27 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
バハルス帝国城門は定められた時以外開くことは無く、また強固である。
隣国のリ・エスティーゼ王国に比べ、魔法と魔法詠唱者の地位が遥かに高く、発展した技術の恩恵は城門に施された強度を増す魔法からも読み取れた。
その門を、皇城の門扉の奥へ不審者が侵入しない様に訪れる者の監視と必要であればの捕縛、そして何よりも招かれた方をお通しする開門の合図を許される門番は名誉ある職務である。
魔法の恩恵で堅牢さを損なわず軽量化された全身鎧を身につける二人の門番。
職務中、緊急時以外不動を貫く二人であるが今日は、否、招かれた者の為に開いた門が閉じられ静寂を取り戻した今だけは違ったようである。
「なぁ……」
「……なんだよ」
「凄かったな……」
「……そうだな」
随一に工芸家が三夜は寝ずに仕上げただろう精巧な彫刻の馬鎧を纏った、帝国でも類を見ない屈強な軍馬……を模した金属でできたゴーレム。
石畳を叩く蹄の音からも力強さが感じられ、恐らく本気で暴れられでもすれば全身鎧を纏っていても簡単に吹き飛ばされてしまう。
そんな並の軍馬何頭分になるのか分からない恵体を模したゴーレムが
しかも、牽引された馬車だって負けていない。派手さはないが頑強で嫌味にならない装飾は皇帝専用のものにも負けないものだった。
財の塊とでもいうものをなんでもないように扱う彼らはまさしく
「「あれがシーカー商会」」
今日招かれた賓客の名簿を頭で諳んじたふたりから漏れたのはただただ圧倒的な羨望からの感嘆だった。
━━━━━━
「そうか……闘技場で噂になっていた白髪の方がシーカーだったのか、くくくっ」
時間は遡り、招待状を渡したバジウッドたちからの報告を聞いたジルスニフは珍しいほど野性味を携えた笑いを噛み損ねる。
「まさか当主自らが闘技場に出るだけでなく、ブレインが師事するほどの実力。王国でシーカー商会の名が広まり始めたのも最近か……くくっ」
ここに集う皇帝のお気に入りたちでも初めての、獣が牙を剥く動作のような獰猛な笑みを浮かべたジルクニフは酷く恐ろしく、それ以上に頼りがいがあった。
「随分とご機嫌ですな」
稀代の皇帝、その臣下にしては気安い声掛けに一瞬緊張が走るも、声の主が誰なのかわかった段階で程よい緊張へと変わる。
フールーダ・パラダイン。帝国が誇る大魔法詠唱者にして、英雄の域を超えた“逸脱者”。
ジルクニフが即位する数代前より皇帝に仕え、歴代の彼らへ様々な教育を施してきた生ける伝説。
「これが機嫌良くならないはずも無いだろ、爺?」
いっそ気味が悪いほど上機嫌な彼から一枚の紙がテーブルを滑らせてフールーダへと届く。
「返答の手紙ですな。ほぅ、これは……」
手紙の内容をチラリと確認したあと手に取った瞬間、フールーダの目が細まり鋭い気配を帯びた。
「随分と手触りが良いですな、それもあなたが送った手紙よりも上等」
内容に特筆することはない。文字こそやや不慣れなのか拙さは滲み出ているが、使われている紙の触り心地は抜群だ。
帝国で“紙”として用いられるものには主に二種類ある。
ひとつは羊皮紙と呼ばれる、動物の皮を加工して造られたもの。
主に魔法を込める
もうひとつは『口だけの賢者』と呼ばれた
当時こそ、建材として切り出された木の端材を砕いて押し固めたものだったが、伝わってから百年以上の発展が続き、今では木材から繊維質のみを抽出することで羊皮紙には難しい漂白が可能となった。
これにより布のような手触りと清廉な白さの両立ができ、虫食いなどに気をつけさえすればかなりの耐久年数を誇ると同時に、加工にも時間がかかるため正式な書状など
悲しいことに王国では、帝国に比べ漂白技術が進歩せず、逆に肥沃な大地の恩恵で畜産の傍らに余るほど皮が溢れたため、製紙産業はもっぱら羊皮紙だけになり、畜産の片手間に行う小遣い程度の稼ぎにしかならなかった。
……それでも、少ない働き手を割いて小遣い程度でも収入を増やさなければ立ち行かない村々がいくつもあったのは余談である。
閑話休題
そんな紙の中でも上等なものは端材などではなく、紙に適した木から作り出す。シーカーへと届けられた手紙はその中でもさらに上等な皇帝御用達の特級品。
同じ重さの金とほぼ同価値のもの……を超えるほどのもので返事をしたためる。ともすれば、皇帝を愚弄しているとも取られておかしくない皮肉の籠った返答である。
事実、察しの良い者はなんとも言えない表情を作り、ジルクニフの様子で更に複雑な色が増すばかり。
「ますます気になるな、一体どこからこれほどのモノを手に入れているのか」
一般家庭のおもちゃを買い与えられて喜ぶ子供のようにはしゃぐ彼を優しげに見つめたフールーダは一つ咳払いをして空気を切り換える。
「しかし、これではパーティの内容を変更せざるを得ませんな」
当初の予定では━━一商人との会合では破格の━━“そこそこのもてなし”だったと記憶しているフールーダ。だが、このような
ジルクニフもまた、好敵手の見せた手札に胸の内で対抗心を燃やす。
「すぐに準備を始めるぞ。飛びっきりでもてなさないとな」
そんなふうに思っていた、皇帝様であったが……。
「あっはっは!見たか爺、あの馬車を?金属製のゴーレムがゾロゾロと四頭引きだって?そんなもの我が国どころか、評議国にだってないぞ」
「ええ、恐らくは他ではないものでしょう。見たことのない刻印はなんらかの魔法ですかな。もしやすると魔法隊の《
時は進み、忙しなく、しかして石垣を積むように整えられた━━ただの商人との会合だったはずの席が、戦勝会のようになってしまった━━宴の当日。
約束の時を違わず訪れた馬車の音が開幕の鐘のように窓を叩く。
皇室の窓より顔が見えぬよう見下ろすジルクニフは表面上は和やかに笑って見せているが、その目の獲物を狙う猛禽類のような鋭さが増していることを察している騎士たちに言わせれば過去一生きた心地がしない。
フールーダとて顔に刻まれた皺をさらに深くしながら目だけ爛々と輝かせてゴーレムから魔法の深淵への糸口を掴もうと睨んでいる。
馬を模したゴーレムは黒曜石のような輝きを帯びながらも丁寧に艶消しが施されていて素材自身が光っているよう。金の縁が重厚な黒に映えて荘厳さを際立たせていた。
馬車も同じ。過度な飾りは極力省かれているにも関わらず、要所に施された彫刻は細やか。
見せつけるような主張の強さはない。だからこそ、素材や細工の上等さが際立つ。
「ロウネ、あれをうちが作ろうとしたらどのくらいかかる?」
「無理ですね。十数年かけて作らせたとしても、あれより程度の低いゴーレム一頭で、作った倍以上の年数を経済負担で疲弊させます」
だろうな。そんな言葉を舌で弄んでるのがわかる愉快そうな表情のジルクニフは、目のみを鋭くして集まった帝国の精鋭たちに振り返る。
「さて、諸君。アレが我々がこれから相対する
━━━━━━
謁見のために準備された会場。ここへ列席しているのは四騎士を含め、皇帝直々に選ばれた優秀な能力を持つ精鋭中の精鋭。
フールーダ・パラダインが率いる魔法部隊から数名、帝国の騎士師団の師団長たち、その他重鎮と呼んで差し支えないそうそうたる面子が式典と見まごうばかりの礼装に身を包んでいる。
彼らの中にも一商人との謁見にこれほどの面々を集めた皇帝へ疑問を抱く者もいるが、四騎士がかなりの緊張を孕んでいることを察してほとんどの者は顔に出さない。
「シ、シーカー商会御一行様の入室です」
誰となく、背筋にピンと張るものを感じた。
大きく厳かな扉がその見た目に違わぬ重量に反比例して音小さく動く。
油の利いて滑らかに動くそれは日々管理する使用人の几帳面な仕事ぶりが遺憾無く発揮されている。
「……ほぅ」
騎士たちのエスコートで入ってくる一団の様子に思わず自分しか聞こえない感嘆の息を漏らしたジルクニフ。
そこには美形集団としか言えない美男と年若い少女から女性まで様々な美形を並んでいる。
しかも、全員が白揃えの礼服。遠目でもわかるそれ自体が光を放っているような光沢と一瞬一瞬浄化の魔法がかかっているような清廉な白を基調としたもの。要所要所に施された細やかな飾りが個々人によって違うのがサッと見渡すだけでもわかってしまい、軍服にズラズラと付けるようなものではなく、“着る徽章”とでも言う
オーガに棍棒、リッチに杖。
美形が自身の
それでもなお
事前の調べでは常に
武器の携帯は謁見の間に入る際、当たり前と言えばそうなのだが禁止されていた。しかし、今回は皇帝が自ら彼が押収を固辞した時のみ例外として許可を出している。
それでも、この場で持っていないというのは武器を持つ必要が無いことを……否、
酒を呷った時のように臓腑が熱を持つ。
これほど、相見えることを嬉しく思うのはまるで恋をしているようではないかと急ぎ、自身の頭の中で落ち着かせ━━
「フォオオオオオオ!魔法の深淵よォぉぉおおおお!」
━━ることができなかった。
ダッシュ。
隣で髭を梳いて手遊びしていた
毛の短い質の良いはずの絨毯の上を、興奮で足を絡ませてなお、墓場を飛び出したアンデッドのような姿勢とゴキブリさながらの俊敏さで一団の中へと這い寄っていく。
緊張で研ぎ澄まされた空気が死んだのは言うまでもない。
「深淵をっ、魔法の深っ淵をっ、ええい、邪魔じゃ!儂に、魔法の、享っ、受をっ、深っヹン゛ッッ━━」
幸いなのか不明だが、フールーダが一団の中へ侵入することは無かった。
餌に飛びかかる猛獣のようなフールーダとその標的だろう女性の間へ滑り込むように━━文字通り、床が氷になったのを疑いたくなるような見事なすり足で━━先頭を歩いていた白髪の偉丈夫が阻止した。
偉丈夫から離れれば良いものを、まるで鉄格子の間から鍵を盗もうとする脱獄犯のように、女性へと執拗に手を伸ばす
痺れを切らして偉丈夫へ掴みかかる
《
「━━……バジウット、ニンブル。
「「は、はい……」」
いち早く復帰できたジルクニフは努めて冷静を装い配下へと命令を強く示し、一拍置いて復活した二人が足早にカーペットと一体化しかける
「コホンっ、臣が無礼を働いた。平に謝罪する。失礼を承知で頼むが、もう少し近くへ来てっ、おいっ、待ってくれ!その前に歩く動作で後ろへ下がるのをやめて!」
目で認識していたはずの地獄を掃けて、なんとか場の空気を戻そうとするも礼を取ったまま
「そう、そうだ。臣が無礼を働いた事、重ねて謝ろう。爺……フールーダは
入室直後に比べれば過度に落とされた足の動きでも再び近くに寄ってくれたことを認めて弁を立たせて言い訳を紡ぐ。
皇帝の面前で、お客人を、しかも女性へ、筆頭家臣で重鎮にして最高峰の魔法詠唱者が、襲いかかったなど、醜聞にしても度が過ぎる。
ジルクニフが望む数歩後ろで跪き頭を垂れる集団。数段上に据えられた玉座から眺める彼からしたら
もっともそれ以上に気になる点が生まれてしまった。
跪く集団の先頭、先の時は考える余裕すらなかったがフールーダという逸脱者相手にも怯まず、且つ身咎められない程度の行動で封殺した体捌きは見事なもの。
(
動作も所作も型にはまった実に見事なものだ。手本として講師に見せても良い。
だがそれだけだ。
(こうして顔を見合わせてみれば、納得だ。
一商人に収まる王威では無い、とジルクニフは臓腑の火照る感覚と背筋に冷たい汗が流れる感触を同時に味わう。
まるで
相対するのは帝国の長であり、自身は招かれた客人であるがあくまで一商人。
であるなら、ジルクニフは返礼すべきだ。既にアクシデントで緩んだ空気は引き締まり、対応するに相応しいものになっている。
「良く来てくれたシーカー商会。改めて名乗ろう、私が〈ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス〉。私の帝国へとようこそ。名を教えてもらっても良いか?」
今週中に何とか.5話を投稿します。
最近忙しすぎてようやく四期アニメ見終わりました。相変わらずの神作品で嬉しい悲鳴をあげつつ、「あ、この世界やっぱ羊皮紙しか紙ないわ」と気付き汚い悲鳴をあげたおっさんの夜。