バルバトスが止まる。
「遂にここまで来たな」
「ここが…未調査地帯の境目」
「見るのは初めてか?」
「資料ではあるけれど…ここまで綺麗に分かれているのね」
地の色が完全に違う。こちら側は砂漠の黄色い砂地だが、向こう側は焦土になっている。境目にガラス質の結晶が見られるあたりかなりの激戦だったようだ。
「ここからは向こう側の土地だ、何をされようが文句は言えん」
「邪魔されたところで強行突破するのでしょう?」
「まぁそうなんだが」
「ああそれと。向こうで自分の素性を話さないこと」
…何故?
「いろいろ厄介になる。求められた分はいいがこちらからはできるだけ無いように」
「…善処します」
要するに『跡は残すな』ということだろう。まぁこれはしょうがない。
「というわけで。私はここで降りる」
「…え、は、ちょ」
いつのまにかロックが解除されている。というか自分で動かせるじゃん。
「そのまままっすぐ行けば着くはずだ。顔もどうせまた向こうで見ることになるさ」
「それを知らないんですけど」
狐はそれだけ言い残して飛んで行った。
向こうで見るってなに?
「…しょうがないね、行こう」
バルバトスも応じてくれる。随分と利口なものだ。
境界線を越えた瞬間、全方位から警報音が響く。
「全方位ねぇ…当たらないよう加速をして」
指示を出し即座にバルバトスが踏み込んだ瞬間、風切り音が聞こえる。
「…確かにこれは無理ね」
調査しようにも恐ろしい速度で排除しようと来る。ヒトの足ともなれば尚更である。
すごく怖い。当たれば傷がつく。傷がつけばそこを重点的に狙う。
私は当たらないよう願うほかない。全てはバルバトスにかかっている。
「『鍵』を守るためにも、お願いね」
§
20分ほど経った頃。
いきなり街の風景が見えた。
バルバトスは加速していく。
やがて、ある敷地に降り立つ。
「ここは…?」
恐らくどこかの誰かの庭。それもかなり高貴な地位であろう人の。
ロックが解除される。降りろということだろう。
「…綺麗ね」
庭というより庭園というべきか。
見たことのない植物が多い。全ての花が美しく見える。
「…誰だ?」
後ろから声がする。
「ごめんなさい、道に迷って…」
「それでこのど真ん中に辿り着けるのか」
「方向がわからなくて」
「…まぁいい、ついてこい。出口まで送ろう」
何故か見送りがついてしまった。
「…気分はどうだ?」
「特に問題なく、すごく綺麗だなと」
「そうだろう?管理された庭園だからな」
「本当、綺麗ね…」
まるで汚い部分を全て切り落としたかのよう。
「…ふっ」
「?」
「気づかぬか。どうせ見る、と言った筈だが」
「…まさか」
「よかったな、『レイヴン』なら顔を見た時点で命はない」
「レイヴン…カラスよね?」
「いやヒトだ。まぁ変人を極めているが」
レイヴン。
生物名をワタリガラス。
単独行動と集団行動の両方に優れ、サルと同等の脳を持つ。
名の通り、大空を渡る天の支配者。
「何故『レイヴン』なの?」
「さぁな、本人が言ったとも後から尾ひれがついたとも。ただ、証言する者はもうこの世界にいない」
「…名は体を表す、か」
「真相に辿り着く者となるか?」
「死んでも嫌よ、命が惜しいしそんなに安くない」
流石にそう簡単に命は捨てられない。
そもそも『レイヴン』にどれだけ価値があるのかすら分かっていない。
もし、私たちを邪魔するというのなら。
「レイヴンと私の関係は?」
「第3者としては何とも形容しがたい─いや、形容しきれないというべきか」
「具体的に?」
「何というか…奥深くで繋がりがあるような感じだな。互いに隠しつつも共有を必要最小限行い続けているような」
「…そ」
「あまり興味ないのか?」
「最終手段の必要性を考えていたの、どうやらかなり重要そうな相手っぽいし」
となると。
無駄に殺すわけにもいかず、生かしておくわけにいかず。
つまりかなり厄介では?
「んで、私が記憶がなくて、ソイツにあったら思い出すってこと?」
「今はそのつもりだが」
「話を聞く限り無理ね」
「何故断言できる」
「表向きには何か隠してるんでしょ?だったら見て解るわけがないし、近くにいたあなたでさえその『深層にあるそれ』が分からないんだったら私が分かるわけがない」
「もしそれが感覚でのみ分かる場合は?」
「それは…会う必要がある。但し、絶対ではない」
「確率が0じゃないなら価値はある」
「その理論は無茶だと思うけど」
「うまくいかなかったらそこまで。こちらとて全てうまくいくとは思っていない」
「うまくいかないことは無駄なこと」
「ならばこの時間は無駄でないと?」
無駄だ。明らかに無駄だ。
だが答えれば私が自分を否定する。
答えなければこの問いが正しいことになる。
どちらにせよ負ける道だ。
「と、ゆーわけでここのオサに許可をとりにいきましょう」
「不法侵入状態ってことは…処刑モノね」
「ごめーとー!…と言いたいとこだが今回はちょーっと違う」
「ねぇテンションおかしいでしょ?」
「正確には少しばかりの代償をよこせって話になる。だが問題ない」
「どこが?」
「『レイヴン』は良くも悪くもおいしい存在だからな」
…うん。
言いたいことは何となくわかった。
「それで?」
「扱いは最重要保護対象─まぁ要するに制限付きの自由をあげるよ、っていうのにするってことにした。で、保護対象の本人はちょっとばかり監視がつくようになる」
だいぶ良い方に持ち込んだものだ。
「ウラは?」
「『外』の技術レベルの確認だろうな。研究者の目が無駄に輝いていた」
「…まぁまだマシね」
まだ浅いレベルで止まっている。解体までし始めたらもう末期だ。
「会えるの?」
「向こうとの話が速やかについたなら、だが」
「そこが厄介と」
まぁ無理もない。何も伝えずいざ最高位に会うなどまずない。
「いや、了承の伝達が紙のみで非常に遅いからな」
「そこなんだ」
…それは技術的問題なのでは?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街でよく聞く喧騒が近くなってきた。
「とりあえずこれを被っておけ」
渡されたのはフード付きの外套。何故か頭にとがった空間がある。
「何故に?」
「顔が目立つ。それ以外にない」
「なんというか…部族的に問題では?」
「この程度気にはしない。というかそもそも気にならない。お前自身もヒトの匂いが薄いのが助かる」
「褒めてるような貶しているような…」
「ヒトはこっちでは忌避されてるからな」
無視された。悲しい。
でもなんか有益なこと言った。
ならいいや。
「それじゃ行くぞ?まぁ面倒は起きないだろうが、起こすなよ?」
「それはどうか」
「…置いていくぞ」
「それは勘弁」
ここでは右も左も分からない。大人しくついていくしかない。
「そのまままっすぐ通れ。階段は躓くなよ?あとなるべく目を合わせるな」
言われた通りに進んでいく。横で裾を引いて歩いている半狐についていく他ない。
長い道。時に曲がり角で転びそうになったがどうにか耐えた。
そして。
「ここだな」
顔を上げる。
壁とも見間違える程の扉。木目調がよく見える。
「まだ頭は下げておけ。面倒だ」
まだらしい。
「すまないね、よろしく頼む」
彼女からの一声で門が開いた。
「ごめん、また来た」
「……」
「大丈夫、今度はちゃんと課程を踏んだからさ」
「…規定は読んだのか?」
「…ある程度読んだし」
「ならば普通ここにまっすぐ来ないだろう?」
「まぁ…それに関しては申し開きもなく」
「今回は眼を瞑ろう。目的は?」
「例の
「…ほう」
「一時的に保護すべきかと」
「…分かった、一任しよう」
「陛下!?よろしいのですか!?」
「良いも何も、既に起きている事実だ」
「ですが…!」
「よもや猛獣の気を逆立てようなど思う者などあるだろうか?」
「…失礼しました」
「ということだ。任せよう」
「おうよ!秒で10万キロ引っ張られても乗りこなすぜ!」
「…まぁ努力しろ」
「ありゃ、不発かぁ」
「…もう良い。下がれ」
「はいはーい」
「それと」
「…何でしょう?」
室内温度変わった?風邪ひきそうなんだけれど。
「向こうで面白いことがあったそうだ。聞いておけ」
「その言伝、しかと受け取りました」
寒い。
「それじゃ、じゃーな。地獄の底で会おうな」
「……」
「つまんねぇの。行くぞ」
引っ張って歩かされる。黙ってついていく他ない。
扉がピタリと閉ざされた瞬間、空気が変わる。
「しんどー。どーなってんだあの鉄面皮」
「…鉄面皮は言い過ぎでは?」
「最初にわざわざアイツの前まで行って伝えたんだぞ。何故再度1言1句同じ言葉を言う必要がある?」
「…何か意図が?」
「まさか。常にあのヒステリック野郎が横についてるだけだ、どちらかが必ず覚えているはずさ。まぁアイツもよくあの大ボケの隣にずっと居られるものだと思うが」
「……」
分からない何かが私に引っ掛かる。
「さて、次へ行くぞ。次は『レイヴン』に会ってもらう」
来た。1番危機感を感じるもの。
形容しがたい悪寒が背筋を駆け上がる。
「…了解しました」
§
「…すごいわね」
「何が」
「機能が。すべてを集約して破綻を起こさないなんて難しいのよ」
「そうか」
「……」
「……」
すごく居心地が悪い空気が流れる。
「アレもすごいわ」
「無理に繋げるな。逆に面倒だ」
「むぅ…」
「黙っているのもまた、美しい」
「…器用ね」
「お前があまりにも不器用なだけだ。アイツもそこは似ている」
風が流れていく。
「…汚い部分は認められるヒト?」
「ある程度は致し方ないことであろう?」
「…そうね。それで、まだ?」
「そこだ」
半狐が指差す先は大きな施設。
「そこに…」
「所長に挨拶だけはしてくれ。無理を言って受けてもらった」
「ありがとう、でいいのよね?」
「どういたしまして、とでも言っておくか?」
「…そうね」
ルーナには不自然な笑みが浮いていた。
「本当に大事なものは、近くなのかもしれないわね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
施設の中に入る。中は白を基調とした無機質な感じがなんとも言えない圧を放つ。
「お久しぶりです、所長」
「とは言っても少し前に会ったがね」
姿は半狐に近い。
「さて、ここで立ち話をするのも何だ、話は奥でしよう」
「頼む、容体等も含めて精密に説明を」
所長に会議室まで案内された。何故か鍵付きだ。
「ささ、中へ」
中は暗い。闇を全て吸い取って置いたかのように。
「行くぞ」
半狐に手を引かれ入る。
「いやーすみませんね、あまり上等な部屋は準備できなくて」
「問題ない」
ドアを閉めると共に電気がつく。一般的な広さといえばそうだろう。
カチリと鍵が閉まる音がした。
「状況はどうだった?叔父よ」
「叔父?」
「おっと。紹介がまだだったね。私はこの子の叔父だ」
「まぁ実質的に親だが」
「ということだ。ある程度気を抜いても構わない」
「そうでしたか…」
空気が少し重くなる。
「それで、どうだ?」
「まぁ…面白いというか…残念というか。とにかく、すごいけど足りない」
「具体的に?」
「…生存に必要な臓器の退化、でしょうか?」
「…気づいてはいたんだね」
「ええ、ですが拒食が酷い状態でしたので改善が」
「だろうねぇ…あそこまで痩せこけるともはや怖いよ」
「…置いていかないで欲しいな」
「すまないね。今の話は精神的摂食障害の話だ」
「…そこまで酷かったか?食べる様子は幾らか見たが」
「量はどうだった?普通か?」
「ああ、一般的な量を」
「運動量は?」
「かなり多いかと」
「なら足りていない。ましてや、生体環境も酷い。特に内出血」
「どうにかなるか?」
「普通なら、無理だな。お前が無理して連れて来たから奇跡的にあり得るが」
「問題は治療の方法と負荷か」
「ああ。何せヒトへの対処は初めてだ」
「そこは私が請け負います。情報も、出来うる限り提供します」
「そうですか。分かりました」
所長が会議室の鍵を外し開ける。
「彼に会いましょう。そこから対処を決めてやりましょう」
次回! get over it.
久しぶりに次回予告したなぁ()