やがて"最強"と呼ばれるウマ娘の話 作:心折れた騎士
私は一人、練習場の観客席でご飯を食べていた。
教室内はシャウトちゃん以外テイオームードだから、そこに私の居場所なんて無かった。確かに初めは私も教室で食べようとしたけど、トウカイテイオーの取り巻きであるサカミチパーマちゃんとアンガイイケルネちゃんに絡まれて追い出されてしまったのだ。
「はぁ……お母さん…」
私が少し泣きそうになりながら空を仰ぐと、死んだ目と出会った。
「ひえっ!?だ、誰!?」
「あぁ、驚かせてしまってすまないねぇ。悪気はなかったんだよ」
その子はどうやらウマ娘のようで、丈のあってない白衣を着ていた。凛とした顔立ちでカッコいいけど、目が死んでる。あれかな、昔ドラマで見た「マッドサイエンティスト」って奴なのかな?
「えーっと、貴女は?私はヴィクティミアです。」
「知っているとも。君は中々に興味深いからねぇ…私はアグネスタキオン。超高速のウマ娘さ、皆は私をタキオンと呼ぶ。よろしく頼むよ」
超高速?それ、どこかで聞いた事があるな。そうだ、テレビだ!テレビで聞いた事がある!皐月賞にレコードを記録して勝利した最速のウマ娘だ!そ、そんな人が何だって私に?
「あの、えと…私は、そんな大層な存在では無いのですが…?」
すると、タキオンさんは急に血相を変えて私に掴みかかってくる。何!?怖い!
「君は、君はわかってないよ!君の肉体に宿る天与の才能を!良いかい?君の脚はね、私の目測だが3年間休まず走り続けてやっとこさ壊れるような代物だ!それに、恐らくだが君はしっかり休めば多少無理な走りをしても大丈夫なんだ!これを大した事ないだって!?それはウマ娘に対する冒涜だよ!是非とも、君の脚を参考にさせてほしいんだ私は!」
「え、あの、ちょっ!恥ずかしいんですけど!?」
「君のレースを見た。君、誰かと走り慣れていないんだろう?なら私が併走してあげよう。いや、させてくれ。研究者である前に、私も一人のウマ娘なのだから!」
タキオンさんの熱弁に圧倒されていると、遠くからドタドタ走る音が聞こえる。誰だろ?
「おーーーいっ!ヴィク〜!喜べ、練習メニューが出来たぞ!これでお前は最強になれるッ!」
「トレーナーさん…隈凄いですよ。まさか徹夜で?」
走って来たトレーナーが持っていたのは、ブリタニカ辞書ほど分厚いトレーニングメニューだった。これを全部読めって?それだけで一年かかっちゃうよ…。
「おや?鬼築トレーナーでは無いか。久しいねぇ。私の記憶ではゴッドスピードの件で打ちのめされて腑抜けになっていた筈だが?」
「ん、タキオンも居たのか。……どうして此処に?ヴィクに何か用事でもあったのか?」
「あぁ、研究がてら併走をしようと思ってね。君も興味あるだろう?」
タキオンさんが怪しい笑みを浮かべると、トレーナーさんも眼鏡をキラリと光らせて悪い笑みを浮かべる。ここだけ空気感が悪の秘密結社だよぉ…!
「そうと決まれば善は急げだ。ヴィク、下の2000mレース場に来い。タキオンもそれで良いか?」
「構わないとも」
────⏰────
「位置について…よーい、ドンッ!」
タキオンさんにやや遅れてスタートする。やっぱりタキオンさんはレコードウマ娘なだけあって速い!追いつかなきゃ!
「どうしたんだいヴィクティミア君!君の脚はそんなもんじゃ無いだろう!」
「これ以上はっ…!出ないんですっ!」
「バカをいわないでおくれよ!集中するんだ!君は今、自分と戦いたまえ!私に集中するんじゃない!」
「────はいっ!」
直線に差し掛かり、私は目を瞑る。
私は、強い。私は、誰にも負けるはずがない。
何故なら私は…V、則ち勝利だからだ!
「うおおおおおおおっ!」
坂道を思いっきり踏み込み、
「これだ!これだよヴィクティミアくーん!アーッハッハッハッハッ!!!!」
後ろからタキオンさんが大笑いしながら食らいついてくる。すごい脚だ、あっと言う間に追い抜かれてしまう。
「すまないねぇ、先輩として…負けるわけにはいかないんだッ!」
「大人気、無いなぁっ!」
────⏰────
結果は、三バ身差での敗北。でも、不思議と悔しさは少ない。そればかりか、私はまだまだ強くなれるという事実に浮き足立っていた。
「はぁ、どうだい?はぁ…私との、併走は?」
「はぁ…はぁ……っ!楽しかったです!」
こんなに心が踊ったのはいつ振りだろう?お互いに全部をぶつけ合う事の何と心躍ったことか!私は無意識のうちにタキオンさんに抱きついていた。
「わっ!?何だい、どうしたんだ急に!?」
「また、一緒に走りましょう?」
「望むところさ。それに、今の走りで新たな発見があった。それと、新しい謎もね。いずれまた」
そう言うと、タキオンさんは言ってしまった。ところで、さっきからトレーナーさんが変な鳴き声を上げているんだけど、何なんだろ?
「ヒヒ^〜ン」
「何ですか、それ?」
「わからん。だが、別世界から謎の電波を受信した気がしてなぁ。それはともかく、クールダウンが終わったらトレーニング開始だ。目指すは6ヶ月後のメイクデビューでのド派手な一着だ。辛いかもしれんが、お前ならやれる。頑張れよ」
そこから、地獄のトレーニング日和が始まった。
────⏰────
「スピードが落ちてるぞ、脚を休めるなァ!」
「ひゃいぃ…!」
トラック20周、休まずに全力ダッシュ。タキオンさん曰く、私の脚は3年間ぶっ続けて走り続けても壊れないそうだ。だからと言って、これは酷い。
「お、終わりましたぁ…」
「そうか、なら3分後にもう1ラウンドな」
「この鬼畜メガネめぇーっ!」
────⏰────
「はひ、はぇ…も、無理いっ!」
「あと3分だ!終わったらバイタル40を飲むのを忘れるなよ!エネルギー不足で倒れられでもしたら困るからな!」
3時間ぶっ続けで水泳トレーニングだ。初めは、わーいプールだと喜んでいたけど、これは地獄だ。途中まで一緒に練習していたナリタタイシン先輩がドン引きしてたのは忘れない。
「──────は、ぁ…!ぜぇっ!ヒュゥ…!」
「お疲れ様だヴィク。ほら、飲め」
「ぇ……?んぐっ!?むぅーーっ!?」
どうやら、他の子にそれを見られていたみたいで、「はわわ、SMプレイですわ…!?」と聞こえた。許せない。
────⏰────
「無理ーーっ!」
「無理じゃない!」
────⏰────
「もうやだーーッ!」
「嫌じゃ無い!!」
・・・・・
────⏰────
「よし、今日のトレーニングはこれで終わりだ。すっかり夕飯時になったな。今日はもう遅いから早めに風呂入って寝ろよ。あと、飯は俺が用意した栄養食だけな。メイクデビューが終わったら、美味いもん一杯食わしてやるから我慢しろよ」
「ひゃ、ひゃい………」
トレーナーさんと別れ、私は一人寮に帰る。はぁ、ボロボロだ私。だけど、確実に強くなれる。その時、何故だかは知らないけど唐突に三女神様の像を見たくなった。ふらふらとした足取りで栄養食を食べながら向かうと、何故か三女神様の像が神々しく輝いている気がして、思わず目を疑った。
とうとう私も幻覚が見えるようになってしまったかぁ。辛。
そんな事を考えていた矢先、私の身体に変化が起こる。突如として疲れが消え失せていく。それと同時に、唐突に私を激しい筋肉痛が襲い、また引いていく。何、これは…拷問?
実際は一瞬だったのだろうが、体感10分ほど経ってから筋肉痛が完全に消え失せた。そして、私は驚いた。身体能力がさっきと比べ物にならないくらい上がってる。すごい、これなら!
直ぐにでも走ろうとしたけど、やめた。今走り出したら、多分止められない。私は暴走電車じゃ無いんだから、落ち着きを求めないとね。
その日、寮の壁を蹴り壊してしまってフジキセキ寮長に本気で怒られた。
────⏰────
翌日、起床した私は時計を確認して唖然とする。時計が示している時刻は13:46。よっぽど疲れていたらしい。そのまま授業に出るのも忍びないので、ターフでウォーミングアップをしていると見知らぬ子に話しかけられた。
「あの……拙者、じゃない!あたし、アグネスデジタルって言いまひゅ!その、少しだけお話…宜しいでしょうか!?いえその、忙しいご様子でしたらあたしは爆散するんで…!」
「デジタルちゃんって呼んで良いかな?それで、私に話って?」
「ウポォー…あっ、えっとでしゅね!昨日夜中、随分とボロボロのご様子で…それに、授業にも出ていらっしゃらなかったみたいで…何か、あったのかなと」
「あー……それは、えーっとね…。トレーニングの、影響かな?」
「っ!やはり…!ヴィクティミア様のトレーナーさんのお名前はご存知ですか?」
「えーーっと…トレーナーさんの名前?確か……鬼築さん、だったような…」
その瞬間、場の雰囲気が一瞬にして凍り付いた。冷気の主はデジタルちゃんだ。愛嬌のある顔を真顔にして、「やはりか…」なんて呟くモンだから…怖いな中央トレセン学園。こんなんばっかなの?いや、シャウトちゃんは普通の子だから!
「あの、デジタルちゃん?良いんだよ私は気にしてないし。というかトレーナーさんに何かあったら困るから何もしないで欲しいんだけど…」
「これ以上は、オタクの沽券に関わる…か。くっ、目の前で虐げられているウマ娘ちゃんが居ながらこのデジタル、何たる不覚か…!誉は、ターフで死に申したか!」
誉?死ぬ?怖。タキオンさんも中々にヤバい雰囲気を感じたけど、この子からはそれ以上のヤバさを感じる。
「ねぇ、そこのあなた達大丈夫かしら!?」
私がデジタルちゃんの対応に右往左往していると、キレイな子が話しかけて来た。
「ヒョエーッ」
「えっと、あなたは?」
「あら、貴女は確か…ヴィクティミアさんね?私はキングヘイローよ!特別にキングと呼ぶ権利をあげるわ!」
「じゃあキングちゃんで。私達なら大丈夫だよ。ちょっとデジタルちゃんがバグっちゃっただけで」
「まぁ、大変。それならキングの慈悲をあげるわ!ヴィクさんと呼んでも?」
「構わないよ」
「ならヴィクさん、デジタルさんを医務室まで運ぶわよ。何やら涎とか涙とか鼻水が止まらないみたいだから」
私はデジタルちゃんの脚を持つと、キングちゃんはデジタルちゃんの手を持って運び始めた。
「ウポッ、ポポポポポ…ヒュッ!?…カヒュー…カヒュー…カヒュー…」
デジタルちゃんを医務室に運んでいる途中、過呼吸になったデジタルちゃんが危篤状態みたいな呼吸をしていて本当に焦った。心臓に悪いからやめてほしい。
────⏰────
その日も過酷なトレーニングを済ませ、三女神様の所へ行く。しかし、何も起こらなかった。少しガッカリしながらレース場を見ると、夜のターフを走る二つの影があった。
片や漆黒の長い髪を靡かせ、金色の瞳で何かを追うように走る子。
片や赤黒の装束を纏い、謎の掛け声を上げながら黒い子を追いかける子。
私がその場に来たタイミングで丁度追いかけっこが終わってらしく、こっちに気がついてくる。
「今日も追いつけませんでした…」
「いいや、カフェ=サンの走りはオミゴトなワザマエであった。ハイクを読む準備をしていろマンハッタンカフェ=サン!次は勝つ!」
「そうですか…」
「ところで、そこのニンジャは何者だ?」
赤黒が私に気づいて近づいてくる。いや顔怖いな…!?目つきだけで人を殺せそうなほどコワイ!
「いや、ニンジャじゃないんだけど。ところで、そこの…えっと、カフェさん?は誰を追いかけていたわけ?」
「"お友達"が見えるんですか?」
「………?わかんないけど、カフェさんの走り方が何かを追いかけるようだったからそう思っただけ。あと、赤黒の君は……?」
「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです。」
「知ってるよその小説。流石に偽名でしょ?」
小説の中でも私が好きな方の小説に入る作品の名前を名乗った彼女は一体?
「エーット、その……シノビサイレンスです…」
さっきまでの大声が嘘のように小声だ。相当な癖ウマ娘らしい。
「何してたの?こんな夜中にさ」
「私は日課を…シノビさんは知りません」
「わたしは…その、えっと…イヤーッ!強そうなウマ娘が居た。だから勝負を挑んだ。ウマ娘走るべし、慈悲はない」
「あのさ、もし良かったら勝負しない?私、最近すこし自信出てきたんだよね。その自信を叩き潰して欲しいんだ。私が更に強くなるためにね」
すると、カフェさんは快諾してくれた。シノビちゃんもだ。さぁーて、勝ちに行きますか!