壊れた少年のマーチ   作:オリの中のカナリア

56 / 62
絶望は死の薬となりえるか。


Get over it.

か。

 

「彼の状態としては非常に危篤である、というのが我々の見解です」

「そう」

「回復の兆しは絶望的かと」

「可能性は?」

「ほぼ100%かと」

「どうする?」

 

どうするか。面倒だ。どうせ言ったところで伝わらない。

 

「彼に対する権限を全てください」

「本気かい?」

「ええ、彼の最期ぐらいは私が全てやり尽くしたいので」

「彼女が言うようにしてくれ」

「…ああ、分かった。但しこちらから干渉ができなくなる」

「書類は全部書いておきますよ」

「ちゃんと書けるかい?」

「上へのごまかしなんて飽きるほどやりましたから。ゴマ要ります?」

「…そういうことか。こりゃ大層なのを連れて来たな」

 

『所長』とやらが笑った。

こいつの仮面はいつ破れるだろう。あまりにも硬い。

 

「というわけで。全て止めて」

「殺す気か?」

「ええ。そうでなければあの下は潜れない。それに死は最大の恩赦よ」

「それでいいのか?」

「ええ。私の判断に過ちはない」

 

全ての機械の音が止まる。

 

「入るわ」

「ついていこう」

「いらないわ。というか邪魔」

「…だが」

「彼に関する全ての主導権は私にある。そうでしょう?」

「…そうだな」

「ならいいじゃない。私の自由で」

「今のお前の地位が飛ぶぞ」

「ご自由に。私はこの人と共にいれば楽しいので」

「ここで刺し殺しても、か?」

「むしろあなたたちの方が問題になりそうですが」

「何故?」

「私を殺せば治療法はなくなる。あなたたちは彼の復活を望むのでしょう?なら賢明な判断をすべきです」

「もし私たちが君なしに治療できるなら?」

「私はここの全員を殺します」

 

簡単な話だ。

 

「私に歯向かうものは全て『敵』なので」

「…これ以上は無意味なようだ」

「賢明な判断です。史上1番、でしょうね」

「そうか。それは何より」

 

『所長』とやらが退がっていく。

 

「吉と出るか、凶と出るか…」

「『災い転じて福となる』ですよ」

 

中に入り、すぐに対処を開始する。

 

「Anti-Code Unite 構築。再現度を極限値へ移行。容器を作成。1次的な『海』へ変換を開始。Direct-Code Future に則り再構築を設計。errorcode 400系を全て無視、廃棄しリダイレクトへ接続。バックアップを全動作に適用。出力限界を無視」

 

メメント・モリ(死を忘れるな)

 

§

 

ああ。

 

からだが重い。

 

ずんずんととめどなく沈んでいく。

 

上から注ぐ明かりも、だんだんと暗くなっていく。

 

水の中でありながら手足はおもりのせいで自由すらない状態だ。

 

ああ。もうすぐ死ねる。誰にも気付かれず、迷惑をかけず、ひっそりと死ねる。

 

ああ。

 

もう、限界かな。

 

『駄目ですよ、兄さん』

 

この声。

 

誰だろう。

 

脳が止まっている。

 

『兄さんは、まだしなければならないことがあります』

 

何で。

 

もう、誰もいない。

 

助ける人は、もう居なくなった。

 

『私は』

 

やっと、幸せになれるかもしれないのに。

 

『兄さんに、生きて欲しいのです』

 

もう十分に生きた。

 

『願いを託した、私の唯一の兄さんに』

 

もう他の奴に頼んでくれ。

 

『願い、忘れてしまったのですか?』

 

そんなもの覚えているわけがない。

 

『私の願い。それは─兄さんが、笑顔で生き続けることです』

 

もう、叶っている。

 

『兄さんは、笑ったことがありません。何故なら、私が枷になってしまったから』

 

そんなことはない。

 

『私が、兄さんの理想をぶつけてしまった』

 

違う。

 

『だから、今も引きずられている。私という名の幻想に』

 

何が幻想だ。ふざけるな。

これは僕に対する罪だ。

勝手に奪うな。

 

『だから今度は、私が背負う番です』

 

腕が軽くなる。

 

『兄さんは、現実を見てください』

 

足が軽くなる。

 

「ずっとそばに、大事に思っている人が、必ずいるから」

 

顔に手のようなものが触れた。

 

「──!」

 

『ありがとう、そしてさようなら』

 

何で。

 

いきなり、そんなことを言うんだ。

 

もう、沈めないのに。

 

もう、会えないのに。

 

もう。

 

忘れてしまう。

 

『これはもらうね』

 

ああ。

 

苦しい。この身体は足掻いている。

 

生きようとして、残ろうとして。何もない世界に向けて。

 

向こうのほうが、ずっと良かっただろうに。

 

『こんどはステラ、がんばるね』

 

…ごめんね。

また、うまくいかなかったよ。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…起きましたか?」

 

ぼやけた視界からはよく分からない。

何かが喋っている。

 

「良かった…ちゃんとできた」

 

人が少し微笑んでいる。

その奥からも音がする。

 

「起きたかい」

「私を覚えていませんか?」

 

知っている。これを誰か。

だが。

 

最適解は、首を傾げることだ。

 

「身体に異常は?」

 

ないことにしておく。首を振る。

 

「検査をしよう」

「不要です。完全な回復ができていますので」

「でも君のことを覚えていない。これは明らかな異常だ」

「忘れることは必然です。人間はそうできています」

「だからと言って君は家の位置を間違えるかい?」

「ええ、引越しが多いもので」

「それは覚えていないだけだろう?」

「ええ、だから彼は“覚えていない”のです。主人の存在を“概念”で捉えてしまうために」

 

自分が言いたいのはそういうことではないが任せよう。

 

「忘れることの関連は?」

「私の顔が一致しないという結論になります」

「ならば彼に聞かせてもらおう。誰が主人だ?」

 

知るかボケ。

 

「主人は主人であり、それ以上でもそれ以下でもありません。明快な回答をお求めであればもっと抽象的な質問にすべきかと進言いたします」

「なら主人はどこだ?」

「主人とは役職であり、ヒトを代名するものではございません。彼女からもそう言われたように存じ上げますが」

「飼い主はどこだ?」

「『飼い主』は全員殺しました。邪魔でしたので」

「彼女は何者だ?」

「私の『主人』として責務を果たす生物、との認識ですが。どこか誤りがあるでしょうか?」

「…ないな」

「ならばお下がりください。この社会に部外者は不要です」

「…そうか」

 

閉鎖型コミュニティの頂点。そこは独自の生態と進化をもつ。

我々はそこへ向かうことができる。ただ、それだけ。

 

「お分かりいただけたでしょうか?これが証明です」

「……」

「お引き取り願います」

 

男が部屋から出ていく。

 

「…大丈夫ですか?」

 

首を縦に。

 

「私が分かりますか?」

 

首を縦に。

 

「自分の名前が分かりますか?」

 

首を縦に。

 

「問題なさそうですね」

 

問題はある。それも重大な問題が。

腕を引き彼女の身体ごと引き寄せ、耳元で小さく、早く話す。

 

「いいか、よく聞け。ここを明日の夜明けまでに出る。必要なものを抜き取ってまとめておけ。ここで気を抜くなよ。合図は指で示せ」

「…ん」

「危ないと思ったら逃げろよ、これは命令だ」

 

最後に周りを誤魔化すための 口付け(呪い)を頬に残す。

 

「な、な…」

「正気になれよ、でないと判断が鈍る。惚気は犬も食わないからな、喜んで遠慮させてもらおう」

「…もうっ!」

 

こうかは ばつぐんだ!

 

走って外に行ってしまった。ドアが聞いたことのないよく分からん音がした。

残ったのは静寂。

 

結局、何も持っていない。

何もかもを、失った。

 

「明るくできるのは、いつまでかな」

 

作りものの笑顔などいずれ破綻する。

きっと思い出も、作りものでしかない。

 

電灯に手をかざす。

 

ああ、この手に残されていれば。

きっと、運命も違ったはずなのだ。

 

「…この世界に、空などない」

 

手から漏れた電灯の光を恨むように、そう告げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。