転生したらなんかウマ娘に懐かれてる件について 作:和菓子甘味
暗闇の中でボクは倒れていた。
脚に痛みがあり、目を向けるとボクの脚はあらぬ方向に曲がっていた。
折れている。前世で4度も折れた『僕』の脚がまたしても折れている。
ふと前を向けば正樹がいた。
でも、その目は今まで見たこともないくらい冷たく、顔は無表情だった。
「待って正樹!まだ走れる!まだ走れるから!ボクなら...『僕』ならまだできるから!」
「いや、前世があったってのに今世も走れないウマ娘なんていらない。契約は解除だ。どうせならもっと強いウマ娘の方が良い」
「待って!正樹!お願い!捨てないでくれ!まだやれる!できるから!」
「捨てないでくれ!!!!」
飛び起きればそこは自分の部屋で、目の前にはカイチョー...『父さん』のポスターが貼ってあったが、最悪の目覚めだった。寝巻きは汗でグチャグチャだし、脳裏に冷たい目をした正樹の顔がこびりついて離れない。
「正樹...」
幸いにもまだ学校に行く時間には早い。ボクはウマホを手に取ってLANEを開き、正樹へメッセージを送った。
どうも樋野です。今日も今日とて社会に奉仕するべくトレセンのグラウンドで仕事中でございます。
とは言いつつも、現在チームスピカはゴルシ以外は在籍しておらず、やる事はこの黄金の不沈艦の手綱を握ることなんだが...。
「やめんかゴールドシップ!なんでタイヤ引きやるって言って
「だってこっちの方がかっこいいじゃねえか」
「だってもクソもあるか!大体鍵箱の鍵は俺が持ってるんだぞ!それにお前免許ねえだろ!」
「私有地だから免許いらないし〜」
「そういう屁理屈は聞いてねえ!」
この破天荒はと言うとタイヤ引きをするはずが何故かLAVを持ってきて引っ張ろうとしていた。しかも偽装まで施されているという徹底ぶり。
なんでそこに拘ったのかという思いと共に、鍵箱からどうやって取ったのか疑問が残るがゴルシ相手ではもう諦めるしかないのだろう。
「頼むシップ...真面目に練習してくれよ...ただでさえお前の為にグラウンド使用許可得るのにエアやルドルフに頭下げてるんだからさ...」
「甘いな正樹...栗マロンより甘い!『俺様』にはそんな事は関係ねぇ!」
「ほんとになんでこいつに女性ファンが多かったのか理解できん...」
時と場合が合致していればかっこいいセリフなんだろうが如何せんズレにズレまくった状況での発言なのでもうツッコむ気力すら湧かない。助けてヒシアマ...タマ...。
「なーに大仏みてぇな面引っさげてんだよ」
「オメーが原因だろうが...」
「だってつまんねーんだからしょーがねーだろ?」
「こんの気性難が...」
本当にこの気性難ウマ娘は...。
「振り回されてんなぁ樋野」
「西崎トレーナー...」
「ほいよ。ブラック」
「っと。ありがとうございます」
西崎トレーナーからパスされたブラックを受け取ってとりあえず喉に流し込む苦味と酸味が口内に広がって頭をさっぱりさせてくれる。
一方ゴルシは飽きたのかLAVの上で逆立ちを始めていた。本当になんなんだこのウマ娘。
「何となくだけどお前ならゴルシを動かせられると思ったんだけどなぁ」
「正直キツいですよ...あの破天荒が意志を持った存在は」
「だろうなぁ...あいつにもチームメイトが出来ればなぁ」
「なら僕らがしっかりチームメイトを勧誘してあげないといけませんね」
「痛いとこ突いてくれるねぇ」
そう言って笑う西崎トレーナーだがその顔に不安はなく、寧ろワクワクしているといった様子だった。
まあ、チーム『スピカ』は名馬が集う強豪チームになる運命だしな。
「ん?」
迷彩服の胸ポケットに入れたスマホが振動したので取り出すとLANEの通知が表示されており、トウカイテイオーから一言『今週末も遊ぼう』と来ていた。
「はぁ...」
「どうした?女関係か?」
「女は女でも小学生です」
「樋野...お前...」
「大丈夫だ正樹。お前がロリコンでもアタシは見捨てねえよ」
「断じて違う!ただの知り合いだよ!てかいつの間に来たシップ!」
なんか勝手にロリコン認定されて俺の鋼鉄の精神がアルミホイルのごとく破られた。
別に俺はロリコンじゃない...。
⏰
「ハァァァ〜」
「どうしたのさ正樹。いつになく顔が青いじゃん」
「原因が余計なお世話だ」
現在テイオーとファミレスで外食中だが、このクソガキは週末になる度に人の休みを潰しにかかってくる。
どこから手に入れたのか俺のLANEのアカウントを登録しており、それで俺に毎回連絡してくるのだ。
内容は決まって同じ。週末遊びに行こうという内容だ。
そのせいでルドルフを筆頭に前世組に殺されるのではないかと冷たい視線を受けることになる。
この前チケットに「どうして俺と遊んでくれないんだよォ!」と泣き付かれたのも記憶に新しい。
「いい加減にしてくれ...俺だってルドルフ達を躱すの大変なんだぞ?」
「『父さん』はいっつも正樹と会っててずるいじゃん。これぐらい正当な権利だもんねー」
「俺の人権はないんか?」
なんでこうもウマ娘達は俺の人権を無視してくるのだろうか?日本国憲法下なんだから憲法守ってくれ...。
「そういえばお前、なんかあったのか?」
「エ゛!ナ、ナンデソンナコトオモウノサ〜」
(嘘下手!!)
100点満点の嘘を隠せてない反応に驚きながらも、指摘すればむくれて面倒になるのでスルーして話を続ける。
「なんというかな、普段と違ってやけにソワソワしてないかお前。先週とかそんな事なかったろ」
「ウグッ!ス、スルドイネマサキ...」
「半角発声続けないでくれ。で?なんか学校とかであったか?こう見えて営内班長もしてたから相談なら聞いてやれるぞ?」
自慢じゃないがこう見えても後輩の悩みを聞いたりしてやった事もある。多少なら人生の先輩として導いてやるぐらいはできる筈だ。
「...正樹は居なくならないよね?」
うん、どでかい爆弾来たね。
いや、てっきり学校で喧嘩したとかそういう類の物かと思ったら想像の100倍重いもの来たよ?そんなとこでシットリテイオーされてもおじさん困るなぁ...。
「どうした急に。テイオーらしくもない」
「...夢で見たんだ、走れなくなって正樹に置いて行かれる夢。正樹が...『2度も走れないウマ娘なんていらない』って...グズッ」
おい夢の俺、ハイクを述べろカイシャクしてやる。
え?何、テイオーの夢の俺クズ男すぎん?担当したら責任持つのがトレーナーって習わなかった?陸教で何習った、その襟の階級章燃やすぞ。
...とりあえず夢の俺にキレるのは置いといて。テイオーは前世では子供もいるとはいえ、今世ではまだまだ子供だ。そんな中で四度の骨折を経験した前世があるとはいえ、不安は拭えないだろう。
いつも天真爛漫だからといってそういうネガティブな面が一切ないとは限らない。
だが...だからといって大丈夫と言えるほど俺も無責任な立場では無いのが現実だ。
「テイオー。その夢の俺はかなりのクズ野郎だが気にするな。仮に俺が担当になったら、怪我をしたからってお前を見捨てることは決してしない。どうにかしてお前をサポートするつもりだ。だが...」
「だが...?」
これだけは確実に伝えておかなければならないだろう。
「俺はトレーナーである以前に陸上自衛官だ。命令であれば例え死ぬ事が分かっていても命令や任務を遂行しなければならない。まだ難しいかもしれないが『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる』これが俺が自衛官として宣誓した事の一つだ。これを守るのが俺の責任ってこったな」
服務の宣誓の1文だが、『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる』これは俺が自衛官として遂行しなければならない事項であり、故にテイオーのそばに居続けるということは100%不可能な状況が生起するということでもある。
極論かもしれないが、命令であればその身と命をもってして国民の盾になる。昨今の若い隊員は解ってない者も多いが、それが自衛官に求められる事なのだ。
「わけわかんないよ...なんでそんな事...」
「俺が自衛官だからとしか言いようがないな...辞めるまでそれは変わんないさ」
「なら!」
「おっと、辞めるのは俺の意思だから強制はできんぞ」
「ウグッ...ナンデワカルノサ...」
「思考が単純だからな」
危ねえ危ねえ。コイツ旧家の令嬢だからルドルフみたいに伝手を使って外堀埋めてくるつもりだったな。
だがそうはいかん。ただでさえシンボリ家とメジロ家相手で手一杯なのにこれ以上外堀埋められてたまるかってんだ。
「まあ、これぐらいなら付き合ってやるからさ。心配しなさんな」
「...なんか納得いかないけどわかった」
本当にわかったんかいな...。
因みに翌週初めにルドルフ達にテイオーから『正樹が「僕の」担当トレーナーになってくれるってさ』というLANEが送り付けられたことにより、理不尽折檻杯タイル1mが開催されたのは言うまでもない。