19 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
倉庫街を包む炎壁の内側、剣戟と怒声、そして魔法が飛び交う。
騎士や戦士が構える盾と急ごしらえで数だけ賄った柵が悪魔たちの進撃を辛うじて抑える。
「っ!次の群れが来たぞー!」
柵の奥、まだまだ距離があるものの微かな光源の反射で大きく蠢く団体を斥候が発見し、知らせの声を上げた。
悪魔の軍勢に軋む柵がいまだ健在であることほど前線で命を張る彼らの支えになるものはない。
弱音ごと握りこんだ震える手を何とか動かし来る波を必死に押しとどめる。
しかし、この手のことにつきものとはいえ実際に向き合わなければならない者からすれば堪ったものではない。
「で、デカいのが来たぞ!奥にもだ!」
でっぷりと膨らんだ腹に丸太を思わせる太い腕、トロールを思わせる……否、それ以上に強大で恐ろしい相手。
後方の弓矢部隊が一斉に巨大悪魔を射掛ける。
練度が疎らゆえ外れて逸れるものあるが、それでも針山のように刺さった矢を気にも止めず巨腕を振るい、柵を大きく軋ませた相手に前方の部隊は何をすれば良いのだろう。
勇敢な者が槍を柵ごしに突き立ててもやつは笑う。痛みに顔の筋肉がひきつったのではない、全く効かない攻撃を仕掛けた愚か者を嘲るだけの笑いを浮かべるのだ。
「は、放っガハッ!」
腹に刺さった槍を抜いても持ち続けた悪魔は思いついたように強く槍を引く。硬直した勇敢な者は手を離すことができず、まるで自分から柵へ突撃したようにぶつかる。
そこで自分が槍を握ったままだったのを思い出した……のでは無く、ぶつかった衝撃で槍と共に意識を手放したのだ。
これでまた、この道はさらなる窮地に落とされる。
絶望が拡がるその間際。
「そのまま、投げてください!」
「おう!」
自分たちの頭上を超えていく大きな影に意識が吸い寄せられる。
「斬っ!」
柵を超えて落ちる影の手元が煌めくと巨大悪魔の顔は嘲笑から驚愕に変わったまま高さを下げた。
べチャリと水気を多分に含む音に初めて、彼らは巨大悪魔が細切れになっていることに気づく。
柵のそばにいた者であれば柵へと噛み付いていた四足獣もついでとばかりに同様の状態に変化していたことにも気付いただろう。
「《
三条の雷光が奥の悪魔を捉え、消し炭へと変える。
天を仰げば同色であるはずのローブが持つ艶で、篝火程度の光でも夜闇から輪郭が浮かび上がる杖を掲げた男。
エ・ランテルよりやってきたアダマンタイト級冒険者《漆黒》の〈モモン〉だ。
であれば先の柵を超えたのは……。
柵の外、血糊を振り落とす襟詰めの青年。選抜隊に選ばれた中で唯一、兵士でも冒険者でもない人物、シーカー商会の従者〈オーガミ〉。
その実力に懐疑的な者も多かったがアダマンタイト級であるイビルアイがその実力を保証したことで一定の信用は得ていた。
しかし、今もモモンの魔法で取りこぼした悪魔が柵に近づく端から、縦横無尽に駆けて神速の剣舞━━前線の彼らにはあまりに速すぎて複雑な軌跡の一太刀にしか見えない剣戟━━で斬り伏せていく。
今この時、少なくともこの場に居合わせた全ての者が信用から信頼へと変わった。
「あんたたちは行ってくれ!ここは俺らの持ち場だ!」
彼らの華麗な攻撃を眺めているときではないと前線部隊は理解し、部隊長が声を張り上げた。
彼らをここに釘付けにすれば、それだけ魔王ヤルダバオトへの攻勢が遅れる。
自分たちが楽をしたいために、彼らを引き止めていることへ罪悪感を感じない者はこの場に居なかった。
「「頼みます!」」
「モモンさん!」
「了解した!」
名を呼ぶ。ただそれだけでお互いのするべきことがわかったのかオーガミとモモンの動きに淀みはない。
納刀し腰を落としたオーガミが刀を振り抜けば、炎の波が広がっていく。
悪魔は避けることもできず巻き込まれ、波が抜けたあとには燃え滓だけが舞っている。
息もつかず跳躍すれば、後ろから《
それに遅れてマイコを抱えたイビルアイが空を駆けていった。
「炎が一直線に、それになんて美しい武器なんだ刀身に炎が刻まれてたぞ」
「あれが英雄……漆黒と炎剣か?あの従者なんて呼べばいいんだ?」
「わからん。だが、確実に言えるのは俺たちがここを死守する限り、必ずあの人たちがヤルダバオトを倒してくれる!」
「ああ!俺たちも根性見せるぞ!冒険者でも兵士でもない奴が踏ん張ってんだ!」
『うぉおおおおおおお!』
彼らに託すのは未来、しかし、今を守るのは自分たち以外いない。
「ちょっと派手でしたかね?」
「まあ、大丈夫でしょう」
はるか先を翔けるふたりの声を聞けた者はいなかった。
━━━━━━
先へと進むオーガミとモモンを追いかけるマイコを抱えたイビルアイ。
同じような、ともすればこちらの方が軽いのに速度を出せない《
そうして、時折オーガミが振り返りペースを合わせて進んでいけば、開けた場所に禍々しい気配が集まっていた。
「ようこそ、オーガミ殿、イビルアイ殿、それに新たなる来訪者。お名前を伺っても?」
「モモン、そしてあっちがマイコ」
丁寧な物腰で対応していたモモンとは思えぬ事務的な言葉にイビルアイも気を張る。
「モモン殿にマイコ殿ですか……では、モモン殿とオーガミ殿は私がお相手になりましょう」
ヤルダバオトが優雅に手を広げるとその後ろから意匠の異なるメイド服を着て仮面をつけた集団が現れた。
その中には仮面こそ被っているが仲間たちと瀕死まで追い込んだ蟲系異形も交ざっていることに気が付き警戒を強めるイビルアイ。
「オーガミ!モモン殿!」
「こちらは気にせず」
「我々だけで十分です」
イビルアイは瞬時にメイド集団が蟲系異形と同等の強さであることを察知した。
しかし、それでもこちらはまだ対処ができると考えているがヤルダバオトは別格だ。
モモンが自分と同等以上の魔法詠唱者であるのは道中見たが、それでもイビルアイたちよりも厳しい相手なのは一目瞭然。
だというのに二人は気負うことなく請け負う姿は十全以上に頼もしく見える。
凄まじい爆音と爆風を上げて倉庫街へ突っ込むように激しい攻防を繰り広げる三人の音だけを受け取り、自身の役割に向き直るイビルアイだった。
━━━━━━
倉庫街にある小屋のひとつに案内されるオーガミこと炎ぺらーとモモンことモモンガ。その二人を先導するのはヤルダバオト━━今回の作戦用に装備を与えられたデミウルゴスである。
中に入れば清廉な篭手と邪悪な篭手を装備したマーレが待機していて、至高なる御方々の入室に合わせてオドオドしながらも深く礼をした。
コウモリを象った仮面を外し、恭しく席へと促すデミウルゴスに頷き椅子へと近づく二人。
マーレがモモンガの椅子を動かすのに合わせて、〈爆炎地獄のアスモ〉も炎ぺらーの中から音も気配もなく現れて炎ぺらーの椅子を動かし、炎ぺらーが座れば背中側から豊満な
「……さて、改めて経過を聞こうじゃないか」
「はい、ご説明させていただきます。まず現状四つのうち、ふたつは完遂済みでます」
え、そんなにメリットあったの?と素でこぼしかけた炎ぺらーを同じ気持ちのモモンガは何とかせき止め、話を続けさせる。
「倉庫街に集めた人間共と物資は全てフェイクナザリックへと送られています。
我々に楯突いた八本指の幹部は既にマーレが捕獲し、
黒棺?……え、
ちなみに抱きついているアスモなら気づいているのではという疑問があるが、アスモはアスモで
黒棺の名前にモモンガも顔を歪めそうになるが上司としての意地と営業職だった経験から何とかポーカーフェイスを留める。
「そうか……、もちろん送るのは八本指の者だけだな?」
「はい、他の王国民は別途必要なところに支給する予定です」
「……反抗心のない者はそれ相応に扱え、我らは別に苦痛のみを与える存在ではない。我らは恐怖と苦痛を糧にしなければならない訳では無いのだからな」
「一応言っておくが、相応っていうのは無駄な苦痛を与えることじゃないからネ。タレント持ちや武技覚えてるやつは別扱いしろよナ。こればかしはまだオレらも未知の部分が多いから仕方ないと割り切ってくれると助かル」
「畏まりました」
座礼ながらも綺麗な姿勢で頭を下げるデミウルゴス。
「三つ目四つ目ってのはなんダ、デミウルゴス?」
純粋に聞いているだけの炎ぺらーだが、これまでの経験から声音を作り「お前なら簡単にその先までわかるだろうけどネ」というニュアンスを含むように言った。そういう態度が後で自分の首を絞めるというのに……。
「……っ、もちろんでございます!三つ目はこれらの行いを八本指に被せること。この倉庫街にこちらのアイテムを隠し、これを狙って現れたということにする筋書きでございます」
一瞬喉を強ばらせたデミウルゴスが悪魔像のマジックアイテムを取り出す。
「それは……?」
「造物主〈ウルベルト・アレイン・オードル〉様が私に下賜してくださった《
「勿体ないナ」
「しかし……」
炎ぺらーはその像に見覚えがあった。何故ならその像を作る素材集めを主に行ったのは製作者であるウルベルトを除けば炎ぺらーなのだ。
世界全土に悪魔を召喚する〈
「それならちょうどいいものがある」
モモンガが懐━━自身のアイテムボックス━━からデミウルゴスが取り出したものに似た意匠だがどことなく見劣りする悪魔像を取り出す。
「デミウルゴスこちらを使え、試作品だがこれで十分だろう」
「モモッ、……アインズ様のお手持ちを使うなどっ」
「そうか?ならこれはデミウルゴスにやろう。しかし、ウルベルトさんも自分の失敗作がいつまでも手元に残っているのは恥ずかしいかも知れんぞ」
「…………アインズ様の慈悲に感謝致しますっ……」
おどける様な様子のモモンガに宝石の目を一度見開くと、椅子より慌てて立ち上がって跪き悪魔像を受け取るデミウルゴス。
丁重に扱いながら机の上に置き、再び席に座ったデミウルゴスは喜色を滲ませながら「最後に……」と切り出し━━
「魔王は作り出しました。あとは
━━そう言いきった。