「月が綺麗ですよ」
「・・純粋に?」
「それ以外にはないと思うけど?」
「・・そうですか」
「・・何か隠してる?」
「特に何も持っていませんよ」
明らかに不自然だ。目線もどこかへ飛んでいる。
「・・母さんは何時ごろ帰ってくるかい?」
「そうですね・・30分程でしょうか」
「ならちょうどいいか。月を見ないかい?」
「何のために?」
「理由・・ないかな。敢えていうなら一緒に見たいっていうぐらい」
「・・そうですか」
「見たいのならベランダに。上着は着てくること。外は寒いですからね」
「仮定が『来たなら』ですけどね」
「まぁ待っているよ」
ベランダから外に出る。風は少し冷たい。
月は大きく光っていた。
「いつでも存在感はありますね」
手すりに手をつく。手すりは金属製であるせいかかなり冷たい。
「星も見事に輝いていますね、いつかは派手に散るというのに」
月の隣にある星も月の光に負けることなく綺麗に輝いている。
「季節上あの星は・・何だっけ?」
「アークトゥルスですよ。この季節で1番見やすい星です」
窓を開けて来たのは星奈だった。
「来てくれましたか」
「『待っている』と言われて行かないほど非情ではありませんよ。ホント、寒い時に呼ばれた身にもなってください」
「それは・・まぁ」
「落ち込まなくていいです。それで?何で月が見たいなんて言ったんですか?」
「だから見たいだけだと」
「そんなわけがないでしょう?実際部屋の窓から見えますし」
やはり意図を理解した上で来たようだ。
「・・星奈が知る人間の中に全く知らない人間がすり替わって入っていたらどうする?」
「とりあえず気持ち悪いとは感じますよ。場合によっては変わりますが」
「どんな場合だ?」
「前よりも性格が良くなったとか共存する価値が生まれたとかなら良いかもしれません」
「そう・・」
つまり僕はここに居てはならないらしい。
「共存の価値が生まれたのはどんな人間だ?」
「・・今の兄さんなら十分価値はありますね」
「なぜ?」
「前は私を気にかけることもなかった。居ない存在として扱われるよりは今がマシです」
「・・そこまでひどくはないと思うが」
「思い出せないなら思い出せないままでいいです。前の状態に戻るぐらいなら今のままの方が十分価値がありますから。それでは」
「ちょっとだけ待て。最後に聞きたかったことだが・・今の学籍と年齢ってどうなってる」
「確か兄さんが高3の18で私が高2の16だったはずです」
「そうか」
それでは帰らせてもらいます、と言い残し星奈は去ってしまった。
「何もうまく行かないな、僕は」
星のように命を輝かせることも、月のように存在感を大きくすることもできない。
おまけに解決させたかった問題もできなかった。
「・・踏み外したあの頃に戻りたいものですねぇ」
§
あの時は何もかもがうまくいっていた。
地位は平凡だったし、満足するほど富んでいるわけでもなかった。
それでも、普通の生活を送れていたから。
僕が求める父も母もいた頃だろう。
母は常に笑顔だった。特に僕に対し優しかった。
父は遅く帰ることがほとんどだった。それでも休日は遊んだ気がする。
姉はいつも成績が良かった。僕の姿を見て嘲り笑っていたが、その後丁寧に教えてくれた。
特に変わったことのない生活。
決して一般的ではないが、十分に幸せが感じられた。
それが崩壊したのは、たった一つの宗祖の言葉だった。
『神とは何かを体現せよ』
たったひとつの言葉。されども、その言葉ひとつで十分なまでに家族は壊れた。
母は神のある場所を求め、物の神─付喪神に執着するようになった。
父は正確な答えを探し続け、『聖典』と呼ぶ本をを片手にどこかへいってしまった。
姉は必ず僕のそばにいた。孤独を嫌い、間違いを嫌った。
僕は神を探し続けた。そして理解した。この家族こそが神の姿であると。
互いに同じものを探しながら違う答えを出す。そしてその答えの先にある『真の答え』を探し出そうとする。
絶対に存在することのない偶像を乗り越えて探している『真の答え』という手製の偶像を。
財産が足りない?ならば継ぎ足せばいい。
地位が足りない?ならば求めればいい。
知恵が足りない?ならば間違えずに答え続ければいい。
完全な姿になりたい。
神の定義として示された『世界の運行を司る全知全能の絶対者』を求め続けたために各々が動いた結果、全員が違う方向を向いたのだ。
残念なことに僕はこれより先のことは思い出せない。欠片すらも覚えていない辺り切り取るような感じだろうか。
ただ、断言できることはある。
この世界に神などいない。
いるのは運命を捻じ曲げる悪魔だけなのだ。
§
「・・悲しいかな、向こうに帰っても繁忙は変わらずっていうね」
できれば向こうでやっておきたかったことはたくさんある。
バルバトスの片付け。
戦闘・生体記録の削除。
サンプルの回収。
特にこの3つは確実にやっておきたかった。
「・・よく考えてみりゃ未練しかねぇな」
1つの世界のためにここまでの肩入れは不要だったはずなのにここまで手を加えた。
あまりにも変わってしまえば今までと変わらない答えとなるはずだったというのに。
均衡を崩し、平等を失わせる行為は禁忌の記載事項だというのに。
それでもまだ、運命を
発生した未練は数知れず。どこまでいっても満足した結果が得られない最高に最低な世界を構成した罰だろう。
「頭も冷えたし、こんなもんでいいだろ」
窓を開けようとするが開かない。鍵はかかっていない。
「・・もうそろそろ時間かね」
夢から引き戻される時間が来たようだ。
「魂を世界の創始者に委嘱、意思決定権を移行。コネクトを2.0秒後開始。移行後選択式でルートを選択。乱数を1次固定。2次、3次を移行時に自動派生。カウント5後起動せよ」
身体から光すらも出ない。やはり目測はあっていたようだ。
「5」
手すりに飛び乗る。ギシリ、と軋む音がした。
「4」
そのまま後ろに向く。足元を見るとかなり高いようだ。
「3」
身体の向きを調節する。最悪の場合を考えた結果でもこれが1番確率が高い。
「2」
足の位置を調節する。できるだけ補強が入っているところを足場にするためにずらす。
「1」
脚に力を込めつつしゃがむ。これで最後だ。
「この世界にありがとう。そしてさようなら」
脚の筋力を限界まで引き出し、バック転の要領で動かす。
踏み切ると同時に足場にしていた柵が折れた。
「うわぁお!」
すぐさま天井の突起を掴み脚を天井に付け踏み切る。
「・・これで、条件は」
揃った。
言い切れると思った瞬間に意識が絶ち消えた。
今までになく短かったですがそのわけはまた後で。
次回! 夢の最果て 我はソダシとメイケイエールに夢を託す!
虹色の石ころがどんどん消えていくなぁ(白目)