07 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記
準備は滞りなく進んでいる、一部を除いて。
「んじゃ、オレはモモンガさんが救ったっていう村に行ってきまス」
「はい、行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけてくださいね」
本格的な活動をする前に外を見たいと言った炎ぺらーはモモンガに挨拶して指輪で地表部までたどり着き、〈
転移先はモモンガが救ったリ・エスティーゼ王国所属、カルネ村。
とは言っても村の中に転移するわけにはいかず、トブの大森林と呼ばれる森━━位置としてはモモンガがカルネ村住人であるエンリ・エモットと妹のネムを救った場所━━へと転移した。
「ほへー、ホントに森だワ」
転移した直後、目の前に広がる圧倒的な緑の量にキョロキョロと周りを見渡す炎ぺらー。
ほんほん、これが青臭い匂いってやつか、などと呟きながら遠目に見える草原へと目指す。
「……こりゃ、圧巻」
森を抜けた先、集落を見つけて目の前に広がる光景に足が止まる。
風に合わせて揺れる穂の垂れ始めた穀類の畑と伸び放題で背の高い芝生は自然が作り出した陸の海原。
惜しむべきはリアルで環境が死滅した故に映像か記録でしか知らない炎ぺらーは見蕩れるほどの美しさを表現する言葉を持たないことだろう。
「……さて行くか、“ナーベ”」
「かしこまりました━━ぞ、え━━“レイ”さ━━ん」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぐナーベこと“ナーベラル・ガンマ”に、黒髪黒目の青年〈レイ〉へ扮する炎ぺらーは苦笑した。
ナザリックでは珍しい人間と区別が付きずらい姿を“ドッペルゲンガー”の能力で保つナーベラルは別として炎ぺらーが人間の姿をできるのは訳がある。
彼は元人間種から特殊な条件で異形種に転職し、その際に備わったスキルで当時の人間的な外見に変化できるのだ。
もちろん全くのペナルティがない訳ではない。異形種の運命か強力な人間種限定の一部職業は修得できず持っていても失われる。また、人間の姿では一部能力に制限がかかるため、戦闘系特化型ロマンビルドの炎ぺらーも不便を強いられるが、それでも対処できると判断したモモンガの許可があり外出が決行された。
ナーベラルは護衛も兼ねているがカバーとしては炎ぺらーが扮装した『アインズの友人“レイ”』と行動を共にする『補佐役“ナーベ”』を名目上担っている。
ふたりとも本来の装備とは全く異なるものを身につけている。
炎ぺらーはカーキ色の将校服然としたシャツとズボン。ネオナチ親衛隊の制服よりも前に存在したという反体制組織、ニューニッポ特攻隊の将校服に酷似している。
村の技術レベルを考え、やや都会的な野良着を炎ぺらーは想定しているため、小ぶりなポーチと聖遺物級の軍刀を佩いた程度だ。
ナーベラルは簡易的なズボンを穿き、貫頭衣に近い構造の麻色のワンピースドレスを腰紐で軽く締めた上から厚手の臙脂色のベストを羽織っている。
炎ぺらー曰く、野良仕事もこなせるオシャレ着を意識したとのこと。
なおこれらの服装は事前に炎ぺらーとモモンガがカルネ村村民の衣服の様子を〈遠隔視の鏡〉で観察しながら炎ぺらーがパタンナーとして引いた図面を元にナザリックの服飾勢が仕立てたもの。
一応、
この際に魔法で作られた素材を見た炎ぺらーは迷わず「目が細すぎる。もっと荒くして」と何度も注文したことで「至高の御方にそのような粗末なものを!」と主張したシモべと対立。終いには自身で針まで持ち出したため見限られたと感じたシモベが一斉にお通夜モードに突入して危うくナザリックが崩壊しかけたのは余談。
モモンガとしては炎ぺらーのリアル技能と思わしき服装技術に度肝を抜かれる。こいつアホだけど万能すぎる、と感じつつもリアル技能の可能性を見いだすきっかけとなったのはさらに余談。
「これでアルベドのウエディングドレスも仕立てられまスぜ?」と宣ったことでアルベドが炎ぺらーやシモべの目の前でモモンガと初夜をおっぱじめようと暴走し、四十八時間の謹慎処分を受けているのはまだ記憶に新しい。
閑話休題。
「そんなに難しいか?」
「あぅ、いえ、その……」
「申し訳ありません……」
「あー、まー、しゃーないヨ。誰にだって苦手はあるし」
肩を軽く叩きつつ
近付けば近付くほど村の様子がより細かくわかるようになる。
村を囲むように作られた急造の柵は〈遠隔視の鏡〉で見た時よりも建造が進み門周辺はほぼ完成してるように窺える。
村を遠目に見ながら草原を歩きエ・ランテルへと続く街道に出たところで周りの目がないことを確認して、炎ぺらーはアイテムを取り出した。
〈
手早く大量の荷物を車に乗せて颯爽と御者台に登り手網を握れば感覚的に操れることを感じ取った炎ぺらーはナーベラルへ乗るように促す。
あまりにもテキパキとした動きにナーベラルは慌てて代わることを提案するが、やんわり
荷馬車が出せるだろう速度を大きく落とし歩くような速度で出発するも、元々目と鼻の先であったため時間をかけずに村へとたどり着く。
炎ぺらーの変わった人間の姿、レイはマジックアイテムの効果で異形の姿よりもかなり長身だが、周りの麦と思われる畑は背が高く畑の向こう側を視認しずらくなっている。
おそらく異形の姿では屈まなくても隠れてしまえることを察する。つまり、人間の大人よりも矮躯であれば容易に隠れてしまえるだろうと。
「出てきてもらって構いませんよ。こちらに攻撃の意思はありません」
麦畑が不自然にざわつき一斉に立ち上がり弓を構える。
矮躯ながらに盛り上がった筋肉は力強さを見せるゴブリンらしき屈強な戦士たちの3分の2は炎ぺらーへと狙いを定め、残りがナーベを標的とする。
ナーベはとっさに御方の壁となるべく動こうとするのを炎ぺらーの制止に止まり浮き足立つ。
「おっと、妙な真似はよしてくれよ。特にお兄さんからはやべー気配がする」
集団のリーダーと思われる一体が油断なく弓をつがえて炎ぺらーから目を逸らさない。
その様子を観察しながらも、一息もかからず
「私たちはアインズ・ウール・ゴウン様に言伝とこの支援物資を預かりやってきた者です」
カルネ村の住民なら反応を見せるはずの
さてどうするかと思考の海に半身が浸かりかけたところで、門の内側から聞こえる足音をいち早く捉える。その鋭い感覚が荷車の後ろにいるナーベの歯ぎしりもとらえた気がしたが努めて無視した。
「ジュゲムさーん!」
門の開く直前、警戒する数体のゴブリンが門前へと移動する。
開いた中から顔を出したのは女性と言うにはやや早い女の子で格好からも村娘のひとりだろうが、ゴブリンたちの行動から彼女が彼らの中でも上位の護衛対象と察した。
完全に門から体を出した彼女はゴブリンにがっちり守られて、何かあればすぐにでも中へと逃げれるよう門は半開きになっている。
「初めましてお嬢さん。私はレイ・オーガミ、アインズ・ウール・ゴウンさんから皆様への支援物資を運んできた者です。入村の許可を頂きたいのですが?」
村娘は酷く驚いて武器を下げるよう指示し渋々ながら従うゴブリンたち。
顔面蒼白させて何度も頭を下げるのをやんわりと宥めて村の中へと進む。
虐殺の跡が色濃く残る手付かずの家屋の間を抜けて広場に着いてからも、家屋の影から顔を覗かせる村人が様子を窺いゴーレムの荷馬車に驚いた顔をして、炎ぺらーが笑顔で手を振れば慌てて引っ込んでいく村人たち。
「うじ虫が……」
「ナーベ、そう汚い言葉を使わない」
「申し訳ありません」
「良いの良いの、彼らの行動は理にかなってる。アインズさん本人ならまだしも言伝を預かったって言ってるだけの人物を村に迎え入れても警戒するくらいじゃないと」
むしろ、村に入れることすらかなり甘いのでは、と過ぎるがその通りに行くと最悪村に入る前に死人が出るか入ることも叶わないので
そう話しているうちに走ってくる年配の男性が一人。
「大変お待たせしました!」
額の汗を拭い頭を下げた村長ににこやかに対応する炎ぺらー。
「こちらが支援物資で、読み上げますので一緒にご確認お願いします」
村長は頷き、村の共同倉庫へ炎ぺらーたちを案内しながら女手をかき集める。モモンガに聞いた通り村の男手は先日の襲撃で多く亡くなったのだろう、と炎ぺらーは考えとは別に口を動かし帳簿を淀みなく読み上げながら手早く下ろしていく。
駆り出された女手の中に先ほどゴブリンたちに指示していた女の子も居て、他の同年よりも積極的に動いているように見える。
「こ、このような高価なもの頂けません!」
順調に薪や保存食、布類などを倉庫へと運び込みが進む中、ある一品に関して村長は大声を上げて物品の受け取りを固辞した。
「問題ありません。アインズさんからの心ばかりの品でございます」
炎ぺらーはにこやかな表情で手に持った〈
『モモンガさん、〈無限の水差し〉持ってっていいヨね?』
『え、良いですけど。なんでまたそんなものを?』
『この辺じゃそこそこ貴重なモンになるんでショ。ならこれ渡してこっちも支援に本気ですよーってアピールでスよ』
『うーん、そこまでするとさすがに疑われないですかね?』
『疑われても最悪その村と建設始めたフェイク・ナザリック切り捨てればオッケーでショ。それに水差しがどのくらいの容量なのか調べる良い機会だと思いまスよ』
『うーん、そうですね。ストックはありますし一個くらいは……』
モモンガとのやり取りを思い出すもナーベラルが歯ぎしりし始めたので慌てて意識を戻す。
「アインズさんは此度の事で心を砕かれております。ご自分が訪れるのが半刻でも早ければもっと少ない被害で済まれたのではと……」
炎ぺらーはレイとして目を伏せて悲痛に歪む表情を作ると、村長や話を聞いていた周りの人も心を揺さぶられ、自分たちを救った方の慈悲深い御心に強い感謝の念を抱いた。
最初こそ固辞したものの同情であろうとこれほどの厚意を無駄にできるほど村人たちの生活は裕福ではないことも合わさり、村長は代表として取扱いに細心の注意を払うと敬意で返した。
荷を全て収め終えた村長たちは何度も頭を下げては感謝し、それをやんわりと抑える炎ぺらーも久しぶりに人との会話に程よい疲労を感じるが本題は別と頭を切り替える。
「村長さん、良ければ村を見学させていただいても?」
「それは構いませんが……」
「私の方で気付くことがあればアインズさんにお願いしてみますので」
炎ぺらーの言葉に村長は再び頭を下げて、是非と付けてくれた案内役は先程ゴブリンたちを率いた少女“エンリ・エモット”だった。
━━━━━━
「よろしくお願いしますエンリさん」
「は、はひっ!」
エ・ランテルのような大都市で働いているだろう身なりの整った青年。
近い年齢ながらも年上の美丈夫である目の前の男性に笑顔を向けられたエンリは頬を染め、緊張で固くなりながらも案内を始める。
なお、ついて行こうとしたナーベは待機を命じられてしょんぼりした。
井戸や使われていない家屋の区画、柵内の畑など一刻もあれば案内が終わってしまう村をレイの質問に答えながら回る。
緊張ゆえかあの家の誰々は最近腰の痛みが酷くて時々呻き声が聞こえるなど、後で思い出すとなぜあんなことまで説明したのかと羞恥するだろうエンリ。それでもどのような内容も腰の低い丁寧な態度で聞くレイのおかげか気まずい雰囲気を一切ない。
彼らが丁度、エンリの家に近づく頃、小さな影たちが寄ってきた。
「おねーちゃーん!」
「ネム!」
その中で一番先頭の影がエンリに抱きつき、他の影は二人を囲むように動く。
「こんにちわー!」
「おにいちゃんだぁれ?」
「エンリねーちゃんのケッコンアイテ?」
ネムと呼ばれた少女と変わらない年頃の子供たちが珍しげに炎ぺらーを観察する。
「こ、こら!レイさんはアインズ様から色々荷物を持ってきてくれた方なんだから!」
エンリは子供たちの発言に頬を染め、しどろもどろになりながらも注意をする。
「名乗るのが遅れたね、私はレイ。アインズさんのお友達だ。エンリさんとは“まだ”そういう関係じゃないよ」
気を悪くした様子もなく含みのある言葉を発してエンリを真っ赤にするも素知らぬフリで無視し、膝を折って子供たちと目線を合わせるレイはポーチを漁り両端でこよられた小さな袋をたくさん取り出す。
「お近付きの印にこれをどうぞ。飴というお菓子が入ってるよ」
固いから噛まずに舐めるんだよ、とふたつずつ手渡すレイにお礼もそこそこに早速袋を開け食べ始める子供たち。
「あまーい!」
「美味しい!」
「ありがとう、レイ兄ちゃん!」
口々に感想とお礼を述べて駆けて行く子供たちを穏やかな表情で見送るレイ。
「ありがとうございますレイさん」
「いえいえ、このような状況です。子供たちの明るさは何よりも助けになるでしょう。エンリさんもどうぞ、話し続けて疲れたでしょう?」
三つの袋をエンリに手渡し、茶目っ気のあるウインクをするレイ。その顔に書いてある内緒の文字を読み取ったエンリは苦笑しながら早速ひとつ袋を開ける。
赤い宝石のような中身は小さいながらにエ・ランテルで微かに嗅いだことのある果物を凝縮したような香りを放ち、それだけで生唾を飲んでしまいそうなのを乙女の気合で抑えて口に放り込む。
口に入れた感覚から石のように固いことが分かりレイの説明通り舐めてみる。
途端、舌の上に甘く煮つけた果実の濃い味が広がり、それだけでも目尻が下がる。
「あまーい……」
村では手に入らない上質な砂糖と果実の風味が口いっぱいに溢れて思わず頬に手を当ててしまう。
アメと呼ばれたお菓子に舌鼓を打っていたエンリは誰の前でだらしない顔を晒していたのかに気付き頬を染める。なにせ目の前の人物に苦笑されてるのだ。
「それは良かったです……おや?」
どこからかの視線に反応したレイは家屋の影から顔を覗かせる一人の少女と目が合う。
少女はレイと目が合ったことに驚き一度影に引っ込むがもう一度顔を出した状態で見続けた。
ナーベが居れば子供であろうと不敬だと不快感を露わにすることが簡単に予想できたため自分の差配に内心でガッツポーズを取る炎ぺらー。
「あの子は……プリュムちゃん?」
「プリム?」
「え?」
「いや、なんでもない
レイは頭を振って蘇りかけた仲間の顔を霧散させる。
「村で木こりを生業にしてた家の女の子です」
うちの村でも大家族の子ですよ、というエンリの言葉聞きながら再びしゃがみこみ遠くながらに目線を合わせるレイ。
プリュムと呼ばれた少女は恐る恐ると言った感じに影から出てきてレイの傍に寄ってくる。
「こんにちわ、お嬢さん。私の名前はレイと言います」
「ぷ、プリュムです……」
「プリュムちゃんかいい名前だね」
柔和な笑みを作り、プリュムにも飴玉をふたつ渡すレイ。
「お兄ちゃんアインズさまのお友だち?」
「うん、そうだよ。とっても仲良しなんだ」
不安そうな顔を俯かせ上目遣いに聞いてくるプリュムに内心で警戒を一段階上げるレイ。
「お願いします、お姉ちゃんを助けてください!」