壊れた少年のマーチ   作:オリの中のカナリア

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失うもの、得るもの

目を覚ます。蛍光灯とは違う灯りの眩しさを眼で認識する。どうやらまた繰り返されずには済んだようだ。

左腕には生理用食塩水とリストバンド。遂にこちら側になったのだ。

リストバンドの番号を見ながら後悔する。

 

「・・情けねぇな。傲慢の結果がこれだ」

 

何も変わっていないと思っていた。能力も、実力も。驕っていたとも言えよう。

全てを潰し、全てを戻し、全てを破壊し、全てを創造する。

たったそれだけのことも、全ては飛び去った過去なのだ。何かを残すための無駄な足掻き。

 

驕れるものも久しからず。盛者必衰の理あり。

 

もうそろそろ退くべき時だ。もう普通ではいられない。

 

「いつまでも、絶えることなく、か」

 

悪くはない人生だ。人として生きることができていたかは怪しいが。

 

「何もかもが狂った結果の世界なのかもな」

 

世界。人間。倫理。規律。摂理。思想。

これらが狂ってしまったからこそ見れた景色かもしれない。

 

「ここでじっとするはできないんだ」

 

点滴針を下向きに引き抜く。多少の痛みとともに銀の身を現す針を放り投げる。

 

「さっさと歩いて・・」

 

ベッドから降りて歩こうとしたが脚がもつれる。貧血だろう。

思考回路が赤く染まる。思い浮かぶ景色がどんどん変わる。

 

紅に染まった空。

 

鉄と腐敗臭の漂う地面。

 

荒れ果てた土壌。

 

人型に集い内臓を漁る魔物。

 

ボロボロの鉄屑。

 

それらはハッキリと、鮮明に映るようでありながら波のように消え次へ移る。

そして最後に見せられた2つの絵。これには見覚えがある。

 

「・・・・」

 

全壊したバルバトス。首も、腕も、脚も、腹部もない。それでもはっきりと映る胸部装甲。

確実だ。これはバルバトス。絶対的な防御を得たバルバトス。

 

そして白い実験室。中には1台のベッドと1人の被験者。

操作盤には多数のグラフとスイッチが置かれている。

 

「・・なるほどね」

 

全て分かった。

恐らくここに居ても変わらない。そして確実に死ぬような目に遭うがする。

 

「死に方ぐらいは選ばせてもらおうか」

 

周りを見渡す。どこにも出入り口はない。

 

魔力眼(アムロ)、展開」

 

もう1度周りを見渡す。壁の材質が1面だけ違う。

 

「そこだな」

 

壁に手をつける。感覚は他と全く同じだ。

 

(ひず)め」

 

手を当てた中心から逃がすように魔力を動かす。向こうの人間に気づかれぬよう速やかに。

壁が少し湾曲する。ほんの少しであろうとも弱点に力が掛かれば簡単に崩れ去る。

 

ピキ、と小さな音がした。あとは時間との争いだ。一気に魔力を流し込み一気に変形させ砕く。小さな結晶となって砕けるガラス。特殊ガラスのようだ。

 

「!!」

 

向こう側には2人いた。何もしなければ黙らせるだけで済んだというのに。

 

「・・愚かな人間だ」

 

後片付けだけはしておく。隅っこに重ねていれば上出来だろう。

奥に鉄製ドアを確認する。確実に向こうにもいる。

 

「・・この魔力量じゃ力技は無理だな」

 

回復している量が少ない。割に合わない。

 

「・・あんまりやりたかねぇんだけどよ」

 

隅に置いた人間を持つ。しょうがないと言い聞かせ齧る。前と変わらない無機質な感覚。味蕾が死んでしまったのだろう。きっと慣れたわけではないはずだ。

 

人間の肉は魔力量が非常に多い。それ故に屍食は禁じられる。人間の魔力暴走を防ぐためだ。しかし儀式的要素により黙認される箇所はごく少数ではあるが存在する。確か森の奥にいた超少数民族は死体を皆で食べていた記録がある。

 

そしてもう1つの黙認されている現象。それが医療用途である。

 

実際この世界には血液や肉体から作ることで応急且つ迅速に対応できるようにした薬は存在する。そして戦場では兵糧が完全に尽きた際に限り用量を抑えた使用を許可─正確には黙認だが─している。

 

そして主に好まれる部分。それが内臓、特に心臓である。

 

心臓には特に多くの栄養源と魔力を持つ。心臓だけは破壊せずに殺す依頼があったほどだ。

それだけ屍食は危険であり、同時に大きなビジネスとなる。

 

「感情を潰せ、思考を止めろ。余計な感覚はいらない、栄光のみを目指せ」

 

殺しに感情をかけてはならない。最初に教えられる情報だ。殺らなけりゃ殺られる。

 

"進めば得られる。戻ればなくなる。覚悟をしろ、───。"

「んなこと分かってる。今やるよ、マスター」

 

鉄製ドアを魔力で無理やり爆砕させる。あまり被害は見込め無さそうだ。

 

"敵数は不明だ。視覚からの攻撃に注意しろ。"

「全く、頼り甲斐のないマスターだ。もっと調べてくれ」

"報酬は大きい。後で渡す。"

「・・しゃあねぇな。次は注意してくれよ」

 

行動のパターンはだいたい決まっている。それに合わせる行動を取ればいい。簡単な仕事だ。

 

「全部頭部破壊でやっておいた。増援は?」

"すぐに来る。逃げろy・・"

「おいおい、そこで倒れられちゃ話にならんぞ」

 

声が聞こえない。死んだか。

足音が聞こえる。

 

「離脱するか。重点強化(バースト)

 

筋肉自体を活性化させる。これで自然回復効果は上がる。肉体自体の強化にはならないが。

そのまま足音の元へ走る。想定通りというべきか、重装備がゴロゴロいる。

 

「止まれ!」

「止まれと言われて止まる馬鹿はいねぇよ」

 

取り敢えず去り際にラリアット。顎ぐらいは外れただろう。

 

「撃て!撃ち尽くせ!意地でも止めろ!」

 

丈夫で健気なことだ。豆鉄砲で止めようとしている。

弾が体を掠める。無数の切り傷となり、すぐに回復する。

外はすぐそこ。無数のドアを壊して行くことなど容易だ。

 

「耐腐食加工か。EN充填、圧縮。臨界点到達と同時に解放」

 

手の中で魔力を循環させる。バチバチと音が鳴ってくる。

その間にも鉛の雨は降り注ぐ。回復中の傷に新たな傷がつき速度が鈍っている。

 

「臨界点までは程遠いが・・しょうがない、解放(エンゲージ)

 

激しい爆発を起こす。発生した熱により赤く染まり変形はしていた。が、破るというほどではなかったようだ。それに想定しているよりも厚い。

 

「やっぱ詰めが甘いんだよなぁ、俺は」

 

何も変わらないというのなら。

 

「・・やっぱ最後は自爆か。リミッター全解放。魔力放出制限値を無効化」

 

困った時は死ぬほど痛い自爆。今回は魔力暴走による異常発熱を利用したものだ。

 

「放熱機構閉鎖。循環を内循環のみに変更。皮膚硬化を開始」

 

魔力を全て循環させ体内魔力量を増やす。同時に圧縮し最大量を貯蔵する。

全ての臓器を魔力へ変換させる。これで『生物』から『爆弾』へと変わる。

 

「実行シークエンスを30に設定、凍結。カウント開始」

 

生物としての意識がなくなる。全ての境界線がなくなっていく。

 

もう何をしようとしていたのかも思い出せない。何もかも、忘れてしまえ。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

意識がある。肉体としての実感もある。

 

何故だ。何故自爆をして感覚がある。

 

よくわからない。でも事実としてある。

 

「・・ぅあ」

 

生きている。リストバンドも同じ番号。

 

「・・繰り返した?」

 

腕の針が増えた。繋がっているのは血液。

 

「・・もう一つ、なのか?」

 

ご丁寧にも小さな化粧箱が1つある。中身は記憶にひたすら染み付いたものだった。

 

「・・正気なのでしょうかね?」

 

§

 

いつも通り、とまではいかないが概ね問題ない日々。今日こそ尋ね人が来るだろう。

 

「・・いいのですか?やっていたことは犯罪に近いですよ?」

「ええ。むしろああでもしないと一生起きない気がしますし」

 

一昨日、軍管轄の病院に侵入した。目的はただ1つだ。

 

「にしてもかなり杜撰でしたよ。あんな状態じゃ治るものも治りません」

 

彼は倒れていた。症状は貧血。取り敢えず速やかにベッドへ戻し造血剤と輸血を入れた。

ついでに置物も置いておいた。

 

「管理がしきれてないんですよ。トリアージで軽くなりすぎているんでしょうね」

「あれだけ来たら被害は大きかったでしょうね。まさか空を覆ってしまうとは」

「本当、なんであんなに動いたのかが謎すぎてしょうがない」

 

彼が倒れた後、恐ろしい数の魔物が来た。空を覆い、黒一色にしてしまった。

ひとまず狩り落とし、追い払ったが今も少数が生き残っている。

 

「1番謎なのが大量発生よね」

 

今回多かったのは黒龍や赤龍といった大型魔物。数年に1匹増えるか増えないかの増殖速度のはずだ。何故ここまで増えたのだろうか。そして何故この国まで来たのか。

 

ドアが叩かれる。きっとあの人だ。

 

「どうしますか?」

「自分で対応する」

 

玄関まで行きドアを開ける。そこには想定通りの人がいた。

 

「・・これ、アンタだろ?」

「ええ、私の髪ですね」

「・・正気か?」

「正気でなきゃそんなことしませんよ?」

「その行動は狂気に満ちた人間が行うと思っていたが」

「でも私は正気です」

「・・はぁ。疲れた」

「その前に言うことがあるでしょう?」

「・・ただいま帰りました」

「はい、お帰りなさい」

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