転生したらなんかウマ娘に懐かれてる件について 作:和菓子甘味
正直嫌になってくる。特に目の前の嘆願書とか言う書類は特に。
その嘆願書には「自衛隊派遣反対」だとか「ウマ娘の権利を守れ」といった文言が羅列されている。更にはファンレター(脅迫文)までやってくる始末だ。たかだか3等陸曹に出来ることなんて上への情報提供ぐらいなのに、俺に直談判すれば撤退できると思っている人間が多い事。とはいえこんな事を言っていても仕方ないのが現実である。
そしてそれよりも厄介なのが、サッチョウや桜田門の人間もこの一件で俺に目をつけている可能性があるという事である。戦前とはいえ五・一五や二・二六の一件で自衛隊自体が公安とかに目をつけられているのに全くたまったもんじゃない。気のせいか最近スーツの奴らがウロチョロしてるのもその関係かもしれない。
(べーつに俺はトレーニング以外で教鞭はあまり取らないし、思想教育なんざしてねえっての)
本当に困る。先日もデモ活動があったばっかりで、これ以上は学園の運営にも関わりかねない。本当に上層部は何をやってるんだか。幾ら催促しても増加人員くれないし...。
「ねえ、見てよ樋野トレーナーの机」
「あれのせいでおちおちトレーニングも出来ないんだよなぁ...いい迷惑だよ」
(もう少し小声で話してくれるといいんだがな)
そんなこれの願いが通じることも無く、他のトレーナー達は俺に冷ややかな目を向けている。元々俺が気に食わないトレーナーからの姑息な嫌がらせもあったが故に、この陰口も黙認と無視が横行しているのが現状だ。
(どこに行ってもこういう扱いなのかねぇ)
以前自衛隊を辞めた同期が言ってたな。
【光があるところには必ず闇がある。闇があるからこそ、光は輝いて見える】
そう言った同期は3曹になって2年ほどで退職していった。今では外でなんだかんだ楽しくやってるそうだ。
(ある意味これもトレーナーの闇なのかもしれないな)
自衛隊と同じ様な闇を見せられて気分もやる気も絶不調ではあるが、そうも嘆いてられないので仕事に取り掛かろうとする。
「ほーれ」
「冷たッ!何するんだよ!」
「ハハハッ!そんだけ渋い顔してると老けるぞ樋野ッピー」
「るっせーな...」
俺の首筋にキンキンに冷えたにんじんジュースをつけてきたのは
「あんだけ楽天家だった樋野ッピーが今やクレーム対応で顰めっ面を晒すとは...読めなかった...この景子の目を持ってしても!」
「その節穴目玉取り外してクーリングオフをおすすめするぞ」
「イヤァーン辛辣ゥ」
「マルゼンスキーみたいな反応すな」
研修生の時からそうだが、こやつは些かボケに走りまくりすぎている。ツッコミウマ娘であるタマモクロスの胃が破裂してないことを祈るばかりだ。
「他の女の子の名前だした上に更に別の女の子のこと考えてたでしょ。分かるんだからねそういうの!またお姉さんや妹さんに怒られるよ?」
「勘弁してくれ...ただでさえサブトレーナーとして面倒な目に遭ってるのに、姉貴やスターが関わると碌な目に合わん...。」
そう、この腐れ縁は5歳ほど離れているが、所謂幼馴染って奴だ。おかげで俺の姉貴である「クレイマージ」や妹の「スターレイド」と面識がある。そのせいで色々面倒事に巻き込まれたことがあるのだが、それは置いておく。
「じゃあクレイさんやスターちゃんに怒られない様にやんなさいよ。いちいち樋野ッピーのこと聞かれるこっちの身にもなって欲しいわ」
「へいへい気をつけますよ...」
「またそうやって気の抜けた返事をする...そうだ!樋野ッピーって関西に居たでしょ?タマとタコパするんだけど来てよ!」
「は?いつ?」
「今日の夜だけど?」
「君は1度無茶振りという言葉を辞書で引きなさい」
目の前に積み上がってる今日中に終わるかも分からない書類を目の前にしてよくこんなことが言えるもんだ。我が同期ながら末恐ろしい。
というかこいつなんかスマホいじってないか?おじさん嫌な予感するぞぉ?
「じゃあLANEでタマにも連絡したから、今日の19時に部屋に来てね!」
「拒否権は?そもそも行くって言ってねえし...」
「じゃあ私はトレーニング行ってくるから〜!」
暴風とはまさにこの事か。坂成は颯爽と職員室を後にしていった。
「...せめて少しでも多く終わらせるか」
坂成から貰ったにんじんジュースを燃料に、俺は目の前の書類の大海へと飛び込むことにした。
⏰
時刻は1900。もう日が沈んだ頃、俺は坂成の寮部屋前に来ていた。3回ノックをすると、ドアが空いてラフな格好の坂成が現れる。
「いらっしゃい!さあ入った入った!」
「お邪魔します」
本当に不本意だが、こうして招かれた以上は礼儀を重んじなければならない。古事記にもそう書いてある。
奥に案内されれば、先に到着してたのかタマモクロスが準備を始めていた。
「おっ来たなぁ。ウチのトレーナーから聞いとるけど、自分関西におったことあるんやって?」
「まあ、職業柄全国を歩くものでね」
まあ、前世はコッテコテの大阪人なんやけどもそれは伏せとこ。
「たこ焼き焼いた事はあるんか?」
「まあ、関西勤務の時にタコパしたことはあるけどさ」
「ほな行けるな!その腕前披露したり!」
「じゃあ私お風呂入ってくるから先焼いといて〜」
「相変わらず自由気まますぎない?」
俺のツッコミを無視して「行ってきま〜す」という言葉と共に浴室へ入っていく坂成。もう俺は慣れたので気にしてないが...。
「なんというか...アイツが担当トレーナーで疲れないか?」
「最初はエグかったけど慣れればどうってことないで」
「まあ、君がそういうのならいいけどさ...」
「まあまあゆっくり話そうや...馬の時の『オレ』の鼻に手を突っ込んだこととかな」
拝啓、父さん母さん。あと面倒くさい姉妹。どうやら俺は凶暴なウマ娘に殺されるかもしれません。先立つ不幸をお許しください....。
「ほな、焼いていくで〜」
「...手際いいな」
「浪速出身を舐めたらいかんで〜」
「...言っておくが、俺はお前の鼻に手を突っ込んだ記憶は無いぞ」
「そらそうやろうな。アンタはまだ赤ん坊やったんやし。アンタのオトンはえらいゲラゲラ笑って蹴り飛ばしたろうか思うたけど」
まあ、親父はある意味肝が据わった人物だったからいいんだろうけど、死にかけてたんかい。
「いつから気づいてたんだ?」
「アンタを学園で見た時からやで。なんかルドルフのチームに新しくサブトレーナーが来たってのは聞いてたんやけど、実際に見たら『コイツ馬の時に鼻に手を突っ込んできたクソガキやんけ!』って思い出したわ」
成程な...ルドルフやシリウスの事も合わせて考えると、どうやら前世の記憶を引き出す鍵は俺を視界に入れることらしい...。あれ?俺トレセン勤務って詰んでない...?もういっその事、脱柵しようかな...。
「そうか...あんだけ人間や馬を信用しないって言われてたタマモクロスにしては、思い出した割に攻撃してこなかったな」
「一言多いねんボケ!...なんかな、アンタは違ったんや。なんて言うか...他の奴らとは違って一緒にいると居心地はええねん。馬の時は誰も信用出来んかった。自分の都合で仲間をどっかにやって、ウチを引退させて...もうどうでもよかった。でもなんでやろうな。アンタだけは雰囲気が違ったんや。初めて信用してええって思えた」
「まあ、そのすぐ後でポックリ逝っちゃったんやけどな」と、あっけらかんに笑う彼女ではあるが、タマモクロスは壮絶な馬生を歩んでいた。彼女が言っていた同胞も全員屠殺という結果だ。あえて彼女に言わなかったが、あまりにも残酷すぎると同時に、仕方ない面もある。
「タマモクロス...」
「...ダァァァア!ウチにはこんな湿っぽい空気合わんわアホォ!どないしてくれるねん!」
「知るか!いきなりシリアスからギャグにしろとか情緒ジェットコースターやめい!」
「そんなんお前が悪いんやバーカ!」
「ちょっと待てぇ!俺のせいかい!」
「うっさいわ!大体お前があんな事しなけりゃ!」
タマモがビシッとたこ焼きピック*1をこちらに向けた時にたまたま刺していたたこ焼きが宙を舞う。そしてそれは引き寄せられるかのように俺の目にホールインワンを決めやがった。
「たこ焼きィ!うぉぉぉお!あっちぃ!目が!目がァァァ!」
痛がる俺を他所にポカーンと惚けていたタマモクロスだったが、事に気づいた瞬間ゲラゲラ笑い転げ出した。
「この恨み晴らさでおくべきか!」
「うぎゃあああああ!何すんねんボケェ!」
仕返しにこめかみを拳でグリグリしてやる。寧ろこれでも足りない位である。
「どういう状況...?」
風呂から上がった坂成の声で俺たちは止まったが、坂成の上半身裸で、首に掛けたタオルで胸を隠してるスタイルを見た瞬間、俺とタマモクロスは目を合わせて頷き、声を上げた。
『それはこっちのセリフじゃ!さっさと服着てこんかい!アホォ!』