壊れた少年のマーチ   作:オリの中のカナリア

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目的と目標

 

まただ。

 

また、気持ち悪い。

 

何かが這いあがって絡みつくような不快感。

 

それが消えた時、一緒に大事なものも消えた。

その知らせを受けたのは同クラスのジューク・ライアスからであった。

 

「本当に、いなくなったのね」

「ああ、呪いだとか言ってな」

「どこで消えたの?」

「そこの角付近でな」

「そう、じゃあジュークさんだけは残って他は教室から出ていって」

「…目的は?」

「原因を辿るの。この世界では不可能だと言われている方法で」

「妨害すれば?」

「そんなの、言わなくとも分かるでしょう?」

 

しっかりとにこやかな笑顔を貼り付けて言い放つ。場の空気は氷点下を下った。

 

「というわけだ。賢明な判断を請う」

 

全員そそくさと出ていく。ジュークは言った通り残った。

 

「さて、3大貴族の御曹司とやらの実力を見せてもらいましょうか」

「…何をやるのかだけ教えてくれ」

「あきらめたらそこで試合終了ですよ。それともそんなに弱かったのですかね」

「防ぐ方法ぐらいは教えてくれ」

「危険ですよ。何せ─ 魔力暴走(スタンピード)を故意的に起こすんですから」

「お前ッ、それをすればどれだけの被害がっ!」

 

魔力暴走(スタンピード)。一般的病名を侵襲病。

その名の通り人を内側から破壊されていく病気。慢性と急性があり、急性は幼いうちに死ぬ。慢性の場合、寸分の狂いのない寿命を告げられる。魔力の異常な成長により身を食い尽くし、肉が膨れ上がって死ぬとされる。

基本的に進行は止められず、緩和措置として定期的な放出により痛みの軽減を行う。

領主の子によく見られる病であったが、最近ではごく一部の分家や貧困層に見られるようになった。特殊難病0型に含まれる、症例すらも希少な病気とされる。

 

…ではあるのだが、彼女たち3大貴族達は莫大なデータを持っているために意外と研究することはできる。ただ研究したところでできることなど限られているので使われないというオチである。

 

…はずが、ルーナ(変態)研究設備(技術)孤独(時間)を与えてしまった結果、原因と効果と付帯条件を獲得してしまった、というわけである。

 

「知っているでしょう?加減の仕方も、強制的な止め方も。それをやってほしいのです」

「それで他の奴を追い出したのか」

 

魔力を過剰に滞留させると周りの生物に影響を与えることはよく知られている。

それが悪意に満たされれば魔獣に、純粋な魔力であれば聖獣へと変質を促す。

もしこれが、人間に起これば─もはや想像に難くない結末である。

幸いルーナはそこまで破滅思想ではないために公表していないが、実際カルトでもできる手法であることは確かであった。

 

「まぁ染まりにくいですしできるでしょう?」

「…舐めないでもらおう」

 

ルーナ自身もこれが彼の虚勢であることをわかっていた。しかし、止めることもなく、ただひたすらに現実を許容する姿にすこしばかりの共感を得た。

 

「魔素体解放。残留魔粒子活性化。全魔力安定化」

 

肉体が沸るような熱を帯びる。皮膚を刺すような痛みが徐々にひどくなる。

 

「全魔力に指向性を付与」

 

出来るだけ範囲を小さく、深度を深く指向性を加える。これにより無駄に溜まることなく、莫大な力を得られる。

 

次元断層(ディメンションイーター)

 

一時的に時間軸に干渉し、過去を見る。

これで、見つけられるはずである。

 

それが、過去にあったなら。

 

「え…」

 

§

 

「…うぅ」

 

人の顔が視界に入る。

銀糸のように輝く銀髪に深く引きずられるかのような蒼眼。

肌は透き通るかのような白さを持ち、鼻筋の通った端正な顔立ちである。

腕は細く、胸も控えめながら全体のバランスに合っている。

 

まるでルーナ。

 

ルーナ?

 

違う。きっとこの子は

 

ああ、夢だ。

所詮は希望を持ったエゴだ。

 

「お目覚めですか、マスター」

「…ますたー?」

「はい、あなたこそが私の唯一の指導者(ハンドラー)です」

「はんどらー…?ルーナじゃないのか…?」

「記憶が混濁しているのでしょうか?やはりこの場での完全な回復は不可能」

「すまない、全て説明をしてくれ」

「はい、私たちは導かれし者(トラッカー)の任を受け、現在進行中です」

「…損害は?」

「今のところ少程度の損傷のみ確認済みです」

「撤退する」

「不可能です」

「は?」

 

Why?

 

「私たちは最終任務を遂行中ですので」

「内容は?」

「無期限の敵地偵察です」

「…おいおい、総合的な損失は?」

「およそ9割ほど」

「追加の指示は?」

「ありません」

「終わってんな…」

 

無期限の敵地偵察。

命ある限り敵地を調査し、奇襲する。

それが意味するものは。

 

「お前は下がれ。殿をする」

「いえ、その意味はありません」

「何故だ?」

「私たちは『機族』─主に使われるために契約し、そのために輝く存在です。ですのでマスターなしの私たちになど価値はありません」

「そのようなことはない」

「私たちは宿命に決められし存在。本命を果たせぬものに価値は」

「俺には価値がある」

「ですので」

「だからこそ残す。帰ってから寂しい思いをしたくはない」

「つまり同時に死ぬならば良いと」

「馬鹿か?死なねぇ方法を言っているのに何故そうなんだよ」

「ならどうすれば」

「…前線を下げろ。最低限のみ守れ」

「了解しました。─カノン、ラム、ラインを下げて。損傷の回復と立て直しを」

「立て直すな。そのまま下げ続けろ」

「ですが」

「いいからやれ。狙いを絞らせろ」

「─カノン、ラム。一気に下がって」

 

豆粒サイズの何かがいる。ラムとカノンか。

 

「正気か、コンパス」

「それがマスターの指示よ」

「策はあんの?」

「彼に」

「大型種のみ的確に潰せ。遠距離狙撃も構わずやれ。小型は数がきたら一気に掃討しろ。各自被弾を最小限にし、2人ずつ動け」

「そんなのでいいのか?」

「あとは俺が動く」

「危険です、そばに」

「お前たちの方が危険だろう?この程度どうとでも」

「なんねぇよ。なってりゃこんなことになってない」

「そうだな。大型種もかなり硬い上亜種がいる以上許可はできない」

「特性は?」

「カノンが射撃主体、ラムが近接主体です」

「よし、ラム。切り込め。落とせるなら落として構わない。ただ無理はするな。カノンはバックアップを。勿論数が多けりゃ褒美をやろう。ルー…じゃない、えっと」

「コンパスです」

「コンパス。戦況を逐次流せ。各自に対して指示は出す。当意即妙に反応しろ」

「…しゃーねぇなぁ。やってやるよ」

「射線に入るなよ。撃ち殺されても知らんからな」

「はぁ!?舐めないでよね!アンタこそ突っ込み過ぎないでよっ!」

「ラム、カノン、落ち着きなさい。本来の敵を見失っては本末転倒です」

「…ちっ」

「見失わぬさ。我が眼から逃げられると思うな」

「そりゃ僥倖」

「来ます、注意を」

 

地鳴りがする。

 

「射程内、いつでも」

 

一定のバラついたリズムが聞こえる。

 

「こっちもイケるよ、あとはアンタの指示だけ」

 

音がそれぞれ独立して聞こえる。質量的にも当たれば重症は免れられない。

 

「マスター、もうすぐ相手の射程内に入ります」

「まだだ。確実に内部へ切り込める位置になるまで待て」

 

数が具体的に分かる。

おそらく300は下らない。

 

「マスター、これ以上は危険です」

「動向が見えんな。出来るだけ消極的に戦え。仲間を討たせろ。いいな?」

「わあってるよ、ンなこたぁ」

「いいから指示を出せ」

「…脳天を貫け」

「了解。ラムは錯乱しろ」

「これだけ待たせながらサブか」

「適時場合に応じろ。勿論、報酬も上がる。キルレートを落とすな」

 

雄叫びが聞こえる。空気を切り裂くような高い音と共に地が揺れる。

 

「やれ」

 

カノンの目前に巨大な光弾が生まれ、高速で放たれた。

発射音こそ聞こえない。しかし、威力は圧倒的だった。

 

「敵反応3割消滅」

「カノン、次は垂直に拡散弾、その後超遠距離狙撃を」

『仰せのままに』

「ラム、全て薙ぎ払え」

『これでもぉ、喰らえっ!』

 

光線が一文字に走り、爆発する。それがラムの攻撃と気づく。

 

「こりゃ、すげぇな」

「地上勢力の壊滅を確認。潮時かと」

「カノン、修正を」

『網羅する』

「話が早いな。ラム」

『わかってる!』

 

遠くで遠雷のような音。ラムだ。

 

「撤退ライン消失。チャンスかと」

「カノン」

『駆逐する…!』

「ラム、下がれ」

『カノン、しっかりしなさいよ!』

 

高く光弾が撃ち込まれ、大爆音が鳴る。

 

「飛行勢力の弱体化を確認。地上勢力の壊滅を確認。勝利です」

「ラム、いけるか?」

『…何する気?』

「厄介な蝿を落とせ」

『報酬は?』

「何でもしてやる、だから…」

『了解っ!消し炭にしてやるわ!』

「聞け、1種につき1体だけ完全な状態でトドメだけさせ」

『お安い御用よ!消えなさい!』

 

一瞬、肌に冷たいものを感じた。

 

§

 

轟音とともに上がった砂埃が消え、遠くが全て見渡せる状態になる。

 

「帰ったわよ…」

「ああ、おかえり」

「…何でアンタが泣いているの?」

「え?」

「涙、拭いなさいよ。みっともない」

「すまないな。やはり美しくて涙が流れたようだ」

「…あのね、私前も言ったと思うのだけど。私分かりやすい嘘が1番嫌いなの。言ってくれない?直すものも直せないから」

「嘘じゃないさ。ほら、笑顔」

「あのねぇ、コンパスを見れば分かるわよ。あんなに隣にいた子が戸惑うなんておかしいでしょ?アンタ少しおかしくなった?」

「そんなことはない」

「ほらまた嘘をつく。そうやって嘘をついてまで何を隠したいの?」

「違う、そうじゃない」

「そう、じゃあ何?」

「ラム、やめなさい」

「コンパス、アンタも大概よ。分かっているのにずっとニコニコして何がしたいの?都合がいい、悪いで全て割り切ってそばにいて苦しんで。それがいいの?」

「……」

「カノンも言いなさいよ、不安なら不安だって。そっちの方が遥かにためになる」

「主人にもにも都合はある。踏み込まれたくない線があるはずだ」

「それで結局言わずじまい?そんなのが望み?違うでしょ?」

「ラム、やめてくれ」

「やめろ?やめるわけがないじゃない。アンタは壊れかけてるの。それでも黙れと?黙ってアンタが死ぬのを見ろと?以前の荒れ狂った生活に戻せと?馬鹿なんじゃないの?それは優しさじゃない。ただの無責任よ」

「やめてくれ、ラム。わかっていたことだ…」

「今の聴いてたの?」

「わかってる、どうやったって止まんないのも、いずれ死ぬのも。だから、せめてお前たちだけでも笑顔にしたい」

「いらないわ、そんなの…」

「しょうがないことだ。お前たちよりずっと寿命は短いし弱い。だからしょうがない。なら、その時間は自由に使っていいだろう?」

「…誰が、それを」

「私です」

「…何で、教えたの?」

「マスターが知りたいと言った以上、言わない権利は私たちにありません」

「…カノンも?」

「我とてしょうがなく、な」

「私に言わなかったの?」

「マスターの意思です」

「悲しい顔をしてほしくなかっただけだ」

「それ本気で言ってる?」

「本気でなけりゃぶん殴ってみたら?確実に首が吹っ飛ぶよ」

「随分とダイナミックな殺害予告ね」

 

ラムが突っ込んでくる。見事に頭が鳩尾に入った

 

「…馬鹿。本っ当に馬鹿」

「すまなかったな、馬鹿で」

「細かい気配りはできないし返事は遅いしボヤッとしてるしズブいし口下手なくせにそういう所だけ賢いのはおかしいでしょ」

「…それはすまなかった」

「おまけに正直じゃないし言うことに素直に従わないし」

「…改善する」

「でも指示は分かりやすいし言ったことは守るし何より大事に扱ってくれる。居心地がいいの。そこは褒めてあげる」

「…そうか」

「私たちは機族。いつ捨てられてもおかしくはない。その最終処分場が『地獄の番人』とか言うアンタだし不安だった。詰んだと思ってた。私はこんな性格のせいでよく対立するしコンパスは戦えないしカノンは平気で命令を無視するし他も酷かった。でもアンタはそれを許した。それってすごいのよ?今までいなかったんだから」

「……」

「私はアンタを信用してはいけないと思った。でもどこか心で甘える自分がいた。このぐらい、こんな程度なら。馬鹿よね。甘えれば死んでしまうのに。でもそこにいた。どうしても信用できない私が甘えに飲まれる姿があった」

「……」

「苦しくて、悲しくて、虚しかった。痛くて、辛くて、もどかしくて、心と体がすれ違っていくことがさらに苦しかった。だから私はアンタを嫌うことにした。少し楽になったわ。でも、1つ言葉を紡ぐたび、辛さが込み上げてきた。疼いてしょうがない気持ちを潰して言うんだもの、辛くもなる。おかしくなりそうになった時、アンタが私を拾い上げた」

 

何故こんなに苦しそうなのだろう。痛みなどない方がいい。

 

「覚えているかしら。アンタを冬の湖で突き飛ばした日。もう壊れるだけだと思っていた私を見つけて、アンタは『置いていくのか』って言ったのよ。聞こえたわよ。はっきりとね。でもあの声を聞けばもう死ねないと思った。だから振り下ろした。なのにアンタは走って止めて笑ってた。あの時、嬉しかったのよ。ああ、止めてくれたって。まだ私を必要としてくれてるって。足場が悪かったはずなのに走ってきて、『大丈夫』と言った。何も大丈夫じゃないくせに無理やり笑って見せてね。何の押し売りかと思ったわよ。腕は痛いし声デカいし嬉しいしでどうにかしたくて湖に突き落とした。ふふ、今となっちゃ馬鹿げてるわね。『ありがとう』と言えばいいものを言ってなかったんだもの。帰って驚いたわよ。ずぶ濡れで帰って『酔って落ちた』ってシラフで言うもの。笑ってたのはそういうこと。別にいいでしょ?ずぶ濡れでも、カッコ良く見えちゃったんだもの。私はもう無理だった。でも、周りには他にもいたし、こんな痛い女選ぶはずがないと思ったもの」

「…いつまでも、『いい子』だよな。空気を読んで動けて、料理が上手い」

「ええ、だから今日からは『悪い子』になるの。身勝手で自分勝手。いいでしょ?」

「それが望みなら。それと」

「と?」

「もう少し、タイミングを見るべきだったな」

「え?」

「別にいいですよ。今更イチャついたところでですし」

「負担をかけさせたことも事実だ。いつか発散させようと思っていた」

「こりゃある意味“公認”だな」

「茶化さないで。殺すわよ」

「ラム」

「何よ、コンパス。文句があるなら…」

「ありがとうございます。あなたのおかげです。私だけはここまで進むことはきなかったでしょう」

「我もこの機会に言わせてもらおう。ありがとう」

「…改めて言うことじゃないわね」

「我らが転換するポイントにあったのは何よりラムの行動だ。相手に無理に入り込まず、ひたすら相手の側に立つ主の行動を理解したのはその行動故だ。主への懐疑がなくなったのもその時だった」

「だとよ。やっぱりラムは皆に必要とされてるんだよ」

「私はまだ信じられない。それだけ心は変わりやすいから。だから信用はできない。でも、信頼はしてあげる」

「…ラムが優しいだけさ。だから失う痛みを心配するし信用を気にする」

「うっさい。私は優しさなんてない。機族だもの」

「ならその涙の感情は?」

「…黙ってれば、いい男なのに」

「ごめんな、機嫌を直してくれ」

「なら私を癒して。他よりずっと強く」

「後じゃ駄目か?」

「今すぐ」

「…コンパス、」

「野営の準備をしましょう。そして明日は少しゆっくり進みましょう」

「そうだな、我も手伝おう」

 

コンパスとカノンが離れていく。

 

「…どうすればいい?」

「当ててみたら?当たれば答えてあげる」

 

癒すには。

まず傷を見つける。外傷はない。

となると内側─内臓か。

となると触診か。

 

「…ふっ…ふぅ」

「内臓ではない…?」

「…ニブいわ、そういうところは本当に嫌い」

 

体重をかけられ押し倒される。

 

「でも、私はもう盲目なの」

 

ほんの少し蕩けた眼でこちらを見る。

美しさとほのかな妖しさが見える。

 

「どんなことももう愛おしく感じてしまう。救いようがないわ」

 

腕を首元に回される。

原型なく蕩けた眼は確実に自分を捉えていた。

 

「助けてくれるわよね?」

「…決まってんだろ」

 

額に唇を落とす。

 

「もう逃す気もない」

 

少し迷い、首筋へ軽く噛み跡をつける。

 

「…意気地なし」

「悪かったな、日和って」

「分かっていたのね?」

「1番は嫌だからな」

「いつ、してくれる?」

「最後にしてやる。2度と忘れることのないように」

「酷いわ、もう他に行けないじゃない」

「それはラムの選択だ。嫌なら諦めろ」

「諦めるとでも?」

「いーや、絶対ねーな」

「…分かってんじゃない、約束よ?破ったら来世も呪ってあげる」

 

はぁ。困った。

僕は生きて帰らねばならないようだ。

 

「ってか今世は呪わないでもらって」

「嫌ね。でないとすぐ突っ込むし」

「ラム達だけが危険に晒されるのはおかしな話さ」

「あのねぇ。私たちが戦う1番の理由はアンタがいるからなの。アンタに皆救われてここまでついてきたの。アンタのためになら雑に扱われても死にに行く命令でも従う。それだけ信頼に値するってわけ。それを1番理解していないから困るの」

「そうか…そうだな」

「だから裏切らないで。それはあまりにも悲しすぎる。でも、危ない時は置い行って欲しい」

「それが責務だから?」

「そうね」

「なら認めない。共に戦い、共に死すまでが責任というものだから」

「…そういうとこ、嫌いよ」

「どうとでも。ただラム達と最後まで共にいたいからそうさせてもらう」

 

記憶がぐちゃぐちゃになりそうだ。

赤い空での記憶、星奈との記憶、ルーナとの記憶、そして『組織』に従う記憶。

そしてこれはもう1つの記憶。但し今回は前の記憶が思い出せる。

どれもこれも、あまり思い出したいものではないが。

 

「…この手は、4人を失った。失わせたとも言えるのだろう。あれは、正しかったのだろうか」

 

“あとはあなた達に託すわ”

“笑って笑って。冥土の土産にするから”

“もう少し、だったかな。もっと上手くできれば貢献できたなぁ”

“よーく、狙ってください。時間はあるので”

 

撃鉄を起こす感覚と跳ね上がりを抑える感覚は自ずと身についた。

 

「正しいよ。アイツらはそれを覚悟していたわけだし最期はアンタの腕に眠れたんだ。ずっといい最期だよ」

「怨まれる方がずっといいな。罪悪感が支払われるようで」

「あんまり突き詰めんなよ。思考が偏る」

「虚しいね。賑やかさが減るのは」

「それはしょうがないこと」

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas、だっけ。理念はすごいけど中身がない僕に君たちから贈られた皮肉の言葉。覚えてるよ」

「覚えていたの?」

「最初は全くわかんなかったけどね。でも全くもってその通りだよ。悲しいな、満足してくれないなんて」

「別に、今のことじゃない」

「それともエリコがいいかい?」

「…それは、困る」

 

エリコ。正確には発音が違う。

正確に唱えれば、破滅を呼ぶ呪文となる。

それは、文字通りの灰燼へ還る力を持つ。

 

「優しいな」

「…これからの不利益になるだけだから」

「…かわいい奴め」

「かっ、カワイイとか言うな!」

「へいへい」

 

遠くから足音が聞こえる。

 

「思う存分済ませましたか?」

「……」

「コンパス、ありがとな。カノンも」

「礼には及びません」

「我は当然のことをしたまでだ」

「ここに立てようか」

「ですね。時刻的にも丁度良いかと」

「よし、ここをキャンプ地とする!」

「警戒網のみ張っておきます。物資はカノンから受け取ってください」

「毛布と糧食か。よく見つけたな」

「元々ここは戦場だった。この程度なら施設跡を探せば見つかる」

「それでも苦労しただろう?食べないのか?」

「機族に食事はいらない。そもそも使い捨てだし」

「そうなのか…」

 

プルタブ式の糧食缶を開ける。相変わらず中身はよく分からない。バターの暴力的な匂いがする固形物体と油。軍用を彷彿とさせる材料のセレクションである。

恐る恐る口に入れる。味は言わずがなである。無いよりはマシだが。

 

ふとコンパスの言葉が頭をよぎる。

“マスターが知りたいと言った以上、言わない権利は私たちにありません”

 

つまり。

機族って奴らは聞かれたことしか答えないのか?

 

「待てよ…食べれないのか?」

「食べれないわけではない。最低限の人間としての機能はついている」

「へぇ…じゃあ食べてみる?美味しくないかもしれないけど」

「それでは主の食べる量が減るだろう?」

「1日程度問題ではないさ。君たちに食べて欲しいと思ったのだが…」

「……」

「もちろん無理にというわけではない。食べたくないならそれでいい」

「…じゃ、少しちょうだい?」

「どぞどぞ」

 

ラムが手を出す。中々のチャレンジャーである。

 

「んむっ…うん、美味しいわ」

「そうなのか…?」

「カノンも食べてみれば?」

「だが…」

「コイツがこう言ってるんだからいいのよ。ほら」

「では頂こう」

 

カノンが小さなカケラをつまみ食べる。

 

「確かに、美味しいな」

「でしょ!探そうよ、缶に入ってるなら少しは持っていけるし」

「主には1人で置けない。そばにいてくれ」

「むぅ…」

「探そう。できれば4つ」

「無理すんなよ。見えないところで死なれるのは困る」

「気をつける」

「…大丈夫かな」

「不安ね」

「カノン、やっぱり今日はやめておこう。足跡がつくと困る。また明日だ」

「だが…」

「これ、食べていいから。あ、コンパスの分置いといてね」

「良いのか…?」

「カノンいーなー。食べたかったなー」

「ラムも良いよ。喧嘩だけはしないで」

「やった!」

「感謝する、我が主…!」

 

こうやって見ると分かる。

この子たちは僕と比べてもまだまだ未成熟で、不完全でいる。

ラムは気が強いようで誰よりも臆病。

カノンは大人びているがずっと無邪気で意外と無鉄砲。

コンパスは…何だろう。綺麗に隠されすぎて分からない。

本当に僕は知らなくて、何も干渉する権利すらなかった。

それでもついてきてくれる彼女たちはずっと強いのかもしれない。

 

「ラム、ストップ。もうなくなってしまう」

「あ…どうしよう」

「主に渡しておこう。我らではいつか食べてしまう」

「そうね…あ、これ、コンパスに」

「ふ、えらく会話が下手だな」

「うっさい…!」

「おお怖い怖い」

「ん、それじゃ」

 

缶を押し付けるように渡される。中は油が半分とカケラが2つ。油まで飲んだか。

 

「帰れば、もっと良いものを…」

 

あの子たちに必要な栄養素は摂れていないはずだ。帰ればきっと、もっと美味しいものを食べさせられる。

そのためにも、生きて帰る。生きて帰って、生きる理由を、帰る場所を作る。

 

「…もっと、力があれば」

 

きっと共に並べる。背中を見続ける必要はない。

 

「もっと、欲望のままに力を使えば」

 

強くはなれるだろう。ただ、それは求める力ではない。

もっと、優しく使えれば。

もっと、効率的に。

 

「…ラムも、カノンも、コンパスも羨ましいな。持っていないものを持ってて」

 

届かぬ夢ほど虚しいものはない。

 

「コンパス、戻ろう」

「はい」

「いたんだ。いつからいた?」

「欲望のままに、という辺りから」

「そっか。食べる?」

「いえ。不要です」

「食べれないわけではないんだろう?」

「ええ、ですが」

「良いよ。とは言っても残りわずかだけど」

「…では、頂きます」

 

器用にカケラをつまみ上げ、口へ入れる。油で光る指が美しく見える。

 

「…不味くはないですね」

「あれ?カノン達と反応が違う?」

「私はマスターから食べさせられたことがありますので。あの子達は私より後に出会ったのでないのではないかと」

「そう、何を食べてた?」

「確か『クラッカー』というものだったはずです。紙を食べているようで美味しくないとマスターから譲り受けたものを」

「…まぁそれよりはマシか」

 

紙を食べているようなクラッカー。

正確にはWheat flour Biscuitsというらしいが横流し品らしくかなり粗悪な質であったことに驚いた。なお極地では普通に配備されているらしい。

ちなみに味はほぼなく、硬さも異常なほどあるため大抵食べられないらしい。何のために存在するものなのか本当に疑問である。

コンパスも美味しく感じなかったようだ。

 

「警戒網は張り終えました」

「ご苦労さん」

「あの子達は?」

「テントでも設営してるんじゃない?」

「そうですか」

「優秀な子だね。特に何も言わずとも行動してくれる」

「それを教えたのはマスターです。私たちは言われたことに対して正確に行動しているだけですので褒められることではないかと」

「それでもだけどね」

「機族の務め、覚えていますか?」

「『契約者に対して忠誠を誓い、ひたすら尽くす』ってやつだろ?嫌な文言だなと思う」

「ですが、あの文言のおかげで全てわかるようになっています。私たちに要求されることと、すべき行動。それさえ分かってしまえば私たちはいくらでも行動は可能です」

「『尽くす』はまだしも『忠誠を誓う』必要はないんだが」

「まぁそれはいくつか理由がありまして、その1つに『私たちの力が強すぎる』ことが挙げられるかと」

「使い方を間違えないための保険?」

「そうとも言い換えられます」

「君たちは分かっているだろう?少なくともそう信頼しているつもりだが」

「もしそれが外れた予想であった場合は?」

「もう既に死んでるんじゃないかな。隙しか晒してないし」

「…そうですね、確実に死んでます」

「でもいま生きているということは信頼に値するわけ。今日に感謝」

「そうですね」

 

少しだけ陰りが見えた。まぁいっか。

 

「コンパスも休みな。しばらくは開けていい」

「駄目です。せめて1人」

「分かった、それでいいよ」

「厚意に預かります」

 

コンパスが戻っていく。代わりのラムが来る。

 

「ごめんね、夜分遅く」

「任務だから別に」

「夜の始まり、初夜ですか。まぁまず来ないでしょうね」

「注意はしてよ、死んでからじゃ遅いんだから」

「今日の戦いはどうだった?」

「どうもこうもないわよ、いつも通り」

「それでも聞きたいのさ。どんな敵がいるのか」

「基本は空を飛ぶ双翼類が多い。カノンが1番得意よ。私は地上を這う奴らを対処してる。横薙ぎで全て払える」

「足は?」

「あったりなかったり。足がないのは潜られるより先に殺しきらないと潜伏されて対処が厳しくなる。でも多足類は足が速いから胴体ごと切って素早く無力化する。まあ世の中的には外道ね」

「外道だろうが何だろうが知らないが戦えるのはラム達だけだ。ありがとう」

「いつものことだろ。どうせ繰り返しだ」

「それでも今までずっとここに命あるものだ。それは君たちによって受けられた恩恵であることは想像に難くない」

「すんごい回りくどい言い方ね」

「世の中の大人とやらはこの言い回しを好むらしい。どうもわけがわからない」

「…別に、大人である必要はないでしょ」

「止めることも、逆らうこともできぬ大河に流されるだけさ。なりたくなくてもなってしまう」

「時に時間は残酷である、当たり前だ。しかしそれを無理に近づける必要はない」

「全く、その通りだよ」

 

ポコポコと音が聞こえる。

 

「…いずれ消える灯火を、何故人は守りたがるのだろうか」

「…守りたいものがあるからじゃないか?僕が君たちの隣に立ちたいのと同じように、向こうにもそういうものがあるのだろうと思う」

「なくなってしまうのに、か?」

「人間は浪漫と共に生きてるからね」

「分かり合えないな」

「合理とは遠い位置にあるからね」

 

道理を用いて無理を通す機族。

それでいうと機族は合理主義というべきだろう。

 

「アンタにとって、私たちとは何だ?」

 

何か。

何といえるだろう。

 

「生きる理由、かな」

「壮大だな」

「でしょ?でもこれぐらいしか当てはまんないかな」

「へぇ…」

「君たちがいなければここにいないだろうしこれまでに死んでるだろうし」

「価値、あったんだ」

「多分今までで1番大事なものだよ」

「…嬉しいな。よくわかんないけど」

「そりゃよかった」

「…寄りかかっても?」

「どーぞご自由に」

「ありがとう」

 

肩への重みが増す。

 

「…静かで落ち着くわね」

「もしかしたら星が見えるかもしれない」

「見えればいいわね。空は赤く染まってしまったけど」

「…希望のその先へ」

「行きたいの?」

「ああ。たとえそこが絶望だとしても」

「強欲ね。まぁ悪くはないけど」

「行きたくない?」

「残念ね、おんなじことを私も思ってるの」 

 

この微笑み。

ああ。そうだ。

僕はこれを求めていた。

 

「10回の夜を越えて、100回の昼を越えて、1000回の戦場を乗り越えて来たんだ」

「面白かったわよ」

「もう一度…はごめんだがやってみたいな。今度は星になるまで」

「ええ、喜んで。貴方のためなら」

 

立ち上がり、腕を引いてラムを立たせる。

 

「意外と力があるのね」

「そりゃあ…な?それじゃ、交代だ」

「すんごい表だけ綺麗ね」

「お前もな」

 

ニコニコと罵り合う。いつも通りである。

 

「交代の相手も来ているしな」

「随分楽しんだようだな、ラム」

「ええ、いい思いをさせてもらったわ」

「…そうか」

 

何故かカノンに見つめられる。

 

「特に如何わしいことはないが」

「そうか。分かった」

「嫉妬した?」

「…別に」

「へぇ〜?」

「ラムは休め。明日はまた来る」

「それじゃ、カノンは派手にやらないでよ?」

「問題ない」

 

ラムが立ち去る。素直でよかった。

 

「で、主は何が目的だ?」

「んー、敢えて言うなら話したいからかな」

「何を聞こうと?」

「どういう倒し方をしてるのかなぁ、と思いまして」

「どう、か…特に何も考えず倒しているものだからな」

「やっぱりゴリ押す感じかぁ。あんだけ精度良いからできる芸当なんだろうね」

「…我の話に面白みなど微塵もないであろう?」

「そうでもないさ。知的探究心が満たされるような感じがあって良い」

「それはどのような心の模様なのか?」

「なんとなーく知りたいなぁ、って思ったのがだんだんキモくなる感じ、かな?」

「…解せぬな」

「抽象的だから?」

「そうでもあるが1番はその行動だな。与えられた事実で生きる我らにはない概念だ」

「やっぱりそうなんだ」

「機族は深入りしない。機族自身の心を守るためともされているが、我は相手を気遣ってだと考える」

「…庇って死なれないように?」

「未練なく天に昇る方がいいだろう?」

「僕は君たちのことを知っておきたいな」

「何故だ?」

「君たちの笑い話の種になればと思う」

「覚えていれば、な」

「そうだな。死ぬ可能性はあった」

「…生きたいと、思えているか?」

「ああ、今は悔いがありすぎて死にきれないな」

「そうか。なら…いや、なんでもない」

「そう」

 

余計なことは詮索しない。基本である。

 

「あたたかいな」

「??」

「わからないが、あたたかい」

「そうか?感覚は共有できないから分かんないな」

「こうすれば分かるだろうかか?」

 

僕の腕を持ち、胸へと押し当てる。

柔らかい双丘の奥に、確かな鼓動が感じられた。

 

「…脈が少し早いか。貴重な体温が失われるぞ」

「そうだな。少し、抑える」

 

深呼吸をふたつ。豊かな山も呼応して大きく動く。

 

「こんなものだろうか」

「…休息を取れ。別に警戒していなくとも来ることはないだろう?」

「来ない確率はゼロではない」

「猿が不朽の名作を作れるかの問いに似ているな」

「確率としては5割で来る。但しここを量子空間とする」

「まさかの次元超越」

「それともここにクラインの面でも作ってみるか?」

「その考え最高に頭がキマってて好き」

「悲しいな、そんなにおかしいはずはないのだが」

「多分それ思ってるのカノンだけだと思う」

 

そんなはずはないだろう、とカノンが憤る。怒っているのだろうがどこか可愛げある姿に気が抜ける。

 

「ま、何だ。すっごい平べったく言うと信頼してるってことだ」

「悲しいかな、主に愛の言葉すら言ってもらえない」

「…いや普通言わねぇだろ」

「物分かりが悪いと損をするぞ?」

「残念、僕は直結8ビットの量子コンピュータさ」

「…やっぱりそこに大穴を開けた方が良さそうだな」

「喜んで遠慮させてもらうよ」

 

目が笑ってない。怖い。

 

「そうか。なら身の振り方を間違えるなよ」

「はい…」

「そう縮こまるな。堂々としていてこそ我が主であろう?」

「だからと言って威圧するのは違うでしょ」

「ほう…?この程度で物怖じするような主を選んだはずがないはずだが」

「いつもと違う…」

「そうだな…だが、我であろう?」

「そうだね、クールな感じを出しながら意外と天然ポンコツお花畑な脳内を持つ、僕が頼りにしているすんごく強いカノンだ」

「…もっと褒めておく方が良いと思うが?」

「何で?」

「…知らぬ」

 

…拗ねてしまった。相当気に触れたか。

 

「…今でも十分だよ。どちらかと言うとあんまり離れてほしくはないな」

「…心配か?」

「そりゃいつだってね。知っている人が消えていくのは悲しいことさ」

「毎回言っているであろう?我々は死なない、と」

「消えはするのだろう?」

「まぁ、いずれはそうなる」

「だから消える少し前まで一緒にいたいんだよ」

「その感情は不要だ」

「僕はそうは思わないね」

「何故否定する?付加価値はその程度だ」

「だから付加価値とかじゃないんだって。存在が僕にとっては価値だってこと」

「私には理解できない」

「しなくて良いさ。こういう考えもあるんだな、って程度で十分」

「…やはり、なのか?」

「どうした?」

「いや…」

「交代しましょうか、カノン」

 

いつの間にかコンパスがいた。

 

「ああ」

「しっかり休息を、カノン」

「承知の上だ」

「それと」

 

コンパスとカノンが小さな声で何か話している。困ったことに聞き取れない。

 

「…なら、この程度で」

「気をつけろよ」

 

コンパスが近くに来る。

 

「何を話していたんだ?」

「業務連絡です。それとマスター」

 

コンパスがいっそうの笑顔で言い放つ。

 

「もうそろそろ、私たちは死ぬかもしれません」




次回 存在 次回もお楽しみに!
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