23 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
「どうした、随分と長く考え事してたみたいだが」
耳朶を叩く
「あ、あー、ちょっとねー」
美しい盗賊風の女が刺す厳しい気配を胃の不快感と一緒に無視して曖昧に答えると、クレマンティーヌの様子を特段気にすることもなくシーカーは手元の羊皮紙へ視線を戻す。
「
「い、いえ、お役に立てれば幸いです」
「すまんな。もう少しで事後処理が終わるらしいから、そうすれば今までよりは自由な時間も増えるだろ」
「あ、ありがとうございます!」
ツカサ、と
シーカーの持っている羊皮紙はツカサが今日の演目を書き写したもの。
彼女はその元役職のため、法国でも数少ない“ぷれいやー”の使っていた文字を知っている人物で、羊皮紙には
「わ、私はその……第一席次や高位神官の方々のように教育を受けた訳では無く、ただ本が好きだったところから読めるようになったので拙かったら、ごめんなさい」
「十分読みやすいさ、その人らだって全て読めるわけじゃないと思うが……、むしろ
最低限の読み書き。それをこなせるようになるのはなかなか難しい。
読むはまだしも書くとなると中学教育は修了していなければ厳しかったのが炎ぺらーたちプレイヤーの生きた世界。
小学教育を受けさせるのも難しい時代の者たちが口伝や多少の読み書きだけで法国の古い礎を築けたのかは怪しく、彼らの奉る“六大神”と呼ばれるぷれいやーの中に高校教育か大学教育まで修めた者がいたか、それに相当する知識を持つよう
事実、炎ぺらーがナザリックの〈
炎ぺらーは雇用を提案。モモンガにもその有用性を認められ、最初こそ反対意見がなかった訳では無いが理路整然とした物言いと至高の御方が認められたことも含めてなんとか飲み込んだシモベ達である。
ちなみに相変わらずデミウルゴスは元気に「なるほどっ、さすがは至高の御方っ!」と言っていた模様。もうどうにでもなーれ♪
現状決まっている範囲で勤務時間は一日八時間、内一時間は昼休憩、加えて前半後半合わせて二十分の小休止を設けること。
業務は多岐に亘り、現地の言語補助や土地勘から来る案内人等。簡単に言えば現地知識人としてのオブザーバーである。
報酬は要相談で衣食住は絶対として、ナザリック第九階層ロイヤルスイートの一部施設の自由使用と〈最古図書館〉に並ぶ蔵書の閲覧許可は確約するとの話を聞き、ツカサは泣いて喜んだ。
なお、ツカサの読んだ書籍を共に居たモモンガも読んだが、後に炎ぺらーへ土下座しながら教えを乞うこととなったのは炎ぺらーとモモンガだけの秘密である。
閑話休題。
「誇って良いんだよツカサ。“好きこそ物の上手なれ”だ」
「えぐっ、えぐっ、しぃかぁさまぁ……」
「……泣くなヨ……。んじゃ、そろそろ時間だし、行ってくらぁ」
すっかり
「……ほら、私らも客席行こう?」
「……うん」
━━━━━━
「あれ、アルシェじゃない!」
「イミーナ、……それにヘッケランも」
客席の前列席、なんとか六人分の席を確保したアルシェは妹たちにシーカーが買ってくれた豆の炒り菓子“ポプクノ”をこぼさないよう注意して渡しシーカーたちの出番とつれを待っていた。
声に顔を上げればそこにはワーカー仲間〈イミーナ〉と〈ヘッケラン・ダーマイト〉が出店の串焼き片手に隣の席へちょうど座った。
「おう、……随分と今日は賑やかだな」
「えっと、……うん」
目を瞬かせてから眉を顰めるも盛大に気持ちを濁して伝えたヘッケラン。彼はアルシェが席を二人分空けて示せば、イミーナが彼女の隣へ座ったのを見て、隣へどかりと腰を降ろす。
それ以上の言葉をかけられず串にかぶりついたのを見て座り心地が急激に悪くなったアルシェは、予想よりも早く露見した事を考えていたよりも余裕を持って受け止めた。
というのも彼女がワーカーになったのは家の借金返済の金稼ぎで、事実報酬のほぼ全てを両親が未だ増やし続ける借金の利子に持っていかれている。
本来、依頼で得た報酬は戦闘も生業とするワーカーなら装備の強化にこそ、使われるべきなのだ。
装備、強力なマジックアイテム、命綱のポーションの調達。《
たまの娯楽にはお互い目を瞑るとしても、アルシェはその事情から普段から……否、彼らとチームを組んでから装備面での強化を疎かにしている。
自覚のあるアルシェが賭けもできる娯楽施設に出没したことへ良い顔ができないのは当然だろう。
冒険者に比べ、ワケありの多いワーカーの、━━ワーカーだからこそ、信頼というものの価値は重い。
幾ら盗賊まがいなことまでこなすワーカーの中で、善人寄りなメンバーで構成されたチーム〈フォーサイト〉の面々であっても苦言を呈して当たり前だ。
アルシェの金巡りを言わずとも察して黙する彼らに甘え、怠ってきたのは彼女自身。もしアルシェが逆の立場なら問答無用で追い出しても当然の結果だと思っている。
「「………………」」
「あはは……、こんにちはお嬢さん方」
「「こんにちはー!」」
苦笑いしか浮かばないイミーナは現実逃避の意味も兼ねて、無視よりも対話を選んだ。
「今日はどうしてここに来たのかな?」
「えっとね、おねー様が今日はお家にいちゃいけないって━━」
「それでね、それでね、おにーさまがね!━━」
自分を挟んで会話の花を咲かせる仲間と妹たちに、いたたまれなくなるアルシェが顔を覆うのは仕方の無いこと。
気まずい雰囲気を流してくれた仲間に感謝、━━と意外に子供の相手できるのな、と本人が聞けば何がしかの報復を受けそうな感想を抱くヘッケラン。
「……アルシェ」
「うん、……これから知り合いが試合なんだ……それが終わったら」
「おう」
「あ、見つけたー」
なんとかやり取りをしたふたりの会話に区切りが着き、イミーナたちの会話も一段落した所で、近付いてくる人影に気付いたアルシェが手を振れば向こうも気付き寄ってきた。
「いやー、さすが帝都の闘技場。人が多いねぇー」
「お待たせしました、席ありがとうございますアルシェさん」
身軽な動きで人の波を掻い潜ったクレマンティーヌと人の波に揉まれながらも抜け出て丁寧な礼をするツカサ。
あの動きはかなりできる、とクレマンティーヌを分析したのも束の間、ツカサが礼をした時に強調された上半身のたわわな果実がキツめの服装の中で動くのに目を奪われるヘッケラン。もちろんその目線の動きを機敏に読み取ったイミーナの冷たい視線の矢で撃ち抜かれた。
「へー、お仲間ー?」
「うん、仲間。イミーナと……一応、そこのスケベ大魔王も。こっちの人がクレマンティーヌ、こっちがツカサ、それでもう席に座ってるのがソーイさん」
アルシェの奥、ヘッケランたちに目もくれず粗暴な動作でありながら音もなく席に座り闘技場から目を離さない盗賊風の美女ソーイ。
ソーイの様子に引きつった笑いを向け合うクレマンティーヌとツカサは頷き合うと、ソーイから話を逸らさせようと会話をヘッケランたちに振る。
ソーイの様子を気にすることなくヘッケランたちが会話をしていると、闘技場の重く鈍々しい鉄格子が錆を舞わせる鎖によって持ち上げられた。
鈍重な動きを止めて開かれた鉄格子に気付いた観客から声が上がり、否が応にも客席のボルテージも上がる。
対角で持ち上げられた鉄格子の片方、客席の上部に備えられた貴賓席から見て上手から堂々と歩いてきた男を見て━━
「うげ、アイツかよ」
「うわぁー、見る演目間違えたかしら」
「…………」
━━ヘッケラン、イミーナ、アルシェが一斉に顔を顰めた。
「お知り合いですか……?」
アイツと呼ばれたであろう先頭の男性よりも、━━本来は柳葉のような形の耳を半ばで切られた━━周りのエルフの方が気になるツカサだが、あまりにもワーカー組と周りにいる観客からの不満を隠さない雰囲気と会話の声音に疑問をぶつける。
「……ワーカーチーム〈天武〉。リーダーは〈エルヤー・ウズルス〉」
「剣の腕は王国戦士長に匹敵するって噂はあるが……」
「糞野郎」
渋い顔のアルシェから始まり、嫌そうなヘッケランが繋ぎ、殺気に満ちたイミーナで終わった説明。
誰もが負の感情を表す人物にツカサも一応の目線を動かすと偶然にも、ホントにツカサ本人にも意図せずエルヤーと視線が交じり、彼は涼やかな目を細め口元に笑みを浮かべる。
「ヒィッ!?」
涼やかな目に似合う姿をしているはずが、ツカサは全身を蛆虫が這ったような生理的嫌悪感に襲われ、膝に乗せたウレイリカを抱きついてしまう。なお、本人の本来の非力さが現れ、ウレイリカはお姉さまよりふかふかーなどと言う程度に留まり、その言葉に反応してお姉さまはかたーいなどと膝上のクーデリカが体を擦らせるアルシェは地味に流れ弾で《
「対戦相手はっと……」
白けた気分を少しでも好調させようと明るい声でヘッケランが対角からでてきた相手がマシであることを願い視線を向ける。
「知らない顔だな?」
波打った長い白髪を垂らし、遠目にもわかる作りと生地の良い服を身に付けた野性味ある表情の美形な青年。その青年に付き従うそこそこ整った装備のざんばら髪の男。
二人とも手に握るのは鞘にこそ収まっているが南方の武器“刀”だろう。
「へー、装備はかなりいいな」
「そうね、二人とも歩き方もかなり堂に入ってるしかなり強いかも」
多少帝国にも流れてくるが珍しいゆえに割高な刀、仕立ての良さから恐らく金属を編み込んだ綿鎧かマジックアイテムの防具だろうと予想したヘッケランは羽振りの良さへの呟きに、イミーナも同様の感想を抱きながらもレンジャーの目の良さがふたりの振る舞いを正確に読み取って補い応える。
『お待たせしましたー!これより本日の目玉演目、チーム対抗戦の始まりだぁ!ワーカーチーム〈天武〉に挑むは、王国戦士長と御前試合で雌雄を決した強者ブレイン・アングラウスと
「「「ぶふぅ!!!!」」」
「おいおい、ブレイン・アングラウスって言えば超大物じゃねえか、野盗に落ちたって噂だっだけど……騙りか?」
「でも名前負けしない装備の良さよ?……ってどうしたのアルシ━━ひゃぁ!?」
王国戦士長と言えば帝国でも名の通る傑物で、彼の名を広めた御前試合は今でも話題に出る語り草。しかも、その頂上決戦で刃を混じえたというブレインの名は帝国まで届いていた。
弟子が居るとは聞いた事のなかったヘッケランが疑問を口にして、イミーナはヘッケランと同様
「嘘でしょ、あの馬鹿司会ほんとふっざけんな!ひぃやぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい━━(青い顔)」
「あわわわわ(青い顔)」
「………………(青い顔)」
今にも吐きそうな顔で席の上に縮こまるクレマンティーヌ、脂汗を大量に流しながら慌てるツカサ、無言で顔を覆い天を見上げるアルシェ。顔色がほとんど見えない者も居るが、血の気を引かせて首すら死体のように青ざめている。ウレイリカとクーデリカが膝の上から落ちなかったのは幸運だろう。
三者三様ながら、その雰囲気は絶望に染まり、突然の変調にヘッケランとイミーナは顔を見合せ疑問符を浮かべるばかり。
ヘッケランの視界の端に映った闘技場では腹を抱えて笑う白髪の青年とオロオロと困惑する男だった。
━━━━━━
「ひーっひっひっ!そりゃそーだよナ!有名なのはそっちだよネ!」
「し、師匠?え……いや、俺そんなつもりじゃ!?」
ざんばら髪の男は司会が
「あなたがブレインですか……
王国戦士長よりも優れた剣技を自負するエルヤーにとって、ガゼフに負ける程度の実力のブレインなど有名無実の権化でしかない。
しかし、これは良い機会だと内心でほくそ笑むエルヤーの表情が酷く賎しいものだったことには本人は気付かなかった。
「どうにも私の力に疑問視する悲しい愚か者が多いのでね。噂だけなら伝わるあなたを下せば私が王国戦士長を超える剣士だと彼らも理解するでしょう」
「お前が……ガゼフを?」
エルヤーの視界に何とか収まっていたざんばら髪の男が酷く狼狽える。
「お弟子なら師匠の実力はよくご存知でしょう?王国戦士長に負ける程度であれば、このエルヤー・ウズルスにこそ王国戦士長が匹敵するという事実をよく理解しなさい」
これはエルヤーなりの気遣いだ。
ガゼフに匹敵する強さと聞いて驚いたということは、帝国の強者に疎く思わぬ強者に警戒したのだろうことは明白。
何せブレイン程度の相手を師事する憐れな男が蒙昧で無いはずがない。
そんな哀れな道化が目の端に映ったのだから、余興も兼ねて諭してやるのも強者の余裕だろう。
力の高みを目指し坂道を昇ってた途中、ブレインというたまたま坂の続きが見えなかった地点を頂点と勘違いし、その先にあるエルヤー・ウズルスという真の実力者が居る頂きまで見通せずにいる男に━━。
「━━特別に魅せてやりましょう、真の強者の領域というものを」
奇しくもお互い得物が刀という絶対的な比較物があるのだ。その扱いを見れば一目瞭然なのである。
ゆるりと武器を構えたエルヤーが司会を一瞥してから白髪の青年を見据えれば、思わぬ強者に発狂していたのが治まり絶望にだらりと構えすら取らずにいる。
『それでは……始めっ!』
司会も呆然としていることに気が付くも、それ以上進行を遅らせられないため開演の合図を声高に宣言した。
「ではさようならブレイン。……〈縮地〉っ!」
地を滑り上段から袈裟斬りに振り下ろす。
覚えにある中でも最も美しく振るえ、これは絵に残したいという画家もいるだろうと言う感覚に酔うエルヤー。
次の瞬間、なぜか自分は空を見上げていた。
「━━かはっ!」
小さな呆然の後、勢いよく転んだことを理解した身体が遅ればせながらようやく衝撃に感覚が追いつき、肺の空気を体外へ吐き出す。
“わっはっはっは!!”
よろよろと本人の考える速度よりもだいぶ遅く動きだし、それとは反比例に吐き出した息を急速に補給しようと荒い呼吸を繰り返すエルヤーの鈍い耳朶が会場を包む嘲笑の唱和で震える。
何せほとんどの観客からすれば正面から突っ込み勝手に転んだように映ったのだから。実力のある者には、武技を使って一瞬のうちに肉薄したエルヤーを紙一重で避けた青年に息を呑むものがほとんどだったのを察せという方が前後不覚になっているエルヤーに苦だろう。
(笑われている?誰を?誰が?)
「わりィわりィ、脚が長くてヨ。正面から突っ込んでくるもんだから避けたのに引っ掛けちまったんだナ」
声の方向を向けば、間抜けを演じて大股を開いて片足を持ち上げ、足首だけ動かしつま先で円を描く青年。
「━━━━っき、さまァァァァァ!」
その行動の意味を理解し、一足で構えて再び斬り掛かるエルヤー。
切り上げ、薙ぎ、袈裟、何度と切り掛るも紙一重に避けられ続けた。
「〈縮地・改〉!」
本来は前方へと滑るように移動する武技〈縮地〉を改良し、左右や後方へも動けるようになったオリジナル武技を駆使して背中へ回りこんだエルヤーが斬りかかり、振り向いた青年は離れるように大きく跳躍した。
「っ!かかったな、〈空斬〉!」
「━━っ」
間合いから逃げた青年へと飛ぶ斬撃を浴びせ土煙が立つ。
「おいおい、お仲間が居るのに構わず撃ったナ?」
青年のところで途切れているが、空斬による跡の先を辿ればそこには彼の後ろに着いてきていた仲間の集団にぶつかる。
元は長かっただろう耳を半ばで切り落とされた女性たち。彼女らは奴隷として買われたエルフであった。
エルヤー率いる天武はチームとは名ばかりの彼と彼の所有物である奴隷エルフの集団でしかない。
金で買ったエルフたちはレンジャーやドルイドなど何がしかの技能を有し、奴隷の中では比較的高価だが、替えはいくらでもきくとエルヤーは考え、それは事実でもある。
だからこそ道具でしかないものをどう扱おうとエルヤーの
もっともそれを周囲がどう感じ、どう影響し、どう結
「チッ、あれをどう扱おうと私の勝手でしょう」
「師匠!」
「おめぇは手ぇ出すナヨ」
無傷にしか見えない上、自分の言葉を無視して弟子を諌める青年にエルヤーは苛立ちを増長され、━━
「庇いたいと言うなら、そうしていれば良いっ!」
━━あんな“
「〈能力向上〉〈能力超向上〉!死ねぇブレイン・アングラウス!〈空斬〉〈空斬〉〈空斬〉━━〈空斬〉!」
自身の全力を以て振り抜けば一撃目を遥かに超える斬撃の数々。
土煙が舞い、武技の連続使用に場は大盛り上がり。
「ふぅ、やはり大したことないですね」
切り刻まれた瞬間の相手を見れないのが少し心残りながらも達成感に刃を下ろすエルヤー。
「なんだ、もう終わりカ?」
薄れた土煙の中、相も変わらず無傷のまま野性的な笑みを浮かべる青年が現れる。
「なら━━」
派手さは無い。ただ軽く手を払うだけで残っていた土煙が抉り取られ青年の姿を露にした。
「━━こっちの番ダ」
“キンッ━━”
青年が柄に手を添えると鯉口を切る音が観客席の喧騒まで切り裂く。
無音。
観客ですらなぜ無音になったのかわからない一瞬。
相対するエルヤーは嫌な耳鳴りが耳朶を叩くのに動けず呆然としたのも束の間、ずるりと視界が傾く。
“━━ドサッ”
なぜかバランスを崩し、転倒していることにエルヤーは気がついた。
「あ……え……?」
うつ伏せから何故か力の入らない下半身を無視して両腕で起き上がり振り返れば、そこには地面に直立する膝下が見える。
恐る恐る倒れた体を見ると、膝から下が体から無くなっていた。
「ぎゃああああああああああああぁぁぁ!!!!」
脳が理解し、痛みを絶え間なく訴え続けている。
「足がァ!俺の脚ぃ!奴隷共ぉさっさとなおせぇ!」
エルヤーが痛みに悶えているのを無視して青年が振り返れば、何が起きたのか理解できずに呆然とするエルフ奴隷たち。
なんの感情も読み取れない青年の表情を真正面から見て、忘我から帰ったエルフ奴隷たちは自分たちに近づいてくるのに気がつく頃、既に目と鼻の先で、ただただ震えた。
奴隷として売られるまでに心を折られ、種族的特徴の耳も削がれた彼女たちは常に怯えている。
逆らえば暴力、逆らわずとも気分で殴られ犯され踏みにじられ、摩耗した彼女たちでも未だに残り、背筋を支配する悪寒の正体はなんだ?
生を求める本能、空腹と渇きはどれほど惨めになろうと襲われた。暴力に痛もうとも、腫れに火照ろうとも、身体は時に泥水を啜ってでも生を求めて続けている。
━━それが今けたたましく鳴らすのは何故?
分かりきっていた。自分たちの
生に貪欲な体をもってしても、なお相対する恐怖だけで全てを手放したくなるほどの絶対強者に逃走を諦めながらも、微かに残る執着が背筋に集まっている。
「わりぃ、庇い損ねタ」
「……え?」
何を言われたのか理解できなかったエルフ奴隷。身体に刻まれるほどの青アザと暴行の痛みに慣れすぎた体では、文字通りかすり傷程度の小さな傷に気が付けないのだ。
青年が見ただけでもわかる魔力の籠った指輪を指に通しエルフ奴隷たちを指差す。
「《
全身を暖かな魔力に包まれ思わずぴくりと目を瞑ってしまう。
しかし待てども痛みに襲われず、恐る恐る目を開ければ未だ青年は目の前にいたが先まで感じた興味の視線すら無くし再び懐に手をやっていた。
「っ……」
不思議に感じるよりも先、もしかしたら自分以外の誰かが傷つけられたのか?と半ば反射のようにお互いを確認した時、これまで生きてきた中でこれほど驚くことがあるのかというほどの衝撃を覚える。
仲間の耳が長くなっていた。否、心と共に削がれ、時には膿むことさえあった耳が最初からそんな事実なかったかのように治っているのだ。
もしやと恐る恐る自分の耳に触れればそこには確かな存在感を取り戻していた。
神官の心得があるエルフが気付く、自分が知識として知っているどの位階の魔法でも不可能な耳の治癒は高位の魔法によって施されたことに。
レンジャーの心得があるエルフが気付く、サクリという音と共にナイフが三本地に投げ刺されたことに。
ドルイドの心得があるエルフが気付く、青年が好きにしろとばかりに奴への道を譲られたことに。
体の奥の奥、仄暗い色の
無くした心の隙間が酷く粘性の帯びた
手放した感情が燃えるように広がり
誰に言われるまでもなく同時にナイフを拾い上げた。
そこから先を語ることは必要ないだろう。
ただ、何かがひとつ減り、みっつが誰かに寄っただけなのだ。