【完結】炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記   作:目此

30 / 51
思ったより長くなりました。

オリキャラ成分強め、捏造設定多め、アンチヘイトマシマシ。



22

22 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記

 

「さぁて、胸を借りるつもりで挑んでくるか」

 誰が誰の胸を借りるのか、それの本当の意味を知っているのは自分だけだとシーカーを待っていた3人のうちの一人〈クレマンティーヌ〉は自負する。

(こんなバケモノ、そこら中に居るなんて……この大陸終わったんじゃない?)

 スレイン法国の六色聖典が最強集団、〈漆黒聖典〉元所属第九席次クレマンティーヌが知る中でも別格中の別格、第一席次のその上の上を行く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ヤツらが在野を跋扈していた。

 法国が必死こいて探している〈破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)〉が草を払っただけでも出てくるとか発狂を通り越して、与太話としても笑えない。

(ハハッ、その()()()が真実とかほんと笑えねぇ……)

 

 忘れたくても忘れられない数日前が脳裏に蘇った……。

 

━━━━━━

 

「はぁ……はぁ……ほんとツイてないッ」

 自分の知る数日前よりも確実に衰えた全身が悲鳴をあげ、休息を欲して這い蹲そうな体に活を入れるも崩れてしまう。

 鈍った感覚をできる限り鋭く研ぎ澄まし周囲を探ったクレマンティーヌはカッツェ平野と面するトブの大森林の浅い所を進んできたが、一旦休み体力を回復しなければならないことを悟る。

(それもこれも、全部あの化け物のせいだ!)

 弱った今では元と付いてしまう英雄の領域に踏み込んだ戦士としての矜持がこうして落ち延びる自身の情けなさを膨らまし、他所へと理由を求め内心で悪態をつくクレマンティーヌだが、その度に脳裏をよぎる最期の体験。

 白き(かんばせ)に灯る妖光の双眸、幾度殴ろうと軋むどころか砕けるのは戦士として鍛え上げた自慢の両拳、引き剥がそうとしても剥がれない自分の腰を抱いた双腕。

 骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)でも死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)でもない、死の超越者(オーバーロード)から贈られた死の抱擁。

 背骨が折れ腰骨が砕け、内臓が破裂し出口を求めて上下へせり上がって来る感覚を思い出し、みっともなく嘔吐いて胃液を土に零す。

 最後には脳がそれ以上の負荷に耐えきれないのか息苦しさと共に暗転するところで全ての思考が停止する。

 反射反応に任せて数分、喉を焼く感覚に牛歩よりも遅い動きで黄ばんだ地面を避けた彼女は近くの木に寄りかかり胃液臭い息を深く吐き出す。

 気付けばエ・ランテルの死体安置所で目覚めたクレマンティーヌは着の身着のまま、掛けられていた粗雑な布で襤褸を作り全速力で街を抜け出した。

 何者かによって信仰系第五位階魔法《蘇生(レイズデッド)》で蘇らせられたことを頭の片隅で認識したまま、自分を蘇らせた誰かに出会うことなく抜け出す。

 せめて得物のひとつでも拾ってこなかったことを後悔しつつももうエ・ランテル(あそこ)には戻れない。

 

なにより……。

 

(あんな化け物が冒険者のフリをしている街になんて戻りたくないっ!)

 

 消したいのにこびりつく怖気で気が狂いそうになりながらふと過ぎる最後の記憶が刻まれた肉体が震えとして訴えてくる。

 長年の経験から思考の一部が分離して、夜闇に怖がるか弱い女性のように掻き抱いている“自分”を嘲笑いながら思考だけが進む。

 クレマンティーヌはエ・ランテルで騒動を起こす前までは法国の特殊部隊、その中でも取り分け秀でた戦闘力か特殊な固有技能を持つ選抜部隊〈漆黒聖典〉に所属していた。

 しかし、その人生は決して恵まれた者の歩んだものでは無い。

 そんな半生を自嘲するように反復するなんて贅沢をしていたからか、気付くのに遅れたのだろう。

 

「ここに……居た……」

 

「ッッ!」

 咄嗟に動けたのは幸運だったが、その動きは彼女にとって酷くズレのあるものだった。

 それでも距離を取れたのは衰えても戦士であるという証左だろう。

(ちっ、体が思うように動かない。こんな距離じゃアイツからは……っ!)

 一流の戦士であると自負する彼女にとってその思考は許し難いものだった。

(そんな弱気でどうする!私は元漆黒聖典第九席次!英雄の域に踏み込んだ疾風走破の異名と武技は伊達じゃねぇんだよ!!)

 半ば無意識に飛びかかる猫のような、体を弓のごとく引く姿勢へと移る。

(得物はない。それがなんだ、得物が通じない相手だって沢山戦って、たくさん殺した。得物(スティレット)が無くても、拳を使って、スッと行ってドスン、と……)

━━━━最後の奴は剣はおろか拳も、本当に通じなかった。

(そうじゃない。あれはマグレだ、普段の私なら勝てた。アイツが特殊なんだ、“特別”なんだよ!)

━━━━世の中に特別がそんなに居ていいのか。少なくともお前の知ってる特別は四人いるぞ。自分のアニキ、番外のアイツ、一席のアイツに、墓場のアイツも加わった。

(それだけだ、それだけなんだ、それだけで……)

━━━━それだけであってくれ。でないと()は……。

「久しぶり……クレマンティーヌ」

「アンタは……十一番、ってことは“てめぇら”かっ!!」

 とんがり帽子に大量の道具帯、その下には布地の少ない希少な魔法の衣鎧(ビキニ装備)

 見る者が見ればわかる魔法の燐光を纏うそれらは、偉大なる六大神の遺した秘宝を持つのは、彼らしか考えられない。

「漆黒聖典が管轄外の仕事なんておかしいけど……法国に追いつかれたって訳かっ!!」

 六大神や憎き不遜な八欲王のようなかつて存在した、いと尊き()()()()()様の残した法国でも貴重な品々を預けられるのは余程のことがない限り漆黒聖典以外無いと知っているクレマンティーヌは奥歯を噛みしめ思考を加速させようとするが……。

 

「元第九席次……いいえ、クレマンティーヌ、私と逃げない?」

 

 思考の空白、それは彼女が培った常識を破壊する一撃目だった。

 漆黒聖典の席次は基本的には強者順。

 第一席次が漆黒聖典の最強であることは間違いなく、第二席次が二番目、第三席次が三番目と続くが例外がある。

 ひとつめは番外席次、番外の通り番付(ナンバリング)より外された法国の切り札中の切り札。最強の上を行く、法国における絶対の守護者を意味する。

 ふたつめは第七席次、その役割は観測。代々襲名する〈占星千里〉の異名が示す、星と千里先を見通す目を以て今を“判断する(占う)”ことのできる人物が選ばれる。

 そして最後に……。

「漆黒聖典の……第十一席次の……なによりお前が亡命(ソレ)を言う?()()()()()()()()()()を押し付けられたアナタが?」

 第十一席次、その役割は警告。〈頂智天啓〉の異名通り、選ばれし者が法国の頂点に立つ知識量と予知能力を使い実働部隊の彼らを支えるもの。

 

 しかし実態は適性とマジックアイテムの効果でそういった能力を使()()()()()に仕立てあげられた“人柱”にすぎない。

 

「うん、このまま法国に居ても()()()()()、そうでなくても()()()()()()()()()。私が()()に生きるには……そしてあなたが()()()()死に方をするには必要なこと」

「はっ、法国が死ぬってそんなのありえない」

 法国は周辺で最強国家。“裏まで含めた”保有戦力は周辺の追随を許さないほどの強国である。

 

 王国は人口が多いだけで常駐兵は少なく、戦争の度に無辜の民を無為に消費していることにも気付かないほど貴族は腐り堕ちた。そんな国にまともな戦力なんてガゼフ・ストロノーフ以外居ない。

 

 帝国は鮮血帝によって改革の進んだ今でこそ実力主義を謳う中央集権国家となった。とはいえ、それもここ数年の話で職業軍人の質は王国の兵とは比べ物にならない屈強さになったが個人の武力でガゼフ・ストロノーフを超える存在は居ない。

 鮮血帝は国力の増加に数年がかりで王国を切り崩して併合する気なのだろう。

 

 その程度で法国と対等になれるなんて考えているのは失笑物だがな。

 

 翻って法国は六大神への信仰と彼らの作った社会の仕組みを礎に、研鑽と管理の六百年が積み重なっている。

 今はエルフの国と戦争中だが、その気になれば帝国を片手間に喰らい尽くす事だってできる国力を持つ。

 それを近隣諸国への援助や人類全体の調和に“割いてやっている”のが現状で、教義的にも国情的にも当然のことなのだ。

 

 法国からすれば王国はもちろん、翻意の強い帝国の考えすら分かりきった上で“純然たる力と信仰を持つ()()の守護者たる国”の矜恃と事実に揺るぎはない。

 

 だから、法国が滅亡(しぬ)なんてありえないのだ。

 

「有り得るから私はこうして国を捨てる準備をしてる」

 隈の濃い目元からは想像できないほどギラついた双眸。様々な事情で他者と親しい関わりがなかったクレマンティーヌが唯一、嫌悪や劣等感を感じず同族のような気持ちで接せた人物。

 役割に縛られ()()すら奪われながらも国のために尽くすことを強要されている()()の重みの違う言葉。

「分かった……どうすればいいのー?」

 信じるとも違う、でも従うに不足のないものを見せられたクレマンティーヌは元々残ってるとは言えなかった母国への想いを頭の端へと追いやる。

 憎いアニキ(やつ)も居るし、晴らしたい思いもあるがそれはもう一旦どっかにやろう。そんなちっぽけな感情で()()()()()()()()()()()()()はゴメンと判断した。

「とりあえず着いてきて、これを使う」

「それって、……ホントに切り捨てる気満々じゃーん♪」

 十一席次が取り出したのは地図と見事な彫刻の施された蝋燭を見て、クレマンティーヌも彼女の本気さを感じ取る。

「《探し物の蝋燭(キャンドル・オブ・ロケート)》、使用者の探すものを感知する六大神が残した中でも特に扱いを慎重にしないといけない()()()

 六大神の遺した品々は法国でも特に厳しく管理されていて、易々と任務に持ち出せるものでは無い。それが消耗品なら尚更だ。

 クレマンティーヌが知る限り、法国長い歴史の中でも片手で足りる程度しか使用されていない逸品にして、最後の一本。

「もったいないなぁ」

「無理。それにこれを“開かぬ巻物”する気は無い」

 売ればかなりの値になる希少品中の希少品。装備の心許ないクレマンティーヌとしては1銅貨でも高く売り、逃げる準備費に充てたいと考えていたのだが第十一席次の言葉になんとか古い知識を掘り出す。

 偉大なる六大神も知恵を借りたという賢者“トゥチルー・ニッキューサ”の伝説に『開かぬ巻物』というものがあった。

 彼の死の直前、高弟たちが“本当に困った時開けなさい”と言われて預かったマジックアイテムの巻物(スクロール)

 高弟たちは幾度となく困った時があったが『今より困った時が来るかもしれない』と使用を我慢し、互いに協力し合い乗り越えていった。

 それからしばらく、巻物がどういうものだったのか確認のため開けば、それはなんでも願いの叶う巻物。

 しかし、効果は開けた時にしか効果を発揮しないもので結局、高弟たちはいつもより豪華な食事を頼んだというオチだ。

 頼んだものが違うなど諸説があるが、それでも教訓として『みんなで協力すれば乗り越えられぬ試練はない』や『突然の幸運に欲深くあってはならない』など挙げれている。

「あんた、その話好きねー」

「私が法国に今までで唯一感謝してるのは本が好きに借りれたことだけ……読む時間はくれなかったけど」

 紙は貴重だし、知識は金よりも高価。つまり、魔導書を含む書籍はめっちゃ高い。

 周辺で最も識字率の高い法国でもそれは変わらず、むしろ六大神や彼らが尊敬した先人たちの言葉を残したものの写本は数あれど、清貧であるべしとされる風習が根付いているため教典以外の本は割高だ。

 しかも、発行部数も少ない。

 蔵書量が多く、悪用を防ぐ意味でも厳しく管理されている国営書庫も漆黒聖典所属かつ彼女の役割があって初めて閲覧自由(一部を除く)なのは想像ができる。

「ここまでとりあえず歩く」

 蝋燭をカンテラに立てて腰へ吊るす第十一席次は地図を広げてある一点を指さす。

「なんでこんな中途半端なところ?」

 彼女が指さした地点は帝国までの道のりの途中、ほとんどの時霧で覆われアンデッドが大量に徘徊するカッツェ平野の近くだ。

「この地点が一番会う確率が高い」

 そう確信強く言いつつ水袋の水をガバガバと飲む。クレマンティーヌがよく見れば水袋をかなり多く持ってきているようだ。

「?……ああ、ごめんなさい。これあなたの分」

「……ありがと」

 飲んでいたものとは違うたっぷり中身の入ったものを渡してくる第十一席次。

 遠慮なく一口目で少し気になっていた口の胃液臭さを流し込み、二口目を飲めばその清涼感が体を巡り、体力の減った全身に活力が蘇る。

(こんなに水が美味しいって感じるなんて久しぶり)

 水袋すら持たずに出てきたため本当に久しぶりだったが、たまたま視界に入った第十一席次を見て思わずギョッとした。

「ちょっと、いくら沢山持ってきたからって飲みすぎ」

「…………わかってるんだけど、喉が渇くの」

 先程口をつけたばかりのはずの水袋をひとつ飲み干して二つ目に口をつけようとしてるのだ。旅慣れしてないとか以前に彼女が異常なほど緊張しているのがわかるクレマンティーヌ。

「それ以上飲むのはやめてよね」

 少なくとも今は協力関係なのだからこの位は助言せねばと彼女に言っておく。

「……うん、気をつける」

 なんとなくで聞かなかったこれほどの緊張の理由。それを理解するのは少しあとの事で、言われてたら協力関係などすぐさま破棄してしまい、彼女の言うとおりどこかで野垂れ死にするところだった、と反芻する後のクレマンティーヌである。

 それから幾ばくかの時間が過ぎ、第十一席次のいう場所まで訪れた彼女たち。

 クレマンティーヌが時折忠告するも虚しくかなりの速度で水を消費した第十一席次だが、予定地へ近づくほど、時が近づくほどその顔色は不安で染まっている。

「あんたなんでそんなに顔色悪いの?」

 カンテラには既に魔法の火が灯り淡く光を揺らめかせていた。

「時間がなかったから場所に着くまで詳しく話せなかったけど、私が受けた天啓から導き出した結末は三つある」

「あんたの天啓ってそんないっぱい結末あるもんじゃないでしょ」

 天啓とは彼女の役割であり能力。時折様々な場面の情景や何らかの情報が啓示として頭に降ってくる。湧き出るものには大小様々な事柄はあるが、歴代の〈頂智天啓〉が齎した情報はいずれも上手く使えれば、法国にとって有益なものをもたらしたため重宝され続けていた。

 彼らにとって第十一席次に下賜される文字通り神からの“啓示”なのだ。

 大抵は何らかの場面が映るため、風景や人物などからそれがどういう状況なのかを理解することが重要であり、頂智天啓たちはその情景から読み取れるものを蓄えた知識と併用して理解しなければならない。

 本来、代々の頂智天啓は本国の奥で知識を吸収する傍ら天啓によって得た情報を上層部に報告するだけなのだが、歴代でも稀有な天啓の頻度と、『予知』とも謳われるほどの予測能力の発揮する頭脳を併せ持った歴代最優が今代の頂智天啓である彼女なのだ。

 言うなれば、未来とその未来へ至る現在を作り出せるのが彼女だったのである。

 

 それは刻一刻と変わる現場でも運用可能なほどであり、陽光聖典の全滅に端を発する異常事態を〈破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)〉の復活と睨んだ上層部によって、威力偵察に近い編成へ組み込まれることとなる。

 

 彼女が“絞りきれない”未来というのはこれまで聞かなかったがゆえ強い疑問を抱くクレマンティーヌ。

「普段はそうだけど今回は違った。一つ目は何も干渉せずにいた場合、どこからともなく現れた集団に出会い交渉するもカイレ様が使った〈ケイ・セケ・コゥク〉のせいで相手の怒りを買って漆黒聖典は全滅。そのまま法国全土を埋め尽くすほどの“アンデッドを含むあらゆる異形の軍勢”に残らず鏖殺された」

「わぁお」

「ここまでは漆黒聖典のみんなに話した内容。次の二つ目、この件で集団と漆黒聖典で対話を試みた場合、これも全滅した。具体的には話し合いの流れはまちまちだけど、漆黒聖典のほとんどが討ち取られてカイレ様も重傷を負う。もちろん私はその戦い中に死ぬ。具体的には光の槍で貫かれたあと即死してるのに“魂まで焦がす”炎にまかれて地獄を経験する。一個目のことから考えても法国はその軍勢に滅ぼされる」

「え、話し合い通じないんじゃダメじゃない?」

「最後のひとつが私が個人か、もう一人くらいを連れて交渉した場合、少なくとも私と法国の民が無駄死にすることは無い。亡命して集団に縋る、カイレ様の秘宝とか第一席次、それに番外席次の情報を提供して受け入れてもらう。漆黒聖典の皆は高確率で死ぬけどね」

「あんたサラッと言うわね」

「助けられるなら助けたかった。でも、どの道筋(ルート)でも第一席次とカイレ様の存在が私の命を殺しに来る。他の皆も似たようなものだった」

 あまりにも話が大きくクレマンティーヌは一瞬眉唾にも思えるが、至極真面目に語る第十一席次の目と隈を見れば彼女なりに別の方法を模索したのが伺えた。

「っ!熱くなってきた!近づいてきてる!」

 手早く━━ビキニ装備に必要なのか分からないが━━服装を整え手に持ち直したカンテラを熱く感じる方向へ大げさに動かす第十一席次。

 そうしている横で突っ立っていたクレマンティーヌが微かに馬の蹄の音を聞き取る。

 徐々に近づいてきたのだろう大きくなった音を第十一席次にも聞こえたのか、すぐさま跪き始めた。

「何やってるの?」

「あなたも早く!」

 腕を引かれ同じように跪くことを強制されるクレマンティーヌは咄嗟に振り払おうとするも魔法詠唱者(スペルキャスター)とは思えぬ力で押さえられる。

 改めて戦士としての力で振り払おうとするがあまりにも必死な姿に、大人しくせざるを得なかったクレマンティーヌは内心で悪態をつく。

 蹄鉄が土をえぐる音が止み、馬車が近くで止まるのを察する。

 油が利いているのかほとんど音も立てずに開かれる扉、コツコツと音からも品の良さが分かる靴がタラップを鳴らして一段一段下ってくるのがわかった。

「金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ金髪はやだ」

 目を使わなかった分耳が研ぎ澄まされたのだろう。聞きたくもない呪詛に似た繰り返しが聞こえて体が離れようとするも、お前ホントに後衛職かよと疑いたくなる握力で腕を捕まれ立ち上がれないクレマンティーヌ。

 

「随分な場所で俯いてどうした()だ?。とりあえず頭下げんのやめてくんない?」

 

 跪くことを体が望み、伏せているのにさらに頭を垂れようとするほど脳が“恭順”を強要してくる。

 腕力による屈服ではない。

 知略による陥落ではない。

 言葉によって平伏してしまったのだ。

 耳朶を震わせ、三半規管を惑わせ、脳幹を直接掴まれる。

 跪くことが自然だと体が誤認してしまうほどその声には圧倒的上位者の気配が滲んでいた。

 だが面(おもて)を上げよ(頭を下げるな)と言われたからには上げなければならない。

 頭をゆっくり上げれば、視界に飛び込んだのは白。

 波打つ白の長髪、仕立ての良い服に包まれたしなやかな肉体、手には細身で反りのある得物……南方の武器“刀”だろうものが鞘に収まったまま握られている。

(もうなんか気配が掴めないけど絶対強いわこの人、それと隣にブレイン・アングラウス)

 体が人形になったかのようにピクリとも動かないクレマンティーヌはその事に感謝した。平時ならば確実に驚愕で飛び退いているだろうから。

「……ぁぁぁ、金髪じゃない白髪だぁぁ……やったぁぁぁ」

 万物を従えそうな圧倒的支配者の気配を待つ方でも、どうやらひとつだけ制御下に置けなかったものがあるらしい。

 隣にいなければわからない、小さい川のせせらぎのような音、隣から広がる液体が出す端から地面へ染み込む、慣れなければえずきそうになる独特な匂いが立ち上がり鼻腔を殴った。

 突然の“漏水”に白髪の支配者がただ困惑する。

 

「え、あ、えー、あぁ……とりあえず何か服を貸そ()、そっちが良ければ乗っていく()?」

 

━━━━━━

 

「わ、私はスレイン法国麾下六色聖典がひとつ漆黒聖典所属第十一席次“頂智天啓”。貴下へ亡命させて頂きたい、法国に名を奪われた者です」

「同じく第九席次クレマンティーヌ……です」

 汚れを落とし、上質な白いタオルを借りて体を拭き、衣服を借りて身を整えたふたりは自己紹介をした。

 なお、汚れを落とした水は〈無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)〉だし、タオルはふかふか洗いたての上吸水性ばっちし(法国の最高級が雑巾になるレベル)だし、衣服は自動でサイズを調整してくれた。タオル以外マジックアイテムだよ(白目)、となったのは余談である。

 スレイン法国と聞いて反応したのは執事、野武士、そしてメイドだった。

「落ち着ケ、まったくとんだ拾いモンだナ」

 そう言いながらもこの集団のリーダーだろう青年は困った様子は無く、クレマンティーヌはむしろ彼が口元を歪めた様に愉しげなものを感じる。

 ひとりひとり名前を紹介していく青年は最後に自身を“炎ぺらー”と名乗った。

「さて、それでお前さんらは一体全体オレらに会った途端、亡命だなんだと言ってたガ……」

『ッッッ!』

 ある意味気楽な、フランクと言って差し障りのない態度を取っていた炎ぺらーの纏う気配が()()()()()

 せせらぎのように流れた河が細くなり渓流のような圧の強い気配にて貫かれたふたり。

 逆らうことが愚かだと行動でも言葉でもない、存在感だけで本能に直接叩き込まれ、体が理解し膝をつかせる圧倒的な力の差。

 第十一席次は既に身を固くし頭を垂れていた。しかし、クレマンティーヌは同じような状態であっても冷静に思考している自分が居ることに気づく。

 彼女自身、思考する獣の自覚はある。だからこそ思考はしても獣の野生が支配者の風格の奥にある“身に刻まれた”強者の気配を鋭く感知する。

(こ、この、この方(コイツ)あの方(アイツ)と同じっ!?(かよ)

「わ、わた、私は……しゅ()レイン法国の……やり方に……」

「そういう御託はどーでもいい、何が嫌なんだ?」

 圧倒的気配を前にしても拭い切れない理性(建前)が彼の言葉の一音一音に剥がされていく。

「も、もう、あんな怖い人たちと行動するのやだぁー!お仕事終わらないし、嫌な仕事ばかり押し付けられるし、趣味の時間もじぇんじぇんないよぉ……」

 あっさりと陥落(幼児退行)した第十一席次が炎ぺらーの元へすがりつく。

「……そうか、そうか、辛かったんだナ」

「もうやだよぉ、なんで私なの?少しマジックアイテムの適性が高いからって、無理やり漆黒聖典(あそこ)に連れてかれて……、休もうとすると凄く厭味言われるし、適性ないのに戦いへ駆り出されるしやぁだぁああ。せめて二刻(四時間)寝かせてよぉ、一刻(二時間)じゃ死んじゃうのぉ」

 頂智天啓という役目はマジックアイテムの適性の有無が継承の条件であり、これまでの継承者は良くも悪くも漆黒聖典所属らしい者が多かった。

 道具による“啓示”と法国の奥で蓄えた知識を他の聖典の平隊員よりも優れた能力で活用する者がほとんど。

 しかし、今代である彼女は適性こそずば抜けて高いだけの少女。第四位階まで魔法が使えるため、世間的には十二分以上に天才であるが、覚えている魔法はどれも補助的なもので攻撃魔法に関しては《魔法の矢》すら使えない。

 頂智天啓は予知と予測の両面から任務達成を補助する、“未来”へ対策する役割。

“未知の敵と遭遇”━━膨大な知識から攻撃や能力を割り出した。

“何か嫌な感じがする”━━任務の先で不意打ちに特化した魔物が潜んでいた。

“エルダーリッチが謎の儀式を行っている”━━術式を逆手に反転術式を構築、儀式ごとエルダーリッチを滅した。

 かつて同じ席に居た者たちの偉業が、彼女自身を無視して無理を強要する。

 歴代はできた、歴代は容易かった、歴代は、歴代は、歴代は……。

 だからこそ、クレマンティーヌは感じたのだ、同族に対する憐憫を。

 オーガと同じ穴のトロール、と言われてしまうかもしれないが、それでも自分を周りと比較することなく━━自分よりも弱いからクレマンティーヌも劣等感を抱かなかったからこそ━━付き合えた友人。

「そうかそうか嫌だよナァ、厳しいところ(ブラック)は」

 幼子の如く縋り付く第十一席次をまるであやすように背中を優しく叩く炎ぺらー。

 それからも滂沱のような愚痴&愚痴を父性の溢れる落ち着いた口調と手つきで受け止める彼を捉えながら、横目に映る大半が嫉妬に狂う様に心持ち馬車に乗り込んだ時よりも逃れる位置へと移るクレマンティーヌだった。

 

━━━━━━

 

 程なく第十一席次は落ち着きを取り戻す。

 クレマンティーヌが再会した時よりも幾分も生気を取り戻した表情で咳払いをしてから改めて自分たちのことを話し始める。

「こほん、失礼しました。改めて説明させていただきます。私たちは元スレイン法国旗下六色聖典がひとつ漆黒聖典に所属していました。その中でも私は適性の問題から今につけているマジックアイテムを使って未来の予知や膨大な量の知識に基づいた予測で助ける役割を、クレマンティーヌは武技を使った前衛職です」

 そこから話した内容を頭に入れながらも感情移入することなく聞き流した炎ぺらー。

 六百年前に生まれた法国の建国史、それからの歩み、六大神、八欲王、十三英雄、……そして、時は大きく飛びひと月前に土の巫女姫なる別部隊の人物がさらに別部隊の人物を遠見の魔法で監視しようとして爆散する異常事態。

 破滅の竜王の復活を予期した法国が最強部隊である漆黒聖典を駆り出そうとした所で第十一席次は自身の未来を予知する。

 その先はどれも死が待っており、祖国も過程に多少の()()はあれど滅ぶことが確定した。

 元々無理やり就かされた役職であること、本の閲覧規制が緩い役得(メリット)より読む時間を与えられない立場(デメリット)の大きさ。

 それらが合わさり、生まれ育った国を捨てるに至ったと丁寧に説明する第十一席次。

「ふーん、しっかしスレイン法国ネェ……」

 底冷えするほど平坦な声に亡命希望のふたりの胃が密かにキリリと唸る。

 ここで断られれば全てがご破算となり、恐らくは彼らの前から無事生き残れる可能性は限りなく低い。

 それでも第十一席次にはもうこの方法しか自身が生き残る術はないし、その第十一席次に賭けたクレマンティーヌも同様だ。

「受け入れるのは……まあ、やぶさかでは無イ」

 その言葉に炎ぺらーの従者たちは一応に息を呑み、ふたりはなんとも勿体つけた言い回しに胃の回転数が一段上がり、無いはずの内容物をせりあげようと準備にかかる。

「正直に言うとだナ、()()はどーでもいいんダ。お前らやお前らの国がどうなろうと()()()に関わらず居てくれれバ……」

「「━━━━━━」」

 呼吸しているはずなのに息が詰まる、苦しくて苦しくてもがきたい衝動を必死にこらえながら次の言葉を待つ。

「でもどうやら、関わらないままではいられないらしイ。なぁ、おふたりさん━━」

 

“お前らが支払える対価はなんダ?”

 

━━━━━━

 

「くっ、カイレ様!」

 青年は自身が守る人物に声を必死にかけるも返事は来ず、代わりに視界を覆い尽くす程の巨大な狼の顎が迫り慌ててしゃがむ。

 立ち上がる勢いに合わせ、槍の石突で狼の顎をかち上げようとするが金属のような硬い感触と音から失敗したことを悟り、地を蹴り距離を取った。

 視界を埋めつくした相手から離れたことで周りがよく見えるようになるが、それは同時に青年を絶望の淵へ誘うものでもある。

 男が知る中で最も硬い仲間は構えた双盾で挟まれるように、盾ごと拉げて直立するオブジェと化していた。

 逃れられぬ鎖を扱う仲間は四方から伸びた巨大な百足に四肢を引きちぎられ絶命していた。

 王国の宝剣に劣らぬ大剣を振るう仲間は幾十の礫で穿たれチーズのようになっていた。

 自分に次ぐ席へ座す仲間は南方の服を着た悪魔の尻尾で頭を捻り落とされたところだ。

━━ズドン

 ああ、一人師団とまで謳われた仲間も今しがた見覚えのない装備を身に纏う裏切り者によって頭を貫かれ柘榴のように成り果ててしまった。

━━ズクリ

 絶望に眩んだのだろう。

 戦場では致命的な意識の白化を生み、意識が戻っても胸より生えた白い穂先を、ただただ無感情に首を傾げる青年。

 間を置かずに体へ噛み付く狼の群れ。青年は自身が身に纏う“ぷれいやー”の装備に確かな信頼を寄せていたが、今はまるで子飼いしている犬に与えた骨のように削られていく。

 偉大なる神の遺物、選ばれし民の末裔、ぷれいやーの先祖返り、法国で()()()に強い護国の象徴。

 あらゆる矜持を鋭い牙に骨の削られる音に合わせ抉れていく。

 どこで間違えた?

 足元が覚束無い感覚の中、青年は自問する。

 第十一席次が“月のもの”を理由にはぐれた際に探しに行かなかったことか?

 エ・ランテルで元第九席次の情報を仕入れようと迂回したことか?

 破滅の竜王の復活を予期し、アゼルシア山脈をめざしたことか?

 野盗の拠点を調査する冒険者集団から身を隠すため、数日動かなかったことか?

 水泡のように浮かんでは消える自問。しかし、答えは出ず体が引きずられるのに合わせ天を見上げる。

「ああ、これは……ダメだ……」

 

 闇夜を照らす“見えぬ三対の翼”。

 

 かつて、ぷれいやーの残した口伝にあった伝説。

 

「汝、……見えぬ……翼に気をつけよ……」

 

“其は翼に非ず、其は天に座す浄()の化身”

 

“彼の者は七獄の炎帝なり”

 

「全てを喰らえ、《地獄浄火(ベルゼブブ)》!!」

 

 この夜、漆黒聖典は壊滅した。

 

 

 

 





活動報告に炎ぺらーのキャラ紹介を掲載してます。

ネタバレ要項もありますので閲覧にはご注意を。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。