「…最善の回復は自然治癒しかない。最低限手当はした。だから寝ろ」
「それは貴様にも言えよう?」
「俺は要らん。放っておけば直る」
「何を言う。刺した我が腕が保証しよう、無事ではないとな」
「随分と自信家で」
「何故そうなる…」
「そらそうだろ」
どう考えてもそうしか考えられん。
「お前は『組織』に属した敵だった。だから刺されて当たり前だ。むしろ刺されて死んでいない自分に疑問があるが」
「それは、すまない…」
「いい。謝る程度ではない」
「そうじゃない…」
「ならどういうことだ?」
眼を見つめる。伏しがちに瞳が動く。
「あれは、その…」
「どういうことだ?」
「…私の意思ではない、
「はず?」
「…途中までしか記憶にない。それこそ写真を見せられているように破片でしか捉えられない」
「何だ、そんなことか」
「そんなこととは失礼だな」
「お前は根本が間違っている」
ピクリと耳だけ動く。
「記憶はそもそも動画なんかじゃない。そんな高性能な脳なんかない。やっていることは写真の破片を集めて都合よく解釈するだけだ。だからお前が言っていることは当たり前だ。脳内でそれを繋げられないことがどういうことか、分かるか?」
「…都合が悪い解釈をせざるを得ないからか」
「大正解。人間はどうやらここで止まる。それ以上知ろうとしないし、知りたくもない。愚かだろう?探し求めたものが都合が悪くてわかんないとしか言えないってさ。お前はその先に行こうとしている。本当に知りたいか?」
「…どういう意味だ?」
「お前の全てを否定される可能性があるってことだ。信じたものも求めたものも空想でした、なんて洒落にもならねぇ話になりえるってことだ。人間はこれを怖がる」
「私は別にいい。もう何もないのだから」
「何もねぇことはねぇよ。全てを無くしたわけじゃねぇから」
別に精神が削れたわけでもなく、身寄りも無いわけではない。なら。
「まだ取り戻せる。それをお前が望むなら」
「私が、望むなら…」
「そうさ。全てはここから始まる。望めば扉は開かれる」
「…教えてくれ。私の存在意義を」
…そう来たか。ちょっと予想外だな。
§
私は言われる通りに生きた。
言われる通り生きれば怪我もしない。十分な量の食事も摂れる。
これ以上ない生活だった。
ある日言われた。ある者を殺せ、と。
脱走者であり、前科あり。推定ではあるが生存している。
そしてある街にて報告があった。だからそいつを探し出せ。できれば殺すように。
大まかに言えばそれだけだった。
私に言われた指示はそれだけ。ただし、その中に昂る自分と恐る自分がいた。
そこから拷問に近い日々だった。食事も制限され続け、行動も制限された。陽に当たらない日も、1歩も動かぬ日もあった。
それでも、どこかに希望を持っていた。
いつかは解放される。それまで堪えるだけだ。耐えて、生き残って、帰る。
そう思っていくうちに恐れは消えた。自分は正当な生き方をしているのだから。
そこからは記憶にない。途切れている。
思い出せるのは彼と出会った後。あの時に私を何もかもを変えた。
彼が光を
その光は光線ではない。しかし粒子でもない。
あえて形容するのであれば水のように崩れる結晶だろうか。
目にはきらきらと煌めいて見え、手にとってまじまじと見ようものならハラリと崩れる不安定さ。
彼を見つけた瞬間わかるほどの煌めきを彼は持っていた。炎を激らせた人間とも言えるかもしれない。
だが彼は違った。
この炎は喜びに激る炎ではなく、悲しみに濡れた焔であった。
この煌めきは希望ではなく、彼の絶望による生命の燐光であった。
彼は光を見ているのではなく、闇を取り込んで消化しようとしている。
まるで、罪を全て吸い込んで、自分の身を崩壊させていくようだった。
それほどまでの大きな欠陥。それでいながら眼を離せぬ美しさ。崩壊美とも言える脆さを持ちながら信条の固さを兼ね持つ姿。不思議と魅力的に感じた。
私は彼を殺すことがだんだんと惜しくなった。この不思議と浮き足立ったかのような感情と使命という責務を選ぶ残酷な選択。
間違った選択であることもわかっていた。間違える度にきりきりと胸が締められていく痛み。それを負ってでも見たくなる美しさ。自分の愚かな姿を輝かせて見せる姿に歓喜する自分。あの人さえ無ければどれだけ幸せであろう。そう叶いもしない願いも乗せたりもした。
ある日だった。それは突然だった。彼が身体中にひどい損傷を負って送られていったことを聞いた。どうしても気になったためにあの人を利用し、共謀した。
『あの人』は気づかなかったことだろう。満足して帰ってきた。
その時に気づいてしまった。『あの人』は対立する。そして私が勝てないということにも。
私は狂ったのだろう。そこからも記憶がない。気づいた時には刃物が既に彼に刺さっていた。
思考が止まり、行動ができなかった。
「…辿らせるつもりは、ない。
ぼんやりと状況を掴んだ状態から激痛が走る。身体から何かが毟り取られるような感覚。それと同時に自分の存在が薄くなったように感じる。
「やっぱり、あるじゃねぇかよ。随分と立派なのが」
「何だ、それは…」
手にしていたのは異形の機械。月の光に照らされ薄い紅色の光が光る。
「こいつを覚えてねぇか…まぁ大抵ここまでを消すから覚えてねぇか。こいつを自分で飲み込んだんだよ」
「こんな、ものを…」
言われた通りに生きて。言われた通りに食べて。
全てが、間違っていた。
「まぁもっと小さいけどな。体内で魔力を吸収して大きくなる。んで心臓近くに行って最終的には…そこはこいつの構造的にわかるか」
彼の握力でみしりと機械が悲鳴を上げる。その後間も無く軽い爆発をした。
「これがこの機械に出会っちまった奴らの最期さ。最後のが体内で起こる時点でほぼ想像がつくだろ?」
「…」
もし気づけなかったら。
何も気にすることもなく帰って、任務終了を伝えて、魔力補給と褒美を貰う。
きっと褒美をもらった瞬間死んでいただろう。
「僕の体には少なくとも3個ついてる。2個は無理やり進行を抑えてる。1個ももうそろそろだ。だから同じなんだよ。お前は」
「そんなわけが…」
後始末のためにこれがつけられたとするなら複数個はいらない。
そして彼はそれらを『抑えた』と表現した。
つまり─
「まぁじっとしてろ。下手に動けば心臓がぶち抜けちまうからな」
それだけ言って彼は引っ込んだ。
何故助けたのだろう。利益があるから?なら何が利益になる?
わからない。わかってはいけない。
何も知らずに現実を甘受すればいい。
そうすれば、
変わることを望んではいけない。惑いの息に罹れば身を滅ぼす。
違う。変わらなければならない。
かの言葉は悪魔の言葉。早急に討伐せねば。
違う。悪魔ではない。私は意味なき虐殺をした。
これは虐殺ではない。悪魔の宿主への解放なのだ。
違う。こんなのは虐殺だ。
悪を許すな。我が神を畏れろ。さすれば救われる。そうだろう?
違う。
神は言われた。立ち上がれ。そして戦えと。それこそが正義であると。
違う。
殺せ。価値なんてない。
違う。
お前が殺せばこいつは苦しまなかった。違うか?臆病者。
違う─?
お前の判断が遅いから周りが死んだ。そうだろう?
違─わない。でも正しく─ない?
最後の仕事だ。殺せ。
嫌だ。殺したくない。
証拠隠滅のため殺すことは間違いか?
正し─
「…ぅっ…ふぅっ…」
刺される痛みに意識が引き戻される。
すうっと脳内で私を責め立てる声が消える。
「向こうじゃまともなことすら受けれねぇ。こっちで気づけてよかったじゃねぇか」
「何故っ…貴様は助ける…?」
「お前と僕が似ているからだよ。何もかも言われた通りに従って、身を削って誰かの役に立とうとして、どうにかして自分の存在意義を見出そうとする言動や所作が完全にそうだ」
いいや違う。それこそ天と地のように。
「私とお前は、違う」
「そうだな。だから"似ている"と言った。僕が俺となって失ったものがあまりにも多すぎた。お前も部族の中で"訳あり"として生きていたからあの組織に入り浸ったのだろう?」
何故逃げられたのだろう。
「僕だってそうさ。こんな周りとの見た目の違いだけで忌み嫌われ続けて嫌になったからあの時の俺はのめり込んだ。自分が自分である証明がしたかった。それが地獄の入り口であることに気付かずにね」
「なら、何故」
似ていると言う。分かると言う。
それだけで、無駄な期待をしてしまうではないか。
「薬は確かに人にとっては素晴らしいものだ。ただし、他の部分を食い荒らして見た目上の改善を貼り付けるものであることに変わりはない。だからこそ、人間は薬に堕ちる。目先の利益までしか見えないからだ。俺はきっとそれに気付いてた。そして組織もそれに気付いた。だから抜け出した僕をどうしても囲い込みたいんだよ。歩く危険薬物の物的証拠となりうるから。そのためには逃げさせないための構造が必要。だからあの機械を作り上げた。まぁついてる本人が気づいているから何とも言えないが」
それなのに。
何故、背負い続ける。捨ててもいいはずだ。
「もう、あれは止まらない」
「分かっているさ。だから僕が元を壊すしかない。僕には失うものなんてないから」
そうか。
彼はもう持てないんだ。
望みを叶えるために絶望を受け入れて。
願いを叶えるために呪いを受けて。
肉体を強化するために精神を捨てて。
そして、未来を生きるために過去を全て消した。
ああ、なんと世界は残酷なのだろう。
彼は世界の全てを助けようとしている。なのに世界は彼からひとつずつ能力を奪っている。
せめて、私だけでも手を差し伸べよう。
「さ、治療しよう。このままだと君の胸に空洞が開いたままだ」
「…これから私は、何をすればいい?」
私はどうすれば彼に何かを与えることができるだろう。
「自由にすればいいさ。あいつの手伝いをするなり、家に帰って親の顔を眺めるなり。本当の"自由"を得られたのだからお前が選択肢を作って選択しろ」
「貴様は、何をする?」
それによって私の行動は変わる。
中継を間違えなければ問題なく進める。
「…また何かしてると思うよ。世界を変えるようなこととか、人を困らせることとか」
返ってきたのははっきりしない答え。
それでは間違える。もっと分かりやすく。もっと正確に─
違う。
これは未来。定まるはずがない線。
最適な答えは『なし』だ。私も大概に狂っている。
「出会った奴は苦労しそうだ」
現在進行形で。
「そうだね。本当に、迷惑だ」
何かを遠くから見るような目。
その目には一切の灯りはなかった。
「…何か抱えているのか?」
「いいや。世界の方針がわかってしまっただけさ」
救われる手もなく、掬い上げる機会もない暗い海。
そんな海と孤独に生きる彼。
誰が救おうか。何のために救おうか。
下ろされた
??:「門は開かれた。運命もいずれ決まる。君に華を添えよう。大きな大きな、一輪挿しを」