なぜなら、地獄が存在しないからだ。
朝が来る。
朝が来ている。
朝が遠い。
朝が来ない。
ああ、消えてほしくない。
また、出会う理由を作って。
くどいほど価値の証明を行なって。
抱えられないほどに消えた記憶を意味づけして。
そうしてまた、意味のない数字を積み立てる。
それが使命なのだから。
§
「…よし、最低限、どうにか動く」
外は雨風に煽られ、もとの美麗さの影もない。見た目だけならかなりひどい。
中はまだ状態がかろうじて保っており、何回持つか怪しいが今は問題ない。
たった1度。それだけでいい。
聞かせて欲しい。
美しく、華やかな君の
白鍵を叩けばえぐみのない澄んだ音。
黒鍵を叩けばなめらかな伸びの音。
組み合わせれば、無限大。
「ああ、綺麗だ…」
不思議なことに綺麗だ。
本体自体は恐ろしいほどの悲鳴をあげているというのに。
「まだ、いける」
調子を上げる。限界を超えた先の世界を見るために。
「もっと…もっとだ…」
美しい。美しすぎる。これを待っていた。
「あとは…あっ」
派手な音を立てて切れた。もう2度は鳴らない。
「ここまでか…楽しかったさ」
もう用はない。
次へ。
§
「…朝?」
「ですよ?」
「そう…!?」
…何故いる!?
「暇でしょうがなかったので」
「…まだ、準備が」
「でしょうね。見てましたから」
「…見る?」
「うん」
うん…うん?
それは…つまり?
「…本気?」
「いえ、冗談です。急いでくださいね」
彼が、いた。
…何か、おかしい。
いつものザラつきが、ない。
「…変わったのかしら?」
少し警戒しておくべきか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おはよう」
「ええ、会うのは2回目ですが」
「そうね」
「今日はどうしましょうか?」
うん。
違う。
これは、彼じゃない。
「まだね」
「まだ、とは?」
「結構時間がかかるのよ、人前で見せられる格好を作るのは」
どうにか研いだ牙をしまう。
「自信があってもなくても変わらない」
「そうですか、なら待ちますね」
部屋を出て行く。
ああ、どこに行ったのだろう。
「…無駄に広くて困るわ」
この施設、外から見たよりずっとデカい。
その割に対外的設備が少ない。
これが彼の言う『違和感』なら。
「おや…」
あれは知っている。
きっと楽しい。
「硝子が…破りますか」
数歩下がり、勢いよくぶつかる。
「ぐへっ」
当然ながら、硝子が人間の体当たり如きに屈するわけがなく。
「階段で降りましょう、ええそれが一般的」
大人しく階段で下がることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
美しき並びに酔える。
規則正しく並んだ配列。
全てが美しさを放つ。
「すごく、綺麗ね」
きっと、1つ欠ければそれは意味をも失う、危険なもの。
まるで、鏡のよう。
「…ああ、切れてる」
欠けたそれこそ、私が満たされぬ理由。
「直してあげる、我が同志」
切れた糸は、結べるうちに結ぶ。重要である。
早いうちならまだ間に合う。
「温かい…」
冷えつつある血のような温かさ。
まるでそこにあった命を感じるように。
「…虚空。ああ、これが。いや、これは…」
いた。見つけた。
待っていて。
すぐ、助けてあげる。
§
「…へぇ、それで?」
「君のことを測らせて欲しい」
ふーん。
「嫌だね」
「悪くはない話だろう?何故拒否する?」
「それは僕にとっての利益だろう?なら意味はない」
「なら何なら価値が?」
「何も」
「どういうことかい?」
「裏がある意図が嫌だ。殺したきゃ殺せ」
知らぬ。価値がどう変わるかなど気にする必要などない。
「何故割り切ろうとする?」
「死期の近いヒトに幸福など無価値に等しい。尚のこと、目前で散ればな」
「これまでの話を無くして、君のことを測らせて欲しいといえばいいかね?」
は?
「嫌だ」
「…どういうことかね?」
「そもそもお前が信用できない。というかお前がどこまでも気持ち悪い」
「それは主観ではないか?」
「記憶違いだな、文字通りの、ね」
「何故、どこまで」
「何を言っているかわからぬな」
「白ばっくれる気かい?」
そもそも白ばっくれる理由がない。
「知るかボケ。こっちは何も知らん。お前が勝手に思う分には別にいいが俺には邪魔だ」
「ああ、別に君には価値を感じない、だが私は目指す場所がある」
「だから犠牲が必要か?数億の犠牲を払って今もこれか」
「文明は戦争の度に上がった。だからこそ、ある程度は犠牲になる」
「数億死んで『ある程度』、か。馬鹿だな本当に」
「忌避するべき未来の回避に必要な行動さ、これで死ぬ人は減る」
「価値がないヒトなどいらぬよ、無理に価値をつけても意味はない」
足音が聞こえるな。来るか。
「そうだ。紹介してあげる。うちの子、優秀だよ」
「君は見損ねたヒトがいると?」
「ああ、ずっと優秀な奴をな」
美しいだろう、そりゃそうだ。
「見えぬ、消えぬ。失えず、隠せず。これが全て。ああ、美しい」
「何を?」
「やっと、いた」
来た。やはり読み取ったか。
「ほら、剣が来た」
「…勝手に行っては困るのですが?」
「ごめんよ、このおっさんが引き留めてな」
「上にいたのは?」
「知らぬが?」
「それは良かった」
良かった、か。
「SummonM16」
『received a request』
ああ、君が同調してくれるのか。
『custom is completed』
ああ、これだ。
「待て、」
排莢音が3つした。やはり気味がいい音だ。
「さ、行こうか」
手を伸ばす。この手は1番重要な剣のために。
「ええ、喜んで」
ああ、温かい。
「私には帰る家がある」
この手から生命を感じる。
これだけでこんなにも嬉しいとは。