今日の夜、全てが決まる。
できることはできるだけした。
「今日は夜にいなくなるからよろしく」
「今日ですか?」
「ええ、今日が1番合わせやすい」
「その前にバルバトスが帰って来たら、ですね」
「あれ?いなくなってた?」
「ええ、だいぶ前から」
「・・支障がなければ良いのだけれど」
バルバトスは最悪の場合の保険だ。来なかったとしてもどうにかはできる。
「武器調達は流して入るようにはしていましたが・・」
「完全に足元を見られてましたね」
「これが響かなければ良いのだけど・・」
老人どもが嬉々として値を釣り上げる姿には恐怖を感じた。
騎士団長もだいぶイライラしたことだろう。
「目標はあの生物の破壊?」
「破壊と彼の救出。観察体が失われては困りますから」
「相変わらず研究一筋の脳筋ですねぇ。感情ぐらい乗せてもいいのに」
「研究者はいつでも非情よ」
情けをかけていれば何も進まない。
研究とは何かを犠牲に進むものだから。
感情を捨て、常識を疑い、全力で目の前の課題にぶつかる。
それこそが研究者の鑑だ。
「もしそうだというのならかなり危険な橋を渡るようですが?しくじれば命を失いますよ」
「人類全体の発展に比べれば安いものよ」
「硬い人ですね・・少しは認めればいいのに」
強情だからではない。そう割り切って誤魔化すだけだ。
失うことなど悲しくない。むしろ死体ならさらに深く調べられる。
これらを理由として感情を押し殺すだけだ。
まぁ言ったところで揶揄われて終わりなのは見えているからでもあるが。
「で?準備はできているわけで?」
「当然よ。しない方がおかしいでしょ」
「あの2人のことは?」
「それはこれから話すわよ。苦汁を舐めさせられているであろう苦労人にね。留守番よろしくね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「・・んで、それを絶賛不調の俺に打ち合わせってか」
「全くもってその通りですね」
「知らん。俺が管理することじゃねぇ」
「指揮権は騎士団長様にあるのではなく?」
「んなわけねぇだろ。騎士団が前に出なくてどうすんだ。指揮はあの学校長だよ」
「大丈夫でしょうか?戦線管理は騎士団長の方がよろしいのでは?」
「お前、あの校長を形だけの置物だとか思ってるだろ?」
「それ以外に何が?」
「・・これだからアイツはもっと堂々とするべきなんだよ」
頭痛の種が増えたようだ。
「アイツの知識はどこの誰にも負けねぇぞ。何せ厄災戦の指揮に選ばれてたからな」
「そうなのですか?」
「お前が持ってたあの通信機もあいつが作ったものの改修型だ」
「それは驚きですねぇ」
「まぁその後アイツは改良して今のになっているんだが。それで聞いておきたかったんだがよ」
「何をですか?」
「何でお前はあれを持っているんだ?軍関係しか持たねぇごっつい奴、しかも改修型をよ」
「・・私の父が持っていたものです」
「そいつは少し無理があるだろ。改修型だぞ?」
「使わなくなったため譲ってもらい、困った時に使うよう言われました。改修は父かと」
「・・まぁありえなくはないか。にしてもこういうのをいじる趣味ではなかった気はするが・・まぁだいぶ経ったし変わったってことにしておこう」
ふぅ。とりあえず誤魔化せた。
この過程をバカ正直に言えば大変なことになる。多少の嘘は目を瞑ってもらおう。
「ということでそれは俺の管轄じゃねぇ。以上。終了。ほら、出てった出てった」
「最後に。武器調達は難儀している感じですか?」
「面倒なだけだ。老人どもがグダグダと理由を述べて釣り上げてるせいでな」
「なら私の縦のつながりで調達すればある程度安くできると思いますよ」
「1つが動いたところで全部は動かせねぇよ」
「私には横のつながりで動かせる家があるんです。ジューク家って言うんですけど」
「政治的問題が解決できたらそれでも良かったんだがな」
「ちょっと工夫すればできるかもしれませんよ?」
「お前は対立改善が目的だろう?」
「そうなることも考えられますがこれが1番費用を抑えられると思いますよ」
「・・まぁ考えてはおく」
・・駄目だな。今回は失敗だ。
§
校長室に向かう。何も知らない校舎は今日も賑やかだ。
「時間が少し空いただけでこんなに懐かしさを感じるとは・・」
楽しそうな声がする校舎。今夜にはここが戦場となるというのに感じさせない空気だ。
「子供に罪なし、か」
大人がよく言う言葉だ。
全ての責任は子供ではなくその子を育てる親に存在する。
間違ってはいない。正しくもないが。
「さて、軍神のお手並み拝見と行きましょうか」
ドアを叩く。中から前と同じ声がした。
「名前とご用件を」
「すごく急な話をしに来た。速やかに通して」
「名前とご用件を」
「言わなくてもわかっているでしょう?」
「名前とご用件を」
「・・フォーマルハウテ・ルーナ。校長に会いにきた」
「校長は急用により不在です。言伝ならば預からせていただきます」
「面を合わせて話をしたいの。どうにかできるかしら」
「ならばお引き取りください」
明らかにあしらわれている。ここは真っ直ぐいうべきなのだろう。
「中で待つことは?」
「・・可能です。但し幾つかの制約があります」
「そんなもの全ていいわよ。とにかく会うまで待つ」
「・・了解いたしました。お入りください」
中からドアが開かれた。机上には
「確かにこれでは仕事は終わらないわね」
内容も全てぐちゃぐちゃだ。恐らく全ての書類をかき集めさせたのだろう。
「校長は只今急務でございます。そのためあまり片付いてはおりませんがご理解を」
「無茶言ってるのは明らかに私の方だからいいのだけれど。もっと上手くできないの?」
「その全ての書類は全て宛名が校長ですので許可がない限り私は触ることができません」
大丈夫だろうか。過労死しないだろうか。
そんなことを考えたとき丁度時の噂の主役がやってきた。
「すまない。連絡を受けてから少し遅れた」
「問題ありません。それと面会が」
「そうか。すぐに対応する」
顔色は何も変わっていない。いや、変えていないのだろう。
「すまないね。何かをやりながらの対応にしてもいいだろうか。眼と耳と手はそれぞれ別に使う」
「いえ、これだけの問題があれば否定はできないかと」
「それで、何か問題が発生したか?」
「良いことと悪いことが同時に見つかりました。それと軽い疑問が」
「まず良いことから聞こうか。何があった?」
「彼の生存と存在位置が判明しました」
「そうか。どこにいるとわかった?」
「
「・・どのような位置だ?」
「私たちの世界によく似た別の世界、というのが1番簡潔な答えかと」
「干渉は?」
「できます。しかし膨大なエネルギーを用い一方のみに通すことができます。悪いことの1つでもありますが」
「悪いことは?」
「そのエネルギーを維持できるのが一瞬にして1度きりである、ということですね」
「・・まずどのように行う?」
「魔力を極限まで圧縮して放出することで『時空の断層』を作り出し、そこから引き摺り出す、もしくは帰ってくるというのが理想です」
「可能性は?」
「ほぼ0です。そもそもそのような量の魔力を使えません。そこで魔力を電力に置換することで代替を可能とすることを考えています。但し効率が悪いため数倍を要しますが」
「・・どちらとも言えんな。かなり重い代償を持っている」
電力を最速で貯めるには国民に大きな負荷をかけ、それでも間に合うとは思えない。
そして放電機構の周辺には大きな磁場が発生し人間が負荷に耐えられないだろう。
放電機構が壊れ想定外の被害となる可能性もある。
実行するにはあまりにも夢物語だ。
「今回の排除目標への有効打はどうなるのでしょうか?」
「端からひっくり返す。表が完全な防御ならば裏もしくは横から攻めるしかない」
「武器と人員はどこから調達を?」
「ここの中で揃える。幸い数は外交で揃えているからな」
「それともう1つ聞いておきたいことが」
「何だね?」
「彼の学籍をなぜ一時的に無効化しているのですか?」
「・・階級社会で彼をよく思う人間は多くないのだよ。そのためにも消した」
「帰ってくる可能性については?」
「その時にはもう一度手続きを行えばいい。すぐに復帰が可能だ」
「つまりヴァルフが帰ってこない前提で話を進めていると?」
「ああ。第2回代表会議で決められた。『変更は不可能だ。これが世界の意思なのだから』と言って強制的にね」
あれはたかが1人の命で止められるようなものじゃない。
彼にはもっと価値がある。ふざけ散らかした人間どもよりもずっと優秀な人間だ。
「そしてここからが推測だが・・これは建前として言っていて彼の存在は世界にとって不都合だからだと考えている。全ての鍵を握るものだからね」
「全ての鍵?」
「ああ。君とて調べているのだろう?養子縁組をした彼の経歴を」
「・・ええ、もちろんです」
「彼の異常性に関しては気付いている前提でいいかい?」
「・・まぁある程度は」
異常ではないが。
「知っての通り彼の過去はない。これは意図的に消されていると私は考えている。そしてそれらを消すことによって本来の事実が消され、新たな事実が生まれたのだろう」
「つまりどういうことでしょうか?」
「やはり君はあまりにも外を知らなさすぎる。いや、知らないからこそ生きているのかもしれない」
「知らぬが花、といったところですかね?」
「触らぬ神に祟りなし、が1番正しいだろうね。まさしくあの所業は神に近い。だからこそ人は恐れる。自分より強いものに征服されることに」
「彼をどこまで知っていると?」
「私が知る彼の話はほとんどないさ。ただ、彼によく似た厄災戦の活躍者は知っている。私がその彼を知っているのはせいぜい厄災戦前後までだ。それまでしかこの眼で見れなかった。厄災戦で見たあの者は人間は形が違った。人間の枠を飛び越えた何かであり、何かを間違えれば世界を滅ぼすような危うさを持っていた。彼もまた同じなのかもしれない」
どちらも違う。彼は人間だ。純粋で、それでいながら少し曲がった天才なだけだ。
「君が鍵だ。どう行動するかによって彼の能力が変わると思っている。私も彼に興味がある。彼の見せる未来に全ての人間が関わるだろう。どうか彼を導いてくれないか?」
「そこまでの誘導はある程度可能では?」
「管理職になればなるほど目立った行動はできない。広く、浅くしか手を出せないのさ」
どうにもできない分は人任せか。
「そこはいずれどうにかするとしてもすぐに直す準備をしておいてください。すぐに彼は帰ります」
「確実性は?」
「・・いえ、取り返します。確実に見えた未来です。私と周りの力を以て取り返します」
少しだけ力を込めて断言する。やっと目線が合った。
「・・流石だ。少し吹っかければこうなるだろうとは思っていたがここまで芯が強いとはな。その言葉、とくとこの身に刻んだ。その未来を見る用意をしよう。あとは君が好きなだけやればいい。できれば1番いい未来を期待する」
「謹んでお受けいたします。想定された未来へと向かえるように」
仰々しくお辞儀までつけておく。
「・・これではまた嫌われるな。中小貴族達からどやされそうだ」
「あら、そんなに弱い人間だとは思っておりませんが?」
「冗談だ。正直に言うと目線だけで黙らせる自信はある。周りからの評価がうるさいだけでな」
「周りなんて見ない方がいいですよ。自分は自分、他人は他人。境界線を引き間違えれば自滅します」
「君の方が余程あのような位置には向いているよ。私には重い」
「やらなければならない『事実』からは逃げてはならないと思いますよ。それでは」
「最大限の協力はする。君による最善の答えを期待するよ」
この人は私の知らない範囲を知っている。だから自信を持って協力することを言える。
「仰せのままに」
結局、何も知らないのはまた私だけなのだ。
次回 驕るもの