やがて"最強"と呼ばれるウマ娘の話 作:心折れた騎士
ウチが初めてアイツを見た時、どっかに危機感を感じたんや。それは敵としての危機感かも知れへんし、同じウマ娘としての同情からの危機感やったかもしれへん。
ウマ娘っちゅうんは、大概美人ばっかりや。せやけど、そん中でも一等綺麗やと思った。真っ白い髪に、色が抜け落ちたんかと思うほど綺麗な真珠色の瞳。ウチは(すぐ壊れそうな人形みたいやな。)と思うた。せやけど、アイツは走りでウチの度肝を抜いてきおったわ。
ウチがアイツのコーナリングを見た時、世界に衝撃が走ったみたいやった。ウマ娘はあんなに美しく曲がれるんやって。そんでもって、あの実力。何をしたらあんなのが身につくんや?ウチが聞いとった話やと、まだデビュー前のトウカイテイオーとかいうのにやられてたんやろ?
ウチは不思議に思って、アイツ…ヴィクの練習を覗いてみたんや。そしたらな?ヴィクの練習はエグいねん。
「なんや、あれ…ホンマにジュニア級がやるトレーニングか?」
ウチはつい、兄さん…ヴィクのトレーナーに聞いてしもた。そしたら、アホみたいな答えが返ってきたんや。
「いや?あれはシニア級でも中々やらないトレーニングだな。今はスピードトレーニングをさせている所だな。そうだな…総合評価でいうなら、Cはあるんじゃないか?」
「前々から分からへんねんけど、兄サンのその評価基準は何や?どれぐらいまで勝ち進めるか言うてみい」
「あぁ、すまない。大体…二冠は取れるんじゃないか?」
「は?」
こいつは今、何を言うたんや?二冠やと?シニアはあり得んから、クラシックやとしても二冠は言い過ぎや。クラシック三冠、それはエッグいハードルを乗り越えてやっと取れるようなモンや。それを軽々しく取れるなんて、大言壮語もええとこや。
「せやったら教えて貰おか。その根拠をな?」
「おう、まずヴィクのトモ触ったことあるか?触って無いなら触ってみろ。アレは凄いぞ。見た目こそ柔らかそうだが、中身はギッチリだ。そして間接。物凄い柔軟性だが、その実強固だ。理屈はわからん。だが、触った時に巌のような頑鉄さを感じた。その他にも…」
「もうええもうええ!というか兄サン、随分とヴィクの脚触りまくったんやな!?破廉恥!トレセン学園は婚活会場じゃないんやで!?」
「そこまで言わなくてもだな…。それに、ほら見ろ」
言われるがままにウチが見ると、そこにはギラついた目をさせて悪どい笑みを浮かべてはる会長サンがおった。え、怖…近寄らんとこ。
「クク…皇帝様も勝利の女神にご執心らしいな。良いぞ、この調子だ…!見てろよタマモ、これからヴィクはもっと強くなる。お前は既に引退してしまったが…もう一度、夢を見させてやろう」
「ホンマに、兄サンは……」
嬉しいこと言ってくれるやないの。そういう話なら、ウチも本気出さなアカンな。
ヴィク、悪く思うんやないで。
これはお前さんが強すぎんのがアカンのや。
────────────
私の名はオグリキャップだ。今は、国民的アイドルウマ娘という名誉ある称号を受けている。
そんな私だが、今少し困っている。
「その、ルドルフ…こういう風に迫られるのは困るのだが…?」
「そう言ってくれるな。私はただ、君に私の相手をしてもらいたいだけさ。」
「そうは言ってもだな…」
私は今、ルドルフに脅迫を受けている。壁際に追いやられ、腕で退路を塞がれている。こういうのは、困る…それに、お腹も空いてきた。早く脱出しなければ。
「フ、君はただ私の練習に付き合えば良いのさ」
「なぜ、そんな事を…!?」
「勝つために。」
時間が止まったような気がした。
それほどまでに、
私のトレーナーはかつて、「ウマ娘はライバルを見つけた時、戦士の顔になる」と言っていた。きっと、これがそうなのだろう。あの皇帝が好敵手として認める相手。どんな子なのだろうか?
「ルドルフ、私もその子と戦わせてくれるか?」
「勿論だとも。だが、私が先だ。私が先にヴィクティミアを打倒する。」
「壊してくれるなよ?私の楽しみが減ってしまうからな」
「さぁ…わからないな。だが、きっと彼女は壊れないさ。彼女が最強である限りね」
────⏰────
早速、ルドルフの言っていたヴィクティミアという子を探しにジュニア級の教室までやってきた。おそらくメイクデビューは済ませてあるだろうし、A〜C組のどこかに居るのは間違いないだろう。
そう思った私は、早速聞き込み調査を始める事にした。
「すまない、人を探しているんだが…」
「わわっ!?オグリ先輩!?初めて生で見た!わーっ!凄い!かわいい!」
「ありがとう。それで、人探しなんだが…」
「みんなーっ!オグリ先輩が来てるよーっ!」
「「「ほんとー!?」」」
あっという間にみんなに囲まれてしまう。応援されるのは嬉しいし、ありがたいのだが今はやめてほしい。だが、ここで大勢に聞けば話は早いだろう。
「みんな、ヴィクティミアという子がどこにいるか知らないか?もしよければ教えて欲しいのだが」
途端にみんなの顔色が悪くなる。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか?
「あの、オグリ先輩…アイツはやめておいた方が良いですよ」
「なぜだ?彼女は強いと聞いたぞ。闘ってみたいと思うのがウマ娘の性というものだろう。私が負ける事を心配してくれているのか?ならその心配は無駄になってしまうな。私は強いからな」
「いえ、そうではなくて…アイツ、すっごい不良なんですよ!」
「何?」
不良だったのかヴィクティミア…少し怖いぞ。だが、先輩として私が正しい道へ手を引っ張ってあげないとな!トレーナーからも「困ってる人を助ける事に理由なんているかい?」と言っていたしな。
「アイツ…トウカイテイオーさんに喧嘩を売ってボロ負けした後から殆ど授業来てないんですよ。しかも、学園で一番悪人のトレーナーと毎日連んでるって…それに、アイツはメイクデビューで勝った後、なんて言ったと思います!?」
「さぁ…わからないな。なんて言ったんだ?」
「『負けた奴が弱いのが悪い』って…『負けたのは私が最強だったから』だって…!許せなく無いですか!?アイツには、スポーツマンシップってものが皆無なんですよ!」
うん?ヴィクティミアは間違った事を言っているか?レースに負けたなら、それは負けたウマ娘が悪いし、勝ったウマ娘が一番凄かったら負けたという事だ。だからそれは、仕方のない事で後から変えようにもない事だ。
むしろ、間違っているのはこの子達の方なのでは…?
「そんな事は良い。知らないなら他を当たらせてもらおう」
「あっ、オグリ先輩!どこへ!?」
「私一人で探す。協力ありがとう」
私を引き止めようとする声を聞きながら、食堂へ向かう。お腹も空いたし、何よりヴィクティミアだってウマ娘だ。お腹が空いたら食堂にいるに決まっているだろう。だから、私は食堂でご飯を食べつつヴィクティミアを待つ事にした。
暫くして、真っ白で綺麗な髪を泥んこにしてクタクタになっている子がその真珠色の目を疲労に染めながら食堂に入ってきたのを確認した。しかし…よく見るとこの子の身体は服の上からでも分かるほど引き締まっている。その身体からは僅かにだが、猛者の気配がする。俄然興味が湧いてきた。
「そこの君、良ければ私と一緒に食べないか?」
「………………はは、疲れてるのかな私…。憧れの人がこんな間近にいるなんて信じられないや…夢にしては現実的だけど…」
「夢じゃないんだが…まぁ座って。」
「はぁ…じゃあ失礼して」
そう言うと、その子は私の対面に座った。こんな遅くまでトレーニングとは、よっぽど気合が入っているのだろう。
「単刀直入に聞くが──────君がヴィクティミアか?」
「はい。私がヴィクティミアです。えっと、一応聞いておきますが…貴女は、オグリキャップ様…ですよね?」
「あぁ、私がオグリキャップだ。それで、君に聞きたいことがあるのだが…」
「わぁーっ!ほんもの!すごい!TVで見た時よりもカッコいい!わーっ!ずっと貴女に憧れてたんです!貴女のような"最強"に!」
そうか、ヴィクティミアは私に憧れてくれていたのか。だとしたら、オグリキャップ"様"なんて言う呼び方にも納得がいく。
私の走りは、みんなに希望を与えていたのだと知って嬉しくなる。
「ありがとう。それでなんだが、今度練習を見に行っても良いか?トレーナーの名前と普段使ってる練習場を教えてくれたら練習を手伝わせて欲しい。」
「えーっ!?良いんですかぁ!?ぜひお願いしますっ!トレーナーさんの名前は…確か、鬼築…鬼築緋堂(きちくひどう)さんだったような…普段は第五練習場でトレーニングしてます!」
鬼築…その単語を聞いた瞬間、私の時間が止まったように感じた。学園の噂や情報に詳しい方では無い私でも知っている彼についての悪評。
『無理なトレーニングで将来有望なウマ娘を潰した』だの、『ウマ娘に猥褻な行為を強要している』など言われ放題だ。勿論、私がそれを確認した訳でも無いが、そこまで言われるに足る事をしたのだろう。
「その、ヴィクティミア…身体は大丈夫か?無理をしてはいないか?」
「もぐもぐ…ふぇ?何とも無いですよ。初めのうちはとっても辛かったですけど、慣れてくれば疲労困憊くらいですね!もぐもぐ。最近はメキメキと実力が伸びてる実感がありましてですね!」
とってもニコニコしながら元気そうに答えてくれる。そうか、やはり噂なんて信じるべきでは無いな。そう思った矢先、とんでもない発言が飛び出す事になる。
「そういえば…この間タマモクロス先輩と並走したんですよ」
「──────ほう」
「まぁ、負けちゃったんですけどね。それでも────良い線まで行けたと思うんですけど。やっぱり伝説の人は私とは格が違いますね。」
既に引退しているとはいえ、タマモと良い勝負が出来た、だと?そんなウマ娘、トレセン学園に何人いると言うのか。それも、ジュニア級でだ。しかし、目の前のヴィクティミアの身体はそれが可能だと悠然と語っている。成る程、道理でルドルフがご執心な訳だ。
感心すると同時に、私の中でメラメラとした炎が湧いてくる。「目の前のコイツと闘いたい」という本能がとめど無く溢れ出す。
「それでは、先に失礼する。ゆっくり休むんだぞヴィクティミア。私もお前と闘いたいからな、おやすみ」
「──────えっ」
さて、私もこれからもっと頑張らなくてはな。トレーナーにお願いしてみるとするか。
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最近、ボクの周りが何かヘンだ。
トレーナーを手に入れて上機嫌なボクが廊下を歩いてると、どこに行ってもヴィク…なんだっけ?ヴィクトリア?の噂を聞く。
このテイオー様がメイクデビューでぶっちぎりで勝ったのに、誰もボクの噂なんかしてない。まぁ、ヴィクなんたらの噂は全部悪いのばっかりなんだけど。
「トレーナー!誰もボクの噂してくれないよー!」
「何?それは問題だな。だが、仕方ない事だろう。テイオーが言っているのは恐らくヴィクティミアの事だろう?彼女は今、問題発言をして炎上中だ。話の種にはもってこいなんだろう」
「でもー!ボクより弱い癖にボクより目立ってるのがダメなの!カイチョーも最近個人トレーニングで忙しいみたいだし…」
「テイオー。厳しい事を言うが、今のヴィクティミアの実力はおそらく、お前を凌駕している可能性がある。無論、お前が一番強いんだが…見ろ、タイムがテイオーよりも10秒も早い。メイクデビュー戦だって、お前が六バ身だったのに対してヴィクティミアは11バ身だ。この差がわかるか?」
トレーナーはそんな事を言って来る。違うのに、どうせ戦ったらボクが勝つに決まってるのに。所詮はボクにボロ負けした子でしょ?なのになんで。
「そんなにヴィクティミアの強さを疑うのか?それなら、見てみたら良い。聞いたところによると、アイツはいつも第五でトレーニングしてるらしいからな。ほら、行くぞ」
トレーナーはボクを連れて第五練習場まで行く。ボクがそこで見たのは、常軌を逸するトレーニングだった。
「オラァ!チンタラやってんじゃねえぞ!」
「はいっ!すいません!ぐぬぉっ!」
「誰が休んで良いと言った!?走れ!」
「ぜえっ!はあっ!押忍っ!」
「強く無いお前は何者だ!?言ってみろ!」
「はい!無価値で無意味な存在です!」
「そうか!ならば強くなれ!」
ハッキリ言って、拷問だった。ボクが普段やってるトレーニングの数倍は軽く超えた負荷。それも、身体と心どっちもにかかってる。そして、ヴィクなんとかの身体の引き締まり様はボクを遥かに超えていた。
で、でも…ボクにはテイオーステップがあるもんね!あんな血の滲むようなコトしなくても、ボクは強いんだから!
「これは……なんて酷い…」
トレーナーは顔を青くしてその様子を見てる。ボクのトレーナーは新人とは言え、とっても凄くて優秀な人だ。そのトレーナーがこんなになるなんて。
「トレーナー…ボク、あの子に勝てるよね?」
「………と、当然だろう…いや、わからん。しかし目を見張るのはあのコーナリング…凄まじいな。あれを天才というのかも知れない…テイオーが勝つためには…くそっ!今のままでは!」
トレーナーは青い顔をしたまま真剣にヴィクなんとかを見てる。ボクの為に色々考えてくれてるのはわかるけど、もう少しボクを信じてくれても良いんじゃ無いのかな。
許せない。トレーナーの視線を独り占めしようとするなんて。許せない。許せない。許せない!
その時のボクは少し、おかしかった。だから、あんな事をしてしまった。
────⏰────
「えーっ!?ヴィクティミアの奴、人のトレーナーを奪おうとしてたってホント!?」
「ホントだよー!まったく、ボクに負けたんだから大人しく引っ込んでれば良いのにさ!」
「許せないねー!ね、みんな聞いて!ヴィクティミアの奴がーっ!」
ボクの計画通りに噂は広まっていった。『ヴィクティミアは魔性の女』という噂がジュニア級のみんなに定着するのはあっという間だった。
ヴィクティミアが道を通るたびに薄汚い言葉をみんなが投げかける。でも、ヴィクティミアはそんな事気にしてないみたいな顔でどこかへ行ってしまう。
ある時、事件が起きた。
ボクの取り巻きの数人がヴィクティミアを囲んで虐めてたんだ。ボクはそれを遠巻きに見ていた。
「この淫乱!テイオーに悪いとは思わないの!?」
「アンタなんか最低よ!学園から出てけ!」
「出ていけ!出ていけ!」
ボクのちょっとした嫉妬心から起こった歪みは、大きな揺らぎになってジュニア級を渦巻いていた。そして、ヴィクティミアはその子達に向かって信じられない言葉を放った。
「私より弱い子達が何を言っても無意味だよ。一回でも私に勝ってから言ってくれる?トウカイテイオーが私に文句があるなら、直接くれば良い。叩き潰すから」
その後、逆上した子達がレースで勝負を仕掛けた。結果は、ヴィクティミアの大差での圧勝。二着以下の子は、圧倒的ハイペースについていけずゴールした時にはクタクタになっていた。当のヴィクティミアは、平然とした顔で涼しそうにしていた。
ボクはこの事を、ずっと後悔する事になる。