やがて"最強"と呼ばれるウマ娘の話 作:心折れた騎士
最近、ヴィクがやけに不機嫌になる事が多い。
俺が理由を聞いても、拗ねてしまう。
トレーニングを厳しくしすぎたのか?いや、今まで文句…は言ってたが、こんな事は今まで無かった。もしかしたら、新しく葵…桐生院家の秘蔵っ子であり、教養も能力も一流の新人トレーナーの指導を行なう内に編み出した新トレーニングが嫌なのか?
「なぁヴィク、そんなに新しいトレーニングが嫌なのか?」
「別に嫌いじゃ無いですが。何ですか?私が不機嫌な理由が知りたいんですか?それならご自分の胸に手を当てて考えて下さいよ」
あまり余裕の無いだろう休憩時間中に聞いても、拗ねるばかりで素直な言葉は返って来そうにも無い。今考えると、ヴィクの様子が変になったのは京王杯に勝ってからだ。
あの夜、ヴィクは俺に何をしようとしたんだ?当時は勝った興奮による一時的なものだと思っていたが、どうにも違うらしい。
「トレーナーさん、言われた通りやりましたよ」
「おう、そうか。じゃあ次だが…」
俺が言葉を続けようとすると、ヴィクは頭を突き出して来た。何だ?何をすれば良い?
「ん!」
「………?こうか?」
俺はヴィクの頬をむにっと揉んでみる。ウチの妹はこうすると喜んだんだが…。どうやら違うみたいだ。柔らかい頬が膨れる感触を手に感じた。
「むぅぅ…!」
「良いからトレーニングするぞ。時間は無いんだ」
俺は少し気恥ずかしくなってヴィクの頬を離すと、指南書を捲る。よし、次のトレーニングは極大タイヤ引きだな。
────⏰────
「あっ!緋堂トレーナー!」
俺がヴィクのトレーニングを眺めながら仕上がりを確認していると、俺の後輩でもあり今は指導を担当している桐生院葵がやって来た。
葵とはかれこれ3ヶ月ほどの仲で、トレーニングの指導や葵自身のストレス発散にも付き合ってやっている。
正直、ゴッドスピードの事での醜聞がある俺は適任では無いと思ったのだが、葵本人が俺を指名したらしいのだ。たずなさんや理事長、桐生院家の圧力もあり、俺は渋々受け入れたのだった。
「葵か、どうしたんだ?」
「それがですね、私、こんなものを頂いてしまいまして…」
そう言って葵が出して来たのは、ペアの温泉旅行チケットだった。言わずもがな、桐生院家はトレーナーの名門だ。当然金は有り余っているだろうし、このような物が送られて来るのも納得行く。だが、それを普通会って3ヶ月ちょっとの男に見せるか?
「良かったな。葵の担当が見つかったら二人で行くと良い」
「それが…今週いっぱいで期限が切れてしまうんです。それで…私に思いつく友人…えへへ、友人が緋堂トレーナー以外に居なかったんですよね」
俺はその発言に瞠目した。この女、まさか3ヶ月もトレセン学園に居て俺以外に交友関係を持っていないだと…?
そんな事はあり得ない。トレセン学園のトレーナー陣はどこかネジが外れている奴が多いが基本的には良い奴らだ。その彼らが葵に声をかけない筈がない。それこそ、自分から突き放さない限りは。
「……んで、そのチケットどうするんだ?」
「そっ、それで…!あの、もし良かったら是非、緋堂トレーナーと…」
葵がそこまで言いかけた時、タイヤを引いている筈のヴィクの方向からこの間よりも重い威圧感を感じた。身体が全身に鉛を括り付けられたかのように重い。フ、どうやら完全にモノにしたようだな。流石は俺のヴィクティミアだ。
「ひ、緋堂トレーナー…?この圧力は一体…!」
「流石だ……この威圧力…皇帝の全力にも匹敵しうる…クク…!」
遠くからヴィクが威圧感をたっぷり垂れ流しながら近づいて来る。どうやら、ヴィクは何トンもあるタイヤなど物ともしないらしい。やはり俺の目は正しかった。こんな逸材を担当出来る俺は幸せ者だ。
「トレーナーさん…?その人は…誰ですか?」
「あぁ、こいつは葵って言ってな。名門桐生院家から来た新人トレーナーだ。中々に筋が良いから教えるのに手間取らなくて良い」
「す、筋が良いって…!えへへ、ありがとうございますっ!」
ヴィクの綺麗な真珠色の目がドス黒くなったように思える。威圧のギアを上げて来たな。素晴らしい…どうして威圧されてるかは知らないが。
「トレーナーさんは、"私の"トレーナーさんですよね?」
「何言ってるんだ?当然だろう」
やけに「私の」の部分を強調して聞いてくるヴィク。俺が当然のように頷くと、今度は葵が俺の腕を掴んできた。何だ一体?
「ひっ、緋堂トレーナーは私を選んでくれた先生ですっ!それに、私は緋堂トレーナーと個人的なお付き合いもさせて貰っているんです!」
「いやお前が俺を指名したんだろ」
「トレーナー…?」
「違う!俺は上からの圧力でコイツに逆らえないんだ!」
事実だ。桐生院家の娘の頼みを断るとか、トレーナーとしての人生が本当に終わってしまう。それに、断ったときの報復でヴィクのトレーニングの質を落とされるかもしれない。
「……そうなの?」
「そうだ。俺は社会的地位も低いし、逆らえる立場じゃないんだ。まぁ、葵自体は悪い奴じゃ無いし、桐生院でなければ普通に関わってたかもしれんがな」
俺がそう言うと、ヴィクは勝ち誇ったような顔をして俺に抱きついて来た。おい、今タイヤと繋がってる状態で飛んできたぞこいつ…やはりヴィクの可能性は無限大だな!
「──────私が、桐生院だからいけないんですか」
「あぁそうだ。本当は俺だって誰かの教育係なんてしたく無かったんだ。俺はそういうの、向いてないからな」
「………失礼します」
「おう、気をつけて帰れよ」
何やら俯いて葵は行ってしまった。かれこれ24年間生きて来たが、未だに大人の女性と事務的な会話以外の殆どをした事がなかった俺にとって、葵とのコミュニケーションはヴィクとの会話で非常に参考になったのだが、残念だ。
「トレーナーさんはいつか女の人に刺されますよ」
「……?」
ヴィクはよくわからない事を言ったが、言葉とは裏腹に声音はすこし嬉しそうだった。
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トレーナーさんがキリューインの女と別れてから訳二週間が経った。トレーナーさんは相変わらず鬼畜メガネだけど、前よりもちょっとだけカッコいい。多分、メガネを変えたんだと思う。
そして今日は勝負服を決める日。私がおめかしするからきっとトレーナーさんも気合を入れてくれたんだろう。
「トレーナーさん、サンプルは来ましたか?」
「おう、来てるぞ。どれも良いブランドの物だ。試しに全部着てみてくれ」
「それにしても…量が多いですね。どれぐらいあるんですか?」
私は積み上げられた段ボールに驚きながらトレーナーさんに聞く。私がG1に出るって宣言したから色んなところから勝負服が届いているそうだ。
「確か…20着以上はある筈だぞ?」
「ほへぇ…そんなに。じゃあ、まずこれから着てみますね」
私は箱から一つの勝負服を取り出して着てみる。
一つ目はキラキラしたフリルがついた真っ赤なザ・お姫様って感じの服だ。
「トレーナーさん、どう?」
「うーん…お前は姫って感じじゃないからなぁ。赤も似合ってないし。因みに、お値段13万円」
私は値段に目を見開きながらも次の勝負服に着替える。今度はカッコいい系のメカメカしい黒のぴっちりしたボディスーツ。こ、これは少しエッチじゃないか…?ボディラインがモロに出てるし…
「ト、トレーナーさん…これは?」
「黒色は良いが、マシーンとかサイボーグって柄でも無いだろ。それに、少し露出が過ぎる。ファンの目に毒だ。因みに、お値段37万円。凝りすぎだな」
私は少し顔を赤らめながら次の勝負服に着替えようと段ボールに手をかけ、ふと違和感を覚えた。段ボールの中に何か、強烈な印象を与えてくる勝負服があったのだ。私はそれを手に取り柄を見る。そして私は衝撃を受けた。これはとにかくカッコいいのだ。
まず、黒色がベースで金色があしらわれたライダージャケットのような服に革のズボン。軽いアルミ合金製の胸当てとブーツ。銀色の肩鎧には短いながらもマントが。サブパーツで白いファーや白い手袋。
これだ。これしかない。私はそれを着て、トレーナーさんに見せつけるように仁王立ちする。
「どう!?このカッコいい出立!」
「──────ほう。良いセンスだ。黒の色に金とは趣味が良い。何より、強そうなのが良い。それに…ん?そのマークは何だ?」
トレーナーさんが指差した所を見ると、そこには《EVIL KING》と確かに刺繍されていた。魔王、か。確かにこの出立ちは魔王っぽいけども。でも、これから私が歩む道を考えればその通りかもしれない。
私はこれから、数多くの夢を叩き折っていく事になる。その姿はきっと恐ろしいだろう。きっと悪に見えるかもしれない。それでも尚進み続ける。その姿は、勇者には見えないだろうから。
「トレーナーさん…これからも一緒に頑張ろうね」
「…どうした急に?だが、そうだな…俺に出来るのは、お前の覇道の手助けだけだ。精一杯やらせて貰おう」
私とトレーナーさんはお互いにニィと笑うと、拳と拳を合わせてまだ見ぬ覇道を見据えていた。
朝日杯まであと1ヶ月。