世間では、高岡雅美が大人気である。
美味しいお菓子と、高岡ならではの体験がセットになったお得なクーポンが付いている旅行プランである。
山町筋は、1609年(慶長14年)の高岡開町以来の商人町で、ここを中心に住まいする10町で高岡御車山祭を奉じていることから山町と呼ばれ、長く高岡のまちの経済を牽引してきました。このうち、旧北陸道沿いの御馬出町、守山町、木舟町、小馬出町にかけての通りには優れた土蔵造りの家々が立ち並び、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。高岡と言えば大仏もいいけど、他にも高岡築城直後の1611年(慶長16年)、高岡に隠居していた加賀前田家2代当主利長は、領内の砺波郡西部金屋から7人の鋳物師をこの地に呼び寄せ、幅50間、長さ100間の土地を与えて鋳物場を開設させました。また、諸税や労役を免除するなど多くの特権を与えて手厚く保護したことから、この地に鋳物産業が根付き、今日の高岡鋳物発祥の地となっています。
現在は、多くの工場が郊外に移転しましたが、千本格子の家並みが大切に保存されており銅片を埋め込んだ石畳にマッチする美しいたたずまいを見せています。2012(平成24年)に、鋳物師町として全国で初めて、伝統的建造物群保存地区の選定を受けました。
また、前田利長公の命日に当たる6月20日には利長公への報恩・感謝の意を込めて「御印祭(ごいんさい)」が盛大に執り行われます。
特に祭りの前夜に行われる「弥栄節(やがえふ) 街流し」は、金屋町の老若男女はもとより、近隣の保育園児、小中学生や踊りの愛好家の方々などが大勢参加され、華やかで楽しい祭りとなっています。
「へぇー、東京から金沢へは3時間58分で行けれるのか。」
「そうよ、私ねこれに乗って高岡へ行くのよ。」
「高岡か。」
「でも、どうやって行くんだ。」
「東京から新幹線に乗って長岡から北陸本線に乗るの。」
と、歩夢は言った。
「と言う事は、上越新幹線だな。」
「そうよ。」
「へぇ。」
92年のダイヤ改正では、3月に300系新幹線「のぞみ」が2本が運転開始され、この事から「名古屋飛ばし」と呼ばれるようになった。
この年にダイヤ改正では、寝台特急あかつき号 「ソロ」(中央通路タイプ)を連結開始と更に特急「かがやき」に新たに自由席が導入されました。これに伴い特急白山号 1往復減して1往復に。そして特急北越号は 1往復の長岡~新潟間を普通列車に格下げ。一部6両から9両に増結。西日本のダイヤ改正では特急くろしお号 1往復を天王寺発着から新大阪発着に変更、特急北近畿号 最高速度を105km/hにアップ。特急やくも号 1往復増発し10往復に。
「高岡か、しばらく休暇していなかったな。」
そして、この高岡巡りが恐ろしい連続事件が起きようとしているのは、誰も予想はしなかった。
いよいよ、歩夢達が東京駅で上越新幹線に乗って高岡へ