ああ 取り繕っていたいな
ちゃんと笑えてなきゃね 大した自信も無いから
空っぽが埋められないこと 全部ばれてたらどうしよう
ああ あなたの右どなり
わたし 氷漬け
代償
走る。ひたすら疾く走る。
私が彼の存在を忘れていない間に着くように。
「…ひどい話ですよね、成果だけ横取りしてるなんて」
変幻自体はもとより私たちが得意とする分野。
それに加えてこの状況。必然的に頼ることとなる。
「…生殺与奪は我にあり、ってか」
重症の傷を負った
今なら確実に仕留め切れる。
噛みちぎろうとも、引き裂こうとも誰にも止められない。
私以外は。
私にとってはもう『敵』とはみなせない。
『私』を存在させ、定着させ、そして容認した、どこの誰よりもずっと尊い存在。
私にはもう噛む牙も、憎む爪もない。恩を返す手段も持っていない。
だから。
「狂わされたものだ、私も」
できる限り、手を尽くして。
目指す先はただ1つ。
人類が接触したことのない地域。いわゆる『空白地帯』だ。
『空白地帯』とは言うものの、何もないわけではない。
あそこはあまりにも発展しすぎたために自給自足とも言える循環を自然に構成している。だからこそ閉鎖しているのだ。外部の影響を受けないために。
私とて帰りたくはない。だが、そこなら彼は確実に良好な傾向を見せるだろう。
「向こうでのツケは払ってもらうぞ?」
だから。
どうか、死なないで。
§
消えた記憶。
追いかけて。
何かに落ちて。
編み込まれた。
「…違う」
起きればいつもの天幕。
「私は、何を」
思い出せない。何かを追いかけて、見つけたのに。
夢だけで終わらせたくない。
「…レポート、まとめなきゃ」
駄目。まだ終わってない。もっとはっきりさせないと。
「箱にまとめて…ポイっと」
閉じ込めてはもう。
「フタをぺたっと」
忘れてしまう。
「そうだ…片付けしてたんだ」
起きないと。
「次の箱をつくってレポートを」
投げて。
「ボッシュート!」
言ってみたかった言葉ベスト10の1つである。
というか。
なんか最近精神衛生上よろしくないものを見てしまったために感情が壊れている気がする。特に覚えてはいないけど。
「…ふう」
何かさみしい。昔はもっと賑やかだったような。
「…治験、やんなきゃ」
治験?誰に?
ドアのチャイムが鳴った。誰かが来た?
「…誰?」
「忘れたとは悲しいな、長らく会ってなかったとはいえ」
「…ごめんなさい、本当に覚えていないの」
「おぅ…」
黄色の髪のヒト。
「そこでへばってどうすんのよ…フォーマルハウテ・ルーナ、本人ね?」
「分かって来ているのなら正しいんじゃない?」
「…話があるの。中に入れて」
赤い髪のヒト。
「いやそもそも」
「そうだったわね─私はヴェリア・リーゼ。これで他人ではないはずよ」
赤い髪のヒトはヴェリア・リーゼ。
「…その人は?」
「ジューク・ライアスだ。ジュークで十分」
黄色の髪のヒトはジューク・ライアス。
「そう。何の用?」
「だから重要なことが」
「3行説明」
「要すると…
大事なことがある。
あんたに聞く必要がある。
外で話せないから中で。
ってことだ」
「そ。入って」
必要ならしょうがない。
「…荒んでいるわね」
「そうでしょうか?元を覚えていないので」
「普通そこまで忘れるかしら?」
「必要ないので」
「…あっそ」
いらないことは忘れる。これが大事だ。
「それで?」
「ヴァルフはどこにいる?もう1ヶ月経つが、1回も来ていない。どういうことだ?」
「そもそもそれは何?」
「「え?」」
「『ヴァルフ』は私の記憶にはない。それが事実」
「で、でも…」
「これ以上話すことはないわ。だって」
「私は覚えていないから」
「…どこへ行った?」
「さぁ?」
「何故忘れたの?」
「必要ないので」
「あの狐は?」
「狐…あの子ですか?」
「どの?」
「悪かったな、地味で」
「ひぃ!」
ヴェリア、とかいう奴から声が聞こえた。
「…いつから?」
「そうですね…どこにいる、って辺りから」
「ほぼ全部じゃねぇか」
「すまんな、随分面白い話をしていると」
「ヴァルフはどこだ?」
「誰だそれ?」
「えっと…黒髪の子です」
「ああ、レイヴンか?」
「「レイヴンって…」どういう人でしたか?」
ジューク、とかいう奴が口を塞がれている。意外と滑稽で笑える。
「どんな奴って…まぁ、変な奴だな」
「具体的に?」
「うーん…戦闘狂、っていうにはなよっとしてるしなぁ…まぁいいとこ天才肌の馬鹿ってとこか?」
「…なんか掠るような外すような」
「そう言われてもそれしか言いようがないしなぁ…」
「今度はこっちの番ね?」
こっちも聞きたいことがある。
「なぜあなた達が来たの?他に来るべきヒトがいたはずよ」
「それは非常に複雑というか…」
「ルーナ、やめとけ。今は知るべきじゃない」
狐に止められた。残念。
「あら残念、次に冷やかすところを探そうと思ったのに」
「ウソでしょ…」
「ええ、嘘よ」
「あのなぁ…」
「…まぁレイヴンもこういう奴だ、まともに取り合うと気が狂う」
「ところで、『レイヴン』とは?」
「は?」
今度は狐がキレた。わけがわからないよ。
「お前、本っ当に忘れたのか?」
「ごめんなさい、覚えてないわ」
「欠片もか?」
「ええ」
欠片。なんだっけ。
「…すまない、今回はお引き取り願おう」
「どういうこと?」
「どうやら何らかの理由で─記憶が欠落した」
「…穴埋めは?」
「原因さえ分かれば、と言いたいとこだが…正直メドはない。ヒトの記憶はそれだけ複雑だ」
「こちらでどうにかできるなら手伝おう」
「ありがたいが…生憎、原因さえ分かっていない。しばらくかかる」
「それでもいい。協力したい。どうしても必要だ」
狐が見送り、静寂が戻る。程なくして狐が帰ってくる。
「…本当に、忘れたのか?」
「分からないわ」
「…最悪だ」
「ごめんなさい?」
「お前が謝ってどうすんだ。私の落ち度だ。こうなることは予測できた」
「それでも、ごめんなさい」
「…あーもう!調子が狂う!」
「ごめんなさい」
「いい?あんたは悪くない。なら謝らなくていい。分かった?」
「はい」
「もう…ただでさえ向こうと折り合いがつかないのに…」
「折り合い?」
「あっ、そーだ」
間を詰められる。顔が近い。
「荷物、まとめてある?」
「あ、ありますが…」
「ならまとめて。記憶の根底にあるはずの子に会いに行こう」
「それは誰ですか?」
「『レイヴン』とだけ伝えとくよ。さ、行こう!」
「どこへ?」
「私の地元だった場所、って言うのが正しいかな?」
「…箱の中に全部を」
「話が早くて助かるよ」
狐の顔が遠ざかる。なかなか端正な顔立ちだ。ヒトに快く受け入れられるだろう。
「案内してくれ、私は知らないんだ」
「私と共にいて覚えてないの?」
「1回で全てを覚えられたらな」
「あらら、冗談は死んでから言ってほしいわね?」
「…分が悪い賭けは降りる主義なんだ、すまないね」
研究室に案内しておく。
「…荷物少ねぇなぁ。足りてんのかこれで?」
「必要最低限、です」
「まぁそういうなら。バルバトスは起きてる?」
「バルバトス?」
「あちゃー、そこまでいってるか」
狐が頭を抑える。
「動かすにはアイツが必要なんだよなぁ…」
「どうしました?」
「何でもない」
アリーナへ歩く。その道は知っているようだ。
「いたいた」
そこにあったのは巨人。鋼鉄に覆われ、沈黙している。
私は覚えている。
「…街を、焼いた」
「え?」
「憎むべき存在、ここで破壊する」
「待て待て待て。街を焼いた?」
「私たちの崩壊の原因。なら、仇を」
「…本当にそれか?」
「ええ、私は覚えてる。ヒトごと薙ぎ払い、焼き尽くした姿を」
憎むべき存在。辛く、しんどい記憶。
「…少なくとも、コイツではない」
「そんなわけがない」
「コイツはそういう装備じゃない」
「装備ぐらい変えればいいじゃない?」
「コイツは型が『強襲型』だ、『攻撃型』じゃない」
「どういうことよ?」
「アンタが見たのは基地破壊を主とする『攻撃型』だ。コイツみたいな『強襲型』では火力が低すぎる」
「じゃあ私が見たのは?」
覚えている。記憶にある。
「…アイツの機体は厄災戦の前からある。特に乗り手とうまくそりが合った機体は『悪魔憑き』と呼ばれる。悪魔は全部で72体だ。…とはいえ厄災が出てすぐ問題になったために20機ぐらいしかない。んでもってその中に『フラウロス』があってな、まーこれがすんげー厄介なんだな」
「簡潔に言うと?」
「そいつは幻覚を見せる。それも常に。やろうと思えば洗脳もできる程度だったらしい。そしてバルバトス、もといレイヴンがフラウロスをぶっ壊した」
…あれ?
「確か…国有倉庫に…」
「そりゃエンジンはどっかに丸々あるぞ?核原動だから破壊できねぇし、劣化しにくいし。本体は重金属をバカみたいに使う機械だから、そんなのに使うぐらいなら他のをたくさん作った方がまだ戦力になる。おまけに扱いも癖ありだ」
どうだったっけ。完全だったような気がする。でも人型じゃなかったはず。
「それより早く向かうぞ」
「噛み付くことは?」
「ねぇよ」
「安全性は?」
「基本安全、有事も即破壊するから問題なし」
「外交問題は?」
「知ってるか?『バレなきゃ犯罪じゃない』って言葉」
「…あなたを今すぐ突き出した方がいい気がしてきた」
「問題ない、全部未遂に終わった」
「十分なまでにアウトですが」
この国は未遂でも捕まる。とはいえあまり機能していないのが事実だ。
ヒトが弱すぎる。刃物の切り傷1本で死ぬ。
「とりあえず血みどろにはしないでくださいね」
「戦場か何かだとお思いで?」
「なら安心です─戦場はもっと酷いものが見れますから」
「おお怖い怖い」
鋼鉄に覆われた巨人─バルバトスに狐が呼びかける。
「バルバトス、起きろー、ご主人が命の危機だぞー」
何ともやる気のない感じ。それでは無理だ。
「私が呼びますよ」
「分かるか?」
「来そうなので」
バルバトスに手を触れる。無機質で冷たい感覚をよく感じる。
「目覚めて」
ガガッ、と音がする。
「応えてくれるのね」
キュルキュルと回る音。
「助けて」
駆動系の音がした。起きたようだ。
「…不思議なことがあるもんだな」
「何が?」
「ソイツは『レイヴン』の声でしか応えないんだよ。要するに超ツンデレ…って今はやめとくか、捻り潰されそうだな。荷物持って来な、しばらく掛かる」
部屋から箱を持ち出す。何か忘れている気がする。
ま、いっか。
「これと、これ…あ、フタが」
開いてる。閉め忘れた。
「綺麗にフタをして…と」
記憶にフタを。
髪にリボンを。
顔に仮面を。
結局、私は何なのだろう。
誰かに都合よく受け入れられるだけの存在じゃない私。
存在するのかな。したらいいな。
っと。急がねば。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アリーナに出れば狐が待っていた。
「来たか。乗れ」
「はいはい」
ワイヤーと箱を持って上がる。意外と奥まった場所に乗るようだ。
「…すごいわね、機械系統がびっしり」
「下手に触るなよ、操作自体は私も知らぬ」
「どう向かうと?」
「位置指定でいけるかと思ったんだが…」
「苦戦していると」
「まぁそういうこと」
「なら私がやります」
「いいのか?」
「はい、それに見覚えがあるので」
「見覚えがある、か…」
すっと狐が4本足に戻る。
「と、いうわけでよろしく」
「適当すぎません?」
ともかく。任されたということは。
「これとこれ…これを回して…これを押す、かな?」
起動音が変わった。
「あたりだな」
「それでも喋れるのね」
「どちらかというと頭に響かせる感覚だがな」
「バルバトスの方向は?」
「『空白地帯』を中心に向けて突っ切らせろ」
「あそこですか?」
「いいから」
「だそうよ、バルバトス。行ける?」
下向きに引っ張られる。どうやら認めてくれたようだ。
「記憶だけでここまでか。すごいな」
「私も驚きです」
ちゃんと動いてくれた。やった。
あれ?
なんで喜んでるんだろう?
「…ああ、」
だめ。まだだめ。
「大丈夫か?」
「まだ、まだです」
もっと先で。
「まだ、この時じゃ、ないのに」
止まって。お願い。
「もう少し、だけだから」
「…なぁ、抑えなくて良いぞ」
「え?」
「抑えたって変わらないものは変わらん。それなら─全部、吐き出してしまえ」
「でも、」
「後から大事なものを拾え。そうした方がずっと楽だ」
「…っぁ」
溢れていく。止めたいのに止まらない。
違う。
もう、止めなくていい。
「…失いたくないよ」
「…そうだな」
「辛くて、心配したことは覚えてるのに、肝心なヒトが、出てこなくて、思い出したいのに、出てこなくて、嬉しかったことも、嘘みたいで、使った時間も、無駄だったみたいで、」
目から溢れて落ちていく。
「忘れたくないことも、思い出せなくて、怖くて、言ったら消えそうで、守りたくて、辛いのに、しんどくて、」
「…ん」
拭いても拭いても増えていく。
「期待を裏切りたくなくて、逃げたくないのに、恐くなって、力を持てなくて、ずっと守られて、なのに無力で、」
「……」
「見捨てられたくなくて、追われて、悲しくて、うまくいかなくて、できなかったのに、何も言わずにそばにいて、怖いことも全部守ってくれたのに、私ができなくて、忘れ去って、嫌われるのが怖くて…あまりにも、全てが、足りなかった…」
「…そうか」
酷い顔だろう。誰よりもずっと笑える情けない顔だ。
きっと狐なら笑い飛ばしてくれる。
「変でしょ、あんなにも堂々と…」
「よく、頑張ったな」
なんで。
なんでみんな、こんなに優しいんだ。
「嫌なことから逃げずに戦ったんだ、十分さ」
「ぅあっ…」
「泣け、泣き尽くせ。その涙が枯れるまで。その方がずっと良い。それに」
「…っ、それに?」
「今のお前の方が、ずっと人間味があって好きだ」
「…っ」
ああ。あたたかい。
暖炉の暖かさとは違う、芯からあたたまる感覚。
むかしに感じたあたたかみに近い。
ああ。
いま、私は初めて『幸せ』になれているのだろう。
歪でも、義務にも塗れてもいない純粋な『幸せ』。
駄目だ。止まってはいけないのに。
ずっとここにいたいと、心から、思っている。
忘れて、失って、解けて、探して。
最後まで、行かなくちゃ。彼の辿った道を通って。
いや、違う。これは彼がたどるであろう道─創造でできた道。
つまりは、私が勝手に考えた道。
この涙は違う。
というか。
今までに彼に寄り添ったことがあっただろうか。
私は彼を見つけて。
『理想であってほしい』と捻じ曲げて。
『麗しき家名』に縛り付けて。
『見せかけの平和』の始末をさせて。
そして。
『完結するはずの未来』に対し、結果を捻じ曲げた。
酷い。酷すぎる。彼の想いなど最初からないままだった。
「…ふっ」
「どうした?」
「今まで、彼にかなり酷いことをしたなと」
「まぁそうだな」
「なら責任を、となりますよね?」
「さぁ─まさか、アイツに」
「えへへ、断ることはないでしょうし」
「…まぁいいか。アイツの答え次第だな」
勝ち申した。風呂入ろう。
飛んだカセットテープは決して元の音楽を奏でることはない。
オートリバースは滅びた。
さぁ、織りなせ。
嫉妬と愛憎に塗れたうつくしき協奏曲を。
ということで。
第√9章 始まりと終わりとキゾク 開幕です。