周囲の景色が崩壊してゆく。あれほど美しく冥界とは思えぬ花園が、彼の消滅に呼応して崩れ去ってゆく。
我らは神話の時代より永きに渡り戦ってきた神を倒した。我らの周囲を光が包む、優しく暖かいあの人の小宇宙だ。
「帰りましょう愛する者が待っている場所へ」
そんな声が聞こえた。体が浮遊感を感じる、地上に向かっているのだろう。彼女はどうしているだろうか?戦いを嫌いそれでもなお戦士である自分の為に泣いてくれた彼女は今もあの場所で待ってくれているのだろうか。
周りにはもう何もない。完全な“無”の中に自分と、そして血も涙も共に流した兄弟達が自分と同じように小宇宙の光の中で漂いながら一点を見つめている。
あの人が抱きかかえている、彼女を守るため盾となった兄弟の方を。
その胸には今も漆黒の剣が突き刺さっている。傷口からは黒い小宇宙が溢れ、今にも彼の心臓を穿たんとしているようだ。
ハーデスが消滅してもあの剣と小宇宙は何故か消滅する事は無い。奴の怨念なのか彼女の小宇宙でもあの黒い小宇宙を祓う事は出来ないようだ。
突然辺りに光が灯る。まるで宇宙のように深い闇の中に無数の光が瞬き出したのだ。
「この冥界に捕らわれていた魂が解放され再び輪廻の和の中に戻るのでしょう。」
彼女の言葉通り無数の魂は輪のごとく回りだし、光の中へ消えて行った。彼らもまた、命の輪の中に還る事が出来たのだ。
そのとき突然、彼女の胸の中の彼が苦しみ出した。その傷口からさらに黒い小宇宙が溢れ出し、彼女達を包む小宇宙を満たして行く。
我らも必死に手を伸ばす。しかし私と兄弟達の手は届かない。
最後の最後に、我らは守れないと言うのか!最早小宇宙も無く意識を保つ事もままならないこの身では彼女達に必死に声を振り絞る事しか出来ない。
その声にも悔しさと涙が滲む。そのとき、無数の魂の中から一際は輝く魂が彼女達の周りに集まった。集まった12の魂達はそれぞれが金色に輝き彼女達を照らす。
その強き意識の小宇宙は漆黒の小宇宙から彼女達を引き剥がし祓って行った。
あの小宇宙、忘れようがない。我らをエリシオンに導く為に散った彼らど死して魂のみになっても我らの行く道を照らしてくれるとは。
しかし、彼の胸の傷口から出る漆黒の小宇宙は未だに収まらない。暫くそれを見ていた彼女は不意に何か決意したように我らの方を見た。
その優しくも強い意識を宿らせた女神は、我らに何事か言っている。
その直後、彼女は彼と彼らを伴い、輪廻の輪の中に進んで行った。地上へと還る我らとは違う方へ、私と他の3人も必死に声を張り上げ、手を伸ばすが、届くはずもない。
彼女は、こちらを振り返り微笑んだ。
一瞬の閃光、強い力で地上へと引っ張られる。なおも届かぬ手を彼女達へと伸ばしながら叫んだ。
「沙織さん!!星矢ぁぁ!!」
その叫びが、私を夢から現実へと引き起こした。
伸ばした手は石造りの天井に伸び、叫びは虚しく無意味に響いた。あれから幾度となく見てしまう夢、護るべき女神アテナと友を失ったあの時の事。あれから既に20数年たっているが、今でも何も出来なかった自分の怒りと後悔が見せる悪夢だ。
夕べは周りの強いすすめでしっかりと休んでいたはずだが、体は重い。あの夢を見た時は何時もこうだ。そして、いつものように彼女が小走りでやってくる。
「紫龍さん?!また、あの夢を見たんですか?」
そう言ってドアの向こうで心配そうに声をかけて来てくれている。己に課されている責務の大きさ故に今の私のこのような弱さを見せられる者も少なくなった。彼女はそんな事中でも自分の弱さを見せられる数少ない人物だった。
「すまない、何時もの事だ。それより何か報告があるのではないですか?星華さん」
その言葉に彼女もハッとしたように佇まいを直したようだった。
「失礼いたしました。先ほど白銀聖闘士のお二人が聖域に帰還なされたとのことです。」
「皆さん教皇の間でお待ちです。お支度を、教皇紫龍様。」
その台詞に嫌でも思考と感覚が現実に戻される。
「わかった。今ゆく彼らの報告次第ではすぐに動かねばなるまい。」
あれから20数年の月日がたち、私は教皇としてアテナが不在のこの聖域を守り続けている。