TSして人生やり直すことになったのでVtuberやる 作:減塩醤油
時刻は23時になりかけた頃、明かりがすっかり消えて閑散としたオフィスの中でようやく仕事が終わった孤独な男、それが俺だ。上司も部下も、もう三時間前には帰路についている。果たして本当に帰路についたのかは、怪しいところではあるが。
(あのクソ上司め、プレミアムフライデーって理由で仕事押しつけて先に帰りやがって..)
帰宅の準備をしながら心の中で愚痴を言う。かわいい部下たちはしっかり仕事を終えてから帰っているが、クソ上司はほとんどやっていなかった。いなくても同じでしょあの人。
何いっちょまえに俺に頼みに来てるんだ。自分でやってくれよ。
しかし頼られたら断り切れない、気弱で内気な性格のせいでもあるので、自業自得なところもあるが。ただ、女性からは「いい人」の評価どまりで未だに交際経験がないのはヤバい。ついこの間魔法使いになったばっかりなんだ。最近は正月に実家に帰るのも嫌になってきた。今まで、なんとかなるやろと楽観視してきたツケがまわってきたのかもしれない。まさか自分がこうなってしまうとは...
まあ、そんなことを考えるのは止めよう。現実なんてクソくらえだ。せっかくの金曜日だし、酒でも飲みながらVtuberの配信を寝落ちするまで見よ。
Vtuber。2017年ごろに一気に知名度を上げたそれは、金なし彼女なし持ち家なし、おまけに低賃金のブラック企業勤めである俺の唯一の癒やしとなった。恥ずかしがって周りにはあまり話せていないが、かなり昔からVtuber自体は見ている。
四天王は、黎明期に新たな可能性を切り開いてくれた。
黒髪清楚委員長は、巧みなトークで多くのネットユーザーの心をつかんだ。
猫っぽい白狐は、かわいらしさと親しみやすさ全開の配信をしていた。
ゴミカス女は、そのギャップから繰り出される笑いで視聴者に笑顔を届けた。
ゲボかわドラゴンは、持ち前の英語力と話し方で海外からの人気を獲得していた。
Vtuberの数だけの出会いがあり、Vtuberの数だけのドラマが待っている。なんだかペケモン映画の冒頭みたいになってしまったが、海外勢も合わせれば、その数は全ペケモンの数だって上回るだろう。これにはヲーキド博士だってびっくり。
(今日は新人Vの晩酌配信でものぞいてみるか..)
気まぐれにそう決めた俺は、つまみを何にするか迷いながら帰宅の足を速めていった。
朝かはわからないが、日の光のまぶしさでまぶたを開く。案の上寝落ちしていたようだ。
それにしても、頭がめっちゃ重い。ムカムカした吐き気が無いのが唯一の救い。昨日の内に吐いていたのかも知れない。正直なにがあったか思い出せないけど。
しかし体をおこせないほどとは重体だ。体の節々に違和感がある。起き上がろうにも体は動いてくれない。
「あらーおきたの?よーしよし」
今度は若いおふくろが出てきた。
うーん、夢だな!どれだけ酒を飲んだら自分の母親と幼児プレイする夢を見るんだ、自分でも引くぞ。俺はそこまでマザコンじゃなかったはずだ。
「私たちの可愛い娘。あなたの名前はさくらよ。」
俺の名前違うじゃん。夢の中のおふくろ大丈夫か?
..え? 娘....?
股間の息子はいなくなっていた。夢なら夢だと言ってくれ。30年間新品を貫いたってのに、経験もなしに無くなるなんてあんまりじゃないか。
結局、夢じゃなかった。女の子として育てられ早三年、女児服にも羞恥心を抱かなくなってきてしまった。嘘です、まだ結構恥ずかしいです。ベビーカーに乗せられたときは、全力で抵抗した。流石に無理、俺にそんな性癖はない。
しかし、子供はいいなぁ。飯食うのが仕事だし、料理も掃除も洗濯も自分でする必要ないし。会社勤めのときは疲れすぎて家事すらしたくなかったんだよなぁ。一人暮らしだったときのキッチンのシンクは、かなりの頻度で地獄絵図と化していた。アレにはもう二度と触りたくない。
..これからどうしようか? 性別が変わったとはいえ、それ以外には変化がないようだった。現在は1995年。前世でかすかに覚えている幼児番組はテレビで放映されていたし、デパートには大流行した卵型のおせわっちもあった。従姉妹が死なせちゃって大泣きしてた覚えがある。学校にまで持ってきてた友達もいたっけ。俺は買ってもらえなかったけど。
せっかく二度目の人生なんだし、前世では出来なかったことをしてみたいと思う。何があっても、前世と同じ低賃金ブラック企業勤めなんてごめんだ。あんな人権無視も甚だしいところにはいきたくない。
猛勉強して医者か弁護士にでもなってみようか?それとも株や仮想通貨で一儲けでもしてみようか?
..無理だな。猛勉強しても、おそらく二十過ぎればただの人。凡人エンドが待ってるだろう。前世ではどんだけ頑張っても偏差値55ぐらいが限界だった。才能には勝てなかったよ...
後者だって、前世ではそこまで熟知していたものでもない。有り金溶かした顔をしている将来の自分が容易に想像できる。失敗して破産でもしたら、黒服の男たちに女だからってぐへへされるんだ。俺はよく知ってるぞ。エロ漫画で見た。
まあまずは、今の自分が持っているモノをひねり出してみよう。そこから何か見えてくるかも知れない。
会社勤めの一般人だったし、最低限の教養とマナーぐらいはある。他には、数々の失敗談と上司への恨み辛み。..うそ、俺の前世つまんなすぎ..?
あとは、ゲームやら漫画やらの娯楽に対する知識ぐらいか。パソコンがあれば基本無料だったし、休日はネットばっかり使ってた。休日遊ぼうにも、やる気が出なかった。
..いっそのこと、ネット配信者にでもなってみようか。
自分的にはこれが一番やってみたい。俺が成人するころの動画配信サイトはほとんど未開の地だ。そこで成功した者は大金持ちにだってなれる、まさに現代のゴールドラッシュ。
それに、前回と同じ味気ない人生を送るよりか、画面の中で楽しそうに配信していた彼ら彼女らのように好きなことをして生きていきたい。
ただ、顔出しはやめたほうがいい気がする。悲しいことに俺の両親の顔面偏差値は、多少贔屓目に見ても45くらいだ。前世の俺も、個性的な顔をしていたからわかる。会う女性は、皆性格が大事だと言ってきた。つまりそういうことだ。
それは今世だって変わらない気がする。顔出しをしてゲームをしたところで、顔以外の魅力が無いようでは一生底辺を彷徨うだろう。
となると、残された道は顔を出さずに配信することだが、オタクである俺はちょうどいいものを知っている。そう、Vtuberだ。よほど特殊な例で無い限り、顔を見せる必要は無い。
しかし、俺が始めるころには四天王はおろか、親分さえもいない、もしくは知名度のない状態だろう。Vtuberという話題性が無い状態でのスタート。かなりの茨の道になりそうだ。
でも、俺は前世でかなりのVtuberを見てきた、言わばVtuberオタク。どのゲームが流行り、どんなネタがウケるのかを知っている。そうした知識を活かして、トップ..とはいかなくても中堅ぐらいのポジションになる。これだ(確信)。勝ったなガハハ!
大まかな目標としては、デビューするまでに、絵心とかトーク力とか、理想のVtuberに必要なスキルを身につけていくことかな。まあこれは後で決めよう。
こうして俺は、Vtuberになるための第一歩を踏み出したのだった。
..せめて一人称だけでも変えていこうかな。ふとした拍子に俺とか言ってしまうかも知れないし、言ったら言ったで両親に心配されてしまうかもしれない。
ひとまずは普通の女の子として、人前では目立たないような言葉遣いにしよう。
こうして私は、Vtuberになるための第一歩を踏み出したのだった。