【完結】炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記   作:目此

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03 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記

 

(これ程の幸運に巡り会うとは……)

 アルベドからの吉報に思わず踊り狂いそうになるのを鋼の忠誠心でもって抑えつけるデミウルゴス。

 いつもとやや違う並びだが既に配下の整列は済み、粛々と控えるのみ。

“炎ぺらー様の御帰還”

 このことは階層守護者と対になるように並んだ魔燒が証明していると集ったシモベが理解した。

 特にデミウルゴスにとっては炎ぺらーは造物主である〈ウルベルト・アレイン・オードル〉と懇意にしていた記憶が濃く、報告だけで舞い上がってしまうほど。

 しかし、同時に自身の造物主であるウルベルトの言葉が頭に想起したデミウルゴス。

 曰く『俺とも違うが、あの人もまた“悪”の体現者』とも、曰く『火属性魔法に関してはあの人に及ばない』とも。

 そこまで思い出したデミウルゴスは考える。

(アインズ様の“宝石箱(世界)”を手に入れる計画はさらに盤石になることでしょう。

既にアインズ様と炎ぺらー様は円卓の間で話し合いを行ったと聞きます。

であれば、アインズ様のご計画も共有していて、計画の修正も既に調整も進んで……いや済んでいる!

我々は御方の期待を裏切らないように完遂せねばならない。

そして証明せねば、我々は配下足る者だと!)

 謁見の間に近づく強大な気配に気付き、至高なる御方に忠誠を捧げる全てのシモベ。

 重厚な扉が淀みなく開かれ足音がふたつ響く。姿を見ずともナザリックに所属する全ての者が知覚する。

 至高の御方の気配が二つであることを。

この事実を感じさせていただけただけで、デミウルゴスを含む多くのシモベが狂喜してしまうのを忠誠心で自らを抑える。

 気配は進み、玉座に到達する。

「皆、おもてをあげよ」

 体格も体の構造も違う全てのシモベが全く同時に顔を上げる様は圧巻の一言。

 忠誠心とはここまでなせるという姿を彼らは見せる。

 シモベの目に映るのはいと尊き御方達。

 ひとりはナザリック地下大墳墓の支配者、“アインズ・ウール・ゴウン”様。

 

 そして、玉座の側に立つ小さくも強大な気配を発する炎の結晶。

 

 真なる焔を表す煌々と燃え猛る蒼き業炎の人型。

 蒼を反射させながらも白き輝きを保つ王冠。

 髑髏連ねたような鎖で留められた紅色のマント。

 大胆に着崩していながら荘厳さと高潔さを損なわないベストと膝丈に合わせられたスラックスのツーピース。

 手には九つの髑髏とそれに繋がった脊椎が絡み合った━━アインズの持つギルドの証〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉と似た意匠の━━身の丈よりも長い白銀の杖。

 

 姿を目に映しただけで溢れそうな涙を、彼らは偉大なる御方の前で無様を晒すわけにはいかない一心で塞き留める。

「多忙に駆け回っていたにも拘らず、緊急の招集にこれだけ集まってくれたこと感謝しよう」

 アインズは片手を振り広げ彼方まで視線を巡らす。

 その視線は全ての……この場に集まること叶わなかったシモベたちをも包み込むほどの慈愛に溢れたものと感じるデミウルゴスの涙腺の防波堤に亀裂が入る。

「しかし、これから伝えることは私……いや、我々にとって何にも勝る吉報であると考えている」

 玉座より立ち上がり、至宝の杖で強く床につく音が響く。

「我が盟友のひとり、炎ぺらーさんが帰って来た!」

━━ウォオオオオオオオオオ!

 謁見の間に集まったほとんどのシモベが雄叫びを上げる。

 シモベによっては感極まり声もあげられず涙で絨毯を湿らせる者もいる。

 デミウルゴスの涙の防波堤はいとも簡単に決壊した。

━━ッタン

 雄叫びにかき消されるくらい小さな音のはずの石突きをついた音に、地上に届くのではと思うほどの歓声がピタリと止む。

「では……炎ぺらーさん」

 隣に控えた炎ぺらーはアインズに向かって頷くと前に出る。

 

 一歩前に出る、それだけの動作で全てのシモベの視線が吸い込まれるように集める。その身に備わった上に立つ者の気配は至高の御方が纏う気配とも異なるが体の奥底から従うことへの快楽を呼び覚ます。

 炎貌から放たれた視線をひとりひとりの顔に、そして謁見の間に垂れる旗へと巡らせる様にシモベたちは感じ取る。

 全てを包む慈愛の闇、とアインズを形容するなら、炎ぺらーのそれは全てを晴らす輝望の炎だろうとシモべ一同の感想が重なり……。

「皆の者、オレは帰ってきたゼ!」

 力強く石突きを突き立て外套を翻らせる炎ぺらーの姿に再び雄叫びが上がる。

 

━━炎はここに帰還したと歓喜するのだ。

 

「まず初めに、駆けつけることが遅れたこと、すまない!」

 猿叫のような驚喜の唱歌を一身に受けて満足そうに頷いた炎ぺらーが話し始めたのはシモベにとって予想外で、謝罪が響き渡るとどよめきが起こる。

「どれほど、言葉で取り繕おうと離れた時間があったことは事実()。だから、皆が許してくれるならオレはこれからの行動でお前達の主人たる人物だと証明していきたい」

(なんと慈悲深いお方なのでしょう。許すなどと……我々が不甲斐なく去られてしまったはずなのに、それをご自分のせいのよう仰るなんて……)

 

「炎ぺらーさんの帰還、これに異を唱える者は立って示せ」

 アインズの心胆まで響く声に場の緊張が強くなったが━━。

 

(そのような者はおるはずがありません!故に我らが返すのは━━)

 

“いと尊きお方、炎ぺらー様万歳!我らが主人、炎ぺらー様万歳!ナザリックに栄光あれ!”

 

 打ち合わせずとも揃う三唱が何度も何度も繰り返された。

 

 世界の果てまで轟けと。

 御方を飾ることを許されたことに感謝せよと。

 永遠に続くと思われた歓声は炎ぺらーが手を掲げたことでおさまる。

 炎ぺらーが虚空を掴むと孔が生まれ、幾多の金貨が砂時計の砂のようにこぼれ落ちた。

「皆の気持ち痛いほどわかった。だからこそ金貨よ、我が願いを!」

 金貨は意思を持つかのようにその声に呼応し液状の塊となって地を滑る。

 思わず多くのシモベが目で追った先は、左右合わせ41の旗の並ぶ不自然に欠けた先頭。

 金色の液体が全て集まり波打つとそこには━━アインズが手ずから壊した〈自身の名(モモンガ)〉を示す━━旗が垂れ下がっていた。

 石突きを就く音に目を向けると玉座より半歩横にズレた炎ぺらーの横にアインズが立っている。

「盟友の帰還と炎ぺらーさんの希望により私はかつての名を取り戻す。しかし、これからも対外的に私がアインズ・ウール・ゴウンを名乗ることは変わらない」

 胸元に引き寄せた左腕を強く天に突き出す炎ぺらー様。

「アインズさ……いや、モモンガさんを、そしてオレをよろしく!」

 そして、肩を並べ右腕を天に突き出すモモンガ様。

 体格が違うというのに同じ天を指し示す様に多くのシモベが滂沱の涙を堪えることができなかった。

「炎ぺらーさんの帰還により私たちの未来はさらに盤石となった!往くぞ、ナザリック全ての者達よ!」

━━ウォオオオオオオ!ナザリック万歳!モモンガ様万歳!炎ぺらー様万歳!

━━至高なる御身たちに栄光を!世界の数多にその名をぉおお!

(あゝ、誉れ高き御方たちよ!)

 支配者が退出しても止まらない歓声が響き渡る。

 

━━━━━━

 

 アインズの自室へ揃って戻り手早く人払いを済ませた後、顔を見合わせたふたりはどちらからともなく両手を上げて向かい合う。

「「決まった!イエーイ!」」

 脚本、炎ぺらー。演出、アインズ。

 彼らは自身たちの支配者ロールに満足しハイタッチを交わす。

 傍から見ると親に抱っこをせがむ子供であることにふたりは気づかない。

 体格はアインズ>炎ぺらーなのに筋力はアインズ<炎ぺらーであるが、早くも順応した炎ぺらーは吹き飛ばさない程度の力でアインズの手を叩く。金属と金属がぶつかるような硬質な音を立てるが気にする者はもちろんいないのだ。

「ふぅ、一時はどうなることかと」

「その節はすいません」

 腰に片手を当てながらもう片手で汗を拭うような仕草の炎ぺらー。そして、頭を下げるアインズ。

「モモンガさんの旗がない時はくっそ焦りまシたよ」

 ユグドラシルのゲームシステムに拠点の修復機能のひとつとして、ギルド拠点に備わったオブジェクトを一日に一定額まで無償修復で直すというものがある。

 謁見の間にある旗はナザリックのオブジェクトとして換算されているため、もちろん対象なのだが、その機能を使った修復では瞬間的に直ってしまいインパクトに欠けると考えた炎ぺらーはシモべを抑える動作に見せかけアインズに待ったをかけた。

 そして、炎ぺらーが自身のポケットマネー━━ゲーム内通貨のユグドラシル産の金貨━━をアイテムボックスから引っ張り出す動作の後ろで、アインズがこっそりマスターコンソールを操作し金貨を消費する修復機能を利用した。

 

 余談だがユグドラシル時代から拠点管理のシステムのひとつにアリアドネというものがある。

 これは奥に近づくほど設置されたオブジェクトやギミックのコストが高くなるというもの。

 そのシステムに基づくと最奥のオブジェクトである旗は表層部である霊廟に飾られた旗よりもべらぼうに高い。

 それでも炎ぺらーのポケットマネーで賄えたのはひとえに彼もまたギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉のメンバーにして、〈廃課金&廃ゲーマー(一時の人生を捧げた者)〉であったことに他ならない。

 閑話休題。

 

 モモンガは自分の安易な行動が炎ぺらーに少なくない額の金貨を消費させてしまうことになり、宝物庫から補填を考えたが炎ぺらー自身に固辞されたため頭を下げた。

「申し訳ないです」

「まあ、モモンガさんには感謝してますし問題ないッスよ」

 それにまさかフル装備が全部揃ってるとは思いませんでしたし、と自身が装備する“神器級”のアイテムたちを眺める炎ぺらー。

「大切に保管しておくって言ったじゃないですか」

「普通、売られてるモンだと思いまスよ」

 ユグドラシル・オンラインではアイテムに様々な種類がある。

 運営が用意した合計200種の“世界級(ワールド)”を頂点に、“神器級(ゴッズ)”、“伝説級(レジェンド)”、“聖遺物(レリック)”などがあり、その性能や素材の希少性などで区分される。

 とはいえ他にも課金することで手に入るアイテムなどもあるから、区分に分けるのも難しいものも多数あり目安のひとつ程度だ。

 その中でも“神器級”は世界級という運営チートを除けば最高位のもの。低確率でしか排出されないレアなデータクリスタルを希少金属に込めた装備を指し、“レベルカンスト(100レベル)”のプレイヤーでも持ってない、または一つ二つが限度という人が多いものである。

 無論、そのようなアイテムは高値でしか取り扱われないのは想像が難しくないし、そんなアイテムで全身を固めた集団などドン引きものである。もっともそれが最凶と名高いギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉だった。

「パネェ、モモンガさんパネェッス」

「なんですか、急に」

「いや、ひとりでこんだけでかいギルド拠点を仲間のアイテム売らずに維持とかパネェッス」

「炎ぺらーさんだって最近まで稼いでたじゃないですか、本気用の神器級は自分でアヴァターラ作って保管してましたけど」

「だって維持費の正確な額聞いてないッスよ」

 炎ぺらーは言われた通りに金貨や素材を他のプレイヤーに見つからないよう、こそこそと集めに行っては全てモモンガに渡して、別の素材集めに出稼ぎしてただけである。

 装備も本来なら手元に残していても良いだけのログイン率であったが、無くすのが怖いと全力装備は宝物殿に預けていた。

 過疎化が進んだユグドラシルでは神器級の装備の価値が相対的に上がっていたが、プレイヤー自体の質は下がっていて本気用でなくても十分に対処可能だったのも判断材料のひとつ。

 その環境の中、自身の装備への思い入れと自身の強さを秤にかけての結果だ。

 当時誰にも相談せず行ったため、炎ぺらーの引退を危惧したモモンガと一悶着あったのは言うまでもない。

 

 閑話休題。

 

 そんな炎ぺらーも当時、管理・運営を手伝おうかとも思ったが、下手に分散すると管理しづらいと考えたため言い出せなかった。

 それがギルドを押し付けていただけなのでは、と今更ながら感じる炎ぺらーである。

 情報の共有の時、アインズはなんと言ったか、炎ぺらーは本当の意味を理解した。

 

━━かつての友が残したまま保ってる。

 維持のコストはどれだけかかるというんだ、高層マンションを家賃収入なしで管理するようなものだ。

 

━━転移後は仕方なく拠点コストを下げるために吹雪や一部トラップの機能を切った。

 ゲームの時は機能させたままだったと言ったのだ。

 

 正直、リアルの頃に知ったなら付き合い方を考えるレベルの没入具合だ、と正確に把握する炎ぺらー。同時に今はその没入具合に感謝するしかないとも結論付けて考えないことにする。

 益体の無い考えを切り捨て現状に目を向けた炎ぺらーはシモベと呼ぶことになるギルメン謹製のNPCと傭兵モンスター、自動ポップなどが実際に動き出すとこうなのかと恐ろしく思いつつ、アインズに質問をした。

「ところで、アルベドってなんか有りまシた?」

「え、どういう事ですか?」

「あ、えーっと、そうそう、ヤケにモモンガさんに熱視線送ってたノデ」

「うっ!?……ソンナコトナイデスヨ?」

「本当に?」

 疑問に思ったことを口にする炎ぺらーは思った以上に反応が大きいアインズに訝しみ再度問う。

「…………しました」

「え?」

「最終日にアルベドの設定を……書き変えまえました」

「なんて?」

「『ちなみにビッチである』を……(ゴニョゴニョ)にしました」

「聞こえるまで大きな声で言ってもらいまスよ?」

「サービス終了日にアルベドの設定を『ちなみにビッチである』から『モモンガを愛している』に書き換えました!」

 ドゲザ・オブ・オーバーロード。

 効果は誠意に補正値をかける。

 使用頻度、使用状況などにより補正値には大きな変動が生じる。

「……良いッスよ。過程を考えればモモンガさんの行動を咎められるギルメンはいないでスし。……これもタブラさん的にはギャップ萌えの範疇なのかなぁ」

 顔を上げたアインズの視界に入るのは左手で頭の後ろを掻くような仕草をする炎ぺらー。

 アインズは彼がマイナス方面の精神を処理するときにする癖だと覚えている。主に〈るし★ふぁー〉のいたずら被害や〈たっち・みー〉VS〈ウルベルト・アレイン・オードル〉のドッグファイトの仲裁する時に見た記憶が色濃い。

(それをやまいこさんとぶくぶく茶釜さんが宥めてたんだよなぁ)

 炎ぺらーのギルド加入は比較的後発組に近い。

 出会いは炎ぺらーが人間種の頃、当時敵対していたクランのPKに遭っていた所を助力したこと。

 普段ならそのまま「はい、さよなら」だっただろうが目の前で異形種に転職して、流れのままクラン潰しに協力してくれたことでギルド加入の話が出た。

 それまでのプレイスタイル故、反対意見もあったが炎ぺらーの人柄そのものは空回りすることもあるが真面目で勤勉、コミュニケーション能力も問題があるわけでもなかったので受け入れられたとアインズは認識している。

 そして彼の凡庸なはずのコミュニケーション能力は重宝された……主にギルド内のトラブル処理に。

(ペロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんが喧嘩していると聞けば仲裁に。

 内装をどうすると揉めれば折衷案を提示し。

 ウルベルトさんとたっちさんが模擬戦(ガチバトル)をおっ始めれば適当にガス抜きが終わったところでぶくぶく茶釜さんと一緒に叱ったのをやまいこさんと餡ころもっちもちさんに宥められ。

 るし★ふぁー……さんのおもちゃにされ、イタズラにも過敏に反応するようになったりと……)

 生来は大雑把な性格なのだろうが、人付き合いには真摯、真面目で義理堅く、身内に甘く、時折脇がゆるい。

 総じて善人すぎるが、付き合うほど愛嬌の感じる人柄、とアインズは感じているが男に使う言葉ではないなと考えをバッサリ捨てて、好感の覚える人とまとめる。

「もういいっスよ」

 おっと、考え込みすぎたとアインズは表情に出さず━━出せないだけだが━━正座を崩す。

「ふぅ……しかしどうスっかなー?」

「何をです?」

「んーっと、これからッスね。モモンガさん、正直に聞きまスけど、今の支配者ロール辛くないっスか?」

 これから、という言葉に疑問を感じるがそれ以上に今問われたことの方が衝撃を受ける。

 そして、何よりも自分のことを自分側の目線で心配してくれる人がいるということに大きな安堵を感じた。

「正直に言いますとかなり辛いというか……苦しく感じる時があります。わた、……俺は元々ギルマスって言っても裏方でしたし、代表としてコメントをする時だってみんなの意見をまとめただけです。たっちさんみたいなリーダーシップもなければ、ぷにっと萌えさんやタブラさんみたいに頭も良くない。ユグドラシルの知識ならそれなりに自信があるけど、それはゲームの頃の話。彼らの思うような完全無欠な絶対の支配者なんて土台無理な話だと知っているから、そんな俺がいつか露呈して皆に見放されるのが……とても怖いです」

 堰を切ったように溢れ出す不満は止まらない。異世界と思われるところに転移し、ワケもわからず激流のように立て続けで起きた事態をその場しのぎで対応してきたに過ぎない。

 外は未知と不明に溢れ、内も過大な評価をしてくれた(押し付ける)自称配下たちに既知とは言いきれない不安、自身すら只人ではなく不死者の体。

 疲労を感じ、体力の限界があれば休むことにも食べることにも抵抗がなくなるのだが、この体では寝ることも食事をとることもできない。

 それどころかこの体に慣れれば慣れるほど思考はヒトから離れることに気づいた時には、全て巻き戻しができないところまで行ったと心の残滓が諦観すら抱いた。

 その感情すらもモモンガは激流内の舵取りという“今”を理由に目を逸らし続けてきたのだ。

「なんだ、やっぱ無理してんじゃないっスかモモンガさん」

 モモンガはいつの間にか俯いていた顔を上げると座り込み、気安く肩を叩く“大切な友人”が居た。

 この短時間で力加減を覚えたそれに痛みはなく、まるで摩耗して思い出すのも難しい、かつて母に助け起こされた記憶を蘇らせる。

 モモンガの中、現実という泥に埋もれた“宝物(こころ)”を掘り出して汚れを払い落とされる。モモンガがこれまでも、そしてこれからも頼りにしなければならない精神の抑制で妨げられても満たし続ける小さくない安心が深く幅広く染み渡る。

「炎、ぺらー……さん」

「独りじゃないでスよ、頼ってください“悟さん”」

 あぁ、ダメだ。これはホントにもうダメだ。語彙力も消失して大きな安心感に何度も精神抑制が発動する様が大粒の涙を零す感覚に似ている、としょうも無い感想を俯瞰して感じるほど感情と思考が乖離し始める。

━━もう孤独ではない、それが何よりも嬉しい。

━━心がバケモノになる前に夢がひとつ叶った、それが何よりも救われた。

 どれほどの時間か分からない、だがモモンガにとって久方ぶりに心が満たされたひと時である。

 

━━━━━━

 

「ぐぉおおおおぉぉ……」

「アッハッハッハッハッ!」

 ひとしきり“泣いた”鈴木悟こと、モモンガが今度は羞恥によって精神抑制の恩恵を受けていた。

 大の大人が人目もはばからず大泣き(当社比)して、子供のように誰かへ縋りついたのである。

 ヒトが気にせずとも、モモンガは人一倍気にする。しかも、それを慰めていたのは自分のリアルネームすら把握しているフレンズのひとり(男性)である。すっごーい恥ずい!のは確定的に明らか。

 炎ぺらーもそれを理解するからこそ、あえて大笑いを演出して燻ったものまで流そうとしている。

 とは言え友人の対応に大助かりな一方、大笑いされているのを黙って見過ごすほどモモンガは我慢強くもない。

「炎ぺらーさんだって人のこと言えないじゃないですか!」

「と言うと?」

 ここはノって見せるのも一興と強者の余裕を見せる炎ぺらー。

「たしか拠点NPC作成の時に外装で悩みましたよね?」

「え、そうッスね……えっ、ヴェッ!?」

 しかし、相手はガチ戦闘ビルドではないロールプレイ寄りロマンビルドでありながら対人戦の勝率五割を超える廃ゲーマー、居合のような思わぬ初撃で余裕を剥がしにかかる。

 モモンガのPvPは一度負けようと手に入れた情報で二度目、三度目を勝つ戦略は相手を知っているほど効果が増すことを身をもって思い起こされる炎ぺらー。

「『オレりっちゃんよりカエデサンの方が好きなんスよね、ドッペルゲンガーにして外見変えられるようにしようカナー』って漏らしたせいで外装担当とやまいこさんと弐式炎雷さんに怒られてガチ泣きしてる所をぶくぶく茶釜さんに慰められて、それをるし★ふぁーさんに晒されてたじゃないですか!」

「それを言ったら戦争だロォオオオ!」

 ちなみに、外装担当が怒ったのはこれ以上めんどくせぇ仕事増やすなというストレス発散も兼ねた怒り、やまいこは夜会巻き眼鏡で割と自身の作ったキャラと被った属性持ちを貶され(ディスら)れたと勘違いしたための怒り、弐式炎雷は単純に虫の居所が悪い所にドッペルゲンガーを使った羨ましい発想に嫉妬したためである。

 互いの黒歴史を泥のかけ合いのごとく繰り広げながら半笑いの雰囲気を漂わせるふたりはしばらくそうして思い出話に花を咲かせた。

 とりあえずのじゃれあいに区切りを付けて気まずくない沈黙の中、営業マンの経験を生かし話を切り出すタイミングを伺うモモンガ……いや、アインズ(支配者)は欲と責任を秤にかけるも、欲の方がジリジリと下がった。

「実は炎ぺらーさんに会うまで考えてたことがあるんですよ」

「ギルドの経営?」

「近いですね、出稼ぎに冒険者をやろうかと思ってたんですよ。資金調達と情報収集をメインに、外でのアンダーカバー作成と……ガス抜きも兼ねてですが」

「冒険者?」

 この世界で冒険者とは対モンスター専門の傭兵である、と━━アインズが手ずから救い今後も援助すると決めた━━カルネ村で仕入れた情報だ。

「どうです、一緒にやりません?」

 正直な所、アインズはゲームの頃のように炎ぺらーと一緒に旅をしたいのだ。

 ギルドメンバーには戦闘に適さない生産系職業だけの人もいたため、ある程度役割分担があった。

 アインズも炎ぺらーも共に、狩り━━文字通り、モンスターを討伐してドロップするデータクリスタルや素材を回収する仕事━━を担当していた。

 最近までインをしていた炎ぺらーとは行動する機会も多かったため、魔法もスキルもある程度把握している。

 縛りを入れたとしてもコンビとして、上々以上の連携を組めると確信しているアインズ。

「遠慮しときまス」

「な、なんでですか!?」

 愕然、思わず顎が開くほど精神抑制が働いても大きなショックを受けるアインズ。

「いや、トップふたりが会社離れて()()とか嫌すぎるでショ……」

 正論、あまりにもまともすぎる正論に10位階魔法を食らったような(精神的)ダメージ。

「運営はどうするッスか?」

「アルベドとデミウルゴス、……がいれば運営は問題ないです」

 ぶっちゃけ、俺が組織経営するよりも良い物ができると確信できる……だって現状そうだもん、という言葉をなんとか飲み込むアインズ。

「んー、経営は問題ないですけどモチベーションとか、あとは単純に二人と言うよりアルベドが……んん?ふたり?」

 はた、と炎ぺらーは気づく。アインズは自分の濁したことをあっさり看破されびくつく。

「モモンガさん、アイツら並みに頭いい設定のNPC、もう1人いませんでシたっけ?」

「ッッッ」

 超位魔法クラスの心的ダメージをたたき出されたアインズは精神抑制を発動しているのに湧き上がる感情に反論がすぐさま出ない。

「そうそう確か…………あぁ、なるほどぉ……」

 何かに気がついたのかおもむろにアイテムボックスに手を伸ばし取り出した指輪を嵌める炎ぺらー。

「や、やめっ」

 対人戦闘のキモは相手の心理を読むことと理解するが故に何をするのか予想できたモモンガは震える手を伸ばす。

「Auf Wiedersehen!」

「やめろーっ!」

 

 転移する炎ぺらーはどこかいたずらっ子のような表情を浮かべていた。

 

 

 

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