作ろうとしたが失敗した。
同じ羊皮紙を使用しているのにも拘らず魔法が込められなかったし、彼らに普及する0位階魔法とやらは使用できなかった。
彼らはこうして魔法を込められ、かつ使用にも問題ないのに……。
ならばなぜ?と思うのがモモンガであり、炎ぺらーだった。
故にこうして魔法関係の品をナザリックに送るのも王都組の仕事である。
その活動資金は着実に実績と信頼を積み重ねる冒険者チーム“漆黒”の資金と“シーカー商会”がエ・ランテルや拠点を構えた王都での商いによるもの。
商会と言うだけあって商売をしているが主に行っているのは販売店への卸売り。
武具防具とマジックアイテムや薬を少々、そして様々な服飾品だ。
武具や防具はかつてギルド内で“ゴミ以下”と判断されたもの。
炎ぺらーはモモンガほどコレクター嗜好があるわけではないが、もったいない精神は持ち合わせている。
そして、それは思わぬ施設を作り出すこととなってしまう。
気分転換などで低レベル層の狩り場へと赴いたギルメンたちの手持ちの圧迫を避けるため、いつの間にか炎ぺらーが管理する━━別名ダストボックスとなってしまった━━保管庫へとアイテムを直接転送するマジックアイテムが出回っていたのだ。
そのせいで気がつけば保管庫には、量だけなら宝物庫の内容量に負けないアイテムが遺棄されたと気がついたのはほとんどのギルメンが抜けた後。
その時の様子は普段の炎の塊が全て灰になっているように見えたとモモンガは思い出し笑いながら語る。
閑話休題。
ともあれそんなナザリック基準でゴミアイテムでも有効活用できるのではと炎ぺらーが提案し、モモンガも(あ、そういえばそんなのもあったな)と自分も利用していたゴミ箱()を思い出して、全面的に炎ぺらーに任せた。
炎ぺらーは〈商人〉系の職業レベルを取得していたギルドメンバー“音改”に大きく劣るが、〈皇帝〉系の習得する治政スキルには交渉事に有利なものも多く、金銭的な補正も多少兼ねているため外へ赴くメンバーの中でも適任だった。
現在もメイドたちや一部シモベがダストボックスからの仕分け作業に取りかかり、宝物殿からパンドラズ・アクターも派遣され選別作業を行っている。
ちなみに諸々の理由でパンドラズ・アクターのお披露目をモモンガは反対していたが、宝物庫の防衛はコキュートスと炎ぺらーがポケットマネーで雇った傭兵モンスターで補ったことで黙らせた。
すでに一度では運びきれない量が仕分けが終わっていると連絡を受けている炎ぺらーはそのうち帰ることを脳内メモに記している。
「さて、今日はどうしましょう?」
「そうですね……」
オーガミが質問し、セバスが考える仕草をしたがこれはもちろんフリである。
彼らが王都で行動するようになってから恒例と化している街散策の合図。
王国での彼らは令嬢ヘローナ(ソリュシャン)と家令のタッチ(セバス)、そして従者のオーガミ(炎ぺらー)となっている。
名前はモモンガ案を聞いてから炎ぺらーが決めたもの。ちなみにモモンガ案のいくつかを紹介するとシツージ、プルルン子、チャカーマン。
「では私があちらを」
「わかりました」
━━━━━━
(この辺はどうもきな臭いナ)
繰り返すが炎ぺらーはアーコロジー出身である。しかし、同時にアーコロジー内でも下層の住人だった。
人はどのような環境でも二人以上集まれば比較し合う生き物。だからこそ、上にも下にも人がいる立場というのは、より陰惨な状況へと追いやられることがままあり、炎ぺらーは自分もその中に入っていたと自覚している。
アーコロジー外の住人には一括りで裕福な暮らしをしていると妬まれ、アーコロジー内であれば底辺付近故に侮られた。
たっち・みーのような取り締まる側が持つ荒事への対処能力も、やまいこのような人に教えることを生業とする教養も、他者を顎で使えるほどの財力もない炎ぺらー。
本人がどれほど善人寄りでも、真面目で人好きされる性格でも、恨まれる時は恨まれ、妬まれる時は妬まれる。
本人の意図しない悪感情はストレスとなり、無意識に自分の安心できる場所を求めるのも当たり前。ゲームの中では果ての城であり、仲間のいたギルドであった。
そしてゲームのような力のないリアルの炎ぺらーにできたのは危ない場所には近づかないという当たり前のことだけ。
だが、その程度の経験則でもこの王都という古いだけの街では思わぬ効力を発揮した。
(いくら裏路地に近いとはいえ人の気配がここまでないのは異常だゾ?)
例えるなら一輪の毒花を隠す花畑のような、金を隠すために真鍮で埋め尽くした荷台のような、あこぎな組織が隠れ蓑にするオフィス街に似た
(こりゃ、早めに抜けるのが吉だネ)
オーガミという商人の従者の立場的にも居て損しかしない空間を抜けようとやや早足になるが、運命は時に予想のつかないものを寄越す。
裏路地に面した扉のひとつが開かれ、大きな麻の袋が放り投げられた。
炎ぺらーは酷く眉をひそめる。
それは、目の前で
━━それは、緩んでいたのだろう袋の口から
━━それは、その中身が辛うじて女と認識できるが枯れ木のようにやせ細っている上、至る所に青痣やうっ血で腫れ上がり
━━それは、中身から微かに
しかし、炎ぺらーはただ道を通り過ぎようと足を動かす。道を戻らないのは経験則から来る勘だ。
ひどく酷く不快な思いをしても、その程度なら許容範囲。厄介事に巻き込まれるくらいなら、見て見ぬフリを貫く。
なにより中身がどういった過程の末なのか予想はついても、確実では無いのだから。
ちょうど、気付かれずに閉められた扉の前━━にある麻袋の近くを━━通り過ぎようとした炎ぺらーは足を止める。
否、袋からとび出た手に裾を掴まれ、止めざるを得なかった。
「離してもらえるか?」
触れるほど近い距離にある生者の感覚はゆっくりと弱まっていくのを感じる。
「こちらも忙しいんだ。声もかけずに引き止められては困る」
「たす……け……て……」
「っ━━━━」
「おい!何やってんだ!」
炎ぺらーが立ち止まっていると、扉が乱雑に開かれ男が顔を出す。
暴力になれた雰囲気を持つ髭面が粗末な服の袖を捲り肩をいからせて表へ出てくる。
「聞いてんのか、アァン!?」
無駄に威勢よく怒鳴り散らし、襟元を掴もうとした、━━してしまった。
遠く離れた喧噪、ほぼ無音と言っていい空間でなければ聞き取れない、いっそ呼吸音だったと思えれば炎ぺらーはきっと楽なのだろう。
だが、
「ボンボンが痛てぇ目に、アグゥッ!?」
髭面が炎ぺらーを持ち上げるよりも早く、喉輪を作り髭面の首へと引っ掛ける。
完全に回り切らない指が食い込み、太い血管と気道を締め付けられた髭面は浮遊感を感じつつも炎ぺらーの腕を振りほどこうと力いっぱい握った。
しかし、荒くれ者の中で腕力だけはある髭面がどれほど力を入れてもピクリともしない。
「“彼女”はなんだ?」
髭面は徐々に薄れる意識の中、黒髪の隙間から覗いたものを目にする。
恐ろしいほど冷たいのに、芯から燃えてしまいそうなほど熱量の篭もった双眸だ。
余計なことを言えば死よりも恐ろしい目に遭うと直感したが、絞められたせいか歪な呼気しか漏れない。
このままでは埒が明かないと察した炎ぺらーは乱雑に髭面を地面に転がす。
「がはっ!━━ぐぇ!」
「……喋れるはずだ。さっさと答えろ」
仰向けに倒された状態で胸骨を踏みしめ鳩尾に踵が刺さる。
「そ、そい゛づば従業員だぁっ!」
「ハッ!“この扱い”で従業員だ?おもしれぇ冗談だナァ、おい?」
ミシリッ、と髭面の胸部から音が鳴り、うめき声を上がった。
「んで、そのじゅーぎょーいんをこれからどうするつもりだったん
「じっ、
今すぐにでも逃げたい髭面は何とか言い訳を口から出すも、突然胸に強烈な痛みを感じて反射的に目が胸へ向き後悔した。
靴底が焼きごてのように赤熱化したと思えば青い炎となっていきどんどん熱を帯びる様を近距離で見たのだから。
「あ、あ、ああああ━━━━!」
見なければよかったと思った髭面は次の瞬間、気道が燃えるように熱くなり声が出せなくなった。
ズブズブと炎ぺらーの足が胸に押し込まれる度、炭臭さが鼻を、肉を焼く音が耳朶を、内側から突き抜ける。
体を巡る血液の温度が上がり出口を求めて膨張していく。
「そうか、ならオレが連れてっても問題ないナ?まぁ、あっても知らン」
━━何かを言わなければ、自分が八本指の組織に属していること、こんなことをすれば報復が待っていること、死にたくない、死にたくない、死にたくない!
髭面は沸騰する頭で考える。既に下顎は炭化して動かないことにも気づかずに。
「お前が死ぬ理由はシンプルだ」
靴底が地面を踏んだ炎ぺらーはその足に上半身を預け髭面の耳元に近づく。
「テメェの髭面、
その言葉を聞き終わることなく、八本指の下っ端はこの世から燃え尽きた。