「んで、何でこんなことをした」
「何でって、やりたかったからですよ」
「それで髪切って置くやつがいるかよ」
「ここに」
「・・」
「・・」
わざわざ彼女の一部である髪を切って渡そうとするのかが分からない。
何があろうとも運命は変わりないというのに。
「・・まったく、過ぎたことを咎めてもしょうがないだろう」
「そうですよ。今はそんな場合じゃないのですから」
「あなたはあなたで咎められるようなことをしないことが前提ですよ」
「・・はい」
そんな場合ではない、か。
「総合被害は?」
「・・推定でも300は下らないかと」
「負傷者か?」
「死亡者よ。後片付けがかなり酷かったわ」
「主に2次被害が酷かったからな。こちらもかなり痛手を負ったようだ」
2人から運ばれた後の話を聞く。
運ばれた後に大型魔獣がやってきて荒らし尽くし、退けたは良いものの建造物の被害が甚大だったようだ。あの騎士団長が苦しんでいたとまで言う。相当だったのだろう。
「それで簡単な対応に手が回らないわけだ」
「応急処置が裏目に出た形ですね」
「別に遅くなったことを咎める気は無い。助けられる命が減っている事実が問題だ」
恐らく処置も物資も間に合わない。早くても今後1週間は脆弱な状態が続くだろう。
「それでバルバトスなんですが・・」
「それがどうした?」
「黒龍たちを潰すのはうまくいったんですが消耗が激しくて・・」
「取り敢えず見ておけ。そうすればすぐに分かる。かなり酷い」
「どこにある?」
「一応そこに寝かせて・・」
すぐに向かう。そこには各部装甲が溶け見るも無惨なバルバトスがあった。
「こりゃ派手にやられたな」
「私が管理を怠ったためにこのように・・」
「別に問題ない。ルーナは生きてんだ。帰る場所がない方が困る」
「ですが・・」
どう直そうか。取り敢えず装甲は全修理。バックパックもだろう。
腕部も誘爆痕がある。少し時間がかかる修理だ。
「・・なので」
「ごめん一切聞いてなかったけどアホなこと言わない方がいいと思う」
「なっ・・」
「アンタの代わりはいねぇ。バルバトスは俺が作る限りずっとある。どっちが重要がは火を見るより明らかだろう?」
「・・・・」
「さて、修理・・と行きたいとこだがこいつらはちょっと特殊な治し方をする」
「特殊・・ですか?」
「ああ。それもかなり特殊な部類だ。特殊装甲にもう1度防御型魔法陣を描いてそれを隠す魔法陣を入れるからな。買うとたっけーぞ。当然だが壊れたところ全部だ」
「ああぅ・・コスト計算で頭が・・」
「幸いなことにコストはゼロに等しい。何せそこらに転がっているだろうからな」
「そこらに?空気ですか?」
「すごく掠った答えだが当たりだ。取り敢えず火葬場まで案内してくれ」
「火葬場はないですよ。燃やしきれません。安置所があったはずです」
「
「むしろ、ですか?」
首を傾げるのも無理はない。普通じゃ使わない、緊急用の修理方法だ。
ここじゃ何もが無さすぎる。ここで完全な修理は不可能だ。改修という形が最善だろう。
「留守はあいつにやらせりゃいい。教えてくれ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ここです。腐った肉とウジ等の虫に注意してくださいよ」
「はいよ」
連れて行かれたのは郊外、街の塀の外だ。
安置所にはかなりの量が放置されている。ざっと100人くらいだろう。中には腐敗が進んで肉が溶け始めたものもある。
「全部か?」
「医療崩壊で2回目が来ると思いますよ。多分そこまで遅くはないと」
「・・焼死と失血死が主な死因か。そういや何の攻撃を受けたんだ?」
「赤竜のブレスですね。人間に当たると骨も身も残らず消える程度です。死体の量は少なくはなるのである意味助かってはいるのかもしれません」
「他には?」
「黒竜、それと青龍が少数ですね。黒竜はツメによる攻撃が主だったはずです」
「なるほどねぇ」
死体の状態はそこまで悪くはない。まだ使える。修理の材質にしてもう1度輝いてもらおう。
「いくつか掻っ攫うか」
「これらを、ですか?」
「ああ。できれば状態のがいいがあまり大差はない。それに持って行ったところで問題はないだろ?」
「はぁ」
血生臭い匂いがする。心なしか懐かしい匂いだと感じる。
「
肉体を魔力で溶かして残存魔力を吸い上げ、圧縮して凝固させる。
「ひぃ!」
「どうしたんだ・・おいおい」
突然上がった悲鳴。
ルーナの片足を掴む手。それは明らかな力を持っていた。
「手が!手が!」
「・・厄介だな」
手首から切り落として腕を引き上げてから胴に右ストレート。
特に抵抗されることもなく動かなくなる。
脚に残った手を剥がす。案外鍛えられた手だ。肉のつき方もさほど悪くはない。
「死亡判断を誤ったか。それで大丈夫か?」
「腕が・・出てきて・・」
軽いパニック状態のようだ。まぁ想像したことのない位置から出てくればなるか。
「そりゃびっくりだな。死体の中から生きた腕は」
「引きずられるかと・・」
「そりゃ藁にもすがるって奴だからな。またの名を火事場の馬鹿力」
肩が軽く震えている。トラウマになると厄介だ。できれば軽く抑えたい。
恐らく何らかの理由で臨死状態だったのだろう。そしてそれが解けて上からの圧力に意識がいったというところだろうか。
「・・帰りますか?」
「これだけあれば応急分は治るだろう。上手くいけばバルバトスは動く」
「上手くいかなければ?」
「・・どかーん」
「やめてくださいよ、洒落にならないので」
「失敗することはないと思う。多分これだけあればね」
足回りは治せるだろう。おまけで後ろまで治れば十分だ。
「一旦帰るか。基礎修理まで治ればこっちにバルバトスを連れて行けばいい」
「そうですね・・」
「どうした?」
「いや・・えっと・・どうやって病院出たのかなと」
「どうやってって・・正面から出れないからドア出て全力で走って窓割って出てっただけだが?」
「やっぱり規格外ですね。想定内でありますが」
「・・褒められてるのかそれ?」
「感心しているんですよ」
帰路につく。空が暗い。
「・・雨、降りそうですね」
「そうか?その割には湿度が低い気がするし、あまりにも部分的じゃないか?向こうは晴れているし」
「そうでしょうか・・?」
暗い部分が自分たちのいる部分から広がる。これは雲の影じゃない。
「・・大型魔獣ですね」
「飛行竜か。ちょっと面倒だな」
「撃ち落とすつもりですか?」
「ちょうど回収した結晶があるからそれを使えば落とせる」
結晶を少し砕く。3ミリほどの大きさで十分だろう。
「そうそう、魔力ってちょっと特殊なんですよ。こうやって結晶にして安定化させると運べるんだけど」
狙いをつける。狙うは龍の首元、鱗の裏からぶち込む。
「結晶は温度変化に弱くって」
全力で投げつける。裏には入らなかったかもしれない。
「ああいう皮膚に触れると爆発するんです。中々厄介ですよね」
爆発が起こる。閃光が一瞬眩く光る。
「うーん、外しちゃいましたか」
「一旦退きましょう。そこからもう1度狙っていけば・・」
「多分無理だと思う。龍の鱗を裏から剥がすことができなかった。つまり文字通りの『逆鱗』に触れたってことだ」
龍がこちらを見る。かなりのお怒りモードだ。
「あれって種類は?」
「黒竜ですね。あの爪に1発当たれば死にますね。遺書はまだ書いていないのですが」
「問題ない。要するに殴られる前に殴り返してぶっ殺せばいいってことでしょ?」
「それができればこんなに焦らないのですが」
「できないことは言わないさ。『難しい』と『できない』は違う」
ここで耐えればすぐに来る。早く倒さないと次が来るかもしれない。
「敵意を向けたことを後悔するといい」
その辺から拾った剣を片手に対峙する。まぁまぁデカい龍だ。もっと小さくして集団で来れば結果は変わったはずだ。
「首の根本の骨を狙ってください。そうすれば首が外れて即死です」
「首の根本か。分かった。君は龍に対して横に避けろ。いいね?」
ルーナが首を縦に振る。
「さ、行って。早くしないと追いつかれる」
「・・怪我、しないでね」
「これ以上の怪我はできねぇよ」
ただでさえボロボロの肉体だ。これ以上壊れれば形がなくなる
黒龍がこちらに突進してくる。動きは単調だが速い。
「・・遊んでやるか。来いよ、
ムーンサルトで空を舞い、龍の背に乗る。黒龍は振り落とそうと暴れている。
「とっと・・頭のすぐ下まで行かないと」
首の上を綱渡りと同じ方法で渡る。いつの間にかかなりの高さまで飛んでいるようだ。
「たっけーなぁ・・」
落ちれば粉砕骨折で済まないだろう。そうなれば向ける顔がない。
「私は猫である」
名前はまだない。どこで生まれたかの見当を持たず、親の顔すら覚えぬ不孝者である。
ただ覚えていることといえば人間は醜いものだということであろう。
自分に名を与えた者の顔は覚えていない。ただ仮の名を授けられたことは記憶している。レイヴンという名と共に幸福と絶望を運ぶ者であれ、名に恥じぬ働きをするようにと言われた。自分はその名にひどく感激した。心酔するような感覚に近い。自分は言われたことを忠実にこなすことを肉体と精神に誓った。言われる前にこなしても良い、と言われたことは覚えている。
何かを望まれたわけではない。かといって何かを頼まれたわけでもない。思う前に身体が動くだけだったのかもしれない。なるべく早く動いた。主は常に怒らなかった。
主は自分が生き残る術を身につけさせるために傭兵たちと暮らさせた。自分は主に少しでも楽な生活をしてほしいと思った。だから自分は傭兵集団と共に主に言わず傭兵組織で働いた。
「私は見た」
大きく無駄なことを1度だけした。主の気を落としてしまったことだ。
傭兵としての依頼でひどく乱戦になった依頼があった。騙し合いしか起こらなかった。それなりの痛手は負ったが日常に問題はなかった。自分は主の元へ生きて帰れば良いと思っていた。
しかし主はひどく慌てふためき、すぐに手当てをした。そして主が詰問した。
それはとても長く、辛い時間でもあった。
主に正確なことを言えば言うほど顔が歪む。しかし正確に言わなければ主の指示に背くことになる。自分は正確に、あったことの全てを一言一句正確に述べた。
自分にはわからなかった。何故主がここまで自分を気に留めるか。どうして主が自分に拘るのかを。
自分は聞けなかった。これ以上聞けば主が壊れてしまいそうだった。
「名前は─」
最後に聞けばよかった。そうすれば抱え込むことは一切なかったのかもしれない。
「わからないな、結局」
首筋に力のみで無理矢理ねじ込む。かなり切れ味の悪い剣だ。関節が一切切れない。
黒龍も振り落とそうとしている。早くトドメを指したほうが良いだろう。
「君も生きるために足掻くのか。だが」
身体を剣に対して平行に。脚をしっかり構える。
「生き残るのは、俺だ」
剣を回す。無理矢理関節を外し、神経系統を止める。
暴れていた龍も時間を止めたかのように止まり落下する。
ついに倒せたのだ。
「ふう。それで・・」
下を見る。かなりの高さから落ちている。
黒龍の上にとりあえず登り酸素を確保する。
「どう対策しようか。このままだと確実に全身粉砕骨折だ」
黒龍の上にいるためか風の抵抗は受けていない。それ故に速さが測れない。下手に飛べば鱗で発生した乱気流で最終的にミンチより酷いことになる。
「正しく八方塞がり、といったところだな」
なるべく人がいない土地に落ちるよう竜の上を走り重心を変える。気休め程度でしかない変化だがやらないよりはマシだろう。どうせ一蓮托生だ。
「キル数は推定エースだな。・・まぁ何か変わるわけじゃねぇけど」
気を抜いた瞬間氷柱が地上から勢いよく生成され黒竜を貫通する。
先端が尖った氷。急速に成長させた際にできる特徴だ。
「・・やっぱとんでもねぇ奴だよ、あいつは」
氷に突き刺さり速度を落としていく黒竜。後で素材にしてやろう。
目測10m前後。ここなら5点着地で大丈夫だろう。
「まぁ・・折れたらそこまで、ってことで」
風を切って落ちていく。想定より長い気がする。
「う゛っ・・っぐぅ」
足からついて膝、肩と圧力を分散させる。最適とはいえかなり痛い。どうやら目測を間違えたようだ。
「大丈夫・・ではなさそうですね」
「問題ない・・次へ」
「問題しかないでしょう?それのどこが大丈夫だと言えるんでしょうね」
「全て」
「・・よくそこまで強がれますね」
「事実だ」
「足が怪我していても、ですか?」
「・・それもまた、事実だ」
足は怪我をしている。頭で理解する痛みが訴えている。
そんなことは分かっている。それでも、止めてはならないものがある。
「どうして休まないのですか?壊れてしまいますよ」
「もうとっくに壊れているのさ。修復不能なほどにね」
自分より大事なものがある。だから進まなければならない。
「なら私が治します。だから休んでください」
「もっと大事なものがあるだろ。だったらそっちに時間をかけろ」
「・・つまりあなたが大事だと言い切ればいいのですね」
「証明不能だけどな」
「証明はできてますよ。私がそう思っているからです。これは唯一の信頼できる情報による裏付けです」
「・・随分と頭が回るようになったんだな」
「それだけ発想が偏っているだけなんですけどね。さ、帰って休んでください」
「・・しゃあねぇな。帰るか。あの竜だけは持ち帰れよ。分析しねぇと」
「後で回収しますよ。忘れずにね」