【完結】炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記   作:目此

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R15タグを付けてますが、今回かなり過激なシーンがあるのでご注意を……。


08

08 炎ぺらーと行くナザリックの侵略日記

 

「お願いします、お姉ちゃんを助けてください!」

 プリュムが不安いっぱいの表情のまま、頭を下げると首元の紐に吊るされた木片がふわりと姿を見せては引っ込んでいく。

「プリュムちゃん!?」

 まさかの言葉に酷く狼狽えるエンリを宥めた炎ぺらーはプリュムと目を合わせる。

「事情を教えてくれないかな?」

 プリュムに拙いながらも説明されたことを炎ぺらーは頭で整理し、顎に手を当てて悩み出す。

(木こりを生業にする彼女の家は騎士による虐殺で両親と長男を亡くした。長女である彼女の姉が仕事を引き継いだが、家にある斧はかなり重いせいで思うように使えない。新しく斧を買うお金もなく、そのせいで仕事が滞り、今は周りの人の助けで何とかやりくりしている状態と……)

 一言で言えば詰みであると結論付けた。

 今は朽木の木片や落ちている枝を集めてやりくりすることで糊口をしのいでいるらしいが限度はあり、仕事をするには能力が足りず、このままでは先細りになるのは誰の目にも明らかだ。

 木こりを生業とするなら畑も持たず、仮に新しく畑を耕すにしても人手も知識も無いためリスクが高すぎる。

 加えて彼女たちは小さな集落には珍しい大家族で幼い兄弟も多く、村全体でも人手不足が深刻で他所に引き取ってもらう余裕もない。このままでは家計が成り立たず町に出て身売りをしなければならないほど。

 姉が必死に家計をやりくりしているのが幼いプリュムも分かるからこそ、自分なりに考えた結果が村の救世主たるアインズを頼ることなのだろう。

 今の状況では手を伸ばそうとした側も共倒れするのは予想でき、エンリの隠した苦い顔は助けたい気持ちはあれども、どこから諦めにも似た感情を炎ぺらーは察して熟考する。

 いくつか案を考えるがどれも村の現状を考えれば現実的とは言え無いため切り捨てる。特にアインズの名前で彼女たちを名指しで支援するのは村内での不和をもたらすと考えられた。

 既にエンリという例外もいるがその支援であるゴブリンたちは彼女の指示で村全体に協力し、明日には村の中で弓の指導をするとのこと。こういったエンリ自身の立ち回りでそれほど贔屓されたという感情は無い。

 ただ、炎ぺらーの聞く限りではエンリは彼らに名前をつけたが、それを呼び分ける村人は未だいないとのこと。

 加えて言えば種族の壁は分厚く、炎ぺらーにも彼らは装備以外見分けがつかない。

 炎ぺらーは召喚主と召喚モンスター故の繋がりから無意識に感じ取ったものだと予想を立てて思考を打ち切る。

 話は逸れたがエンリという個人支援を受けた者は立ち回りの結果、村八分になることも無く済んで、件に関しては問題ないと結論付けた。

(木こりは専門職なのか……まぁ薪は必要だろうし、ある程度役割分担も納得できる。とは言っても周りのフォローや村内での役割分担を変更しても限界はある。人手不足は村全体に言えるから無視して、それ以外の原因は斧を扱えないこと。話で聞く限り、知識などは一通り持っているから、そこさえ補えればなんとか……ん?)

 ノイズのように脳裏を掠めた知識を手繰り寄せる。

(なぜ扱えない?プリュムの話では重すぎて……。もう少しゲーム的にいえば装備に対して筋力の基礎値不足。どの程度の重さの斧を使っていたのかわからんが“アレ”ならもしかしたら)

 手はある、だが手を掴ませる方法がない。先も言った通りただ与えては村の不和に繋がる。

 であれば、あとは方法をでっちあげるだけ。幸いきっかけは既に見た。

「……ふむ、なるほど」

 今まで温和な対応を返していた炎ぺらーが演技を忘れ平坦なつぶやきを零し、エンリは少し驚き、プリュムは言葉に潜んだ冷たさを感じ取り、滲ませた涙を目じりに貯める。

「あぁ、安心してください。村の援助はアインズさんからも預かっていることです。ただ、直接本人に聞きたいことができましたので……」

「レイさん……」

 内心で慌てながらもおくびにも出さずに笑顔の仮面をかぶり直す炎ぺらー。

 彼なりに深く考えをめぐらせていただけなのに少しでも疑った自分にエンリは恥じた。

「レイお兄ちゃん、お姉ちゃんを……助けてくれるの?」

「ええ、安心してお任せ下さい。そのためにお姉さんとお話しさせてもらってもいいですか?」

「……っ!うん!!行こうお兄ちゃん!」

 今日会ってから初めて見せる笑顔に二人の表情も緩む。そして、小さな手が炎ぺらーの手を握り引っ張っていく。

 その姿にエンリと炎ぺらーはお互い苦笑いで返し合い、プリュムに引かれるままついて行った。

(あ^~ょぅι゛ょのお手々あったかくて、心がぴょんぴょんするんじゃあ^~)

 炎ぺらーは変態か?……変態だった。

 ふたりがプリュムに引っ張られ村の中で一番森に近い位置にある家屋を目指していると、硬い物で地面を削るような音が響いてくる。

 少し遠くを窺えば小さな少女が大振りな片刃の斧を引き摺って運んでいる。

「お姉ちゃん!」

 手を離して姉と呼んだ少女へ駆け寄るプリュムに、二人も顔を見合わせてからやや早足で駆けて行く。

「プリュム、どうしたの?」

 額に汗を流し、お姉ちゃん忙しいし、危ないから下がっててとプリュムを引き離す少女。引き摺った跡から家の裏手からここまで引き摺ってきたのだろう。

「はじめましてプリュムちゃんのお姉さん。私はレイと申します」

「ふぇ?は、初めまして!それにエンリも……」

 このままでは話が進まないだろうと炎ぺらーは声をかけて、それに気づいた少女は慌てて頭を下げる。

 周りが見えなくなるほど追い詰められ始めている様子に炎ぺらーは思った以上の切迫した困窮具合であることを察した。

「お時間を頂いても?」

「え、あ、はい!大丈夫ですけど……」

 溌剌とした返事の割に歯切れの悪い言葉尻で視線が斧へと移る。家の前から運んだそれをどうするか迷っているのだろう。

「あちらへ運べばよろしいですか?」

 人間に化けていても純後衛異形種(モモンガ)より高い筋力からすればフォークと変わらず片手で持ち上げる炎ぺらー。

 斧をまるで小枝でも振るように持つ光景は少女からすればあまりにあんまりな━━自身は持ち上げることもできずここまで引き摺り、短時間でマメを潰れるほど力を込めた上で少なくない体力を使い果たした物をいとも簡単に扱う━━様に目を白黒させた。

「もしかしてあそこの薪を全て割る予定だったんですか?」

 軽い山を作った木材を指差すと少女は悲痛そうに俯き、震えとも取れる首肯をする。

「はい、でも……」

 裾を掴む少女の手から服に染み出した赤は彼女が今日まで負った苦労の傷跡なのだろう。

「…………とりあえずやってしまいましょう。薪として使えれば問題ないよ()?」

 炎ぺらー(レイ)は一旦、斧を下ろしてポーチからハンケチーフを取り出し、少女の手を取って巻き付ける。

「へぅ?そ、そうですが」

 驚く少女に頷きだけ返し、「ならチャチャッとやっちゃいましょう、エンリ補助をお願いします」と言うに早く斧を拾い直す炎ぺらー。

 木材の山から取った木材を空中に放り投げ、斧をナイフのように振るい薪を割る。

 化けていても文字通りレベルの違う彼の身体能力(ステータス)からなす力業は周りに風を巻き起こした。

 少女とエンリが驚き目をつぶった後に残ったのは四分割ほどに割かれ薪が転がっている。

「私が割りますので適当に拾って集めてください」

 そう言っているうちに次の薪ができ上がっていく。

 エンリは驚きつつもそういえばこの人、アインズ様のお友達だったと思い出し、村を救えるほどの魔法詠唱者の友人ならこのような凄い技?を使えても普通だろうと現実逃避した。

 炎ぺらーが周りの動きを見切る傍らでリズムゲームを脳内再生して斧を振るい、エンリを傷つけることなく風を起こし薪を量産する光景が数分続く。

 少女が放心している間に粗方の作業を終わらせて木材の山はエンリの積み上げた薪の山に早変わりしていった。

 

━━━━━━

 

「あ、ありがとうございましたー!」

 勢いよく頭を下げたせいで真っ直ぐ伸ばした手が後ろに持ち上がる少女に炎ぺらーはネットで見たカモメの翼を思い起こされる。

「構いませんよ、お仕事のお邪魔をしてしまったのはこちらです」

 柔和な笑みを浮かべて宥める炎ぺらーとエンリは作業が終わり、復活した少女の案内で家の中へと招かれ、他の家よりもやや広めの土間を抜け三人が座ってもまだまだ余裕があるテーブルを囲む。

炎ぺらーは優れた聴覚で奥の部屋から寝息が複数捉えながら、膝の上に乗るプリュムを撫でる。

 プリュムも何が気に入ったのか膝の上でご満悦にしていた。幼女可愛い。

 エンリもさすがにここまで喜んでいるプリュムをどうにかできないし、どうにかしようとすれば確実にグズると姉の勘が囁いている。レイ(炎ぺらー)の表情からも嫌がってはいないと感じて黙認した。

「それで……あの……私に用事ってなんですか?」

恐る恐るといった感じに少女は切り出す。

「単刀直入に言うと仕事をひとつ引き受けていただきたいのです」

「仕事……ですか?」

「仕事内容はこちらを身に付けてその経過を報告してもらうこと」

 そう言ってレイが取り出したのは鉱物と首飾り。

 鉱物の表面は細かく研磨され宝石のような輝きを放ち、紅玉のように真っ赤な色が非常に目を惹く。

 首飾りも細かい細工がしてあり、さる高名な彫金師が三日三晩寝ずに仕上げた生涯随一の工芸品にしか見えない二人はただ目を瞬かせた。

「ほ、宝石……ですか?」

「キレイに磨かれてはいますが鉱石です。私たちはこれを〈エクスフィア〉と呼んでいます」

 えくすふぃあ……とまだ理解が追いついていないのか呟くだけに留める少女。ちなみに一部例外もあるが広義的には宝石は鉱石を加工した物である。

「これは身につければ(装備すれば)人間の持つ力を最大まで引き出します」

 にこやかに説明するレイにプリュムを除く全員が目を白黒させた。プリュムは元々垂れた目じりを喜色でさらに下げて胸元に寄りかかっている。……事案かな?

「そ、そんなものをどうして私に?」

「順を追って説明しますので」

 そこから炎ぺらーはゆっくりと少女にわかりやすく一つ一つ説明した。

 

 

・この鉱物はエクスフィアと呼ばれる特殊なもの。

・これを直接肌に身につけることで人の潜在能力を最大まで引き出す。

・エクスフィアは直接肌に触れると毒素を出すため体に悪い。

・その毒素を抑制するため━━特殊なまじないを彫り込んだ鉱石で作った装飾品━━〈要の紋〉が必要である。

・ふたつを組み合わせることで人体に影響なく力を発揮できる。

・エクスフィアも鉱石も非常に高価であまり数はない。

・現在もアインズさんの指示のもと、これを身につけ調練に励んでいる人がいる。

・しかし、未だエクスフィアの全て解明できているとは言えず、日々研究も続けられている。

・現在調査中の研究結果は揃って来たため、多方面のアプローチを開始している。

 

 

 凡そこのようなことをゆっくり丁寧に説明して、彼女たちは話を聞き漏らさないよう熱心に聞く。

「もちろん緊急の場合のために《伝言》の込められたマジックアイテムを差し上げます」

 そう言ってブローチと指輪をいくつか並べる炎ぺらーは気づいていないが、二人はマジックアイテムがとても貴重なものでただの村人では逆立ちしようと一生手にする機会なんてないと知っている。

 それほど高価なものを複数持ち歩くレイが改めてアインズ様に重用されている極めて高い地位に就いているのではと思い至り、ほんの少し胃が締め付けられた。

「いかがでしょう?それほど悪い条件では無いと思いますが……ああ、失礼報酬のお話をさせてもらっていませんね」

 しまった、と大袈裟な手振りで頭に手を当てるレイ。

「非常に申し訳ありませんが私たちは元々別のところで生活してたため、交金貨を含む貨幣の持ち合わせがあまりありません。ですので、ご許可をいただけるなら物品による報酬を考えております」

 そこから多岐に説明が亘り、麦や食材の食料、若鶏や牛などの酪農、貴金属の装飾品などあまりの多様さに少女とエンリは半ば呆然と聞いている。

 貴金属の装飾品など村人である彼女たちでは想像すら危ういものなのに、説明された食料すら想像を超えていた。

(え、植えれば毎日に二つ果実が実る木の苗木?痩せた大地でも土を痛めず大量に育つ芋?金の卵を産む鶏?)

 街に住む薬師の友人からそんなものが街で栽培されているなんて聞いたことの無いエンリは混乱しすぎて、むしろそういうのが街では当たり前に使われているから話に出ないのでは?と自身も町には何度も行っているはずなのに常識が崩壊する始末。

「いかがでしょう?」

 そう聞くがふたりは情報を整理しきれず放心している。プリュムはただただ炎ぺらーの説明をキラキラした目で聞いて時折質問を挟んでいたのは、少女とエンリにとって非常にありがたかった……なにせ自分たちの常識ではあまりに非常識すぎて何を聞けばいいのかわからなかったからだ。

「えっと、その、どうして私なんですか?」

「と、言いますと?」

「私は力もないし、生まれながらの異能(タレント)だってないです。そんな私になんでレイさんは良くしてくれるのかなーって」

 少女は疑問だった。レイは悪い人に見えないし、この仕事で使うというエクスフィアがあれば家の仕事も引き継げるだろうと予想ができる。

 あまりに自分に都合が良すぎる。自分に、自分たちに降りかかった不幸があったからこそ、この救いの手が不安に思える。

「確かに疑問に思うことでしょうね。理由はあります、その一つがあの木材です」

 苦笑しながらレイは部屋の奥に専用の棚に飾られた一つの丸太を指さす。

「マルちゃん、あれは?」

 エンリから見ても疑問に思えて仕方がない。村の傍に生えた木とは全く異なる木材に思えたからだ。

「あれはおじーちゃんのおじーちゃんのそのまたおじーちゃんが切ったっていう木材なんだ……です。どこに生えてたのかも名前もわからないの。とっても硬くて……昔、お父さんが切ってみようとして、斧の方が刃こぼれしちゃったんだって」

 エンリはただその説明に驚かされたが、レイは得心を得たとばかりに頷く。

「なるほど、やはりそうでしたか……。あれは私たちの故郷にあった大樹の枝です」

 枝っ!?とふたりはまた驚かされた。

 なにせ太さが男性の腰ほどもあり、幹だと思うのも仕方が無い。

 ふたりは無意識の内にこれが枝だとするならどれほど大きいのか……それこそ雲まで届くほどの大きさなのではと夢想してしまう。

「非常に硬いですが、決して切れない訳ではありません。そして、それを切ったのがあなたのずっと前のおじいさんならあなたにもその木を斬るだけの才能が眠っているはず。私はぜひともそれを見てみたい」

 それはアインズさんも同様でしょう。と言葉を切ってプリュムを膝から下ろして頭を撫でてやるレイ。

「もちろん、今日この場で返事を頂かなくても構いません。ゆっくり考えて、そして良いお返事が頂けたら幸いです」

 連絡用にひとつ差しあげますと席より立ち上がり手振りひとつで〈伝言〉の込められたマジックアイテム以外を収納して恭しい一礼したレイは家を後にしようと歩き出す。

「ま、待ってください!」

 そのレイに待ったをかけたのは少女だった。

「どうかなさいました?」

「わ、私決めました……そのエクスフィア?っていうの使います!」

「……すぐにお返事いただくても大丈夫ですよ?よく考え……それこそ御家族と相談した上で構いません」

 これにはレイも目を見開いて驚くも、すぐに冷静さを取り戻し、窘めるような口調で落ち着かせる。

「いえ、レイさんの話だけで決心がつきました。私にそのお仕事をさせてください!」

「意思は……固いようですね。わかりました、では……あー、うーん、これは流石に人におまかせはできませんね」

 レイはエンリと少女を何度か交互に見たが何かを決心したような表情を作った。

「申し訳ないのですが首周りを緩めてもらっても?」

「「えっ!?」」

「誤解なさらないようお願いしたいのですが、先程も言った通りエクスフィアは直接肌に付けないと意味がありません。要の紋も身につけてもらうのですが、あまり人に見られたくないのですよ」

「見られたくない……ですか?」

「はい、貴重なもので他の方々に盗まれる可能性があります……」

 そんなことをする人はこの村にはいないでしょうが、と前置きして真剣な表情でふたりと視線を交じ合わせるレイ。

「この村には頻繁ではなくとも人が訪れると聞きます。冒険者の方々は常に命の危険があるため、このような身体能力を引き出す道具などは喉から手が出るほど欲しいでしょうし、役人となれば不当であっても理由をつけて奪われるかもしれない」

 その言葉を聞いて納得した。エンリは今まで見たことのある役人は偉そうで私たちの(たくわえ)を必要以上に奪っていくことをよく理解していた。少女も覚えがあるのだろう普段の快活さが潜み表情に負の感情が乗るのも仕方ない。

 彼らがこの宝石のようなものを見ればどんな難癖をつけてでも奪いに来る姿が容易に想像できてしまう。

「そのような理由もあり、なるべくなら人目に付きにくいところに装備して頂きたいのです」

 そう言ってレイは胸骨辺りを指差し、「ここにでも身につければ襟を広げない限りは大丈夫かと思いましてね」と言いづらそうにしてもはっきりと伝えてくる。

 少し迷い、頬に朱を差しつつも少女は頷く。実際のところ、どこに着ければよいのかふたりには想像もできていなかったため、言われた通りにつけてしまうのだがレイの人柄も功を制し多少の羞恥はあるものの少女はレイに首元をさらけ出した。

 エンリよりも一、二年若いためかまだ成長期に入り始めた少女の首周りは大家族や寒村の徒、万年栄養失調気味など様々な要素が合わさり、同年に比べても肉が薄い。

 肋がうっすらと浮き出て首も細く左右で束ねた髪を除けば、女性らしさとは縁遠い幼さが全面に出てしまっていた。

 それでも精神は年相応に性長しているのか異性に見つめられることに羞恥を覚えて普段よりも血色を良くしているのが出会ったばかりのレイも何となく察している。

「それでは失礼しますね」

 テーブルから離れて少女の傍に寄るレイ。それを正面から受け入れた少女はレイの全てに心を揺さぶられていた。

 サラリとして切りそろえられた黒髪、切れ長で先程まで見せられた柔和な色の強かった瞳の奥には見るものへ熱が伝わる真剣さを感じさせる。

 皺の少ない瑞々しい肌や目鼻立ちから亡くなった親や生き残った男衆よりも自分と年が離れていないだろうことを察し、しかしそれ故に薄い唇すら同年代の異性や下の子供たちにはない大人の色気を強く感じる。

 そんな人物に事情があっても肌を晒していることが、感じたことの無い背徳的な快楽(むず痒さ)を生み出す。

 要の紋であろう装飾品を握る手は畑仕事も土木仕事も知らないまま成長したように割れも裂けもマメもない見知らぬモノ。

 しかし、筋張った大きい手の甲や指は男衆の手と同じであるためか現実味を帯び、夢現を行き来する指が少しずつ首元に伸びてきて少女は━━何かを期待するように━━思わず喉を鳴らす。

「ん、んぅっ」

 思ったよりも冷たい装飾品が家族すら触れたことの無い部分を撫でて息が零れた。

「我慢してくださいね」

 息すらかかりそうな距離で異性と顔を合わせている事実に改めて自覚して顔を赤くする少女。

 滑らかに装飾品の一部を首の後ろに回されたためレイの胸元に顔を埋めるような体勢になったことに加え、先程漏れた息も聞かれたことを頭が理解してさらに血流を早めた。

 金属同士が擦れ合うような小さな音に手が離されると首にほんの少しの違和感を残し、金属でできてるとは思えない軽い感触が首にかかる。

「それではエクスフィアを付けますね、なにかあればすぐ言ってください」

 首の根元に感じる金属の冷たさが宝石のようなものをつけたことでさらに冷たくなったような感覚を覚えると、同時に体の奥底で眠った何かが呼び起こされるように全身を満たす。

 力の奔流があっという間に少女の知覚容量を超え内から膨らみ続けて、未知の感覚は衣擦れすら途方もない信号となって少女を刺激する。

「あ、あぁあ、はわぁ」

 新しく藁を替えたばかりの寝床に包まれた時のような、それでいてその数倍は気持ちいいとしか表現できないものがただただ荒れ狂い、少女は座っているのか寝ているのかわからないほどに呑まれてしまう。

 数秒なのか十数秒なのか少女には認識できない時間の空白から意思が繋がると少女はレイの胸元に顔を押し付けていた。

「ご気分はいかがですか?」

「はれ、わたしどーしてだきついているんれす?」

「エクスフィアを身につけた途端抱きついて来られたんですよ」

 目を蕩かせ薄く開いた口の端から明るくない部屋の中でも涎が光を反射し存在の主張する。

 その様子がエンリには話で聞く男女の営みの後を想像させるだけの色気を含んでいた。咄嗟にプリュムの目を塞げたのは姉としての反射かもしれない。

「━━……はわわ、ご、ごめんなさいレイさん!」

 忘我の彼方からようやく理性を取り戻した少女は慌てて離れた。

「いえいえ、構いませんよ」

 服も野郎の汗水より少女の涎の方が嬉しいだろうし、と言葉にせずとも心で思うあたりレイを名乗る炎ぺらーの変態度合いは決して低くないのは余談である。

「どうです、不調な部分はありますか?」

「……全然ありません!それどころかとっても力がみなぎります!」

 手を何度か握ったりする動作だけでも自身の力が上がっているのが分かる少女。

「慌ててはいけません。あなたはこれからご自分の上がった身体能力に戸惑うはずです」

 その様子を窘めるよう一度肩に手を置いたレイはそのまま少女の襟を正す。

 再び肩へと手を戻し、柔和な表情が潜めただ真剣な眼を見せるレイの雰囲気に呑まれる少女と一部始終を見ていたエンリ。

「ゆっくり、慣らしてください。その力は加減を誤ればあなたのご兄弟を簡単に傷つけてしまいますよ」

 その言葉に少女たちはレイの行った薪割りを思い出す。

 少女が引き摺るだけでも苦労した斧を難なく振り回し、嵐としか形容できない風切り音を響かせ木材を刻んだ姿を見て自分たちは何を感じた?

 恐怖。本能的に抗えぬ絶対的な死の気配を感じ恐れ慄いたのだ。

 

 だがそれだけではなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という漠然的ななにか、信用や信頼と言っても良い。

 短い時間ながらそれを感じたエンリはあの嵐に近づく事ができたし、見守った少女とて忘我の果てから戻っても震えることはなかった。

 だが、アレと同等の力を少女が━━そして自分が━━突然手に入れて、同じように手伝うことができるだろうかとエンリは自問する。

 答えは否。恐ろしさが前に出て、近づくことはおろか、もしかしたら襲われてしまうのではないかと過ぎってしまう。

 付き合いの長さであれば圧倒的に少女の方が長いのに、だ。

 初めて少女は自分の身につけたものに恐怖を覚える。もし自分が少しでも加減を誤れば幼い弟妹たちを傷つけてしまうのではと。

 気付けば震えた手に固定された目が両手を包む大きな手を認識する。

「少しずつ慣れましょう」

 視線が包んだ手の先を追えば真剣な目をしたレイの瞳に自分の不安そうな顔が映る。

「あなたのそれは大切な人を傷つける力ではありません。だからこそ、力の使い方を覚えましょう」

 穏和な笑顔に戻ったレイの表情に2人は顔を見合わせ頷く。彼に任せれば問題ないだろう、と。

 

 日が暮れる頃には少女の快活な声と共に薪の割れる音が村の片隅で空気を揺らすのだった。

 

 




言い訳みたいですが、特定の人物を地の文で炎ぺらーだとか、レイだとか呼んでるのはわざとです。


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