壊れた少年のマーチ   作:オリの中のカナリア

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影を走る者

夢から覚める。風景が縦に流れていく。

声を発そうとしても何も出ない。どうやら何もできないようだ。

 

流れに身を任せているとやがて1つの無機質な白で覆われたな空間に辿り着いた。

そこにはただ1人、自分が知っている人間が立っていた。

名を呼ぼうとするが声が出ない。足は動いた。

 

その人間のそばへと走って向かう。しかしある場所から行き止まる。

いつの間にか目の前には透明で薄い壁があった。

 

壊したい。そちらへ向かいたい。そう願った。

しかし相手は首を横に振っていた。

 

なぜ向かってはならないのか。何か理由があるのだろうか。

そう考えればば相手の目線は下へ逸れていった。どうやら考えだけは共有されるようだ。

 

自分が知る人間と同一かと考えればと肯定した。

何もないのかと考えれば肯定した。

ここは元の世界なのかと考えれば否定した。

ならばここはあの世界かと考えれば否定した。

 

ここはどんな世界なのかを考えていると相手の人間の胸部から赤い裂け目が発生する。

その裂け目の起点は胸から始まっていた。

その人間は自分の体の様子を見て少し困った顔をした。

自分はただその状態を眺めるのみだった。

 

手が伸びる。向かい側の人間からの手だ。

手が頬に触れる。手は温かくも細かった。顔は自然な笑みだ。

そのまま体のみが見える距離まで引き寄せられる。不思議なことに体は素直に従った。

腕に流れる血が存在を示すように揺れる。体は華奢ではあるが傷を受けても尚耐えている。

白く細く、繊細な肌。体に残る生々しい傷。綺麗な体だと思った。

 

傷が揺れ動く。徐々に拡大を始め、白い肌に縦に赤黒い傷を残していく。

腕を振り解こうとした。しかし腕は硬く結ばれている。逃げられないようだ。

頭に軽い衝撃が来る。激しいノイズと共にか細い意志が聞こえる。

 

"絶対に守る"

"今度こそ、必ず"

"あの日の過ちを正すために"

 

少なくとも人間の言葉を理解する者の意志。

言語理解能力は人間、もしくはそれ以上だろう。誰がこの言葉を考えるだろう。

 

傷が深く、大きくなっていく。

切り傷のようだった傷跡は抉れたかのような跡に変化する。

喉元まで端が迫っている。相当な痛みだろう。

まだ腕を解かない。相当な覚悟があるのだろう。

 

傷が喉を超えたとき、腕が解かれた。

すぐに後ろに下がろうとしたが両腕を掴まれる。

目の前の人間が何かを取り出し、自分の手に握らせて固められる。指が動かなくなった。

触れた感覚から正20面体の結晶だろう。純粋な水晶だろうか。

 

しっかりと自分に握らせた後に思いっきり蹴り飛ばされる。

起き上がろうとするが蹴られた場所が鳩尾であったが故に上手く立てない。

その間にも離れていく。ある程度離れた距離から振り向き、笑顔を見せた瞬間に消滅した。

 

内側から外側へ弾け飛ぶように赤色の液体が飛ぶ。

部屋全体が赤く染まり、自分の手に生ぬるい感覚が纏わりつく。

それが血だと理解することには少し時間がかかった。

 

一瞬で周りの様子が輝き視界がだんだんと見えて来る。前には忌まわしき生物がいた。

自分には赤い棒が刺さっていた。それが示すことに気付くまでにはさらに時間がかかった。

 

§

 

・・見えた。全ての意図が。

 

「すぐに軍を展開してください。基本は防御を中心に。相手が異常な反応をしました」

「開口一番いきなり何だ。会話が飛びすぎだ」

「今日、確実に来ます。彼を助けることができます」

「何故断言できる?明確な根拠があるなら言え」

「理由はないです。あえて言うならば直感でしょうか。いつもと感覚が少し違うので」

「話は聞いてやる。その後病院へ行け」

「体温も心拍数も平常値なので問題ないです。感覚としては魔力の感覚が強く感じられるだけです。まぁそれでもいつもよりほんのちょっと増えただけですが」

「どれだけ増えた?」

「強化を1回入れた程度です。周りには自分しかいなかったので確実かと」

「属性は?」

「感じられなかったので恐らく自然増加だと判断、変化した自然事項はあの生物の存在だけであることからあの生物が発したのだと推定しました」

「まぁ順当な判断だな。だが客観的な事実が足りん。軍は無理だ」

「・・そうですか」

 

しょうがない。1人で行くか。

 

「ただ小規模ならば直轄のを動かせんこともない。どの程度だ?」

「足止めができればいいです。最悪全力で殴るので」

「怪我するのだけはやめてくれよ。俺の首が飛んじまう」

「まぁそれなりにしておきます。そうならないといいですね」

「・・わあったよ。全部動かしてやる。但し被害は最小限にしろ」

「被害とはどちらですか?人的被害か、物的被害か、あるいはその両方か」

「両方、って言いたいとこだが人的被害は確実に減らせ。命あっての物種だ」

「それなら取り敢えず近隣の避難からですね。恐らく主戦場となるのは中心部なので」

「そこは俺らの仕事だ。アンタはその手段を考えろ」

「一応考えてはいますよ。場合によっては悲惨なことになるかもしれませんが」

「・・当然だが最善の選択肢にしろよ」

 

目の前で何もかもが崩れた世界。

理論も、道理も通用しない相手との闘いだ。

 

「後は念のためで回収する人間が2人いるのでそこの配慮をしておいてください」

「了解した」

 

運も実力も調整されれば終わる。いわゆる『詰み』だ。

その事態を避けるためにも何かで埋め合わせができる状態を作る。

逆に言えばそれだけしかできない。それ以上の対抗策はない。

 

「・・全てやり直し、かもしれませんね」

「どうした?」

「こちらの話です。よろしくお願いします」

 

いつ来たっておかしくはない。目的がどちらかならいいのだが。

 

§

 

俺は近くの酒場で酒も飲まず時間潰しのために待っていた。

中には既に酒を飲み始めた人間がいる。昼下がりからよく飲めるものだ。

 

「今日はどうしたんだ」

「すまねぇなマスター。この辺で用があるんだ。時間潰し程度にな」

「何か食べるか?」

「パンか何かあるか?できれば黒パンが良いが」

「軽食を取りたいなら言え。すぐにする」

「いや、パンが欲しいんだ。できるだけ日持ちする硬いパンが」

「お前がそんなことを言うなんて珍しいな。いつもは肉しか食わんと言うのに」

「いつの話だ。今は肉以外も食べる」

「今は、か。お前も昔からだいぶ変わったな」

「・・しゃあねぇだろ。人間ってやつはいつかは変わんなきゃいけねえんだよ」

「今も引きずってんのか?」

「・・引きずってねぇよ。全部忘れた」

「素直じゃねぇな。覚えてんならそれでいいだろ」

「覚えていたくなんてねぇよ。あんなクソみたいな事件」

「だがその事件でお前はここにいる。それ即ち・・」

「必要なものだった、って言うんだろ。だから今を必死に生きてんだよ」

「向こうは行ったか?」

「行けるわけねぇだろ。どのツラ下げて行けって言うんだよ」

「難しく考えなくともたまに顔見せる程度でいいんだ。みんなそんなもんだ」

「なんにも前とは変わんねぇよ。俺も、アイツも」

「・・確かに変わってねぇな。頑固なあたりはお前の親父譲りだ」

 

マスターが裏へ行く。準備しに行ったのだろう。

黒パンの相場は銀貨2枚。そこまで高くないものだが食物としては十分だ。

 

「ほれよ。お望みの品だ」

 

マスターが出してきた袋には黒パンが3つ入っていた。

 

「うちにあった全部だ。入ってるだけ持ってけ。金はいらん。肉を焼いて待ってるぞ」

「・・肉が焦げないうちにまた来るよ」

 

マスターもなかなかに捻くれていて洒落た人間だ。だからこそ互いが理解できるのだろう。

 

「警報が鳴ったらすぐに逃げろよ。ここらでドンパチやるかもしれん」

「それを鎮めるのがお前の仕事だろう?信頼はしている」

「こっちじゃどうにもならんかもしれん。そのぐらいデカいのが来る」

「どこの国からだ?」

「どこでもねぇよ。厄災の下の奴らが暴れるかもしれねぇだけだ」

「・・なるほどな。だから黒パンか」

「というわけで今日だけは早く閉めてくれ。確実に守るためにな」

「そちらもそちらで難儀というわけか。分かった、協力しよう」

「こんなことにまで付き合わせて悪りぃな。もう一線を退いたっていうのに」

「守ってもらうための条件みたいなものだ。別に悪い話じゃない」

 

マスターはよく知っている。経験から表も、裏も。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

奴は夕刻の鐘と同時に現れた、いや()()した。

 

「本当に色のない世界だ。君に僕が彩りを与えよう」

 

奴は人型をしているが空を飛ぶ。翼はなく、特殊な武器もない。話す言葉は理解可能。

人間に酷似しているといえる。肌が銀色であることさえ除けば。

 

「さぁ、僕のところへ来たまえ。最高の世界へと誘おう」

 

取り敢えず指示として閃光弾を離れた場所から撃つように指示する。

その間にも球体へと手を差し伸べる。何も起こらない。

 

「拒絶するというのかい?従者である君が」

 

どうやらあいつが全ての原因のようだ。

 

「しょうがない。君がなくなったところで何の変わりもしない。"弾けろ"」

 

漆黒の虚体の物質から赤い筋が十字に走り赤い表面へと変化する。

 

「全てを失ってなおなぜ背く。君にはその必要性がない」

 

内部分裂だろうか。それなら都合がいいのだが。

 

「存在する必要性がないのなら消してしまおう」

 

右手を軽く上げる。赤色の槍が無の空間から出てくる。

 

「"消えろ"」

 

右手を軽く下ろせば槍が球体に高速で向かう。

球体に触れた瞬間甲高い音を立てて一瞬止まったがすぐにその勢いは取り戻され貫通する。

風船が割れるかのように赤い物体は割れ、物質として地に落ち鉄臭い液体を流す。

槍はそのまま貫通し赤の液体に濡れた人型の何かを貫いたまま地に深く突き刺さっていた。

 

「・・普通なら死んだな。アイツならどうにかなるかもしれねぇが」

「やはり君と僕は運命によって繋がっていた。だからこそここでも会うことができる。分かるだろう?何度も駆け抜けた記憶で」

「・・・・」

「おっと、やりすぎたかな。まぁ抵抗しないほうが楽か」

 

魔石を文鳥に変えて飛ばしてやる。文言はたった一つ。それですぐに来るはずだ。

 

「君が無駄に動くからこそこうなるだけさ。さぁ見せてくれ。君の中に棲みつく神を」

「・・」

「応じないというのならば無理矢理にでも開けてもらうしかないな」

 

あの人型の何かが確実にアイツならば攻撃しても問題はない。戦闘時の能力を調べるために全員に待機させる。

 

「"目覚めよ、我が同志"」

 

人型の何かの目のあたりが白く輝く。

魔力の動きは一切ない。ということは実力のみで動かしている。

相当な相手を選んでしまったようだ。

 

「"解放せよ"」

 

槍に触れようとした瞬間腕ごと切り落とされる。

 

「・・何故落とす?」

「・・間に合いました。ちょっと骨董品を探って正解だったようです」

 

赤き光を纏った少女が見合わぬ大きな剣を持ってきた。




次回 世界の希望 よろしくね〜
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