血道の途上   作:ジョク・カノサ

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 だって、どうしようもなく想ってるのだから。それがどれだけ周囲から歪に見られたとしても。

 

 私にとってはそれが当たり前。食欲と同じくらい私の中に根付いている。

 

 だから──しょうがないでしょ? 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 小岩井美鈴が接触してきた日から二日後の休日。時刻は夕方。

 

「与一君の方から会ってくれるなんて、嬉しいなあ」

 

 僕は再び彼女と正面から向き合っていた。場所は駅横の広場。広場の中には僕達以外に誰も居ないけど、人通りはすぐ側にある。

 

 呼び出すのは簡単だった。電話番号もメッセージアプリのIDも送られてきた膨大な手紙を漁ればすぐに見つけることが出来たからだ。

 

「ずっと待ってたんだよ? 与一君が恥ずかしがるのを止めて、私を受け入れてくれるのを」

 

 彼女は言葉以外の何もかもが普通だった。ベージュのワンピースを揺らしながら、彼女はそれが普通とでも言うかのように僕へと近づいてくる。

 

「来ないで」

 

「……?」

 

「今日はハッキリと言いに来たんだ。──もう、僕に付きまとうのは止めて欲しい」

 

「……」

 

「手紙を送ってくるのも物を贈ってくるのも下校中に追いかけ回してくるのもっ! もう止めて欲しいんだ! ……僕は君を受け入れられない」

 

 理科準備室での出来事の後も何度か話したことはあった。でもここまで直接的な拒絶をしたことはなかった。

 

「なんでそんなこと言うの」

 

 雰囲気が変わる。一歩目を踏み出した彼女の顔にはもう、なんの表情も無かった。

 

「ホントに好きなんだよ? 普通の人とは違うかもしれないけど、私は与一君を愛してる」

 

「止まって!」

 

「ねえ見せてよ。一滴だけで良いから。それで我慢するから」

 

「──小岩井! 止めろ!」

 

 野太い声が響いた。広場内のトイレの中から事前に待ち伏せていたスポーツ刈りの大柄な教師が近づいて来る。それに続いて僕の横の茂みと広場の出入り口から数人の女子が姿を現した。潔理が協力を依頼した運動部の女子達だ。

 

「ああ、そうなんだ」

 

 輪を縮めるように先生と女子達は彼女へ近づいて行く。落ち着け、なんでこんなことするの、そんな静止の言葉が飛び交う中で。

 

「騙したんだ」

 

 僕を見据えて吐かれた怨嗟の声は明瞭に聞こえた。彼女は手に持っていた小さなバッグの中からそれを──アイスピックを取り出すと、バッグを捨てて真っすぐに走り出した。

 

「ちょっ!」

 

「嘘っ!?」

 

 そのあまりの唐突さに女子達は驚きの声を上げるしかなかった。輪の隙間をすり抜け、彼女は跳ぶように僕との距離を詰める。その迫力に僕は思わず尻餅をついてしまう。

 

 それと同時に、女子達が潜んでいた横の茂みから人影が僕の前に飛び出す。

 

「あっ、──潔理!」

 

 目の前に現れた潔理を前に、小岩井美鈴はアイスピックを大きく振り上げる。

 

「邪魔っ……!?」

 

 ただ、それが振り下ろされることはなかった。潔理が伸ばした腕が相手の腕の動きを振り下ろす前に止めたからだ。そのまま動きが止まった彼女に対して、間髪入れずに首元の服を掴み流れるように相手のバランスを崩す。

 

「うぐっ……!?」

 

 そのまま、小岩井美鈴はアイスピックを手放し地面に抑えつけられた。僕と同じく呆然としてた周囲の女子達と先生が慌てて駆け寄っていった。

 

「大丈夫? よい君」

 

「う、うん」

 

「良かった。柔道って役に立つんだね」

 

 取り押さえるのを彼女らに任せた潔理は頭に被っていたマスク……多分フェンシング用のそれを脱ぎ、へたり込んだ僕に手を伸ばした。

 

「……いやっ、危なかったのは潔理の方じゃないか!」

 

「大丈夫だよ。ほら」

 

 潔理は自分の胸をコンコンと叩いた。よく見れば潔理の着ていた白いジャージは所々が角ばっていた。

 

「プロテクター、持ってる人がいたから借りたんだ。肘にも付けてるよ。……流石にここまでするとは思ってなかったけどさ、私だけでも備えておいて良かっ──」

 

「うあああああああああっっっっ!!!!」

 

 小岩井美鈴の絶叫が響いた。それを前にして、取り押さえるのに及び腰になってたスポーツ刈りの教師が慌てて女子達の中に混じる。

 

「なんっっっで……何がいけない!! 何が悪い!! 好きな人の血が見たいことの何が悪い!! 悪いのは最初にあんなものを見せた方じゃないっ!!」

 

 喉が潰れてしまうような絶叫だった。乱れた髪の先にある眼はまだ僕を睨みつけている。

 

「よい君、行こう」

 

 それに対し潔理は顔色一つ変えずそう言い、僕の手を引いて歩き始めた。

 

「先生、後は任せてもいいですよね。よい君をこれ以上ここに居させたくありません」

 

「ああ……とは言っても、流石にこれは警察を……」

 

 教師と潔理が何事かを話していた。その時、僕へと向いていた小岩井美鈴の視線が潔理へと向く。

 

「大好きなのに!! こんなに我慢した──お、おっ、お前えええええ!!! 裏切っんぐ!!!」

 

「動くな小岩井! 抑えてろよお前ら!」

 

「呼びますか?」

 

「…………頼む」

 

「分かりました。少し離れたら呼びます」

 

 何故か更に大きく暴れ出した小岩井美鈴を前に、潔理の僕の手を握る力が強くなった。それで初めて自分が震えていることに気がつく。

 

「早く帰ろう?」

 

 直前まであった嫌な予感。それは気のせいで、やっぱり僕の妹は賢く、正しかった。

 

 俯く僕に対して向けられた潔理の優しい声音が無かったら、僕はどうなっていたんだろう。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカな(ヒト)

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「仕方なかったんだよ」

 

 潔理はそう言って僕の頭を撫でた。

 

「あそこまでしちゃったんだもん。警察には頼るべきだった」

 

 暗闇の中、潔理の囁きだけが頭に残る。

 

「だから気にしなくても良い。多分警察の人と何回か話さなきゃいけないと思うけど、それ以外は私がやるから。よい君受験生だもん」

 

 柔らかなベッドの感触と潔理の手の感触が、少しづつあの絶叫の余韻を溶かしていく。

 

「……来年さ、よい君が家を出たら私も付いて行こうと思うんだ。そこからでも高校は通えるし、大学だって通えるとこにする。多分あの人、捕まるとこまでいかないから。まだ危ないでしょ?」

 

 僕の頭が潔理の胸元に引き寄せられる。慣れ親しんだシャンプーの匂い。脳裏に浮かびかけた小岩井美鈴の顔が、薄れていく。

 

「落ち着くまではまた一緒に寝ようね」

 

 潔理に包まれたまま──僕の意識はゆっくりと落ちていった。

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 倫理、モラル、常識、規律、法律、社会規範。私を否定する言葉は沢山あって、世の中はこの想いを歓迎してくれない。

 

 ──だからこそ、やり方を考える必要がある。常に妥協点と限界を探る必要がある。

 

 仮面は強固に、世間体は抜群に、社会的信用はどこまでも。

 

 強固な土台……それと我慢かな。あの人に足りなかったのは。

 

 なんで私は生まれてきたんだろう。何度もそう自問した。

 

 私はいつも、夢の中で血の涙を()()()()()。だけどもうその夢を見ることもない。

 

 血を恨むのはもう止めた。そんなことよりもやるべきことがある。

 

 私達は未だ、血道の途上なのだから。

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