15 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
あれから数日違法娼館から拾ってきた女、ツアレは未だ王都の拠点に居る。
セバスやブレインは彼女の部屋に近づくことを炎ぺらーによって禁止され、余計なトラブルも無い数日が続いた。
屋敷内の事をさせるにあたり、さすがにセバスたちと全く顔を合わせないわけにはいかないため顔合わせは済ませた。
セバスは元の設定を創った
それも数日あれば多少落ち着くだろうと炎ぺらーは思って、特に何もしなかった。
それを悔やむに足る存在を前にしては流石に笑っていられない。
「ですから、お宅の従者には誘拐の罪があるのですよ」
「何を持って、そう仰るのでしょう?」
ソリュシャンは煮えたぎるような怒りを溜めながらも、鋼鉄を超える強度の忠誠心でヘローナの仮面を崩さず興味なさげな風体を装う。
「ちょうどウチの従業たちが居なくなった時間帯、お宅の従者を見たって証言があるんですよ。それで調べ回ったらどうにもきな臭いんで、こうして王国の……」
「王国の治安を守る巡回使、スタッファン・へーウィッシュである!」
巡回使を名乗る男は胸元の勲章でも誇示しているのだろう。しかし、その態度は肥え太った胴体を覆う、これまで見た王国に住む住人の中では比較的まともな服の伸縮性でも確認しながら値札でも揺らしているようにしか見えない。
「……へーウィッシュ殿にご足労願ったと。私はサキュロント、お初にお目にかかります」
被ったフードから覗く明らかに堅気ではない気配を放つ、顔に傷を持つ男が首肯のみで名乗る。
「そうですか、面倒事はオーガミに任せます、後はよろしく。ではごきげんよう」
ちっともご機嫌ではない様子ではあるがそう言って
やや面を食らった表情をしたふたりの前に腰を下ろす青年。
「さて、お話を伺いましょう」
「……状況的にもお前が罪を犯したのは確定だが、店側の寛大な処置で構わない言っているんだよ。もちろん、慰謝料や手数料は発生するがね」
炎ぺらーが扮するオーガミは半眼になりながらもそれ以上表面に出さず、内心で舌を打つ。
あの時、誰も見ていないことは髭面を燃やし尽くしたあと確認したが、予想よりも八本指が大きな組織だったことに歯噛みする。
誘拐にあたるかは別として、事実ツアレを連れ出しているため罪を犯しているが、それでもまったくの物的証拠もなしに犯人を
(役人をホイホイ連れてこれるって、国にガッツリ根を張ってるの確定カ。ホントこの国終わってんナ)
青々とした草原は肥えているだろうが放置しているだけの広い土地、古き良き文化を残す訳でもなくただ風化して不便なだけの舗装されていない古臭い主要道路、一応処理はされているが悪臭漂う裏道。
何より住んでいる住民の表情の暗さ、活気の無さは見限るのに十分だった。
炎ぺらーが取得する種族のひとつ、〈精霊〉系は生命力や感情を看破・観測するスキルを標準で持っている。
対象の抵抗力や低位の防御魔法で簡単に防がれてしまう程度の効果しかないが、幸か不幸か目の前の人物が都合の良い対策なんて行っていない。
〈幽鬼〉が生者か、そうでないかを明暗で判断するのなら、〈精霊〉は意志を持つ活力を色彩で判別する。加えて、〈皇帝〉職のスキルによって敵味方の識別もしていた。
それらの感覚も合わせて、
しかし、現状彼らを燃やし尽くしたい気持ちを抑えて対応しなければならない炎ぺらーは一度目を閉じ、不満を全て集めて蓋をして押さえる。
「なるほど、その金額は?」
「金貨300枚ですかね。店側は物品による補填でも構わないとのことですよ、そちらの商会は確か装飾品の他に武器や防具も取り扱ってるとか」
(武器の横流しまで要求かぁ、こりゃテキトーに闇討ちするだけじゃあダメだナ)
こいつらをもう処していいんじゃないかな?と面倒が振り切りかけるが何とか我慢、そう我慢だ。
「それはまた随分と法外な金額ですね」
「それだけの罪を犯したと思って反省するのだな」
「そうですねぇ、それらが無理と言うなら“労働力”として
「それは良い!“従業員”の穴埋めは必要だな」
「ンだと、こら」
面倒だけならまだ、抑えられただろう。
だが、もうダメだった。よりにもよってコイツらは
炎ぺらーに対して最も注意しなければいけない
それでも残った理性を総動員して、内より湧いた殺意のまま、目の前のゴミとブタを燃やし尽くしそうになるのだけは何とか止めた炎ぺらーは思わず口から零すだけに留められた。
「なんだとはなんだ!そもそも貴様が!」
「まあまあ、抑えてへーウィッシュ殿。それでは明後日に結果を聞きに来たいと思います。良いですよね、オーガミさん?」
なんとかスタッファンを宥めたサキュロントはそう言い残し屋敷を後にする。
━━━━━━
「すまぬっすまぬっ」
「すまぬじゃないでしょうよ炎ぺらーさん。言った通り厄介事じゃないですか」
「というわけでみんなで協力してぶっ潰そう。灰すら残さん」
「なにがというわけなんですか……まぁ、賛成ですが」
彼らが帰った夜、炎ぺらーは急ぎナザリックへと帰還した。
ことのあらましを整理する意味を兼ねて再び報告する炎ぺらーは
ちなみにモモンガも若干“おこ”である。ギルメンの子供同然の子をそんな風に言いやがった奴らにかける慈悲は人間性の潤いが戻ってきたモモンガでも無い。
こうしてナザリックへと報告する故、炎ぺらーが王都を離れるとなったため、念を入れシモべを増員した王都の拠点は厳重な警備を敷いた。
アスモが指揮官、その補佐に〈嫉妬のレビア〉とプレアデスからナーベラル、エントマが派遣され、ブレインやツアレの護衛に隠密能力の優れたシモベが多数配備。
念押しに炎ぺらーが持つ高位の隠蔽効果のあるマジックアイテムまで警備しているシモべたちに貸し与えた。
イビルアイの存在はモモンガたちにとって、これほどまでの警戒する状況を作り出した。なお、その気になれば誰にも気づかれず王都から人を消し去るだけの戦力が一屋敷の警備に当たっているという事実を炎ぺらーだけでなくモモンガも理解していない。
「そう言えばデミウルゴスから話が来ましたよ。みんな集まってから説明してくれるそうです」
「やっぱデミウルゴス有能すぎる」
話をしてからまだ日が経っていないゾ、と炎ぺらーは素直に賞賛した。
しばらく軽い近況報告……と言うよりは軽い愚痴や報告書に残すほどではない街の感想を話しあっていると守護者たちが集まったと連絡が来たふたりは向かう。後ろを着いて回るメイドが列をなしていることを考えないようにして、だが。
部屋は円卓の間にほど近いゲストルームのひとつ。
長机にいくつもの椅子が備え付けられ高級ホテルに急遽用意された会議室のようだが、事実炎ぺらーが
ふたりの入室に合わせ部屋の中では集合した守護者たちが平伏している。
ふたりはゆっくりと歩き、守護者たちの前を通り過ぎ、上座に並べられたふたつの椅子へ同時にそれぞれ座る。
入口から見て右にモモンガが座ったが、その姿は異形の骸骨姿ではない。
穏やかさの中に知性を携えた二十代の青年。
冒険者として遂にアダマンタイト級まで駆け上がった期待の新星。〈大魔導師〉、〈漆黒の英雄〉、〈エ・ランテルで抱かれたい男ナンバーワン〉といった呼び名を持つ“モモン”としての姿をしたモモンガだ。
と言っても装備は冒険者としてのものではなく、フードを下ろしているが
それでも垂れ気味の目じりは人の良さを滲ませていた。
なお、いつもなら肋骨が見えた胸元はキチンと閉じられている。でないと某肉食系おぼこいサキュバスに襲われるから(三回目から四日経過中)。
その隣に座るのは炎ぺらー……なのだが、レイやオーガミと名乗った時とは異なる人間の姿をしている。
背格好は異形としての普段と同じ子供程の背丈で、纏っているのも裾出しシャツと半ズボン、そして王冠にマントの
だが、顔立ちはレイやオーガミと似ているがかなり幼く、髪も色素が薄いため炎ぺらーの代名詞である青い炎を連想させる。
目尻も普段、外で活動する笑顔の仮面を被っている時とは違いつり上がり、悪ガキという印象を受けた。
しかし、皇帝にふさわしい覇気を無自覚に放つ、この姿こそが炎ぺらーの
レイやオーガミと名乗っている時の黒髪の青年はマジックアイテム〈年齢詐称薬〉で一時的に成長しているだけだった。
「面を上げよ、そして席に座るといい」
平伏していた守護者たちが立ち上がり、一度ふたりに礼をしてからそれぞれの前にある席へと腰をかける。
(うっへぇ、毎回この時間がめんどいンゴ)
(我慢です、炎ぺらーさん)
周りにバレないよう愚痴を零す炎ぺらーを慰めるモモンガも言葉にしないが同じ思い。
数回前まで同じ状態まで持っていくのに倍の時間はかかっていたのを、かなりの労力を消費してこの時間で済むようにしたのだ。
「忙しい中集まってくれたことに感謝しよう」
「みんなありがとうナ」
至高の御方からの感謝の言葉へ大袈裟に反応する守護者たちを手振りで制し、モモンガは続きを話し始める。
まずは報告会とそれぞれの現状を確認から始まった。
アルベドたちナザリック近辺組はナザリック内の問題は現状確認されず、トブの大森林に建設中の偽装拠点も計画に滞りなく進んでいて、デミウルゴスの消耗品生産は生産場となる場所を定めて試作に向けての実験が始まったこと、モモンガたちエ・ランテル組はアダマンタイトへ昇級してから既にいくつか依頼を達成して着実に地位を固めている事が報告された。
そして、炎ぺらーたち王都組はこれまでの報告と現状起こっている問題についても話をする。
ちなみに、どのチームからもひと通りの情報共有が行われたが、口頭で覚えられるほど至高の御方(笑)の記憶力は良くない。
そのため、初回の集合から提出が決定された情報をまとめた書類を見ながら改めて炎ぺらーとモモンガで情報の整理する時間があるのは余談である。
「こほん、今回の議題は王都における今後の動きについてだ」
報告会と同時に行われる会議の議長であるモモンガは他に大きな問題がないことを頭で整理しながら最も重要であろう話へと繋いでいく。
「はっ!」
デミウルゴスが立ち上がると給仕をしていたメイドたちもなにやら用意を始める。
「それでは炎ぺらー様がご計画なされた計略についての概要を説明させていただきます」
……おや、流れが変わったな。
「ちょっと待ちなんし!?愚か者どもの行動が炎ぺらー様の計画だと言うんでありんすか?」
「勿論、人間の愚かさを利用した実に素晴らしい作戦の第一段階、いや第二段階だ」
(そうなんですか、炎ぺらーさん?)
(ンな訳ないっスよ)
「ダトスルナラ一体ドンナ計画ノ一端ナンダ、デミウルゴス?」
なんの事?と素で反応しそうなのをモモンガにフォローされつつも、
「……さすがはデミウルゴスだナ。ここにいる
『おおお!』
「ふふふ、私の考えたことなんて炎ぺらー様たちなら造作もないこと。この程度は片手間で思い浮かぶと仰られたでは無いですか」
『━━ッ!?』
(おいぃいいいい!何やってんですか炎ぺらーさんッ!?)
(知らんヨー!?ホントに知らんヨー!?)
モモンガと机の下で激しい抗争を広げる中、デミウルゴスに話を進めさせる炎ぺらー。
「第一段階、モモンガ様がエ・ランテルで冒険者として最高位のアダマンタイトに上り詰めたこと……それと並行し炎ぺらー様が王都で噂になる程度の商人へ地盤を整えたこと……」
え、俺も?まさか自分も関わってる━━と思われている━━ことにモモンガは素の反応がこぼれそうなのを炎ぺらーにフォローされる。
「まずは御二方の活躍をまとめましょう。アンデッド騒動を解決し、現地では畏敬を得るに十分なモンスターを調伏。さらに活躍を重ねてアダマンタイト級冒険者に最短で昇級する傍ら、現地の有力者たちと顔繋ぎも順調になされたモモンガ様」
有力者?ほらアレですよ、冒険者組合の組合長とか魔術師組合とか、一応貴族とも顔繋ぎしましたよ。と小声で会話するふたりを他所にデミウルゴスは片手を上げる。
「炎ぺらー様は新規の商人として、“彼らにとって”良質な
もう一つの手も上げながら、一度言葉を区切り溜めを作ったデミウルゴス。
「片や英雄、片や商人、一見すると差がある。だが、どちらも別方面に話題性のある立場へと驚くほど短期で収まる事ができた。いえ、あえて別方面で話題になることで情報の波及する速度を加速させたことまで織り込み済みでしょう」
ここまでは分かったね?とデミウルゴスが見渡せば全員が頷く。ここまでは何かニュアンスが違うような気がするもまだ納得できる至高の御方たちも同様だ。
「市場に御二方の名前が刻まれ始めた段階で現地における実力者へ悪魔の存在を匂わせたこと。その人物とコンタクトが取れた事実をそれとなく流布し王都を裏から牛耳る組織、八本指へとその情報が伝わるよう仕向けたこと。彼らからの
両手を拳にするデミウルゴスの言葉に熱が篭もる。
なお、炎ぺらーはえ、蒼の薔薇と会ったことって八本指がわざわざ仕入れるような情報なの?と疑問が出そうになり、慌てて口にチャックした。
彼にとって、イビルアイは仮面被って偽装してるけど、多分中身
「そして、彼らは自ら針をさらに喉奥へ導くよう動き出した。誰の手管かも知らずに……ね?」
宝石の眼を輝かせ、深い笑みを浮かべたデミウルゴス。
(炎ぺらーさん、ここまでの感想は?)
(一体誰のこと言ってルのデミウルゴス?)
「やれやれ、そこまで察せられていた
「有り難きお言葉っ!」
心からの礼をするデミウルゴスから目を逸らし炎ぺらーは意味深に机の上で手を組む。
「なら、もちろんそこから先も分かるか
ニヤリと聞こえそうな愉しげな気配を漂わせる炎ぺらーにデミウルゴスもさらに口角をつり上げる。なお、気配を放つ中身は久方に汗がびっしょり流れている感覚を思い出していた(転移後n回目)。
「もちろんでございます。これより“魔王”を作り上げましょう」
ふふふ、怖い。もう炎ぺらーはやけっぱちだ。
「ならばデミウルゴスと皆に任せよう。お前たちならナザリックに利益をもたらすだろうから
必要であれば私たちをコマとして使ってくれ、と言い切る炎ぺらー。むしろ内心はコマとして使ってね!と全力の媚び売りだ。だってこれをどうすれば利益に結べるのか炎ぺらーくんには分からないから。
そこからトントン拍子で話が進んでいた。炎ぺらーとモモンガはそれを傍観者としてただ眺めた。眺めるしかできなかった。
基本的にはデミウルゴスが骨格を作り、アルベド、そして宝物殿から出ることを許されたパンドラズアクターが肉を付けていく。時折、シャルティアやアウラたちが疑問をぶつけ、それにデミウルゴスたちが答えていった。
どうやら役割は与えられそうということだけ理解した炎ぺらーとモモンガだが、恙無く進むと思われた話し合いは予想外の展開に向かう。
「ですからセバス、この陽動には彼女を使うのがベストなんですよ」
「そうとは思えません、何故なら彼女は炎ぺらー様直々にお手を取り救い上げた。であるなら、何も彼女を使わずとも良いでは無いですか」
「いいえ、このタイミングで使うからこそ炎ぺらー様は拾い上げたのです」
「彼女の手料理を食べ褒めていた炎ぺらー様がただ使い捨てるために救いになられた、その様な慈悲の無い方だとデミウルゴス様は仰りたいのですか?」
「セバスこそ、ナザリックに属さぬ愚かで愛おしい人間に対しこの手段は最も慈悲があるとなぜ分からないのかね?」
徐々にふたりの言論には熱がこもり、椅子や机がなければ額を突き合せて取っ組み合いを始めそうな雰囲気すらある。
他の守護者たちはふたりの口撃の応酬に面食らってしまい、仲裁に入ることすら忘れてしまっていた。
「「……くくくっ!あっはっは!」」
それも思わぬ笑い声に引き戻された。
「あーっ、ひぃひぃ!ホントそっくり、なにふたりとも実は中身、入れ替わって
「え、炎ぺらーさんっ、さすがにそれは笑いすぎですよ!ンフッ、ふふふっ、お、俺もツボに入って、笑いがっ」
豪快に笑う炎ぺらーとそれを咎めつつも抑えきれぬ笑い声を漏らすモモンガ。
人に近い姿故、その顔には負の感情が込められていないのは守護者たちにも伝わるが、なぜ笑ったのか理解が及ばない。
「あー、笑った。モモンガさん、いつの思い出しまシた?」
「俺ですか?俺はベルリバーさんの素材集めで〈
「やっぱそれ?手が出る一歩手前でふたりが先に手を出さないよう我慢比べしてる時の雰囲気そっくりッスよね」
「いやぁ、それならやまいこさんの時の流れも出てきません?」
「それ、最終的にオレが単騎で山篭りさせられて氷竜狩る流れジャン」
「
打てば響く鐘のように思い出話をするふたり。ひと通り話したからか周りの様子がおかしいのに漸く気づく。
「ウォッホン!すまないな、余計な話をした」
「ごめんねごめんネー。あ、二人の話は一応両方採用ナ」
唐突に話を戻されたことでようやく再起動を始めた守護者たち。
「炎ぺらー様、両方採用とは?」
いち早く復活したデミウルゴスが静かに挙手しながら質問する。
「セバスの言う通り、オレがわざわざ救ったツアレを陽動に使い潰す気は無いヨ」
それ見ろとやや得意げに見せるセバスにぐぬぬ顔で歯噛みするデミウルゴス。
「だが、デミウルゴスの言う通り餌としての価値はあるからネ、ただ使わないのももったいナイ」
思わぬ言葉に固まるセバスをどうだと言わんばかりにデミウルゴス。
「そこでオレからの提案だが━━」
侵略者たちの夜は続く。