EX2 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
イビルアイは めのまえが まっくらに なった!
「オーガミ……うそ……、だよな?」
時は朝まで遡る。
【イビルアイの長い一日】
王国で三組しかいない最上位冒険者チームのひとつ〈蒼の薔薇〉リーダー、ラキュースは最近増えた日課に辟易していた。
「うぇへへ、うへぇへへへ」
なにせ二百五十歳児の阿呆が上質な革張りの小箱を開けたり閉めたりしてひたすらニヤつくのを眺めさせられるのである。
「イビルアイ!気が抜けすぎよ!」
さすがに分別があるのか、幸い任務中や野営中などはそういった無様を晒していない。
それはそれとしていい加減
「でぇ!?そ、そんなことないぞ……?」
「そんなことあるからこうして怒ってるんでしょ!?」
「鬼リーダー激おこ」
「これはしかたない」
思い当たる節のありすぎるイビルアイは苦しいのを承知でとぼけるがラキュースの怒りに燃える窯へ油を注ぐだけであり、傍で両者を煽るようにコメントを加えるティナとティアは日常となってしまった珍事を見守る。
「わっかんねぇなぁ」
同じようにその光景を眺めるガガーランもテーブルに肘を置いて腕枕で退屈そうに眺めるばかり。
「ううぅ……」
呆れ返った仲間の反応に何も言い返せないイビルアイはただただ俯く。
「あなたには今日、エ・ランテルまで色々調達してほしいものがあるって話してたでしょ」
「う、わ、わかっている。きちんと準備は済ませてあるから心配するな」
「ならとっとと行ってきなさい!」
確かに装備も調えてあったが、その状態でウヘウヘ言い続けてるのを見続けるほど変わった趣味は彼女たちにないのである。
扉の外へ蹴出されたイビルアイは最後に箱の中を眺めてから、最近買った包んだ物を保護する魔法のこもった布で厳重に包み懐へ仕舞う頃には、全ての冒険者の憧れアダマンタイト級冒険者に恥じない顔付き(仮面で見えない)へ変わり、肩で風を切るように歩き出した。
━━━━━━
転移の魔法まで修めるイビルアイだが、緊急事態でもないのに街中で使うわけにもいかず街の近くまで転移し、買い物の内容を反芻しながらエ・ランテルの門を潜る。
出かけが遅かったため街に入る列がそれなりにできてしまっていたので、用事が終わる頃には昼を過ぎてしまった。
飲食を不要とする吸血鬼のイビルアイは小腹が空く感覚などとうに忘れている。それでもたまたま歩いた先は食べ物の露天がある通りだったためか、何気なしに眺めてしまう。
それが悲劇の始まりだった。
「えっ……?」
まばらながらに未だ賑わう人の隙間から見えたこの辺りでは珍しい黒い頭髪。
思わず全身を注視すれば後ろ姿だけでも分かる仕立ての良い南方の服に似た物。
たとえ最後に見たのが数ヶ月前であっても目の裏に思い描ける頼りがいのある愛しの━━。
「━━オーガミ……うそ……、だよな?」
なんで私以外と仲睦まじく腕を組んでるんだ?
そこからイビルアイの行動は早い。
小柄な体躯を活かし露店や道行く人の陰から陰へ素早く潜り込み耳をそばだてる。
「━━での訓練お疲れ様。っと言ってもこれもその一環なんだが
「ぁ……、りがとう、ございます……」
「まぁ、いきなりは慣れんヨね」
「それでも、……オーガミ様の、そばに居たい……です……」
「…………安心シろ。こうやって出かけルことは多いだろうが、危険になんか遭わせんヨ。きっちり守ってやる」
「はい…………」
ギリリッ
「なんだオーガミその優しげな表情は。やめろやめろやめてやめてやめてください。なんで私に逢いに来てくれないんだ?なんで私はそこに居ないんだ?言ってくれれば時間だっていくらでも作ったのに。なんで、なんで、そんな、どうして、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
“おい、衛兵に通報した方がいいんじゃないか?”“やめとけ、関わるな”“どう見ても痴情のもつれやね”
心に
格好こそそこらの貴族に仕える侍女に似ているが随分と仕立ての良いもので、オーガミたちのところで用意されたことは簡単に察せられる。
身綺麗さだけでなく、歩様や視線の移し方から保護された後市井に安納と暮らすのではなく何かしらの訓練を積んだことも読み取れた。
ただ、オーガミの様子をまるで生娘の様に頬を染めたり、彼に見惚れて動きが乱れることから、まだまだ付け焼き刃でしかない技術しか持たないのに、腕組みで心を浮き足立たせているのがイビルアイには手に取るように分かる。
私だってそうなるだろう。
つまり、あんにゃろうは商会の庇護下で侍女の訓練を受けつつ、その隙間時間でオーガミとイチャコラしているのだ。
それも既に複数回。
なのにこれからも、
度々、機会が訪れる。
その度にオーガミにあんなことやこんなことをしてもらうのだろう。
(…………)
どす黒い泥が湧き水のように溢れ、心の空いた隙間を満たしていく。
ああ、そうかこれが━━
「おや、もしかしてイビルアイさんですか?」
「っ!?」
咄嗟に距離を取りながら構えたイビルアイ。
「……?どうなされました?」
「モ、モモン殿か」
目深に被ったローブの位置を直す彼の顔には覚えがある。
首にかかった自分と同じ素材のプレートが何よりもイビルアイ自身の立場を思い出させた。
「ええ、お久しぶりですイビルアイさん」
「あぁ、久しぶりだな」
今すぐにでも追いかけたい衝動が体を駆け巡るが、アダマンタイト級冒険者としての矜恃が動きを抑えてくれる。
「エ・ランテルまでいらしてたんですね」
「あぁ、少し買い物にな。やはり物の流通ならエ・ランテルが一番だ」
王都は悪魔襲撃以来、かなりの人たちが離れてしまった。
戦いによって王国の騎士にも冒険者にも少なくない死傷者が出ている。
王都全体を巻き込む大騒動で王国や王都そのものに不信感を抱き、より安全な場所を求め離れていくのはわからなくもない。
加えてシーカー商会が流すだけ流した良い品はある意味市場を破壊してしまい、あのレベルの貴重品を求めるとなると王都では滅多に拝めず、拝めてもアダマンタイト級冒険者であっても些か躊躇する値段になっている。
直接関係のない物、特に食料品ですら、悪魔の再襲撃を勝手に恐れた貴族たちによって買い叩かれ、巡り回って緩やかな物価高騰を招いているのに気付いているのは黄金の名で敬われる化け物(某国皇帝談)くらいだろう。
閑話休題。
「……?なにやら慌てた様子ですが、どうかなさいました?」
「え、あ、その……あっ、そそう言えばモモン殿は最近オーガミに会ったか?」
「オーガ?あ、エんッッ、か、彼とですか。そ、そういえば彼かは分かりませんが、風の噂で帝国の方にシーカー商会の人が現れたとか」
一度疑問符を浮かべたようなしぐさから噎せたモモンはそんな情報をイビルアイへ齎してくれた。
「帝国か!なるほど、彼はあちらに居たのか!なら私が見たのは見間違いだな!ありがとう、モモンどのー!」
「あ、いえ、彼だとは分からな……行ってしまったか」
「どうしますか、モモンさん?」
「マイコ、……まぁ、あの人なら何とかなるだろ━━何とかなるでしょう」
アダマンタイト級冒険者チームの〈漆黒〉と呼び慕われる彼ら。
驚くべき速度で依頼を片付け、かつ達成率100%の凄腕集団(総勢二名)。今日もトブの大森林に生えるという伝説の薬草の採集依頼を、既に持っていたので即納品して冒険者組合と魔術師組合の上層部とついでに市長の頭を抱えさせる事に成功し、報酬は後日と言われた帰りの出来事であった。
━━━━━━
イビルアイは激怒した。必ずかの淫痴棒虐の助平を処さねばならぬと嫉妬心を燃やす。
イビルアイに恋愛は分からぬ。ひょんなことから異形へと成り、ひたすらに生きるための活動をしてきた。
「な、ん……で……」
異形の身体能力すらフル活用し、一時目を離した南方服の野郎に一言申してやろうと探せば発見できた。
別の女を添えて……。
「悪いなツカサ、わざわざエ・ランテルまで」
「いいえ!えんっ、━━オ、オーガミ様のお役に立てるなら……」
「と言っても本当に今日は仕事関係じゃないから」
「確か……本をご所望なんですよね?」
「ああ、前に薦めてくれた本は一通り読んだからな。せっかくだから新しい本でもとな」
「わぁ、良かったです!どれか気に入ったものはありましたか?」
「そうだなぁ……あれだ、継承権は低いのに頭が良すぎるからお先のない未来を憂いて危うく国を滅ぼすか考えてたんた姫様が、自分を慕ってくれる傍付きの騎士の未来のために腐敗貴族をバッタバッタと切り捨てていく、あれ」
「ええ!?い、意外と過激なものが好みなんですね」
「いやぁ、ご都合主義レベルで腐敗した貴族を文字通り撫で切りしていく展開もいいんだが、何も知らずに慕う騎士の純真さが当時のオレを思いだ……いや、途中から
「ああ!確かにあの描写はいいですよね!少し過激な描写もテンポ感でサラッと読めてしまいます!」
「そうそう、特に弱小貴族の三男坊が隣国の通商を山賊まがいに略奪してからの転落ぶりは予想できてたのに、読み終わってみれば心に残ったのは清涼感というか、部屋の掃除が終わった時の爽快感に近い、読後感のいい話だった」
「短編集のひとつですね!それなら同じ作者の短編集なら気にいるかもしれません!」
「ならそれを探しつつ物色するか」
「はいっ、っとわわっ!?」ギュッ
「……おっと、気をつけろヨ?」
「ひゃわっ、あああありがとうごじゃいまひゅ……」
「あばっあばばばっあばばばば、そそそそんなことなななないいいいい!オーガミがあんな駄肉にくっつかれて鼻の下を伸ばすなんてててててててて、おきょきょきょきょきょ!」
“なんだコイツ仮面の上でも白目剥いてヨダレ撒き散らしてるのわかるくらいやべーぞ”“そこまで分かってるなら相手してやれば?”“やだよ、それにさっき歩いてたカップルの男。黒髪短髪だったけど……”“止めましょう。なんだか嫌な予感がします”
イビルアイは否定した。
それはもう自身の白々しさすら認識できないほど必死で否定を繰り返す。
だが、残念ながらイビルアイは確かに見たのだ。確かに見てしまったのだ。
女がオーガミの胸元へ収まるようにバランスを崩し寄りかかると、ここ最近女性らしさの研究に余念のないイビルアイをして「うおっすっげぇ」という感想を覚える肉感の強い肢体を感じて、オーガミの顔が“うおっすっげぇ”と表情をだらしなく崩れた瞬間を。
女がオーガミの顔を見た時には紳士然とした表情で優しく支えていたがイビルアイの目は確かに捉えてしまったのである。
イビルアイが心の平静を取り戻す頃にはオーガミたちはどこにもいなかった。
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「オーガミ…………」
あてもなくエ・ランテルの街を歩くイビルアイ。
外にいる時は決して取り出すまいと誓っていた包みを解く。
小箱に納まっている青い薔薇が彫られた髪留めは薄く、冒険者プレートと比べても遜色ない。
だというのに、彫刻には傷がつかないよう膜のよう薄く加工された曇りなき硝子の板がはめ込まれて、つるりとした表面をしている。
手に持って指に当たる裏面の金具は見なければ分からないほど手触りよく。だというのに、バネが仕掛けており髪を挟み込み飾る装飾品だと察せられた。
金属でできているのを疑うほど軽いが、確かな存在感を放っている。
これ程、細やかな細工を生涯見たことはなかった。
これ程、薄い硝子に触れたことはなかった。
これ程、着飾りたいと唆される装飾品は出会ったことはなかった。
これ程、誰かを思い焦がれる情動を抱くことはなかった。
━━ああ認めよう。私、イビルアイ……いや、キーノ・ファスリス・インベルンは恋をしている。
わかっていた。
だが、全てが遅すぎた。
気付くのも、行動をするのも、すべて、すべて。
「待てよ……?」
だが、いやさ、本当に遅すぎたのだろうか?
それ以前にこのような贈り物をされたのだから、実は両思いだったのでは?
「あれ、イビルアイさんですか?」
微かな希望を胸に、この聞けば
「っ!!オーガ━━、うわぁああ!?!?なんでだぁああああああ!」
━━オーガミが金床のようなウスイ胸族の少女と双子を挟み手を握り合い、
「あれ、なに?」
「「だれー?」」
「いや、オレにもわからン」
「イビルアイ!遅かったじゃない!」
「なんだぁ、ついにおチビさんも男を食うことでも覚えたか?」
「ない」
「ないない」
「…………」
「イ、イビルアイ?」
「おい、どうした?マジでなんかあったか?」
「……も…………た」
「え?」
「ワンモア」
「さすがに聞きとれない」
「なにも……!!!な゙かった……!!!」
━━イビルアイ、失恋!!!(ドンッ)
実はエピローグでイビルアイ(と蒼の薔薇)が登場していないんですよね。
これが伏線回収(暴論)